十六話 クエストの結末
グレスがログアウトすると、入れ替わりのように新しい人物が姿を見せた。
タゴサクをPKした二人だ。アキオーダックとガンタである。
PKした者とされた者。奇妙な関係の三人が集まるのはなかなかシュールだ。
「なんでお前らまで戻ってくるんだよ」
タゴサクをPKしてから、二人で争い片方が死ぬなら話は分かる。
二人同時に戻ってきたのは少々不自然だ。
「相打ちにでもなったのか?」
「うるせえ。お前にゃ関係ねえよ」
死んでしまったせいか、アキオーダックは不機嫌だった。
代わりにガンタが答えてくれる。
「別のプレイヤーにPKされた。ヴァイスってやつだ」
「あいつか。白弓のヴァイスだっけ?」
「知っているんだな」
「俺もPKされたからな。コダるプレイヤーってことで目をつけられてる。SOSを続けられなくなるまでPKし続ける、とか物騒な宣言をされた。お前たちが狙われたのも、俺を探していたヴァイスと遭遇したからか?」
「てめえのせいか! ぶっ殺す!」
アキオーダックは激怒するが、町では戦闘行為は不可能だ。
ガンタは意外と冷静で、タゴサクの発言を否定する。
「俺とアキオーダックが一緒にいたから襲われたんだ。俺たちもコダっていると判断された。PKは複数人で行うものじゃない。単独で行うものだ」
「いや、単独でもやるなよ」
「PKこそがSOSの華だぞ。俺は、他のVRMMORPGでもPKしていたが、こっちの方が面白そうだから移ったんだ。PKに成功すると気分がいい」
短絡的なアキオーダックも問題だが、ガンタはガンタで問題だった。
マナー違反を承知でコダるタゴサクも問題であり、SOSには碌なプレイヤーがいない。グレスは引退して正解だったかもしれない。
「そういや、グレスが引退するって言ってたぞ」
二人は、グレスの仲間ではなくても知り合いだ。引退を伝えておいた方がいいと思った。
伝えたが、反応はそっけないものだった。
「マジで引退したのか。ちょっと前からほのめかしてたが」
「したければすればいい。去る者は追わずだ」
「冷たいな」
「俺たちゃ仲良しこよしじゃねえからな」
「グレスがいようといまいとPKに精を出すだけだ」
そういうものかもしれない。
タゴサクも、ソーニャやイアが引退すると言い出せば、一度くらいは引きとめてもしつこく食い下がりはしない。本人の自由にさせる。
伝えるべきことは伝えたので、いつまでもここにいても仕方ない。
「俺は行くが、フィールドに出ればまた襲うか?」
「さてな。ぶっちゃけ、男をPKしてもつまんねえ。お前と一緒にいた巨乳の女、あいつを紹介してくれよ。ゲームでも現実でも泣かせてみてえ」
「女性の胸は辱めるものではない! 優しく愛でるべきものだ!」
「お、おう……」
タゴサクが持論を展開すれば、アキオーダックはドン引きしていた。彼をもドン引きさせるのがタゴサクである。
「胸の話は置いといても、俺は今、クエスト中なんだよ。薬草採取のクエストだ。PKに構ってる場合じゃないんだ」
「……薬草採取のクエスト?」
「【テイヘーンの町Ⅱ】で受けられる薬草採取のクエストとなると」
タゴサクが事情を説明すると、アキオーダックとガンタは何やら意味ありげな反応を見せた。
「ちょっと聞くが、自分で受けたクエストか? 相手から飛び込んできたクエストか?」
「後者だな」
「やっぱあれかよ。初心者だから知らねえのか」
「何事も経験だ。SOSのマナーに従い、俺たちが口を挟むことじゃない」
「だな。よっし、今日は見逃してやるぜ。クエストでもなんでもやりやがれ」
「怖いわ! 何かあるなら教えてくれよ!」
思わせぶりな発言をされて、タゴサクはビビッてしまう。
二人はタゴサクを無視し、アイテムを使用して姿を消した。別の町へ行ったのだと思われる。
見逃してもらえたのは助かるが、クエストを続行してもいいものかどうか。
「一応やるか」
クエストを受けた手前、途中で放り出すのは気が進まない。NPCの女の子も薬草を待ち望んでいるだろうし、タゴサクは目的地へ向かうことにした。
いなくなったふりをして、アキオーダックたちが待ち構えていて襲われないか懸念したが、フィールドに出ても無事だった。
本当に見逃してもらえたらしい。真意は不明ながら、助かったと思っておく。
ヴァイスにも遭遇せず、PKされることなく目的地に到着する。【テイヘーンの町Ⅱ】から徒歩で三十分ほどの場所にある泉だ。
「イアがいてくれれば、泉に落っこちて濡れ透けになるラッキースケベイベントが発生したり? ぐふ」
誰もいないのをいいことに、ゲスい妄想を口に出しつつ薬草を採取する。
多くの植物があるので分かりにくいが、ちゃんと写真がある。メニュー画面を開けば、現在実行中のクエスト内容が記載されており、目当ての薬草の写真を見られるのだ。
写真を確認しながら薬草を探す。
モンスターの巣窟になっているとの話であり、実際にモンスターはいたが、たいして強くない。経験値の糧にする。
ボスモンスターの類もおらず、しばらく探せば薬草が見つかった。簡単に終わり拍子抜けしたほどだ。
コモンステラのクエストなので、難易度はさほど高くないのかもしれない。
ともあれ町に戻る。帰路の途中でプレイヤーとすれ違ったが、お互いに見ないふりをした。
他人を蹴落とし、自分だけが高みを目指すゲームである以上、出会ったのに戦わないのはマナー違反だ。協力はしていないが休戦したことになり、よろしくない。
そこは、どのプレイヤーもある程度の折り合いをつけている。
他人と出会うたびにPKし、PKされでは身がもたない。PKオンリーのゲームならいいが、SOSはギリギリかろうじて曲がりなりにも普通のRPGなので、RPGらしい楽しみもある。
モンスターとの戦闘にクエスト、ダンジョン攻略などだ。
PKばかりに夢中になると、普通にゲームで遊べなくなる。
よって、遭遇しても見ないふりをするケースは珍しくない。咎められたとしても気付かなかったと言い逃れればいいのだ。
殺伐としたゲームに唯一残された良心とでも言えばいいのか。
「PKしないのに言い訳が必要になるってのも大概だよな」
愚痴をこぼしながら町に戻ってきたので、早速NPCの家に行く。家の場所も分かるようになっているし迷わない。
「すみませーん」
「……どちら様ですか?」
家の前で声をかけると、中から女の子の声が聞こえた。タゴサクに依頼したNPCの少女だろう。
「あの、依頼された薬草を採取してきたんだが」
「ああ、あれですか」
喜んでもらえるかと思ったのに、女の子の声は冷たかった。
家には鍵がかかっており、中に入れてもらえない。女の子もドア越しに会話するだけで、顔を見せてくれない。
PKされていたせいで時間切れになったのだろうか。
間違った薬草を持ってきてしまったとも考えられる。
タゴサクは、クエストを失敗してしまったかと不安になる。
「薬草を渡すから、ドアを開けてもらえないかな?」
「もういいです」
「もういいって……まさか」
やはり、病気のお母さんが手遅れになって、クエスト失敗かと心配した。女の子が冷たいのは、タゴサクが間に合わなかったからではないかと。
だが違った。
「お母さんは治りました。薬草もいりません。用がないなら、さっさと帰ってくれませんか。ワタシ、お母さんに食事を作らないといけないので忙しいんです」
それきり、女の子の声は聞こえなくなった。
家の前でタゴサクは呆然と佇む。昼間でも青空の見えない寒々しい世界に、悲しい風が吹いた気がする。
「なんだこりゃ?」
お母さんは治ったと言われた。自然治癒したのだと思う。
現実で考えるなら、薬がなくても病気が治ることはある。
だが、これはゲームのクエストだ。薬草を入手し、渡して、お母さんが元気になる。最後は報酬を受け取ってハッピーエンド。
一連の流れがクエストであり、このような終わり方はない。
しかも、さらにタゴサクを混乱させる状況が。
「クエスト……成功?」
メニュー画面を確認すれば、クエストは成功したとの記載があった。
ますます意味が分からない。失敗したと言われるならともかく、どこが成功だ。
「お母さんが治ったから? 俺は何もしてないのに?」
考えていても埒が明かないため、知っていそうな人に聞くことにする。
イアに連絡を入れて合流する。ソーニャも一緒だ。
「お兄ちゃん、勝手に行動しないでよ」
「用事は終わったんですか?」
「終わったっつうかなんつうか……」
二人に説明すると、ソーニャは呆気に取られ、イアは顔を引きつらせた。
「あのクエスト、受けたんですか? あれは罠なんですよ」
「罠?」
「SOSは他人を蹴落としていくゲームです。要するに、人助けのクエストは大抵が罠なんです。助ける必要なんかないって言いたいんです」
「なんつうゲームだ!」
もはや日課となったセリフを叫んだ。
アキオーダックやガンタが見逃してくれるわけだ。こういう結末になると知っていたから、痛い目を見ろと言いたかったのだろう。
「何も知らない初心者は、ほとんど引っかかりますね。NPCとはいえ、小さな女の子に泣きつかれて見捨てられる人は少ないです。クエスト報酬以前に助けてあげたくなるのが人情です」
「でも罠だと?」
「罠です。【テイヘーンの町】で食糧を入手するクエストを受けましたよね? あれも罠のうちなんですよ。人助けのクエストを最初に受けさせておいて、その時は普通にクリアできて報酬ももらえます。次が、ここ【テイヘーンの町Ⅱ】での薬草採取クエストですけど、こっちは罠で何ももらえません。最初のクエストと同じだと考えたプレイヤーを絶望のどん底に叩き落とします」
「マジでなんつうゲームだよ。考えた奴は頭おかしいんじゃないか?」
SOSの開発者を問い詰めたい。何を考えているのだと。
きっと、性格が歪み切った人間なのだ。周到な罠を張り巡らし、引っかかったプレイヤーをあざ笑っているに違いない。
「実は、クリアする方法はもう一つあります。報酬はもらえませんけど、素直に薬草を採取するよりは後味のいい終わり方になりますね」
「二度と受ける気はないが、聞くだけ聞いておく」
「病気のお母さんに回復魔法を使ってあげればいいんです。プレイヤーは病気にならないのであまり意味のない仕様ですけど、回復魔法はHPだけじゃなく病気も治療できる設定になっています。NPCの病気だって治せます」
「薬草を採りに行くよりは楽だな。ひょっとして、自分専用の回復魔法の例外ってのは」
「病気のNPCに使うことですね。こっちなら、女の子からお礼を言ってもらえます。お礼だけで、アイテムやお金はもらえませんけど」
冷たくされるよりも、お礼だけでも言ってもらえる方が後味はいい。
それでも、クエスト報酬がなければやる意味も薄くなるが。
「子供の笑顔やお礼は、何にも代えがたい報酬だとでも言いたいのか?」
「好意的に解釈するなら、そうかもしれません」
「分からなくもないし、いいか。お母さんが手遅れだったなら悲しいが、無事だったんだ」
薬草は、あくまでもお母さんを治す手段であり、目的ではない。病気の治療が目的なのだから治ればいいのだ。
「お兄ちゃんは怒ってないの? 無駄足だったのに?」
「完全に無駄足を踏まされたわけでもないぞ」
モンスターと戦い、経験値を稼いだ。タゴサクのレベルも密かに上がっている。
「薬草にこだわるのはプレイヤー側の事情だ。クエスト報酬が欲しいって事情な。本来なら、魔法でも食事療法でも自然治癒でも、治ればいい」
「お兄ちゃんにしては優しいわね」
「立場を変えて考えてみれば分かるだろ。ソーニャが病気になったとして、俺が治療手段を求めて駆けずり回ったとする。で、治療手段を見つけて戻ったらソーニャが治っていた。これで、『なんで治るんだ!』って怒ったらどう思う? 嫌な気持ちになるだろ? 無事だったことを喜んでもらいたいよな?」
「確かにね」
「サクさんがまともなこと言ってます。エッチじゃありません。『俺をコケにしやがったから、体で支払え』って言い出すかとばかり」
「お母さんと娘さんの母娘丼ね。お兄ちゃんの変態」
「まともなのにディスられるってどういうことだよ!」
知り合って四日目にもなると、イアも打ち解けてきたのか、毒舌を発揮するようになっている。可愛い顔をしているのに。
とにもかくにもクエストは終わりだ。何ももらえなかったがよしとしておく。




