七十七話 奥義を育てよう
本日の行き先は、コローレステラだ。
ジャパンステラの上の星になり、特徴は各プレイヤーの色が重要になる点だ。
タゴサクなら鈍色専用の星、コローレステラ・グリージョに行ける。
鈍色のプレイヤーとして強化できるが、ここに行ってしまうとソーニャやイアと一緒に遊べない。
よって、全プレイヤーが共通で行けるコローレステラで遊ぶことにする。
コローレステラにある町は【コローレ】とそのままだ。
町は一つだけではなく、複数存在する。星の広さ的にはコモンステラと同程度になり、町まで歩いて旅ができる。
レアステラは二つの町しかなく、ジャングルに囲まれていた。
ジャパンステラは四十七の星があるが、代わりに一つ一つの規模は小さい。
コモンステラ以来の、異世界を旅する雰囲気を味わえる星がコローレステラだ。
さて、コローレステラの町の様子はどうなっているか。
コモンステラは貧乏臭かった。レアステラは近代的、ジャパンステラは和風だ。
コローレステラは、非常にカラフルな町になる。
カラフルと言えば聞こえはいいが、目に優しくないゴチャゴチャした雰囲気だ。
地面も民家の外壁も、様々な色が入り交じってカオスになっている。小さな子供がクレヨンで思うままに色を塗ったようだ、と表現すれば伝わるだろうか。
NPCのファッションも、やはりカラフルでカオスだ。現実なら変人がいるとして通報待ったなし。
「何度訪れても慣れないな。どこもこの様子じゃあ、ジャパンステラに降りるプレイヤーも多いわけだ」
「設定は理解するけどね。上の星になって裕福だから、はっちゃけられるのよ」
「変人の集まりとも言えるな。俺さ、ジャパンステラで上の星から追放されたNPCに会ったんだが、その人もすっげえ変人だったんだよ。コローレステラの様子を見て納得した」
恩人に対して失礼な発言をした。【女神の秘薬】を作ってもらった恩は覚えているが、変態三十路ショタコンの変態ぶりも覚えている。
「町は変ですけど、フィールドやダンジョンがまともなのは救いですよね。外までカラフルだったら、さすがに辛いです」
「そこまでやると苦情が入ってアップデート不可避だな」
タゴサクたちは、コローレステラの様子に苦言を呈している。
コローレステラの町は【コローレ】以外も全てこれだ。文句も言いたくなる。
他の町は、現実の各言語の「色」に相当する名前となっている。
英語で【カラー】、ドイツ語で【ファルベ】などだ。
どこもかしこも目に優しくないので、町を散策するならジャパンステラがいい。
四十七もの星があれば、探索し尽くすには時間がかかる。タゴサクたちも、まだ行っていない場所はいくらでも残っている。
レベル300や400にならなければ、雑魚モンスターにすら勝てない高難度ダンジョンもある。
タゴサクたちのレベルでは、雑魚が雑魚にならない。普通に死ねる。
はっきり言って、ジャパンステラで十分だ。いくらでも遊べるし楽しめる。
「フィールドに出よう。長居したい場所じゃない」
町さえ出れば、外は普通なので安心できる。先ほどイアも言っていたが、フィールドやダンジョンはまともだ。
草原、荒野、山、森、川、海など、多種多様な自然のフィールドが広がる。
三人で草原を歩き、ダンジョンを目指す。
「ボスとは戦わないのよね? あくまでもダンジョンの宝箱狙い?」
「戦っても勝てないだろ。最低でもレベル300は必要だって聞いてるぞ。レベル400のプレイヤーですら、油断して負けたことがあるとかなんとか」
「三人がかりと考えても無理ですよね。中ボスならいけるかもしれません。最上階のボスには、そもそもたどり着けないでしょうけど」
タゴサクたちが向かっているダンジョンは、【試練十二階】という。冠位十二階のパクリのような名前だ。
十二階建ての塔であり、各階層に中ボスがいる。こいつを倒せば上の階に進め、最上階のボスを倒せば試練クリアだ。
試練をクリアするのがコローレステラ脱出の条件になる。
ダンジョンは、とにかく広い。無駄に広い。【星樹トチノキ】のように迷路構造にはなっていないが、一階層を探索するには丸一日かかると言われているほどだ。
十二階全てを探索するなら十二日。今日明日中に攻略できるものではない。
雑魚モンスターやボスも強いが、一番の強敵はこの広さになる。
全階層のマップを埋め、入口から最上階まで寄り道なしに進むとしよう。
それでも一日ではたどり着けない。
道中にはモンスターも出現するし罠もあるし、ダンジョン内でログアウトしつつ数日かけて攻略するのだ。
消耗が激しいので、回復アイテムの類はたっぷり用意する。
武器や防具の修理もできないので、複数用意する。
レベルを上げるのは当然として、準備も完璧に整えて挑まなければ失敗する。
準備を整えてすら、運が悪ければ死ぬ可能性がある厳しさだ。
試練の名にふさわしいダンジョンと言える。
タゴサクたちは初めて挑む。目当てはダンジョン内の宝箱で、状況次第では一階層のボスと戦ってもいいと考えている。
ジャパンステラのダンジョンにせず、【試練十二階】を選んだのは、広いおかげで他のプレイヤーと遭遇しにくいからだ。
将来的には攻略する必要があるし、今のうちに少しでもマップを埋めておけば楽になるという思惑もある。
「まあ、俺が攻略することはないだろうな。金色になる方が優先だし、八月末のイベントが終われば引退だ。二人で頑張ってくれ」
「そんなこと言わずに、続けましょうよ。受験なんか諦めちゃえばいいじゃないですか。レンさんみたいに、行ければどの大学でもいいって考えましょう」
イアが悪魔のような誘惑をしてくるが、受け入れる気はない。
狙っている大学や学部もあるし、八月末で引退だ。
「悪の道に引きずり込もうとするな。俺はやめる。絶対にやめる」
「わたしの猫ちゃん……」
「前も言ったが、月に一度か二度くらいなら息抜きに遊んでもいい。ネコサクがお望みなら、その時まで待ってくれ」
「欲求不満になっちゃいますよ。【獅子ガ纏イシ死屍炎魔】を使える人はサクさん一人じゃないでしょうし、他の人を探してもいいですけど、わたしは一途です。猫ちゃんはサクさんだけって決めてます」
「喜ぶべきか悲しむべきか」
最近のイアは、「一途」を主張することが増えた。
タゴサクに対する皮肉だろう。美女や美少女に見境のない男とは違うと。
「お兄ちゃんの受験が終われば、また遊べばいいじゃない」
「来年の二月とか三月とかでしょ? 半年も待てないよ。しかも、サクさんが大学に合格する保証はないよね。浪人しちゃったら一年間勉強漬けで……そっか!」
イアは顔をほころばせた。実にいい笑顔になっている。
妙案を思いついたと言いたげだが、碌でもないことに違いない。
「サクさん、浪人しましょう! 一浪と言わずに二浪してください! そしたら、わたしやソーニャちゃんと同学年になれますよ!」
「アホか! 俺の人生を狂わせる気かよ!」
「同じ学年になったら、三人で同じ大学に通って、同じマンションでルームシェアするんです。三人でゲームし放題の大学生活を満喫しましょう。天国ですよ!」
「私まで巻き込まないでよ。大体、私とイアがルームシェアするならまだしも、男女じゃ同棲になるでしょうが」
ソーニャが常識的な突っ込みをした。
女同士ならルームシェアをしてもおかしくない。兄妹でも、少々怪しいがギリギリセーフと言えなくもない。
三人でルームシェアなど、誰が聞いてもただれた関係を想像する。
「やっぱ碌でもなかったな。俺は、SOSを続ける気も浪人する気もない」
「サクさんが本物の猫ちゃんだったら、わたしが一生養うのに……」
「ヒモ生活なんて真っ平だ」
イアのバカな野望は無視して草原を歩く。
コローレステラにもなると、フィールドに出現する雑魚モンスターも油断できない強さだ。雑談の片手間に倒せる相手ではない。
三人の連携で倒しつつ進む。
イアも戦闘中にまでふざけることはないし、強敵だが負けるほどではなかった。
「俺たちの連携も熟練の域に達してきたかな。昔とはえらい違いだ」
タゴサクは自画自賛の言葉を述べた。
かつては、タゴサクのトリッキーなスキルのせいで連携に苦戦していた。
今ではかなり改善されている。タゴサクの戦い方が真っ当になっているのもあるし、三人での戦闘に慣れているのもある。
「わたしはちょっと不満です。サクさんには、堕ちたキャラの戦い方を貫いて欲しかったですね。最近は、鈍色の炎のスキルも見てませんし」
「堕ちたキャラにはなりたくないっての。スキルも、初期の頃に覚えたやつは全然使わなくなったよな。【全力】とか、最後に使ったのはいつだ?」
昔はあれほど頼りにしていたスキルなのに、入れることすらなくなった。
強いスキルを覚え、入れ替えていくのがRPGの面白さでもあるが、寂しい気持ちもある。
「懐かしいわね、【全力】。私とお兄ちゃんが最初に覚えたスキルだったっけ。私も全然使わないわ」
「RPGはそうなりがちだよね。SOSは、初期のスキルや魔法にも出番がある方だけど」
「奥義の熟練度か」
「はい。サクさんだって、使おうと思えば使えますよね?」
奥義の熟練度を最大にすれば、何かいいことがあるのか。
昔は答えられなかった問いだが、今なら答えられる。
答えは、スキルと魔法が熟練度の限界を超えて育てられるようになる、だ。
タゴサクは【獅子ガ纏イシ死屍炎魔】の熟練度を最大にした。
すると、この奥義の元になった【瘴炎焼閻】と【トリノライオン】の熟練度が、もっと上がるようになった。
スキルと魔法の熟練度を再び最大にすれば、奥義の熟練度も限界を超える。
これを繰り返せば、スキルも魔法も奥義もどんどん強化できる仕様だ。
最初に覚えた最強(笑)の奥義【全テヲ滅スル光】だって、やがては本物の最強奥義に進化させられる。
やってやれなくはないが、はっきり言って面倒だ。【全テヲ滅スル光】を最強に育て上げるくらいなら、他の強力な奥義を使う方がいい。
物好きな趣味人ならあるいは、といったところか。
「ソーニャとイアは、熟練度が最大になった奥義ってあるか?」
「私はないわよ。奥義の熟練度って上がりにくいし」
「わたしもありません。一番使ってるのは【首カラ吹キ出ス黒流血】ですけど、それでもまだまだかかりますね」
育てた奥義の強さを知りたいが、情報は秘匿されているし不可能だ。
めちゃくちゃ強いようなら、【獅子ガ纏イシ死屍炎魔】や【全テヲ滅スル光】を育てる手もある。
「優先的に【全テヲ滅スル光】でも使ってみるか? でもなあ」
「面白そうですし、やってみませんか? なんといいますか、わたしたちの代名詞になる奥義が欲しいです。マンガの主人公だって必殺技を持ってますよ」
「ちょっと分かるかも。色んな奥義があるのはいいけど、一つ一つの印象が薄くなるわよね。『ソーニャと言えばこれ!』、『イアと言えばこれ!』みたいなのがあると素敵よ。お兄ちゃんには猫があるけど」
「ネコサクが嫌だから、【全テヲ滅スル光】を使うって言ったんだよ。察しろ」
育てるなら【獅子ガ纏イシ死屍炎魔】の方がやりやすい。既に熟練度を最大にしてあるし、【瘴炎焼閻】と【トリノライオン】を優先的に使えばいい。
これ以上、ネコサクを強くしてもしょうがないので、【全テヲ滅スル光】を育てると言った。
「マジでやってみるか? PvPで使えば盛り上がるかもしれない」
「やりましょう!」
「いいわね。三人が何か一つの奥義を極めるのよ。そのままパーティー戦の優勝もいただきってね」
ただの思いつきが妙に盛り上がり、やることになった。
タゴサクは【全テヲ滅スル光】を育てるつもりだ。鈍色の奥義を育てるのも捨てがたいし、ひょっとしたら変更する可能性もある。
ソーニャとイアが何にするかは内緒と言われた。
もったいぶっているのではなく、本人たちも決め切れないのだ。
「私は何にしよっかなあ。【虹ノ二番ハ橙々キ雨】か【遠キ彼ノ地ヘ消エヨ】か」
「ソーニャちゃんなら【初メテヲ捧グ】がいいんじゃない? あれ、すっごく色っぽいし、わたしは好き。大勢の前で使えば完全下位互換なんて言われないよ」
「【初メテヲ捧グ】は、橙色の奥義じゃないのが不満ね。橙色がいいわ」
「そっか。わたしは【復讐ノ憎悪ガ滾ル鬼】がいいけど、あれって使いにくくて」
「お兄ちゃんとの戦いで使ってたわね」
「サクさんに復讐するにはぴったりだと思ったからだけど、わたしは……」
どの奥義を育てるか話していたが、イアはタゴサクの方をチラチラ見てきた。
「あの時のこと、まだ怒ってるか?」
「怒ってはないですよ。あのですね、わたしが【復讐ノ憎悪ガ滾ル鬼】を使ったタイミングですけど、サクさんを倒すなら【無限ノ槍ヨ刺シ穿テ】の方がよかったんですよ。復讐したいから【復讐ノ憎悪ガ滾ル鬼】のつもりでした。ただ、今になって思えば、わたしは勝ちたくなかったんじゃないかなって」
「手を抜いたって?」
「手を抜いたんじゃありません。手加減したから負けたって主張する気もなくて、わたしが勝っちゃうとサクさんの話を聞けなくなりますし、仲直りできません。わたしはサクさんと仲直りしたがってたのかもって思いました」
イアが可愛い。時折ドSになるが、こうやって可愛いことを言ってくれるたびにタゴサクは惚れ直す。
タゴサクは自分でも分かるほど頬が緩んだ。
「昨日も言ったけど、さっさとくっつけばいいのに」
ソーニャに言われずとも、タゴサクもくっつきたいと思っている。
イアにも嫌われていない気がするのにくっつけない。
変な関係だ。