二十二話 コモンステラ脱出
第1章最終話です。明日からは第2章が始まります。
ヴァイスとの戦闘は、タゴサクの敗北で幕を閉じた。最強の一撃同士がぶつかったが、あっけなく押し切られた。
ヴァイスは最強でも、タゴサクは最強(笑)だろう。
それもそのはずだ。【全テヲ滅スル光】は、あくまでも初心者が覚える技なのだから。イアも覚えているし、ソーニャはまだだがもうじき覚えられる。
ラグナロクは、北欧神話で世界の終末を意味する言葉だ。
ゲームなどの創作物でもよく使われる。強力な技や武器として描かれるケースが多いが、SOSでは初心者用で弱い。
特定のスキルと魔法の熟練度を最大にすれば、両者を組み合わせた新しい技を覚えられることがある。
これは奥義と呼ばれ、スキルと魔法の枠を一つずつ消費する。使用時もSPとMPが必要になるが、代わりに強力だ。
ヴァイスの【闇ヲ斬リ裂ク白】も奥義である。月の女神アルテミスの名を冠するにふさわしい威力を誇り、狩猟の女神でもあるため弓使いのヴァイスに似合っている。
タゴサクの【全テヲ滅スル光】は、【全力】と【バースト】を極めれば覚えられる奥義だ。どちらもコモンステラで初心者が覚えるものなので、奥義の【全テヲ滅スル光】も弱いと。
奥義の入門と表現すればいいかもしれない。これから先、様々なスキルや魔法を覚え、奥義も覚えていくが、初心者が奥義を体験するためのものだ。
「わたしもいくつか覚えてますよ。今度お見せします。めっちゃ格好いいんです! ナルシストみたいですけど、自分に惚れ惚れします!」
目を輝かせながら語るイアは置いておくとして。
ヴァイスに負けたが、少々変化があった。彼は、上の星に戻り鍛え直すと言っていた。
死に戻りしたタゴサクの前に現れ、ソーニャたちもいる中で宣言したほどだ。
「レベル320程度でイキがるのはやめる。最下級のコモンステラで、初心者相手に無双しても情けないだけだ。最低でもレベル400を超え、上級者になる。リア充を叩き潰すのはそれからだ。それが、僕のゲームの遊び方だ」
心境の変化があったらしい。コダるプレイヤーを認めたわけではなく、リア充を否定している部分も変わらないが、ゲームの遊び方は自由だ。
「タゴサクは一体何したの? 偏屈なヴァイスの気持ちを変化させるなんて、凄いね凄いね」
「話しただけだぞ」
ナンパは妙に感心していたが、タゴサクは言いたいことをぶちまけただけだ。ヴァイスと和解できてはいない。
「僕は、タゴサクもナンパも嫌いだ。可愛い女の子と仲良くできる男は、みんな嫌いだ。だが、タゴサクは絶対に勝てない僕に挑んできた。負けても楽しく遊んでいた。僕にはできない真似だが、僕は僕のやり方で上を目指そう」
和解できていないが、ヴァイスの言葉に嘘はなさそうだ。
つまり、しばらくの間はヴァイスにPKされる心配がなくなる。
「遊び方は人それぞれだ。俺たちはコダる遊び方をして、ヴァイスはコダるプレイヤーたちをPKする。相容れなきゃ戦おう。次は勝つぞ」
「上で待つ。世界が定めた運命に抗うとまで言ったんだ。挫折しないことを祈る」
「マンガみたいで素敵です! 序盤に戦ったライバルが、終盤に最大の敵として立ちはだかるんですよね! ヴァイスさん、また会いましょう!」
「う、うん……」
イアがヴァイスに詰め寄り、満面の笑顔を見せれば、彼は照れて顔を赤くしていた。無駄にリアルなゲームなので、反応は露骨に現れる。
一緒に遊んでいて、イアを見慣れているタゴサクでも見惚れる可愛さだ。美少女に免疫のない男が耐えられるはずがない。
「落ちたな」
「落ちたわね。イアにその気はないのに、かわいそう。悪女の素質あるわ」
「悪女のイアちゃんもいいないいな。ソーニャちゃんとダブルで冷たくされたい」
タゴサク、ソーニャ、ナンパの三人は勝手な話をしていた。ナンパが変態的な発言をし、ソーニャに軽蔑され、悶えてますます変態的になるまでがお約束だ。
「ソーニャに軽蔑されるのは、俺の役目なのに!」
「お兄ちゃんの変態!」
「やっぱこれだよ。ソーニャの罵倒がなきゃ物足りない」
「タゴサクは変態変態。それでこそ、俺の友達だ」
ふざけた掛け合いをしているうちに、ヴァイスは去って行った。
続いて、ナンパも上の星に戻った。ヴァイスと同じく、上で待つと言い残して。
これにて一段落だが、ゲームが終わりはしない。むしろこれからが本番だ。
ゴールデンウィークが明け、月曜日からは学校が始まるが、タゴサクはSOSを引退しなかった。
受験勉強をしつつ、ゲームでも遊ぶ。
金策に励み、どうにか百万スターを貯めたのは金曜日の夜だ。
ゲーム開始からは二週間が経過している。予定よりも大幅に遅れたが、コモンステラを脱出するところまできた。
「コモンステラともお別れか。感慨深いものがあるな」
「戻ろうと思えばいつでも戻れるじゃない」
「情緒のない突っ込みをするな。んじゃ、行こうか」
「わたしは一足先に行ってますね」
イアはアイテムで移動できるため、先に転移した。
タゴサクとソーニャの二人で宇宙船に乗り込む。
あまり宇宙船っぽい見た目はしておらず、大型帆船に似ている。宇宙に飛び立つのではなく大海原へ出航しそうな雰囲気があるが、ちゃんと空を飛んでくれた。
甲板に立ち、外の景色を眺める。
毒々しい紫の雲を抜け、宇宙船はさらに上昇して行く。黙って乗っていれば、自動的に次の星に到着する。
次の星の名称は、レアステラだ。
コモンの次はアンコモンかと思ったが、レアだった。
「アンコモンとレアって同じ意味じゃないの? 私はカードゲームをしないけど、英語の意味的に」
「カードの希少度としてはレアが上になるが、意味は同じっぽいな」
アンコモンはコモンの反意語だ。コモンが「よくある」なので、反対の意味になり「珍しい」である。
要するに、レアと同じはずだ。
「レアステラに行ってからが本番だよな。PKもどうなることやら」
「ヴァイスがいなくなっても、他のプレイヤーはいるわよね。また襲われる日々が始まるのかあ。憂鬱だわ」
「SOSをやめるか?」
「やめないわよ。チュートリアルが終わって、これから楽しくなるんでしょ。レベルも50を超えたしね。お兄ちゃんこそ、受験勉強はいいの?」
「もうちょい遊ぶ。受験を諦めたわけじゃないが、勉強しながらゲームもすればいいと考えてる。まだ五月なら焦る時期でもない」
秋や冬になってもゲームで遊んでいればまずいが、五月なら大丈夫だ。
部活動に励んでいる生徒などは、最後の大会に向けて練習していたりする。躍起になって受験モードに突入せずとも間に合う時期だ。
「夏休み前までかな。七月下旬だ。残り二ヶ月ちょい」
「五月中って話はなかったことにするの?」
「優柔不断は承知だが延長したい。もっと遊びたいんだ。夏休み前になったら、今度こそ本当にやめるが」
「お兄ちゃんらしいわね」
「どうせ俺は、自分に甘くて不真面目な人間だよ。つうか、俺が真面目になったらキモいだろ?」
「そういうことを言いたいんじゃなかったんだけど。褒めたのよ。優しくもなくて誠実でもないのがお兄ちゃんだから」
「どこが褒めてんだ! 悪口じゃねえか!」
タゴサクが憤っても、ソーニャは受け流してしまう。
文句を言っても無駄だと判断し、外を眺める。既にコモンステラを離れ、漆黒の宇宙空間を進んでいるところだ。
ゲームだから、空気だの重力だのに突っ込むのは野暮だろう。高度な科学技術で対処していると考えておく。
「私の偽物なんだけどさ、どうする?」
「どうするって、ソーニャの好きにすればいい」
「最初は文句を言ってやるつもりだったのよね。私への風評被害になるから、女神として崇められるなんて真似をやめさせるつもりだった。でも、お兄ちゃんも言ってたけど、ゲームの遊び方は人それぞれでしょ。女神になるのもありかなって」
「ありだろうな。実際に会ってみてから決めればどうだ? ソーニャのそっくりさんが何を考えてるのか、今の段階じゃ何も分からん」
「そうね。偽物に会うことを目標にするけど、ゲーム自体を楽しめばいいかな」
SOSを始めたきっかけは、ソーニャのそっくりさんだった。
目的を忘れたわけではないが、タゴサクには新しい目標がいくつもできている。
世界が定めた運命に抗う。
イアに格好いい姿を見せ、「サクさん、素敵です!」と言わせる。
ヴァイスと再戦し、勝つ。
レアステラに行けば遊び方の幅も広がるし、どんどん面白くなりそうだ。
「何があるか楽しみだ」
「最低。美少女二人と一緒にいるくせに、新しい美少女との出会いを楽しみにするとか、最低の変態兄貴だわ」
「考えてねえよ!」
「本当に?」
「兄を信じられないのか?」
「信じてもらえると思う根拠が知りたいわよ。信じて欲しいなら、『これっぽっちも考えなかった。美少女はどうでもいい』ってこの場で宣言して」
「……まあそれは置いといて」
宣言できなかったタゴサクは、わざとらしく話を逸らした。
ゴールデンウィークの前夜に現実でした会話と同じだ。
二人の兄妹は相変わらずだ。
レアコモンへ行っても、SOSの世界に否定されたとしても、二人は一緒に遊ぶ。
もちろんイアも一緒に。ゲームをやめるその日まで、運命に抗い続けよう。