三十話 二刀流男再び
トラウマものの経験をしつつ、タゴサクのレベリングは続く。
選考会の日までに、できればレベル100まで上げたい。二桁と三桁では印象が全然違うし、100を超えれば他の参加者にも見劣りしなくなると考えている。
クエストを受け、選考会に出場すると決めた時のレベルが53だった。
二週間で倍増は厳しい目標だが、やれるだけやる。
ひたすらにレベリング、レベリングだ。日曜日は一日中ゲームをして、月曜日以降も学校から帰宅後すぐにログインする。
受験勉強もしているが、ゴールデンウィークの時よりもさらに少なくなった。
バカな真似をしているという自覚はある。ゲームに夢中になるあまり、受験勉強をおろそかにしては意味がない。
選考会の日までだからと自分に言い訳をする。
ソロでレベリングをしていると、イアのありがたみがよく分かる。彼女から色々教えてもらえて助かっていたが、ソロではタゴサクが自分で考え、行動しなければならない。
何度も死んだ。トラウマモンスターもそうだが、以降も【暗乱夢】で呼び寄せたモンスターに対処し切れず殺されたし、PKもされた。
今も絶賛大ピンチだ。
「これ、どう考えても詰んでるだろ」
タゴサクはダンジョン内で死にかけている。
地下に広がる遺跡をモチーフにした高難易度ダンジョンだ。単身挑んだが、罠に引っかかってしまった。
ボスモンスターがドロップするレアアイテム狙いではない。このレアアイテムは宇宙船のチケットと交換できるが、ソロでボスに勝てるとは思っていないし、レベリング目的で訪れた。
狙い通り、経験値のおいしいモンスターが多かったが、同時に罠も豊富だった。
罠を看破する手段も解除する手段も持たないタゴサクは、引っかからないことを祈りながら進むしかない。
無謀にもほどがあるやり方をしたせいで、落とし穴に落ちた。何メートルあるか分からない、深い深い落とし穴に。
古典的な罠だが効果覿面だった。
ジャンプして登れる高さではなく、壁をよじ登って脱出しようにもうまくいかない。脱出方法を模索している間に水が流れ込み始めた。
水はタゴサクの胸の辺りまで溜まっており、溺死する未来が待ち受ける。
ゲームなので息苦しくはないが、溺死判定はある。
装備を解除し、水に浮けないか試してみても無駄だった。タゴサクの頭では他の手段を思いつかず、途方に暮れている。
「こういうのってさ、俺の役目じゃないよな? 俺が濡れ透けになって誰が喜ぶんだよ。ソーニャかイアの役目だ」
諦めの境地に達し、くだらない独り言を呟いた。
以前にも似たことを考えた覚えがある。薬草採取のクエスト中だったか。
イアが泉に落っこちて、濡れ透けになるラッキースケベイベントがあるとかなんとか、ゲスい妄想をしたものだ。
まさか自分の身に降りかかるとは思わなかった。天罰かもしれない。
「溺死って嫌だな。苦しくないっつっても嫌だ。モンスターに殺される方がマシだし、殺してもらえりゃいいのに」
またしても独り言を呟いたが、自分のセリフにピンとくるものがあった。
成功するかは不明ながら、やってみて損はない。
「【暗乱夢】!」
スキルでモンスターを呼び寄せる。
落とし穴の中で効果があるか。あったとして、狙い通りにいくか。
不確定な部分が多かったが、ダメ元でやってみた。
スキルを使えば、ダンジョン内のモンスターが集まってくる。自ら落とし穴に落ちる姿は、身投げしているようでなかなかシュールだ。
あとは、集まったモンスターたちを使う。
「俺の踏み台になりやがれ!」
容赦せずに水に沈めて踏みつけ、上に登って行く。
素直に沈んでくれず攻撃を食らうが、モンスターに殺されるなら殺されるで構わない。どうせ溺死するのだから、死に方が変わるだけだ。
モンスターたちと揉みくちゃになりつつ、必死でよじ登る。タゴサクだけが助かるために。
悪魔の所業である。自分一人が助かるために、多くのモンスターを犠牲にする様を、悪魔と言わずしてなんと言えばいいのか。
知ったことではないと自己弁護する。これぞSOSというゲームの真骨頂だと。
無事に脱出できたタゴサクは、レベルアップしていることに気付いた。溺死したモンスターを倒した判定になったようだ。
「災い転じて福となす? モンスターからすれば、俺が災いそのものだが」
「本当にな。ここまで酷い光景は、SOSでも滅多に見るものじゃない」
タゴサクの独り言に反応する声があった。
見れば、一人の男性プレイヤーが立っている。
名前は知らないが顔だけは知っている。
二本の剣を持つ彼は、コモンステラの【ケダモノの塔】でタゴサクとソーニャをPKしたプレイヤーだ。あれ以来会わなかったが、変な場所で再会した。
「モンスターが妙な動きをしていたし、誰かが【暗乱夢】を使ったのだろうと考えてきてみれば、落とし穴からの脱出に利用したとは。面白い発想だが悪魔じみている」
「否定はできないな。で、ここにきたのはPKのためか?」
「正解だ」
「蜘蛛の糸みたいだな。芥川龍之介の作品」
あの作品では、蜘蛛の糸を使って地獄から脱出しようとした男がいたが、自分だけが助かろうとしたせいで糸が切れてしまい地獄の底に堕ちる結末だ。
同じ真似をしたタゴサクを地獄に堕とすために、二刀流男が遣わされた。
バカげた妄想をしてしまう。
「蜘蛛の糸なら、俺は釈迦か?」
「かもな。でも、前は負けたが俺はあれから強くなった。同じようにはいかない」
「うん? どこかで会ったか?」
「覚えてないのかよ。ゴールデンウィーク中に【ケダモノの塔】でPKされた」
「ふむ……覚えてないな。俺は雑魚の顔を覚える趣味などない」
二刀流男は、右手の剣で自分の肩をトントン叩きながら言った。
相手はタゴサクを覚えていなくても、タゴサクは覚えている。二刀流男の顔も、剣で肩を叩く癖も。
「【舞踏剣】!」
このスキルも。
ダンスを踊るかのごとく華麗に動き、敵を斬り刻むスキルだ。以前のタゴサクも殺された。
「【邪なる乱斬り】!」
今日は、簡単には殺されてやらない。タゴサクもスキルを使い、迎え撃つ。
「【舞嵐剣】!」
以前は使わなかったスキルを使ってきた。名前からして【舞踏剣】の上位スキルだろうか。
二刀流男のレベルは、【ケダモノの塔】で出会った時で最低100以上だ。教えてもらったわけではないが、イアでも勝てずレベル100以上だろうと推測した。
あれから時間がたっているし、今はもっと高いに決まっている。前回が本気だったとも思えず、タゴサクの知らないスキルがあるのは当然だ。
「【孤独な剣士】!」
レベル差を埋めるために、スキルでステータスアップを狙った。
が、これは悪手だ。
「【氷譜】!」
のんびりとステータスをアップさせている余裕はなかった。
二刀流男は待ってくれずにスキルを放つ。
氷でできた五線譜がキラキラと中空を舞い、鋼線のように巻きつく。氷の五線譜に絡め取られたタゴサクは、全身をなます切りにされてしまう。
ダメージは大きいが、まだ負けていない。反撃だ。
「プレシぴゅしゅ……」
やっちまった、という気持ちになる。スキルを使おうとしたのに、思い切り噛んでしまった。
タゴサクの【断崖斬】は発音が難しいせいで、焦っている状態ではうまく言葉にできなかった。
「【青旋律】!」
二度も大きな隙を見せてしまっては話にならない。
二刀流男のスキルは、名前からは効果を想像しにくいが、剣戟の美しい旋律と共にタゴサクを両断する。
同じようにはいかないと言ったくせに、簡単に負けてしまった。
釈迦の手により地獄へと堕とされたと考えるべきか。妥当な結末だ。
「情けな」
一人【港町ゲン】へと死に戻りしたタゴサクは、短くぼやいてから孤独に反省会といく。
なんと言ってもスキルを使うタイミングがまずかった。【孤独な剣士】は戦闘中にモタモタと使えるスキルではない。
ミスりやすい【断崖斬】を使ったのも失敗だ。他のスキルにすべきだった。
タゴサクが【断崖斬】を使ったのには、一応理由がある。
直接攻撃用のスキルが【邪なる乱斬り】と【断崖斬】の二つしかないからだ。
スキルの数が十個を超えたため、【全力】や【瞬剣】を外していたのが仇となった。使えない【最強無敵神業】も外してしまったし、【全テヲ滅スル光】は消耗が激しくレベリングには向かないので外した。
残ったのが二つだったというわけだ。
「魔法を使えばよかったな」
直接攻撃用のスキルが心許ないので、魔法頼みになっている。
自分のスキルはバランスが悪いと気付く。正確には、薄々思っていたが、二刀流男に完敗したことで確信した。
十個あるスキルのうち、直接攻撃可能なスキルが二つなのは少な過ぎる。
負けたのは悔しいが、勉強になったと思っておく。MMORPGは死にながら覚えていくものだ。
スキル構成を見直そう。【全力】や【瞬剣】を再取得してもいいが、どちらも熟練度が最大になっているしもったいない。
使えなくても【最強無敵神業】は再取得するとして、他のスキルをどうするか。
購入するか、レベルを上げて【腐敗騎士】のスキルを覚えるかだが。
「【腐敗騎士】のスキルって直接攻撃に向かないんだよな」
敵の装備を錆びつかせる【瘴炎焼閻】のように、搦め手っぽいスキルだ。
となると、やることは決まった。ジョブを変更しよう。
購入してもいいが、よさげなスキルは購入済みだ。ジョブで覚えられるスキルが欲しい。
ジョブを変更するタイミングは自由だが、大抵のプレイヤーは覚えられるスキルを覚えてから変更する。これ以上新しいスキルはないと教えてもらえる仕様だ。
もしくは、使えないジョブだと判断すればすぐに変更するケースもある。
タイミングは任意だし、タゴサクが今すぐ変更するのも可能だ。
職業斡旋所に行きジョブを変更する。色は鈍色のままだ。
現在の【腐敗騎士】以外には、【新鮮死人】と【業突貴族】がある。
どっちもどっちの酷さなので【新鮮死人】にした。
スキルを覚えるアイテムはもらえない。【腐敗騎士】の時はもらえたが、初めてジョブに就いた時限定の仕様で、以降はレベルを上げなければならないらしい。
「そりゃそうか。常にもらえたら、手当たり次第に色とジョブを変更してスキルを集められるし」
一人で納得し、【腐敗騎士】改め【新鮮死人】となってレベリングといく。
なお、【新鮮死人】でレベルを上げて覚えたスキルは【新鮮な死体落とし】だった。
新鮮な死体落とし。字面が悪い。
ソーニャの言葉ではないが、タゴサクはどこを目指しているのだろうか。
哲学的なようなそうでもないような、頭の悪いことを考えてしまうのだった。




