十三話 白弓のヴァイス
タゴサクとソーニャは、眼帯男と戦い見事勝利を収めた。実力的には格上の相手だが、作戦の勝利だ。
戦いが終わり帰ろうとしたところで、動けないことに気付く。
そして、全身白づくめの男が現れた。
骸骨のようで不気味な人だが、よくよく見れば年齢自体は若そうだ。二十歳前後であろう。
「ルーキー二人でアキオーダックに勝ったか」
「アキオーダックって、あの眼帯男? てか、あなたは誰です? 俺たちが動けないのは、あなたが何かしたからですか?」
「答える義理はないが、優秀なルーキーに敬意を表して答えよう。君たちが倒した男の名前がアキオーダックで間違いない。僕はヴァイス。意味はドイツ語で白だ」
「今度はドイツ語っすか」
SOSというゲームでは、英語とイタリア語が入り交じっているせいで分かりにくい。タゴサクの脳みそでは覚えられることにも限界がある。
次は、キャラクター名でドイツ語が登場した。愚痴の一つも言いたくなる。
「私の名前もロシア風だし、お兄ちゃんなんかもっと酷いじゃない。人様の名前に文句つけるのはよくないわよ」
「俺の名前を全否定したくせに、よく言う」
「ネーミングセンスがないって事実を言っただけよ」
「事実なら許されるわけじゃないぞ。俺が『お前って巨乳だよな』とか言ったら、セクハラになるだろうが」
「キモい。死んじゃえ。ネーミングセンスがないこととセクハラは別問題よ」
「身動きが取れない割に、随分と余裕があるな」
タゴサクとソーニャの漫才を聞いて、ヴァイスという男が口を挟んだ。
余裕があるわけではなく、今の状態で抵抗しても無駄だと開き直っている。ヴァイスがその気になれば、二人の命はあっけなく散らされる。
「んで、俺たちが動けないのは、あなたのせい?」
「その通りだ。少し話を聞きたく、逃げられないために」
「俺たちに危害を加える気はないと?」
「話を聞き終えれば、最後はPKさせてもらう。見逃してあげる理由はない」
「PKされるのが分かってて、素直に話すわけないじゃないっすか」
「話を聞かせてもらえないなら、僕はこのまま帰るだけだ。僕がいなくなっても動けるようにはならない。効果が切れるまでには時間がかかる」
「待ちますよ」
「のんびりしていたら、アキオーダックが戻ってくるが? あいつの性格は、僕の方がよく知っている。執念深く、他人から受けた屈辱は数倍にして返さないと気が済まない性格だ。そちらの少女がどうなっても責任は取れない。男心を踏みにじる非人道的な戦い方は、アキオーダックの逆鱗に触れるには十分過ぎる」
人質のようなものか。タゴサクたちのやり方は褒められたものではなかったし、確実に怒っている。復讐を考えるのも自然な流れだ。
「所詮、ゲームでしょう。できることには限りがあるし、現実の肉体に影響が及ぶわけでもないわよね」
「気丈なのは結構だが、ゲームだからたいしたことはできないと高をくくっているなら間違いだ。やりようはいくらでもある」
「私の胸を攻撃するって?」
「それも一つだ。直接触れればセクハラ行為になるが、攻撃なら問題ない」
「知ってるわよ。脅しにもならないわね」
弱みを見せたくないのか、ソーニャの態度は堂々としたものだった。タゴサクよりも肝が据わっている。
「一つと言っただろう。他にも手段はある」
「脅しにならないって言ったでしょ」
「待て待て。落ち着け。たかがゲームで体を張ってどうする。妹のくっころ展開とか、俺は見たくないぞ」
ソーニャはすっかりムキになっているし、このままでは本気で体を張りそうだ。
気丈で気高い女性が「くっ、殺せ」と言っているのを徐々に堕としていく展開、通称くっころは、フィクションならありだが実際にあってもらっては困る。
「聞きたい話ってなんですか? 俺に話せることなら話しますよ」
「二つある。一つ目。君たちは、なぜコダっている? SOSがソロ前提であることは知っているはずだ。仲良しこよしのパーティーを組みたければ、他のVRゲームで遊べばいい」
「俺とこいつは、SOSでやりたいことがあります。他のゲームじゃダメです。コダるのも、目的を達成するためですね。初心者がソロじゃ厳しいので」
「二つ目。素直にソロになる気は?」
「ありません。というか、どうしてそこまでパーティーを嫌うんです? SOSはソロ推奨であって、パーティー禁止ではないと聞いています」
「僕が答える場ではないな。君たちが、あくまでもコダるのであれば、今この瞬間に敵と認定する」
ヴァイスは弓を構えた。矢をつがえないままで弦を引き絞る。
「僕の名はヴァイス。白弓のヴァイス。君たちがSOSを続けられなくなるまでPKし続けると誓おう」
物騒な宣言をしてから、ヴァイスは声高らかにスキル名を唱える。
「【白斉射】!」
白の軌跡が走る。動けないタゴサクたちに、その攻撃を避ける手段はない。
全身をハチの巣にされて死に戻りしてしまうのだった。
白弓のヴァイスと名乗る男にPKされ、タゴサクとソーニャは【テイヘーンの町Ⅱ】に戻った。
「こうして死に戻りするのも、今日だけで既に三度目か」
一度目は二刀流男、二度目はアキオーダック、三度目がヴァイスだ。
「勝率ひっくいわよねえ。私なんか、ゲームを始めて三日連続でPKよ」
「ソーニャは、アキオーダックって眼帯男を倒しただろ。金とかアイテムとか入手してるんじゃないのか?」
「あ、すっかり忘れてた」
ソーニャはメニュー画面を開いて確認する。
「うわっ、お金がいっぱいある。五十万スターも」
「ヴァイスにPKされたから、いくらか減ってるよな。アキオーダックから奪った分は、もっと高額ってことか」
「アイテムもいくつかあるし、収支はプラスね」
「代わりに新しい敵が増えたが」
「そっちはイアと相談しましょう。って、イアに連絡しないと」
タゴサクとソーニャが戦っている間、イアは【ケダモノの塔】の前で待ってくれている。今も待っているはずだ。
ソーニャが連絡を取れば、すぐにイアがやってきた。
「負けちゃったの?」
「勝ったけど負けたわ。眼帯男を倒したら、別の男にPKされちゃって」
白弓のヴァイスと名乗ったプレイヤーの情報を伝えれば、イアは目を輝かせた。
「二つ名! 格好いい! わたしも名乗りたい!」
「恥ずかしいって感じる俺が間違ってるのか?」
「今はお兄ちゃんに同意してあげる。私も恥ずかしいわよ」
ヴァイスはノリノリで名乗っていたが、聞いている方が恥ずかしかった。
タゴサクやソーニャにとっては恥ずかしい二つ名は、厨二病のイアの琴線に触れたらしい。
「黒槍のイアだと安直だし、別のがいいな。黒天女のイア!」
「く、くろてんにょ?」
「私、友達やめたくなってきた。自分で自分を天女とか、罰ゲームでも名乗りたくないわよ」
「わたしのジョブが【黒天女】だから、ピッタリだと思ったの。ダメかな?」
「ジョブ? RPGでよくある職業のこと? 戦士とか魔法使いとか」
「うん。正式名称はLavoroで、イタリア語で仕事の意味だね。分かりにくいから、プレイヤーの間だとジョブで通ってるよ。レベル50になるとジョブに就けるようになるの」
幅が広がると言っていたのはジョブのことのようだ。
「SOSのジョブは、単に戦士とかじゃなくて色になってるの。自分の色を選ぶ形だね。わたしは黒、草原で出会ったPKの人は多分赤、ヴァイスって人は白」
「アキオーダックって眼帯男は灰色か?」
「灰色はなかったはずです。わたしが知っているのは、レベル50の時点で選択可能な色だけですし、高レベルになって増える分までは分かりませんけど」
「あんな奴の色はどうでもいいわよ。色を選んでどうなるの?」
「その色を象徴するようなジョブに就けるようになるよ。黒なら、【黒天女】とか【暗黒騎士】とか。色によってゲームの進め方も変わるよ。特定の色でしか受けられないクエスト、入手できないアイテム、行けない星、みたいなもの結構あるし」
最初の星であるコモンステラを含め、ゲーム序盤ではあまり差異がないが、進めていくと分岐する仕様だ。
色は途中で変更してもいい。色の組み合わせによっては、特殊なジョブに就けるケースもある。
「ひょっとして、最高ランクは金色だったりする?」
「サクさん、鋭いですね。正解です」
ゲームのタイトルにもなっている色なので、難しい推測ではない。
「その仕様だと、ゲームで出会えないプレイヤーもいないか? 黒のイアじゃ行けない星があるとして、そこにいるプレイヤーとは会えない」
「ソロ前提なので気にならないんですよ。パーティーを組んでいたら、パーティーメンバーで合わせないと困ります。ソロなら、自分の好きな色で好きな場所に行けばいいです。最終的には金色になるはずですし、金色同士で頂上決戦ですね。金色になったプレイヤーはいないって聞いていますけど」
「なんとなく分かった。んで、白弓のヴァイスって名乗ったあいつだが、イアが戦ったら相性がいいとか悪いとかある?」
白と黒。両極に位置する色だ。
言葉のイメージからすると、黒が敵側になる。善悪で言うなら悪、正邪で言うなら邪だ。
白弓のヴァイスと黒天女のイアは、いかにもライバルっぽい関係になりそうだ。相性の良し悪しもありそうに思う。
「相性はあまりありませんね。色によってタイプは決まってきますよ。覚えられるスキルや魔法も異なります。わたしが使う【黒壁】や【黒旗】は、黒専用のスキルです。だからといって、白に強いとか弱いとかってわけじゃありません」
「不利にならないだけマシと思っておくか」
白弓のヴァイスは、かなり強かった。動きを封じられたかどうかではなく、戦ってもまず勝てない。
頼みの綱はイアだが、純粋なレベルやステータスでは劣ると見た。
「ったく、高レベルプレイヤーが一番下のコモンステラにくるなよな。どんなモンスターよりもプレイヤーが難敵とか、他のゲームじゃあり得ない」
難敵になっているのはパーティーを組んでいるせいだが、棚に上げて文句を口にした。
一度アキオーダックに勝ったとはいえ、二度通じる作戦ではない。ヴァイスや二刀流男のように、アキオーダック以上の相手もいる。
これから出会うプレイヤーも敵に回るだろう。ナンパのような人は少数派だ。
「おちおちレベリングもできないとか、どうするんだ?」
「【ケダモノの塔】を攻略は無理でしたしね。洞窟にでも行きます? もしくは、スキルを充実させるために、モンスターのレアドロップを狙ってもいいです」
「考えるのは明日にしない? 私、今日は疲れた」
「俺も疲れたな」
町とダンジョンを何度も往復し、プレイヤーと戦って死んでと忙しかった。
ゲームをやめるにはやや早い時間だが、今日はここでログアウトする。




