四十六話 名前の由来
「【首カラ吹キ出ス黒流血】!」
イアが奥義を放った。暗いので見えないが、タゴサクを狙ってくれたはずだ。
罪人の首を刈り取る処刑人の一撃。
その性質上、攻撃されるのは首と決まっている。すなわち、首さえ守れば即死は避けられる。
両腕で自分の首をガードすれば、豆腐のように軽々と斬り裂かれた。
が、首はかろうじて無事だ。両腕を失ったものの、まだ生きている。
生きているのも、両腕を失ったのも計算通りだ。
イアに攻撃させたのは、スキルを使うためだった。
奥義を放ち終えたイアが松明を灯してくれ、女神の姿も見えるようになる。
女神に向けて即座にスキルを放つ。
「【敗者の競演】!」
これは、自身の状態異常を敵にも付与するスキルだ。
四肢が欠損した場合は、「右腕欠損」のような状態異常になる。扱いとしては毒などと同じだ。
だから、両腕を失っているタゴサクが使えば、女神の両腕も失われるはずだ。
自分で自分の腕を斬り落としてもスキルは効果を発しないため、誰かにやってもらう必要がある。
状態異常攻撃を多用するモンスター相手に使えば効果的だ。モンスターは、自分の状態異常攻撃で自分が苦しむ羽目になる。
一方だけが痛みや苦しみを味わうのは許さない。
苦楽を共にするのではなく、苦のみを共有する。
死なばもろとも。勝者不在の不毛な争い。
ゆえに、【敗者の競演】である。SOSらしいスキルと言えよう。
自分が一番を目指す以上、他人が得をするのは絶対に認めない。他人に得をさせるくらいなら、一緒に損をする方がマシだ。
ウィンウィンの関係など目指さない。理想は自分が勝ち相手が負けることで、次善策が共に負けるルーズルーズだ。
このゲームは本当におかしい。
おかしい奥義に頼るタゴサクには、SOSを悪く言う資格はないが。
スキルは命中し、女神は予想通り両腕を失った。
両腕を失えば、十本の指による攻撃もやむ。大チャンス到来だ。
とはいえ、攻撃できないのはタゴサクも同様だ。松明を持っているイアも、槍が使えないので難しい。
まともに戦えるのはソーニャだけになる。
「私のSPやMPも残り少ないんだけど!」
「なんとか頑張れ!」
「なんとかって……ああもう! 【ライジングサン】!」
半ばやけくそになって、ソーニャは魔法での攻撃を開始した。
無論、女神も黙って負けてはくれない。両腕を失おうとも反撃する。
「【神罰】!」
旭日の光と神罰の光が衝突した。威力は女神の方が上らしく、余波でソーニャのHPが削られる。
「く……【ライトアロー】!」
ジャパンステラで購入した光の矢の魔法だ。
ただし、これは弱い。コモンステラで売っているなら分かるが、ジャパンステラにしては不自然な弱さだ。一発ではたいしたダメージを与えられない。
代わりに、ちょっとした特殊効果がある。
光の矢は女神に向かって行かず、ソーニャの傍にとどまっている。
「【ディバイン】!」
単体では弱い【ライトアロー】は、別の魔法と組み合わせることが可能だ。
神聖な光の魔法の【ディバイン】と合わせれば、一筋の巨大な光となる。
「【ディバインアロー】!」
神聖な矢が女神の顔面に突き刺さった。
「やった!?」
「ソーニャちゃん、それはフラグだよ……」
確かに、「やったか?」のようなセリフを口にして、実際に倒す展開はほとんどない。
今回も例外ではなく、女神は死んでいなかった。
「【神罰】!」
「ラ、【全テヲ滅スル光】!」
ソーニャは、タゴサクも愛用する奥義【全テヲ滅スル光】で防いだものの。
「まず……MPが……」
今の奥義でMPがほぼ尽きたようだ。アイテムで回復しようとしている。
回復したとして、倒し切れるか怪しいところだ。
どうもタゴサクが犠牲にならないとダメらしい。
「しゃあない。骨は拾ってくれよ」
「お兄ちゃん?」
両腕がないとバランスが取りにくく走り辛いが、懸命に走って女神に接近する。
「一緒に死のうぜ、女神様よ! 【シールドロック】!」
魔法により女神の動きを封じた。
同時にタゴサクも動けなくなる。両者共に身動きが取れなくなる魔法だからだ。
タゴサクは攻撃できず、女神もできない。睨み合うようにして不動となる。
状態異常を付与する【敗者の競演】といい、お互いに不利になる技ばかりだ。
「やれ!」
「お兄ちゃんのくせに格好つけて! 【虹ノ二番ハ橙々キ雨】!」
「サクさんの死は無駄にしません! 【地獄ニ誘イシ千手乙女】!」
ソーニャとイア、二人の奥義が、タゴサクもろとも女神を呑み込んだ。
タゴサクが二発の奥義に耐えられるわけもない。
一人で【空中都市アオゾラ】に死に戻りした。
激戦の疲れから、自然とため息が漏れる。
「ソーニャとイアは勝ったかどうか。これで負けてりゃ、俺は無駄死にだな」
独りごちつつ、死んだ時に失った物を確認する。
被害は多少の金と回復アイテムで済んだ。
レアステラでは、ミディーリに負けてせっかくのスキル習得アイテムを失った。あの時に比べればたいした被害ではない。
確認が終わったところで、ふと時間を見れば、深夜零時を過ぎていた。
明日は学校があるので、とっくにログアウトしていなければならない時間だ。夢中になって遊び過ぎた。
二人には悪いが、先にログアウトさせてもらうことにする。
ログアウトする旨のメッセージを送っておけばいいだろう。女神との戦闘結果などは、明日聞かせてもらう。
「おぁよぉ」
水曜日の朝、眠そうに眼をこすりながら双那が起きてきた。
パジャマは着崩れているし、髪の毛はぼさぼさだ。年頃の女の子にあるまじき姿である。
既に制服を着て登校準備を終え、リビングでのんびりしている空とは大違いだ。
「だらしないな。シャキッとしろよ」
「だって眠いもん。お兄ちゃんは眠くないの? 昨夜はあんなに激しかったのに」
「言い方をなんとかしろ!」
両親もいるのに、誤解を与えそうなセリフだった。
実の兄妹が不健全な行為に及んでいると思われては敵わない。いくら子供に甘い両親とはいえ、絶対に許してくれない。
「念のために言っとくと、ゲームしてただけだから。ゲームで戦闘があって、激しかったって意味」
「なるほど」
「ビックリしたわ」
両親に弁明すれば信じてもらえた。疑われずに済んで助かった。
「変なことじゃないならいい。にしても、ゲームはそこまで楽しいのか?」
「楽しいよ。変な部分もあるが、色んな楽しみ方があるゲームなんだ」
「私、可愛い服を買ったの。現実じゃ着ないような藍染の和装でね」
「藍染?」
父は妙な部分に反応した。
「欲しいなら買うか? お小遣いが必要なら渡そう」
藍染に何かあるのかと思ったが、すぐに普段通りの会話になった。
双那の服を買うと言い出すあたり、父は今日も甘い。値段を調べもせず即決だ。
他の家庭でも、男親は娘に甘いものだと思う。その分、母が厳しくしてバランスを取る気もするが、御堂家ではどちらも甘い。
「いいわね。双那の和装は似合いそう。お母さんとおそろいにして出かけない?」
「出かけるのはいいけど、服はいらないわよ。普段から着られる服でもないだろうし、持て余すわ。ゲームで着られれば十分よ」
「双那だけずるい。お母さんも着たい」
「お母さんこそ、買って着ればいいじゃない」
「恥ずかしいのよ。和装って、品のあるマダムしか似合わないもの。双那と一緒なら恥ずかしくないのに」
「お母さんは品があるわよ」
「まあっ! なんていい子なの!」
双那の褒め言葉に気をよくした母は、娘を抱き締めて頭を撫でる。
それを優しく見守るのは父と兄だ。
温かくて優しい、絵に描いたような理想の家族であろう。
母の抱擁が終わり、双那も席に着いて朝食を食べ始める。
食べながら話すのはSOSのことだ。
「RPGなのに、防御力が全然なくて可愛いだけの服があってね。私が着てるのはそれ。一目見て気に入っちゃった。ボロボロになったけど、修繕してまた着るつもりなの」
「意外と似合ってるよな。イアも似合いそうだし、見てみたいが」
「イア? 三人で遊んでると言ってたが、双那の友達か?」
「うん。木野蔵藍子って名前で、私と同じ高校の同級生なの。クラスは違うけど一番の友達よ」
「……アイコ?」
「藍色の子供で藍子。可愛い名前よね。本人も美少女で、お兄ちゃんなんかいっつもデレデレしてるの」
「藍子か」
父は、双那の後半のセリフには突っ込まず、藍子の名前に反応した。
藍染に続いて藍子。両者の共通点は藍だ。
「藍色になんかあるの?」
「いや……たいしたことじゃない。昔、双那の名前を決める時、藍那も候補になっていたんだ」
「へえ。俺の名前と関連性を持たせようとしたとか?」
空色と藍色。いかにも兄妹らしい名前だ。
「そんなところだ」
「双那って名前も気に入ってるけど、藍那も可愛いわね。藍那にしなかったのはなんで? ソウナにするとしても、漢字を変えて蒼那って手もあったでしょ? くさかんむりに倉って書く蒼。空と蒼那なら兄妹っぽいのに」
「その……画数がな」
「ふうん」
父の言葉は歯切れが悪かった。隠し事でもあるような雰囲気だ。
双那はそれ以上突っ込む気はないのか、名前の話題を切り上げた。
空も深く聞かないことにしたが、妙に気になってしまう。
これまで、双那の名前の由来を深く考えたことはなかった。
今の会話を聞くと疑問に思う。双の文字は、少々おかしくないかと。
兄の名前が空だ。妹の名前にふさわしいのは、双那よりも藍那や蒼那であろう。
二文字にこだわらず、一文字にしてもいい。藍でも蒼でもありだ。
SOSを始める前であればスルーしていた。
今はある人物の存在を知っている。SOSの世界にいる双那のそっくりさん、トキヒメの存在を。
他人の空似ではなく、双那の双子の姉妹だとは考えられないか。何かしらの事情があって別々に暮らしているが、両親は双子の分まで込めて双那にしたと。
双那の双の文字には、二人分の命という意味が込められている。
突拍子もない想像をして、あり得ないと考え直す。
別々に暮らす理由がない。御堂家は裕福なのだから、子供が何人いようと問題なく養える。子煩悩な両親が養子に出すとも思えない。
それに、空の推測が正しいなら不自然な点もある。
空は法律に詳しくないが、子供の名前を届け出るのは出生後割とすぐのはずだ。
届け出る時点で双那にしたなら、産まれた直後に別れたり養子に出したりしていることになる。
行動があまりにも早い。不可能ではないが、時間的にかなり無理がある。
やはり考え過ぎだ。トキヒメは他人の空似で、双那の名前にも深い意味はない。
「以前の記事の続きが掲載されていた」
双那の名前について、つまらない妄想をしていれば、父が唐突に言った。
「脳に負荷がかかって健康被害が生じるという記事だ。新しい研究結果が次々と発表されている」
「やっぱり危険だって?」
「そうだな。一昔前ならともかく、今の時代にVR技術は不可欠だ。車などと同じで、事故が起きると分かっていても根絶はできない。利点も欠点も含めて人類は受け入れなければならない」
「人類って大げさな」
「大げさじゃない。科学技術の発展は、生活の利便性を向上させるが、落とし穴も数多くある。だからこそ慎重にもなるし、研究者は研究する。日本だけではなく世界中でな」
父がやけに真剣に語るので、空も双那も真剣に聞く。
「あまり口うるさく注意するのは好きじゃない。二人とも、甘やかされてきた割には真っ直ぐに育ってくれたし、口うるさく言う必要も少ないと思っている」
父にも甘やかしているという自覚はあったらしい。自覚しているなら、双那の服を簡単に買い与えなければいいのに。
「俺もお母さんも、空と双那を愛している。二人にはこのまま元気に育ってもらいたい。親より先に死ぬのは一番親不孝だぞ。真っ直ぐに育ったいい子でも、親より先に死ぬのはダメだ。健康被害問題が深刻化しそうな場合はゲームをやめさせる。そのつもりでいなさい」
死ぬだのなんだのは、いくらなんでも大げさだ。
とは反論できなかった。父があまりにも真剣な顔をしているためだ。
今すぐにゲームをやめさせるとは言われなかったし、これからも続けるが、父の気持ちは受け取っておく。健康被害の話も覚えておこう。




