五十九話 ご主人様とペット
タゴサクは【桃源郷シュト】に移動し、イアに会う。
二人きりで話をするために、宿に向かった。
イアはすんなりついてきてくれたが、タゴサクにとっては逆に悲しい。
仲違いする前までなら、冗談の一つも口にする場面だからだ。「サクさんと二人で宿に入るのは貞操の危機が」とか「サクさんがエッチでも、SOSではエッチな真似はできませんよ」とか。
黙っているのは、単なる義務感でしかないと無言で訴えているに等しい。
決闘で負けた以上、約束だから話を聞いてあげる。それだけだ。
悲しいが、話を聞いてもらえるようになっただけでも前進と考える。決闘した甲斐があった。
宿の部屋に入れば、タゴサクはベッドに腰掛ける。
ゲーム内で眠ることはないのに、雰囲気作りのためかなんなのか、ベッドがあるのだ。
自分の横をポンポンと叩き、イアにも座るように促す。
宿に入る時と同様、拒否せず素直に従ってくれた。
「サクさんはエッチです! とか言わないのか?」
「今さら言うことじゃありません。エッチじゃないサクさんなんて、他人を蹴落とさないSOSです」
本日も絶賛無表情、かつ抑揚のない口調で、イアが答えた。
「まあ、こんな話をしたいわけじゃなくてだな」
「はい」
「俺さ、イアが好きなんだ。友達としてじゃなく、女の子として好き。俺の恋人になってもらいたいって思ってる」
何よりもまず、タゴサクの気持ちを伝えた。
イアが好きだと。スキルではなく、自らの口で。
「いつから好きになったかっつうと、ぶっちゃけよく分からん。多分、出会った当初からかなって気はするな。すっげえ可愛くて俺の好みのタイプだし、一目惚れしたんだ。ソーニャに頼まれてSOSをやり始めたが、やってよかったって思った」
「信じられると思います?」
「やっぱ信じられないか。俺の行動を振り返れば当然だな」
本気と思われないよう、ふざけた言動をしていた。セクハラ発言も多かった。
イア以外の美少女にも夢中になっていたし、決定打となった泉での出来事だ。
信じてもらえるわけがない。
「信じてもらえなくても、俺はイアが好きだ。俺と付き合ってください」
「サクさんはバカですね。ここで『はい』なんて答えが聞けると思うんですか?」
「てことは、俺はフラれた?」
「当たり前です。サクさんと付き合うなら他の人と付き合います。四月に学校の男子から告白されたって言いましたよね? あまり話したことのない人ですけど、外見は格好いいんです。あの人の方がマシです」
イアのような美少女に告白するのだ。よほど自惚れた勘違い野郎でもない限り、自分に自信を持つイケメンだろう。
今でもイアを好きでいるなら、イアがその気になればカップル誕生だ。
「そいつとは付き合って欲しくない。俺はイアが好きだ」
「別に好きじゃないですし、付き合いませんよ。あくまでも例です。サクさんと付き合うならその人がいいってだけです」
「俺のことは嫌いか?」
「嫌いじゃなくて、大っ嫌いです。わたしはサクさんを信じてました。エッチですけど、結構優しくて時々真面目で、一緒に遊んで楽しい人だって。本当に酷いことはしないんだって。なのに、あれです」
「あれは、俺が全面的に悪かった。ごめん!」
ベッドから降りて床に正座し、頭を下げて謝罪した。
頭を下げたままで続ける。
「イアの濡れ透けとか言って、際どい格好をさせてごめん! イアを傷つけたくせに、なんにもなかった態度でユメさんに鼻の下を伸ばしてごめん!」
「それだけですか?」
「これまで曖昧な態度を取ったこともごめん! イアが好きなのに、一緒に遊べなくなるのが嫌で言えなかった! 臆病でごめん!」
「それだけですか?」
同じセリフを繰り返したイアだが、タゴサクには謝罪することは残っていない。
今ので全てだ。タゴサクが悪いと思った悪事を謝罪した。
イアに変態発言をしたことはあるが、冗談の範疇だったし怒ってもいなかった。
先ほどの決闘も、怒られるような真似はしていない。
顔を上げて答える。
「これで全部だ」
「今のじゃ説明になっていませんよ。単に謝られても困ります。わたしが知りたいのは、サクさんがなんでそんなことをしたかなんですから」
「順番に話すつもりだった。聞いてくれるか?」
「決闘の条件でしたからね。サクさんの言いたいことは聞いてあげます」
「ありがとう」
タゴサクは、イアに何を話すか考えていた。
自分の思う正しい順番で話そうとした。
だから混乱させてしまったが、まだまだ話すことはある。
「俺は前からイアが好きだった。でも、俺たちの関係は中途半端なんだ。SOSってゲームを通じて維持されてるものでしかない。イアが俺の好意を迷惑に思えば、一緒に遊べなくなる。一緒にパーティーを組んでもらえず、解消になる。SOSで会えなくなれば、俺たちの関係はほとんど残らない。せいぜい、ソーニャの兄と親友ってだけだ」
「だから曖昧にしたんですか?」
「そうだ。友達として、パーティーの仲間として、一緒に遊んでるうちにもっと親しくなってからって思った。イアが俺を好きになるまでいかなくても、俺の好意を迷惑に思わないレベルになれば積極的になろうかなって」
先延ばしにした結果が、こじれにこじれた現在の状況だ。
タゴサクの判断ミスと言えるが、手遅れにはなっていない。修繕できる。
「俺はスケベだし、好きな子のラッキースケベイベントを望んだのは本心だ。もっと言うなら、イアじゃなくてもいいとすら思った。好きなのはイアでも下半身の欲望は別だからな。可愛い子のラッキースケベは嬉しい」
「最っ低です」
「言い訳にしか聞こえないかもしれんが、傷つけるつもりはなかった。スケベな発言と一緒で、冗談の範疇のラッキースケベだ。女の子の裸とかを見れれば、俺はすげえ嬉しい。これは、ラッキーなのは俺だけだ。女の子が傷ついちゃ意味がない。イアが相手だとすれば、『サクさんはエッチですね』って突っ込みを入れてもらえる程度の内容でよかった」
濡れ透けを期待しているという話は、イアにしたことがある。
仮想の肉体でも恥ずかしいと言っていた。わざとやったら軽蔑するとも。
タゴサクは、それで自重する真面目な人間ではない。範囲を見極めたラッキースケベならいいと軽く考え、チャンスをうかがっていた。
深夜アニメにおける謎の光に防御される、ほぼ裸という状況は予想外だったが、別の展開なら喜んでいたに違いない。
「サクさんがエッチなのは知ってます。何度か言いましたけど、男性がエッチなのは仕方ないことだって分かってます。少年マンガにもラッキースケベは多いです。あれはマンガだから許せることで、現実で考えれば性犯罪ですよ。わたしがやられたら親や先生に相談しますし、最悪は警察に通報します。マンガのヒロインみたいに、ビンタ一発で許すわけないじゃないですか」
マンガだから、フィクションだから、ギャグだから許せる。
現実的に考えれば許せない。
イアの言い分は理解できる。
「サクさんも理解してくれてると思ってました。マンガだから許せて、現実じゃ許せないんだって。そんな簡単なことを理解できない人じゃないって信じてました。エッチでも、やっていいことと悪いことの区別はつきますよね?」
「もちろんだ。俺が考えてた濡れ透けってのは、雨に打たれて服が透けて、下着のラインがチラッと見えるとかのレベルだ。モンスターが相手なら、触手みたいな物に絡みつかれるとかな。ゲームだからガチでまずい展開にはならないし、冗談の範疇に収まるはずだったんだ」
「わたしが透けちゃったのも、不幸な偶然が重なったんですよね?」
「不幸な偶然って言い切るには、イアの被害がでか過ぎるがな。少なくとも、俺はあそこまでさせたかったんじゃない。見たくないわけじゃないぞ。ゲスい欲望はいくらでも持ってるが、常識も持ってる」
今さら常識うんぬんと言い出すのも滑稽だが、何がイアを傷つけるか理解している。冗談で済む範囲、済まない範囲を見極めている。
だから、現実ではスケベで変態なお調子者キャラで受け入れられているのだ。
女子が苦笑しつつ、「御堂君だからね」と言ってもらえるレベルを維持しなければならない。
行き過ぎた行動は、友達の信用を失う。「御堂君だからね」では許せなくなる。
冗談だから、ギャグだからで、なんでも許されるわけではない。
「分かってますよ。わたしを傷つけたくて傷つける人じゃないです。事故です。分かってるから、わたしは言い過ぎちゃったなって考えました。サクさんも謝ってましたし、反省してる様子でした。恥ずかしかったけど許そうかなって。サクさんだから許せるんです。他の男子なら許しません。嫌いになります。サクさんならいいかなって」
「許してくれようとしてたのに、あれか」
反省しているなら許そうと考えたのに、タゴサクはユメに鼻の下を伸ばしてデレデレしていた。
まるで反省していないと見えて当然だ。信じていたのに裏切られたと考えるに決まっている。
イアを傷つけたくせに、やっていい行動ではなかった。
「わたしの頭はグチャグチャですよ。サクさんは反省してないの? 悪かったって思ってないの? あんな真似をすれば、わたしが傷つくってことにも考えが及ばない人なの? これまで信じていたサクさんの姿が全部嘘に思えて、なんにも信じられなくなりました」
「あれは俺が悪かった。ごめん」
「単に謝られても困りますって言いましたよね。理由をちゃんと教えてください。そもそも、あの人たちは誰なんです? 今日の決闘にもいましたけど」
イアに、ユメたち三人のことを教える。
現実では、女性アイドルの森田ウニだと。男性はマネージャーで、もう一人の女性は高校のクラスメイトだと。
「森田ウニって、サクさんがファンだって言ってた人ですか?」
「その人だよ。大ファンですって伝えたら、ファンサービスをしてくれた」
「もう一人の人は、ただのクラスメイトなんですか? あの人、胸が大きかったですよね? 見た感じ、ソーニャちゃんよりも大きいですよ。いかにもサクさんが好きそうな人です」
「俺が巨乳好きなのは否定しないが、レンさんはただのクラスメイトだ」
「も、もっと早く教えてくださいよ! アイドルがファンサービスをしてただけって知ってれば、わたしだって……聞こうとしなかったのはわたしでした」
イアは自己完結しているが、大ファンのアイドルだろうとなんだろうと、デレデレしていい状況ではなかったのだ。
「俺が悪いんだ。優柔不断だった。イアにもユメさんにもいい顔をしようとした。最初は、ユメさんに会っても素直に喜べなかったんだ。イアを怒らせたばかりだったしな。喜べなかったせいで、俺が大ファンだって言ってるのは嘘だと思われた。なんとか信じてもらえたらファンサービスだ。あそこでそっけない態度を取れば、また嘘だと思われるんじゃないか心配だった。嘘と思われたくなくて大げさに喜んだら、ユメさんもファンサービスをしてくれて、マジで嬉しくなっちまって」
「わたしが目撃したわけですね」
「イアにも嫌われたくない。大ファンのアイドルにも嫌われたくない。二人ともにいい顔をしようとした結果が今だよ」
「分かりました。わたしも誤解していた部分がありましたし、それは認めます。サクさんは反省していて、わたしに悪いとも思っていたんですね」
「ああ」
ようやく誤解が解けたようだ。ここまで長かった。
「でも、サクさんの説明が下手くそですよ。順番がおかしいです。あれは誤解で単なるファンサービスだったって部分を先に説明しません? サクさんは反省していたって。なんで最初が告白なんですか」
「俺なりに考えた順番だったんだ。周囲の事情よりも、自分の事情を説明したい」
タゴサクが好意を寄せれば、イアはパーティーを解消する可能性があった。
イアが濡れ透けになったのは不幸な事故だ。
ユメがファンサービスをしていたのは、相手が勝手にやったことだ。タゴサクが喜んだのも相手のためだ。
これは全て真実だ。間違っていないし説明の必要もある。
だが、周囲の事情だ。何より伝えたいのはタゴサクの気持ちだった。
「イアが好きだ。一番伝えたいのはこれなんだよ」
「信じられません。反省してたのは信じますけど、サクさんの気持ちは信じられません。サクさんは口がうまいです。わたしを騙してるんじゃないかって疑います」
一難去ってまた一難だ。タゴサクの気持ちを信じてもらえない。
ここは、ユメの言葉を借りよう。
「ユメさんが言ってたが、芸能事務所には『人を信じられる人間になれ』って教訓があるんだとさ」
「サクさんを信じないわたしが悪いって言いたいんですか?」
「違う。この言葉には裏の意味があるらしい」
ユメが教えてくれた内容を伝えれば、イアはドン引きしていた。
「芸能界って……」
「怖いよな。ともかく、イアに信じてもらえない行動をしていた俺は確かに悪い。俺に責任がないなんて言わない。責任はありまくる。それを踏まえた上で、イアも考えてくれないか? 俺を信じるか、信じないか」
「サクさんは、女の子なら誰でもいいんじゃないですか? ミドリちゃんでもユメさんでもレンさんでも。ソーニャちゃんだって、仮に兄妹の恋愛が社会で認められてれば大歓迎じゃないですか?」
イアの意見は、間違いではないが正解でもない。妹を恋愛対象として見るかはともかくとして、女の子なら誰でもいいのではなく。
「正確には、可愛い子なら誰でもだな」
「なんでバカ正直に言っちゃうんですか!」
「告白するのに嘘ついてどうする。可愛い子が好きだから、イアにも一目惚れしたんだぞ。可愛くなけりゃ一目惚れしてない。まあ、結局好きになった可能性は高いが。イアは顔以外も魅力的だ。厨二病の一面すら、最初はドン引きしたが今じゃ好きになってる」
「わたし、ソーニャちゃんより胸が小さいですよ? 平均サイズです」
「巨乳好きだからって、巨乳以外お断りじゃないぞ。俺がそ……なんでもない」
勢いあまって「俺が育てる」と言いそうになった。
今は、セクハラ発言は自重する。
「サクさんは大嫌いです。最低だと思います」
「そっか」
「わたし以外の女の子にデレデレするから大嫌いなんです。わたし以外の女の子でも、エッチな展開を望むから最低なんです。少年マンガのエッチなキャラは、エッチでも最後はヒロイン一人を好きになります。ヒロインを守りたいと言って戦おうとします。サクさんは違いますよね? だから、お付き合いするのはありません」
タゴサクは、本格的にフラれてしまったようだ。覚悟はしていたが辛い。
ところが、イアの言葉は終わっていなかった。
「お付き合いするのはないですけど、猫ちゃんになってくれるならいいです」
「は?」
「猫ちゃんです。普段はパーティーを組みますし、一緒に遊びますけど、わたしがもふもふしたくなったらすぐ猫ちゃんに変身してください」
「それって、ご主人様とペットというか……」
「ソーニャちゃんやユメさんの言葉を聞いて、いいことを思い付いたんです。ソーニャちゃんが教育したって言ってたように、わたしがサクさんを教育します。ユメさんが自分で考えろって言ってたように、教育したいと考えました。サクさんがエッチでダメダメな人なら、教育すればいいんですよ。わたしが信じられる人間に育てるんです。なんでこんな簡単なことに気付かなかったんでしょう。わたしって天才です」
「それって、教育じゃなくて調教……」
「早速もふらせてください。宿屋じゃ奥義は使えませんし、外に行きましょう」
イアが部屋を出て行くので、タゴサクもついて行くしかない。
フィールドに出たタゴサクは、イアからもふられまくってしまう。
イアは大満足でツヤツヤした顔をしていたが、タゴサクは汚れてしまった。
「もう、お婿に行けない……」
メソメソと泣き崩れるのだった。