二十五話 緑の少女
土曜日の朝、御堂家には珍しく両親の姿があった。
多忙な両親は、土日だろうと関係なく仕事に行っていることが多い。休みだとしても、疲れを癒すために遅くまで寝ているし、空や双那とは顔を合わさない。
今日は二人とも起きていて、リビングでのんびりとくつろいでいる。これから仕事に向かう様子もなさそうだ。
「珍しい。どうしたの?」
空が尋ねれば、父が答えてくれる。
「ちょっと出かけようかと。日帰りだから遠出はできないが、ゴールデンウィークに遊びに連れて行ってやれなかった代わりだ」
「空はどこに行きたい? 遊園地? 動物園?」
母が挙げたのは、小さな子供が喜びそうな場所だった。
「ガキじゃないんだからさ。それに、俺も双那も予定があるし」
「二人でゲームしてるの。正確には、私の友達も入れて三人で」
双那も起きてきて会話に加わった。
空と双那が断れば、両親は少し残念そうな表情を浮かべたが、ゲームをしたいという要望を認めてくれた。
両親は子供に甘い。よほど問題のある行動でなければ大概許してくれる。
今日の予定は、空と双那は予定通りゲームで遊び、両親は二人で出かけることになった。
そこで、父が空に忠告する。
「VRゲームはいいが、注意しなさい」
「受験勉強はしてるって」
甘くても、受験生がゲームで遊べばお説教をするかと思ったので反論したが、父が言いたかったのは別の話だ。
科学雑誌を持ち出し、ページを開く。
VR技術について載っているが、警鐘を鳴らす記事だった。
「脳に負荷がかかって健康被害?」
「研究結果で明らかになったそうだ。普通に遊ぶのであれば問題ないが」
VRという技術が技術なだけに、現実の肉体へ及ぼす影響は研究されている。新しい研究結果が出たらしい。
ゲームだけではないが、VRを体験する時は現実の五感をほぼシャットアウトし、仮想空間中で再現している。
これを短時間で何度も繰り返すと、脳に負荷がかかり健康に悪影響を及ぼすと書かれていた。普通に使用する分には問題ないが、やり過ぎは危険だと。
「昔から言われてなかったっけ? そもそも、やり過ぎが問題だってのは考えれば分かるし、今になって研究結果とか言われても」
やり過ぎがよくないのは、なんでも同じだ。
例を出すと、お酒を短時間で大量に飲むと急性アルコール中毒になるが、適量を飲んでいれば平気である。
「明確に判明したというのが重要だ。ゲームをする時は注意しなさい」
「SOSは対策されてるから平気だと思う。だったよな、双那?」
「運営から警告されるようになってるわね」
昨日、空たちはアイテムを使って町まで戻ったが、わざわざアイテムを使う必要などなかった。
最後に立ち寄った町にログインする仕様になってるため、一度ログアウトし、すぐにログインし直せば町に戻れる。
アイテム代を節約できるし便利だ。やるプレイヤーがいてもおかしくない。
過去のVRゲームでは実際にあった。短時間でのログインとログアウトを繰り返して、有利に進められるゲームだ。
この時、体調を崩したプレイヤーが出たと言われている。
よって、SOSでは対策が施されている。短時間でログイン、ログアウトをしているとSOSの運営から警告が届く。累積すればアカウント削除だ。
ゲームが原因で病気になられたら、損害賠償だのゲームのサービス停止だの、大問題に発展してしまう。対策するのは当然だ。
空と双那が説明すると、両親は感心している。
「注意しているならいいが、最近のゲームは凄いな」
「私が子供の頃はVRゲームなんてなかったのに。VRって名前がついていても、今とは全然違う物よ」
「VRゲームデバイスにディスプレイがついていたな。VRへの没入感といってもあくまで視覚のみで、使っているのも現実の肉体の目だった」
「二十年前に今みたいなVRゲームがあれば、私も夢中になってたかも」
「二十年前? 三十年前じゃ」
「何かおっしゃいました?」
「なんでもございません」
両親の夫婦漫才を聞きながら、空は朝食を食べた。
朝食後はSOSだ。
SOSにログインし、イアと合流する。
朝に父から聞かされた話をすれば、イアは顔をしかめた。
「短時間でのログインとログアウト……わたし、やっちゃったことあります」
「警告は?」
「一度だけされました。三度の警告でアカウント削除ですね。時間がたってもチャラになりませんし、気を付けないといけません」
「俺も注意しておくか」
「サクさんは、セクハラの方で警告される可能性が高いような」
「言うようになったな。お望み通り、イアにセクハラしてやる」
「望んでませんよ。サクさんのエッチ」
イアとは、こうして軽口を叩き合える仲になっている。男として見られていないとも言えるが。
「でもさ、真面目な話、お兄ちゃんは気を付けてよね。警告って全部の累計でアカウント削除なんでしょ?」
ログインとログアウトへの警告のみで三度ではなく、セクハラ行為など他の警告も含めて三度だ。悪質な行為であれば一発で削除もあり得る。
「何がよくて何がダメか、線引きが曖昧だよな。アキオーダックですら許されてるわけだし」
「普通に遊んでいれば平気ですよ。今日も楽しみましょう。まずは買い物ですね」
狩りで貯めたお金を使い、アイテムと装備を購入する。残念ながら、スキルや魔法まで買う余裕はない。
昨日は【港町ゲン】の店で購入したが、今日は【港町カン】に行く。
町の様子はどちらも変わらず、高層ビルが立ち並ぶ近代的な都市だ。
移動用のアイテムを大量に購入し、回復アイテムのポーションも補充する。
装備は武器を新調した。金銭的な問題から防具までは手が回らない。
買い物が終わり、今日も狩りをしようというところで。
「あーっ!」
朝の町に響き渡る大声が聞こえた。若い女性の声だ。
声のした方を向けば一人の少女がおり、タゴサクたちを指差している。
タゴサクは彼女に見覚えがなかった。イアかソーニャの知り合いかもしれない。
少女はこちらに駆け寄ってきたかと思うと、イアに詰め寄る。
「イアさん! 今までどこにいたんですか!? レアステラのどこを探してもいませんし、わたくしに黙って引退したのかと心配しました!」
「ごめんね、ミドリちゃん。ちょっとコモンステラに行ってたの。友達と一緒に遊んでたから」
少女の名前はミドリというらしい。
名前の通り、若草色の髪と瞳をしている。背が低く童顔だし、高校一年生だろうか。髪型がツインテールになっているせいで、余計に子供っぽさを引き立てる。
子供っぽいが美少女と言っていい。タゴサクはイアの方が可愛いと思うが、好みは人によって異なるし、ロリ系が好きな男性はミドリに一票を投じるであろう。
装備は、白衣に緋袴のいわゆる巫女服スタイルだ。西洋風の鎧を着ているプレイヤーが多い中で珍しい装備になっている。
「イアさんのお友達ですか? SOSなのに?」
「ソロ推奨だけど、パーティーを組んで遊んでもいいよね。まあ、たくさんPKされちゃったけど。ミドリちゃんもダメだって思う?」
「ダメとは申しませんけれど……って、いい加減にわたくしの名前をちゃんと呼んでください! わたくしは、ミドリではありません! ミディーリです!」
「言いにくいよ、ミドリちゃん」
「ミディーリ!」
「ミデー……ミデョ……ミドリちゃん」
「……もういいです」
ミドリ改めミディーリは、諦めてしまった。
会話を聞いているだけでイアと親しいと分かる。そろそろ紹介してもらいたい。
「私たちにも紹介してよ。ミディーリさん、だっけ?」
「うん、ミドリちゃん。わたしのお友達なの。現実じゃなくて、SOSでできたお友達」
「ミドリではありません。ミディーリです」
「私はソーニャ。よろしくね、ミディーリさん。こっちは変態」
「俺の紹介が雑! 俺は……サクです」
「申し訳ありません。前半が聞き取れませんでした」
「……タゴサクです」
イアに名乗った時と同様の恥ずかしさを味わっていた。
タゴサクと名付けた過去の自分を罵りたくなる。
「ソーニャさんとタゴサクさんですわね。タゴサクさんのお名前は、まあアレですけれど」
「わたしはサクさんって呼んでるよ」
「では、わたくしもサクさんと。わたくしはミディーリ。呼び捨てていただいて結構ですけれど、断じてミドリではございません。ところで」
紹介を終えたミディーリは、ソーニャの顔をまじまじと見つめている。
「どこかでお会いしました?」
「私とミディーリが? 会ってないと思うけど、人違いじゃない? 私がSOSを始めたのは、ゴールデンウィークからよ」
「ゴールデンウィークですか。わたくしはずっとレアステラにいましたし、コモンステラには行っておりません。勘違い? しかし、どこかで……」
「現実じゃないか? ソーニャとは、小学校や中学校の同級生だったとか」
タゴサクが口を挟めば、ミディーリは考え始めた。
ソーニャも記憶を引っ張り出そうとしているようだ。
「不躾ですけれど、ソーニャさんはおいくつですか? イアさんのお友達なら高校生?」
「高一の十五歳ね」
「でしたら、わたくしの同級生ではありませんね。わたくしは二十歳です」
童顔なのに、まさかの年上だった。中学生に見えても実年齢は二十五歳の男性がいたが、それの女性バージョンだ。
「二十歳……全然見えないわね。私よりも年下に見えるわ。敬語を使った方がいいですか?」
「タメ口で結構です。わたくしはロールプレイ中ですので、ソーニャさんと呼ばせていただきますけれど」
「ロールプレイ?」
「お嬢様プレイです。現実でこのような口調であるはずがありません。一人称も口調も変えて楽しんでおります。お嬢様に憧れておりまし……あーっ!」
ミディーリが再び叫んだ。驚くとロールプレイが崩れるようだ。
「思い出しました! お嬢様です、お嬢様! ソーニャさんの現実のお姿は、もしかして」
ミディーリが口にする特徴は、現実のソーニャと合致していた。
さらには、双那という本名まで言い当てた。人違いではないと確定だ。
「私の外見と名前を知ってるってことは、やっぱり現実で会ってる?」
「覚えておられませんか? わたくし、しつこいナンパに絡まれていたところを、お嬢様然とした女性に助けていただきました。お淑やかな外見なのに強く美しく、わたくしの理想とするお嬢様そのものでした」
「お前、何やってんだよ。助けたのはイアだけじゃなかったのか?」
「イアさんも助けていただきましたの?」
「助けてもらったよ。高校の入学式の日だったけど、それから友達になったの」
美少女を次々と助けていく。お前はどこのラノベ主人公だと突っ込みたくなるタゴサクだった。
「ごめん、ミディーリのこと覚えてないわ。助けたのは覚えてるんだけど、どれのことかさっぱり」
「マジで何やってんだよ。覚え切れないほど助けてるのか?」
「そんなに多くないわよ。五、六人くらい」
「十分多いって」
ますますラノベの主人公だ。
タゴサクが思うに、ラノベ主人公に求められる能力は一つである。
世界最強のチート能力ではなく、誠実でお人よしなことでもない。困っている人を見捨てられない正義感あふれる性格でも、女性からモテるイケメンであることでもない。
美少女と都合よく出会う。この一点に尽きる。
美少女が困っていればなおよしだ。
逆説的に言えば、美少女と出会えない者は主人公にあらず。
その点、ソーニャは資格十分である。妹のおこぼれでイアと知り合えたタゴサクよりも、ソーニャの方が資格はある。女性なのに。
「このような場所で再会できるとは思いませんでした。あの時はありがとうございます。碌にお礼もできませんでしたけれど、今言わせてください」
「覚えてないのにお礼を言われるのもねえ。覚えてなくてごめんなさい」
「いえいえ、お会いできただけでも光栄です。わたくしともぜひお友達になっていただけませんか?」
「もちろん。よろしく、ミディーリ」
ソーニャとミディーリは友達になった。イアは元より友達だし、ここに女性三人の友情が芽生える。
唯一の男性であるタゴサクは、疎外感を覚えるのだった。




