四十三話 触手VS鞭
ダンジョンの罠を発見する方法は単純である。
注意深く観察すればいい。周囲と比較すれば、どこかに違和感があるものだ。
絶対に発見できない意地悪な罠は存在しない。手がかりは必ずある。
もっとも、肝心の手がかりが発見し辛くなっているケースは往々にしてあり、見落として痛い目を見るプレイヤーは多い。
本格的なダンジョン攻略に初挑戦しているタゴサクはというと、意外なほど順調に罠を見破っていた。
「そこの床にあるぞ。絶対踏むな」
「全然分かりません。どこか違います?」
「よく見ろ。ほんの少し浮いてる」
「言われてみれば」
先ほどから、タゴサクが見つけて二人に注意を促す展開が繰り返されている。
レアステラのダンジョンに一人で挑んだ時は、本気で見つけて回避しようとしていなかった。それ以前に、下調べすらしておらず、じっくり見れば発見できることを知らなかった。
無謀な真似をしたものだと思う。
無謀の代償として落とし穴に落ちる羽目になったが、今回はほとんど引っかからずに進んでいる。完封は無理でも被害は少ない。
順調なのはいい。頼りになる姿をアピールできて嬉しくもある。
当初の目的だったラッキースケベが起きにくくなってしまうのは予想外だ。実に無念である。
「サクさん、よく気付きますね」
「俺を見直したか? 頼りになるだろ?」
「うわあ、頼りになりますねえ。かっこいいですう」
「棒読み!?」
イアはわざとらしいほど棒読みでタゴサクを褒めた。誤魔化す気のないわざとらしさだ。
ラッキースケベが無理で、アピールも失敗では目も当てられない。
「お兄ちゃんって、これで細かいところに気付くタイプなのよ。私が教育したの。だから罠も見つけられるのかもね」
「妹が兄を教育?」
「私がちょっと前髪を切ったりすると、気付いて褒めるようにね。最初は全然ダメだったけど、最近は教育の成果が出てきてるわよ。お兄ちゃんは感謝してね」
「なんで感謝しなきゃいけないんだよ」
「女性の些細な変化に気付いて褒められる男性はモテるわよ。私のおかげでしょ」
「本当にモテてるなら感謝してもいいが……」
ソーニャの言っていることも間違いではない。
髪を切ったり、ちょっとしたおしゃれをしたりしている女子を褒めれば、喜んでもらえることはある。
「一歩間違えればセクハラにならないか? 『私をジロジロ観察するなんて、この変態が!』とかさ」
「下心満載で変態的な言い方をするからセクハラになるの。穢れのない純粋な気持ちで褒めれば平気よ」
「無茶なことを」
他の男子は知らないが、タゴサクが女子を褒めるのは下心も含んでいる。
喜んでもらい、好感度を上げたいのだ。それがきっかけとなり、仲が深まってくれないかと期待する。
下心を消し去ったタゴサクなど、タゴサクではない。別の何かだ。
「俺、イコール、下心。これは譲れないな」
「譲りなさいよ、そんなアホなポリシー」
「アホで結構。っと、そこも罠だ」
会話はアホでも、やるべき仕事はちゃんとしている。
タゴサクの役目は罠の発見だ。モンスターの警戒は二人に任せる。
罠を回避しつつ、道中に出現するモンスターを倒しながら進む。
時折プレイヤーとも遭遇するが、向こうが襲ってくるなら対処するし、無視するならこちらも無視だ。
「あ」
「お?」
今も、一人の男性プレイヤーとばったり遭遇した。
「【サンダーバード】!」
「【オレンジバード】!」
相手が攻撃してきたため、ソーニャが応戦した。
「【六芒連槍】!」
イアも加わり二対一の戦闘が行われる。
スキルや魔法の応酬があり、勝利したのはソーニャとイアだった。
男性プレイヤーも弱くはなかったが、二人を相手にしては厳しかったと見える。
「俺の出番が……さっきから碌に戦ってない……」
ソーニャとイアは、レアステラでタゴサクが単独行動していた時、ずっと二人で戦っていた。おかげで連携も磨けている。
はっきり言って、タゴサクがピーキーなスキルを使って手を出すよりも、二人の方が安定する。
「お兄ちゃんは罠を見つけてるでしょ。ちゃんと活躍できてるし、いいじゃない」
「モンスターを倒さなきゃレベルが上がらないだろうが。プレイヤーも倒してないから、金やアイテムも奪えてない」
タゴサクたちはコダっているが、一つルールを設けている。
金やアイテムの譲渡はしないというものだ。
譲渡するための専用アイテムはレアステラ以降で売っている。購入はしていないが、買おうと思えばいくらでも買える状態だ。
ソーニャやイアからアイテムを譲ってもらえるし、逆に譲ることもできる。
三人のレベルが均等になっている今では、ゲーム開始当初のように初心者への過剰な施しを気にせずともよい。
そこまでやるのは、なんだか卑怯な気がする。この先、必要に迫られれば解禁する可能性はあるが、現状ではやっていない。
些細なプライドの問題だ。
よって、タゴサクが自分でPKをしない限り、他のプレイヤーからアイテムを奪うこともできない。
「PKしたいの?」
「そりゃPKせずに済めばいいが、相手から襲ってくるんだし倒してもいいだろ。俺はそこまで平和主義者じゃない」
「郷に入りては郷に従えって言葉もあるし、SOSのルールに従うの?」
「その言葉は好きじゃないな」
コダるのがマナー違反とされるSOSでコダっているのだ。
この時点で、全く郷に従っていない。好き勝手に行動している。
自分の都合や好みに合わせ、これは従う、これは従わないと決める行為は、郷に従うとは言わない。
従うなら全てに従うし、都合に合わせて取捨選択するなら自分の好きにするということだ。
「俺の考え方がおかしいだけかもしれんが、否定的な意味で使われるイメージだ。全てじゃないにしろ、否定の場合が多い。嫌々というか渋々というか、本心を述べるなら従いたくないが仕方なくって。海外旅行した時なんかは特に思うが、その国の風習を尊重してない気がする。尊重した上で従うなら、俺が従いたいから従うでいいじゃん」
「サクさんって、たまーにですけど真面目になりますよね」
「俺はいつも真面目にスケベだぞ。今日だって、ラッキースケベ的な罠を超真面目に期待してた。イアの濡れ透けとか」
「それを言っちゃうのがお兄ちゃんクオリティ。さすがね」
「普段通りのサクさんでした。仮想の肉体でも恥ずかしいんですから、やめてくださいね。わざとやったら軽蔑しますよ」
「この俺が、そんな非道な真似をするとでも?」
やる気満々だったが嘘をついておいた。
二人に通じるはずもなく、冷たい視線を投げかけられる。話を変えよう。
「まあ、俺も相手によってはPKしたいわけだ。手当たり次第に襲う気はないが」
「思ったんですけど、わたしたちってかなりあくどいですよね。先に手を出したのは相手だってことを理由に、人数に物を言わせて倒すんですから」
「私たちは通り魔みたいなもの? ちょっと違う?」
「今さらだ」
コダる遊び方をしているのだから、あくどいのは言うまでもない。
話をしていれば別のプレイヤーと遭遇し、またしてもソーニャとイアで倒した。
タゴサクの出番はない。
「いやあ、お金もアイテムも集まる集まる。PKっておいしいわ」
「レベルは上がらないけどね」
「そっちはモンスターで上げるから大丈夫。私、レベル102になったわよ」
「うげ、追いつかれた」
「ほんと? よっし、お兄ちゃんを追い越そう」
「次のモンスターは俺に譲ってくれよ! ダンジョンに入ってから全然倒してないんだ!」
門番にとどめを刺したのはイアで、以降も二人が全て持って行っている。タゴサクは少し手を出したとしても、とどめを刺せていないので経験値も稼げない。
この辺は、とどめを刺したプレイヤーの総取りになる仕様が仇になっている。
「わたしはいいですけど、ソーニャちゃんは?」
「いいわよ。これまでたくさん倒してるし、たまにはね」
譲ってもらえることになったので、次はタゴサクが戦う。
モンスターの出現率はそこそこ高く、すぐに現れた。
青色をした壁のモンスターだ。色は違うが妖怪のぬりかべ、あるいはモノリスを想像すれば近い。金属のような光沢を放っている。
門番の球体モンスターや機械的な羽を持つハーピーなど、このダンジョンでは機械系モンスターがよく出現する。
そして、タゴサクは機械相手に有効なスキルを持つ。
「【瘴炎焼閻】!」
相手の武器や防具を錆びつかせる【瘴炎焼閻】だ。
さらに、もう一発。
「【賤炎穿閻】!」
スキルを二重に使用した。そのせいで、見た目が極悪になってしまう。
【瘴炎焼閻】の効果により、鈍色の炎が剣と右腕を侵食する。
【賤炎穿閻】では、同じく鈍色の炎が左腕にまとわりつき、鞭のようにうねる。
スキルの効果はどちらも同様で、装備を錆びつかせる。違いは、【瘴炎焼閻】はこちらの武器で直接攻撃をしなければならないのに対し、【賤炎穿閻】は鈍色の炎自体を操って攻撃できる。
また、【瘴炎焼閻】のデメリットとして自分の武器も錆びついてしまうが、【賤炎穿閻】は防具が錆びつく。
装備の耐久度に不安を残しつつも、タゴサクは近距離攻撃と中距離攻撃の手段を得た。
「それ、やっぱり格好いいです! もちろんスキルがですけど! サクさんじゃありませんよ!」
「俺は突っ込まないからな!」
イアの失礼な発言は放っておき、モンスターを攻撃する。
モンスターは壁の表面から青い触手を伸ばす。
タゴサクは左腕の炎で打ち払う。
触手と鞭のぶつかり合いだ。
「お兄ちゃんが使うと、触手で女の子に変態的な行為をしようとしてるとしか見えないわね」
「鞭だ! 間違えるな!」
モンスターは触手でも、タゴサクは鞭であり触手ではない。これだけは断じて違うと主張させてもらった。
タゴサクは鞭なので変態にあらず。
モンスターは触手なので変態だ。タゴサクが触手に襲われる姿など誰も喜ばないため、当たらないよう注意する。
触手は鞭で対処し、剣でモンスターを斬りつける。
金属なので全体が防具判定になるのか、よく効いた。青い壁が鈍色に染まり、錆びついてゆく。
鈍色の炎を纏った剣に、鈍色の炎の鞭。
邪悪な二重奏の前に、モンスターはなす術もない。完全に錆びつき、光沢を失って砕け散った。
タゴサクは見事モンスターを倒したのだ。
「羨ましいです」
「イアは触手プレイが好きなのか? 罠にあるらしいから、ぜひとも引っかかってくれ。俺が楽しめる」
「わたしは変態じゃありません! 厨二病患者でも変態じゃないんです! 羨ましいのは格好いいスキルです!」
「分かってるって。お茶目なジョークだ」
「サクさんのセクハラ発言は、ジョークになるか際どいレベルですよ。わたしは慣れたので許せますけど、他の女の子にやらかしたらダメですからね」
聞きようによっては大胆な発言だ。
イアにはセクハラしてもいいと聞こえるし、もしくは他の女性にやらずにイアにだけやって欲しいとも聞こえる。
まあ、タゴサクのわびしい妄想であり、他意はないだろう。スケベな性格を知っているからなんとか許せるだけだ。
調子に乗ってセクハラし過ぎれば嫌われる。
「イアが寛容でよかったわね」
「俺にはイアしかいないよ。俺の瞳に映るのは君だけだ」
「はいはい」
タゴサクのアピールはスルーされてしまった。照れてもくれない。
冗談っぽく言ったので仕方ないが、少しショックである。
ショックを受けつつ探索の続きだ。




