五十二話 アイドルとトキヒメ
女性三人が盛り上がっており、タゴサクは精神的ダメージを受けている。
イアに謝りたいし、事情を説明したいが、この場にはいないので話せない。今頃はクエストを終わらせ、こちらに向かっているだろう。
イアが戻ってきた時に謝ることとし、今はシンガーと男性同士で会話する。
「おかしな状況になりましたね。僕たちはクエストのためにきただけなのですが」
「うちの妹もノリノリになってしまって、すみません」
「こちらこそ。ユメのせいで状況をややこしくしてしまったようで、すみませんでした。マネージャーとして、僕がたしなめるべきでした」
「あれは俺が悪いので。ただ、ファン全員にあんな真似をしていると、勘違いして暴走する男もいませんか?」
「普段はあそこまでしません。おそらく、ファンではないと思って落ち込んだところへ、本当にファンだと知って嬉しくなったのでしょう。困ったものです」
シンガーは肩をすくめ、首を横に振った。
同じ仕草をしていた男性に覚えがある。かつて戦った眼帯男アキオーダックだ。
シンガーは、アキオーダックとは比べるべくもない美形なので、同じ仕草でも印象がまるで違う。
イケメンだから許されるのだな、とタゴサクは少し嫉妬した。
はっきり言って、この容姿でマネージャーなどしているのが意外だ。シンガー自身が男性アイドルになっても通用するだろうに。
「ユメは極端なんですよね。愛嬌を振りまく時と振りまかない時で、差があり過ぎます。人気以前に、アイドルとしては未熟と言わざるを得ません。芸歴だけはそれなりに長いのに」
「シンガーに言われたくない。綺麗な女性には、いまだに色目を使うでしょ」
女性同士で会話をしていたユメが、シンガーに反論した。
「昔の癖が抜けなくて」
「今は私のマネージャー。マネージャーが女性関係で問題を起こせば、私の醜聞にもなる。自重して」
「善処します」
「あの、昔の癖ってことは、シンガーさんもアイドルだったんですか?」
不躾な質問をしたのはソーニャだ。タゴサクも気になっていたし、便乗して聞きたいと思った。
「僕は、アイドル歌手の卵だったというところですね。プレイヤー名がシンガーになっているのはそのためです。人気が出なくてとっくに引退しました」
不躾な質問だったが、シンガーは微笑を浮かべて答えていた。
この容姿で人気が出ないとは、芸能界は恐ろしいところだ。平均レベルより少しイケメン程度のタゴサクでは、到底勤まるまい。
「失礼なことを聞いてすみません」
「構いませんよ。実は、僕もソーニャさんにお聞きしたいことがありまして、だからこちらの事情を話したという下心があります」
「私に聞きたいこと?」
「SOSにはトキヒメという女性プレイヤーがいます。ご存知ですか? ソーニャさんに似ていらっしゃいますし、もしかして関係者かと思いまして」
シンガーの口からトキヒメの名前が出るとは予想外だ。
スクリーンショットが出回っているし、知っていてもおかしくないが。
「ユメは、トキヒメさんに会いたくてSOSを始めました。僕はユメの付き添いです。もしもトキヒメさんとお知り合いであれば、会わせていただけませんか?」
「あいにく知り合いじゃないんですよ。私に似てるのは他人の空似だと思います」
「残念です」
「残念。会いたかったのに」
ユメは目に見えて落ち込んでいた。よほど会いたかったようだ。
「この際だし、タゴサク君にも話してみたら? あたしのクラスメイトだから、一応信用できる人だって保証するよ」
「一応は余計だって」
「ごめんごめん。さっきの修羅場を見ちゃうと、どうしてもね」
「うぐ……」
「自分の修羅場の次は、クラスメイトの修羅場を目撃するなんて思わなかったよ。あたしって修羅場に縁があるのかな」
自虐的なジョークを口にするレンだが、タゴサクは精神への大ダメージ再びだ。
自業自得とはいえ、レンの言葉はタゴサクの心をえぐることえぐること。
「修羅場はともかく、あたしたちより上の星に行ってるなら、トキヒメって人にも近いと思ったの。協力者は多い方がいいよ。タゴサク君たちも三人でコダってるんだし、協力プレイに肯定的でしょ?」
「まあな。ユメさん、よろしければお聞きします」
「うん……トキヒメさんは、多分私の恩人と同じ人だと思うの。数年前にトラブルがあって、私がアイドルをクビになりかけた時に庇ってくれた人。私を庇ったせいで、その人がクビになっちゃったの。お礼も謝罪もできなかったし、会いたいって思ってたら、このゲームのことを知って」
「で、始めたと?」
「うん。だから、会うことがあれば紹介してほしい。お願い」
ユメは深々と頭を下げ、タゴサクに頼んでいた。
表情は真剣そのものであり、気持ちが伝わってくる。
「僕からもお願いします。アイドルがSOSをプレイするのは、本来は褒められた行為ではないのですよ。基本的な容姿を変更できませんし、何が起きるか分かりません。それでも、外見を変えられるだけ変えることを条件に、事務所に許可を得ました。ユメはそれだけ会いたがっているのです」
「分かりました。紹介すると確約はできませんが、もし会えれば必ず」
タゴサクやソーニャの理由とは違うが、トキヒメに会いたがっている人だ。同じ目的を持つ者同士、協力するのもいい。
何気にトキヒメの情報も手に入った。
ユメを庇ってクビになったのだから、トキヒメもアイドルだったのだ。あれだけの美少女だしおかしくない。自信家である点も納得だ。
逆に、思い描いていた人物像とは異なる部分もあった。
男性プレイヤーを下僕としか思っていないと聞いていたので、性格が悪いと考えていた。ユメを庇ったということは、意外といい人なのだろうか。
あるいは、同性には優しいが、異性には厳しいとか。
美少女であれば、嫌な経験をして男性不信になっているとも考えられる。
推測の域は出ないが、ユメが慕っている人という部分は覚えておこう。
タゴサクとソーニャは、三人と連絡先を交換し、別れた。
シンガー、ユメ、レンの三人は、まだレベルが低くコモンステラで活動中だ。一緒に遊びはしないが、何かあれば連絡を取り合う。
「よかったわね。大好きなアイドルと知り合えるなんて、滅多にない幸運よ」
「代わりに、イアとの関係がな……最っ低とか大っ嫌いとか言われて……」
「どうするの?」
「いい機会だと思うことにする。イアとの関係にケリを着ける機会だ」
タゴサクは、イアへの気持ちを曖昧にしている。本気で好きになり、本気でアプローチをかけた場合、一緒に遊べなくなるのが怖かった。
SOSというゲームを通じて維持されている関係なので、イアがタゴサクの好意を迷惑だと思えば簡単に離れられる。パーティーを解消してもいいし、なんならSOS自体をやめたっていい。
好きでもない男から好意を寄せられているのに、一緒に遊びはしない。遊んでも楽しくないし気まずいだけだ。
だから、冗談の範疇に抑えたことしか言ってこなかった。
「態度を保留するのは、もうやめる。本気になる。結果がどうなるとしてもだ」
「つまり、本気で好きだって?」
「俺は結構前から本気だったぞ。本気だからこそ、本気になれなかった。まあ、俺が臆病だったって言われりゃ返す言葉もないが」
「そっか、お兄ちゃんとイアがね。自分の兄と親友が付き合うのは変な感覚だわ」
「付き合えるかどうかは分からないがな。フラれる可能性の方が高いと思ってる」
「フラれたら言ってね。傷心のお兄ちゃんを慰めるために、私のおっぱい揉ませてあげてもいいわよ」
「いらん」
おっぱい星人のタゴサクにしては、きっぱりと拒否した。
本気になる以上、イア以外の女性にデレデレするのはない。胸を触るなど言語道断だ。
スケベな本性を変えられるわけではないが、言動には注意する。
最低限、そこから始めなければ。
「真面目な顔してるけど、いつまで続くかしらね。ユメさんと付き合えるってなったらどうするの? 大好きなアイドルを自分だけの物にできるのよ?」
「そりゃ嬉しいぞ。学校の友達に自慢もできる。俺の彼女はアイドルだぜって。だが、イアが一番だ」
好きなアイドルと好きな女性は、意味が違うと考える。
無論、アイドルを恋人にするのは憧れる。仮にユメを恋人にできれば、この上なく優越感に浸れるに違いない。アイドルが自分だけの物になったと。
ユメの人気はさほどでもないが、少数ながらファンもいる。これから人気が出る可能性もある。
みんなが夢中になるアイドルがタゴサクの物なのだ。優越感は絶対にある。
優越感に浸りたいがために恋人にするのは、恋愛的な意味で好きとは言わない。
ユメという女性を好きになったなら、彼女を選ぶ。アイドルとの恋愛は茨の道だとしても、乗り越えようと思える。
優越感が悪いのではなく、優越感と恋愛感情、どちらが先にくるかだ。
ユメと付き合えば、アイドルと付き合っているという優越感が上になる。
ステータスと言ってもいい。魅力的な女性を侍らせるのは、自分にそれだけの魅力があるという意味で、ステータスになる。
タゴサクが好きになったのはイアだ。優越感やステータスよりも好きという気持ちが上になる。
これでも本気だ。
「うん、本当に本気みたいね。中途半端な気持ちだったら反対してたけど、本気なら応援してあげる」
「サンキュー」
決意も固まったところで、イアを待つ。
戻ってきてくれないかもと思ったが、戻ってきてくれた。
ただし、タゴサクの方を見ようとしない。
「イア」
「うるさいです。話しかけないでください」
「お願いだから俺の話を」
「聞いて欲しいんですか?」
「お願い」
何度も話しかければ、タゴサクの顔を見てくれた。
イアは笑っていない。かといって怒っている顔でもない。表情がなく能面のような顔だ。
タゴサクは、無表情のイアから視線を逸らさず、じっと見つめる。少しでもこちらの気持ちが伝わるように。
「サクさんのお願いは分かりました。わたしの答えは」
イアは少々間を置き、声高らかに唱える。
「【首カラ吹キ出ス黒流血】!」
返答は奥義だった。
タゴサクの首がすぽーんと吹っ飛び、即死する。【テイヘーンの町Ⅱ】に死に戻りした。
話を聞いてもらうのは難しいと思っていた。思っていたが、迷いなくPKするとは予想外だ。
泉はフィールドになるので戦闘行為はできるし、当然PKもできる。
にしても、ここまでするとは。
「前途多難だな、こりゃ」
「前途多難ね」
「ソーニャ? なんで?」
「私もイアにPKされた。お兄ちゃんと話してって言えば、問答無用で奥義よ」
「首を飛ばされた?」
「クールタイムがあるから連発できないでしょ。私は【正シキ者ハ死セヨ】って奥義で殺されたの」
「俺の知らない奥義だな。物騒な名前だ」
Infernalは英単語だ。
意味は、地獄のような、悪魔のような、極悪非道な、という形容詞になる。
「いわゆる即死攻撃よ。術者よりも低レベルの相手を即死させるの。レベルで判定するからモンスターには効果がなくて、プレイヤー限定ね。あとは色も関係してるわ。黒や鈍色のプレイヤーには通じなかったはずよ」
「橙色のソーニャには通じるって?」
「明るいイメージの色に効くの。赤とか橙とか白とかね。正しき者は死せよって書いてインファーナルって読むの」
「久しぶりに言わせてもらうが、なんつうゲームだ。なんつう名前の奥義だ」
「奥義も物騒だけど、イアも物騒よ。私まで容赦なくPKするんだもの。昔さ、冗談めかして暗黒面に堕ちるとかなんとか言ってたけど、まさにそれ。暗黒面に堕ちた美少女の完成ね。あの子、ヤンデレの素質あるわ」
「シャレになってねえ……」
これは、今日明日でどうにかできる問題ではなさそうだ。
イアはマジのガチでぶち切れているし、多少なりとも落ち着くまで待たなければ話どころではない。
「ごめんな。俺のせいで、ソーニャとイアまで喧嘩したみたいになってる」
「男を取り合って女の友情が壊れるとか、よくある話よね。私がお兄ちゃんを取ろうとしてるわけじゃないけど」
「俺のために争うのはやめてくれ! とか? こういうのって、美少女のセリフの気もするが」
冗談を言っても気は紛れない。三人の関係がこじれまくっている。
「私のことは気にしないでいいわよ。イアを嫌いになったりしないし、この程度で壊れる友情でもないと思ってる。お兄ちゃんはイアと話し合うことを考えて」
「お前、頼りになるなあ。男前だ」
「いい女って言いなさい」
「いい女だ。イアの次にな」
「よろしい。今日はログアウトする? ゲーム続けても、なんにもできないし」
タゴサクとソーニャは【テイヘーンの町Ⅱ】でログアウトした。
明日以降、どうなるかは不明だが、なんとかするしかない。




