七十八話 てんやわんや
コローレステラにあるダンジョン【試練十二階】に到着する。
塔型のダンジョンであり、重厚な扉が入口になる。
中に入れば四角い部屋になっていた。
ダンジョンの構造自体は分かりやすい。四角い部屋がいくつもあり、通路でつながっているだけだ。
罠に注意しながら進めばモンスターも出現した。
非常に懐かしいモンスターが。
「【全テヲ滅スル光】!」
「【虹ノ二番ハ橙々キ雨】!」
「【首カラ吹キ出ス黒流血】!」
奥義を使う必要などなく、剣を振れば倒せる相手だ。
熟練度を上げたくて使ったが、モンスターがかわいそうになった。
なにせ、相手はコモンステラで出現するモンスターだ。ゲームを始めて間もない初心者プレイヤーが戦うような雑魚だ。
「ゴールデンウィークを思い出すな。【全力】すら覚える前、ソーニャと二人で、初心者丸出しの動きでレベリングしてた頃だ」
「私たちが弱かった頃よね。PKされまくってたわ。ここって、コモンステラからジャパンステラまでのモンスターが出現するんだっけ?」
「らしいな」
ボスを除けば、【試練十二階】には目新しいモンスターは一切出現しない。
まるで復習のように、コモンステラからジャパンステラまでのモンスターばかりが出現する。
ただし、ジャパンステラには、レベル300や400のプレイヤーが戦うモンスターもいる。高難度ダンジョンに出現するモンスターだ。
運悪く出会えば、死はまぬがれない。
単純な実力だけではなく、運も関係する厄介な試練だ。
運が悪ければ、中ボスよりも強い雑魚モンスターに囲まれて蹂躙されたりする。
「強いモンスターが出現しても困りますけど、コモンステラのモンスターでも困りますよね。経験値もドロップアイテムもおいしくありません」
「私は、害虫が出ないか不安よ。【モザイク眼鏡】があって本当に助かるわ」
復習だから、害虫モンスターが出現する可能性もある。
そして、復習はモンスターだけではない。罠もこれまでのダンジョンにあった物が登場する。
よって、うっかり罠を踏んでしまえばこういったことも起きる。
「ごめん、ソーニャちゃん! 避けて!」
イアの体が操られ、ソーニャを攻撃していた。
スキルや魔法は使っていない。思考はクリアなままだし、スキル名を唱えなければ発動しないからだ。
槍で鋭い突きを繰り出しているだけだが、和装で紙装甲のソーニャではそれすら脅威になる。
「お兄ちゃんもいるのに、なんで私を狙うのよ!」
「わたしも知らないよ! 体が勝手に動くの!」
「こないで! 【打杖】!」
スキルでイアを吹っ飛ばすが、ダメージはほとんどないせいで、ちょっとした時間稼ぎにしかならない。すぐさま体勢を立て直してソーニャを攻撃する。
「レベルは俺よりソーニャの方が上だよな? 防御力の低いプレイヤーを優先的に狙うアルゴリズムになってるのか?」
「お兄ちゃんは、冷静に考察してないで助けて! イアは攻撃できないし、避けるのもキツイの!」
「システムのアシストで、最適な動きを再現してるってところか」
助けたいのはやまやまだが、タゴサクだって迂闊に近寄れない。
スキル使用時はシステムのアシストを得られるし、マンガのキャラクターのように派手な動きを披露できる。
アシストがなければ、戦闘経験などない普通の高校生だ。
ステータスのおかげで現実よりもいい動きはできるが、イアはアシストを得ているし、とても太刀打ちできない。
「どうやって止めりゃいいんだ?」
「動きを封じる魔法は!? 【シールドロック】ってやつ!」
「入れてないんだよ。他のも攻撃用ばっかで、イアを倒さずに無力化できそうな技がない。ソーニャこそ、なんかないのか?」
「あれば使ってる! 【打杖】で無理なら他にないのよ!」
「ごもっとも。どうすっかな」
「今だけは特別に許可するから、イアに抱きついていいわよ! 力づくで押さえ込んじゃって!」
我が身可愛さから、親友を売るソーニャがいた。
イアに抱きついて、力づくで押さえ込む。
それならば、謎のスケベパワーを発揮し、生身でシステムを凌駕できそうな気がするタゴサクだった。
まあ、ただの錯覚だろうが。
「ソーニャはこう言ってるが、イアはいいか? 俺はぶっちゃけ抱きつきたいし、許可さえもらえれば抱きつくぞ」
「サクさんに押し倒されるのは嫌です! わたしがサクさんを押し倒すのはありですけど! 天井のシミを数えてる間に終わります!」
「それは男のセリフだぞ? てか大胆だな」
「男女平等です!」
テンパっているのかなんなのか、イアは大胆な発言をした。
男としては押し倒したいが、好きな子に押し倒されるのもありかも。
そうやって考えてしまうあたり、タゴサクが教育されている証拠だ。
「お兄ちゃん! アホなこと言ってないで助けて!」
「分かった分かった。ランダム効果の魔法はあるが、一か八か使ってみるか? 何が起きても責任持たないぞ。それでもよければ」
攻撃用のスキルや魔法で枠が埋まっている中、状況を打破できそうな唯一の魔法がランダム効果の【ワイルドカード】だ。
何が起きるか不明だし、余計に悪化する可能性も高い。賭けになる。
「私はオッケー!」
「わたしも構いません! 怒らないので使ってください!」
「んじゃあ、【ワイルドカード】!」
久方ぶりに【ワイルドカード】を使用した。
何が起きるかと思っていれば、イアが盛大にすっ転んだ。
敵を転ばせる効果のようだ。普通の戦闘なら致命的な隙になるし、ここで攻撃を加えて倒せる。
今はたいした意味がない。イアはすぐに起き上がり、ソーニャに攻撃する。
「意味ないじゃない!」
「ランダムだからしょうがないだろ。悪い効果が出なかっただけマシだ」
「もう一回!」
「再使用できるようになるまで待て。【打杖】を使って時間稼ぎだ」
「【打杖】!」
イアはカッキーンっと吹っ飛ばされる。
タゴサクには転ばされ、ソーニャには吹っ飛ばされと散々だ。
「サディストな兄妹です! わたしをボールにして遊んでます!」
サッカーやろうぜ。お前ボールな。
のようなギャグを見たことがあるが、それを再現した状況だ。
「操られてる方が悪いでしょうが! 奥義使うわよ!」
「わたしだってやり返すもん!」
「ガチで戦うのか? 俺の魔法はどうする?」
「使えるようになったなら使って!」
「【ワイルドカード】!」
てんやわんやの状況の中で、二度目の【ワイルドカード】を使用した。
今回は、見た目上は何も起きない。
「失敗だな。俺のHPが半分になってる。自分のHPが半減して、その分敵を回復させるハズレの効果だ」
「お兄ちゃんの役立たず! 【打杖】!」
ソーニャの【打杖】は弱いスキルだからか、クールタイムも短い。何度もイアを吹っ飛ばしている。
タゴサクの【ワイルドカード】はあてにならないし、このまま罠の効果が切れるのを待つ方がよさげだ。
一応、三度目の【ワイルドカード】も使ってみたが状況は改善しなかった。
イアは思い切り暴れ回り、ソーニャは少なくないダメージを負って、しかし死にはせず乗り切れたのは幸いだ。
「やっと効果が切れた。疲れたよ……」
「疲れたのはこっちよ」
「二人ともお疲れ。これから注意するとして、俺は魔法を入れ替えとくよ」
動きを封じる【シールドロック】を入れておけば有効だ。
スキルや魔法の入れ替えはメニュー画面から簡単にできる。
タゴサクは入れ替えるためにメニュー画面を操作する。
「お? ラッキー」
「今のでラッキーなことあったの?」
「【ワイルドカード】の熟練度が最大になった。しかも、奥義まで覚えたぞ」
タゴサクは、既に熟練度が最大になっていた【脳髄祭】と、今最大になったばかりの【ワイルドカード】で奥義を覚えていた。
ついでだし、新しい奥義も入れてみる。【シールドロック】も入れ、スキルも入れ替えておいた。
トラブルはあったがダンジョン探索を再開する。
モンスターや罠がオールスターになっているダンジョンは、宝箱の中身も同様にオールスターだ。当たり外れが大きい。
コモンステラの【テイヘーンの村】、すなわち初期の村で売っている剣を入手した時など、なんとも言えない気持ちになった。
「懐かしくていいとは思えないな」
「しょぼくても、お兄ちゃんの番は終わりだからね。次はイアよ」
「もしもですけど、わたしが強い剣を入手したらどうします? サクさんが強い槍を入手する可能性もありますよね? 交換しますか?」
「アイテムの譲渡はしないってルールを破るかどうか……その時になってから考えればいいんじゃないか? どうしても欲しけりゃ金を払って買うとかさ。ソーニャがサンサンさんから【モザイク眼鏡】を買ったみたいに」
アイテムを譲渡しないのは、三人で決めたルールだ。破ったところでペナルティはない。
好きに譲渡でも交換でもすればいいが、気持ちの問題だ。
「三人パーティーって、便利なのか不便なのか分からないわよね。モンスターの経験値も宝箱のアイテムも、単純計算で三分の一になる。でも、三人でいれば効率よく進められたり強いモンスターに勝てたりもする」
「今だって、【試練十二階】にくるよりも、色専用の星に行く方がいいよね。強い装備が手に入りやすいよ」
三人でパーティーを組み、メリットはあるがデメリットもある。
が、それはさして重要ではないと思う。
「三人で遊べば楽しい。これ以上に重要なことがあるか?」
「キザ」
「今日は真面目モードのサクさんでしたね。キザですけど」
二人にはからかわれたが、タゴサクの本心だ。
いくら効率がよかろうと、メリットが大きかろうと、一人でゲームを遊んでもつまらない。一人で遊ぶのが好きな人はいるだろうが、タゴサクはそういうタイプではない。
「というか、私がいてもいいの? イアと二人きりになる方がよくない?」
「変な遠慮はするな」
「ソーニャちゃんも一緒だよ。わたしのお婿さんだもん」
「その設定、まだ続いてたのね」
お婿さんは冗談としても、ソーニャをのけ者にする気はない。
現実も含めて、四六時中三人だと困る。
仮にイアと付き合える未来があれば、二人でデートをしたい。恋人同士がするアレやソレもやりまくりたい。
そこに妹のソーニャ入るのはあり得ないが、ゲームは三人で遊べばいいのだ。
と、柄にもなく真面目な話をしたはいいものの、真面目な空気は長く続かない。
「イア! そこ罠だ!」
タゴサクの警告はわずかに遅く、イアは罠を発動させてしまった。
今回も体が勝手に動く罠であり、ソーニャに襲い掛かる。
「またか! 私に恨みでもあるの!?」
「わたし、これ知ってるよ。マンガでよくあるやつで、天丼だよね!」
「こんな天丼はお断りよ! お兄ちゃん!」
「おう! 【奴隷創造】!」
タゴサクが使用したのは、入れ替えたばかりのスキルだ。
敵を奴隷にする効果がある。奴隷は攻撃の一切を禁じられてしまい、主に危害を加えられなくなる。
攻撃不可能になるため、ソーニャにも攻撃できない。
使ったタゴサク自身、決まるとは思っていなかった。
モンスター相手に何度か使った経験はあるが、成功確率が極めて低いスキルなので一度も成功したことがない。本当に成功するのかと疑ったほどだ。
成功しないスキルなど使い道がなく、ずっと外していた。
今回、久しぶりに使ってみれば、まさかの初成功だ。
イアの動きが止まり、攻撃できなくなる。
「なんてスキルを使ってるのよ。素直に【シールドロック】にすればいいのに」
「サクさんはエッチです! わたしを奴隷にしてナニをする気ですか!」
「深い意味はなくてだな。【教祖】のジョブで覚えたはいいが、ほとんど使ったことなかったし、今回が使い時かなと思った。失敗すりゃ【シールドロック】を使えばいいわけで、デメリットもないからな」
「使い時ってなんですか!? わたしにエッチなことするんですね! 飼い犬に手を噛まれる状況です! サクさんは猫ちゃんですけど!」
てんやわんやの状況再びだ。
イアは「お嫁に行けなくなります!」とか「ご主人様はわたしです!」とか好き放題言いまくっている。
生意気なので、これは下剋上のチャンスだろうか。
「マジでやってやんぞコラ。シシサクになって、黒ずんだぶっとい棒状のモノを口に突っ込むぞ」
「変態さんがいます! ソーニャちゃん、助けて!」
「お兄ちゃんが変態なのは事実だけど、どうせ口だけよ。やる度胸はないし、やったらアカウント削除になるしね」
アホな会話をしていれば、タゴサクにメッセージが届く。
差出人はトキヒメだ。オーロステラで会って以降、たまに届くようになった。
内容は他愛もない雑談だ。必ず「兄さん」と「妹」の文言が入っているのが特徴だろうか。
今日に限っては、タイミングがピッタリだった。
『兄さんと因縁のあるアキオーダックって男性プレイヤーが、昨日アカウント削除になったわよ。セクハラのやり過ぎで三度の警告が累積したの。妹として伝えておこうかなって』
タイミングがよすぎて、また覗いているのかと疑ってしまった。
「メッセージ? 誰からだったの?」
「知り合いのプレイヤーだ。ソーニャは、アキオーダックって奴を覚えてるか?」
「あの変態セクハラ野郎? お兄ちゃん、あいつと連絡取ってるの?」
「アキオーダックからのメッセージじゃないぞ。あいつに関係する内容だ。セクハラのやり過ぎでアカウント削除になったとさ」
「いつかはなりそうだったし、よかったんじゃない? 変態セクハラキモ眼帯野郎がいなくなるのはいいことよ。お兄ちゃんもセクハラには注意してね」
「やらないっての」
イアへの言葉はただの冗談であり、セクハラをしようとは思わない。
そのイアは、妄想の世界に旅立っている。口から微妙に漏れているが、放送禁止用語の連発だ。エロ系のフィクションでしか耳にしない単語が出ている。
「俺の好きな子が、耳年増になっていく……」
「ドンマイ、お兄ちゃん」
何度でも言うが、てんやわんやだ。




