十二話 不可抗力
今日一日で三度目となる【ケダモノの塔】への挑戦だ。
タゴサクとソーニャは中へ入り、眼帯男が門番を務めるセンターの通路へ行く。
戦ってから時間もたっているし、いないかと思ったがいてくれた。
「またお前らかよ。懲りない奴らだ」
眼帯男は芝居がかった動作で肩をすくめ、首を横に振った。ゲームなのでロールプレイをしているのか、もしくは素の態度なのかは知らない。
「俺の女に手を出したんだ。引き下がれるわけないだろ」
「ふん、話にならんな。これはゲームだ。システム的にPKも許可されている。殺されたくないならゲームをやめればいい」
「普通に戦う分には構わないさ。だがお前は、女の胸ばかりを狙って攻撃した。セクハラ野郎に道理を説かれる筋合いはないな」
「その言葉、そっくり返すぜ。女を二人侍らせるハーレム野郎に道理を説かれる筋合いはない。一人は、今はいないようだが」
タゴサクと眼帯男は、睨み合って互いの意見をぶつける。
作戦の成功率を上げるために、ここで挑発しておきたい。
「モテない男の嫉妬、お疲れさん。悔しいならお前も美少女を侍らせろよ。お前にできればな。俺はできるぞ。もう一人は、俺を攻撃したから捨てた。いらなくなれば捨てて、欲しければ新しい女を手に入れる。イケメンの俺ならできるんだ。どっかの誰かさんとは違って」
「てめえ……」
「羨ましいかい、不細工君?」
「ぶっ殺す!」
激昂した眼帯男が剣を抜いた。
身の丈ほどもある大剣だ。見るからに、高い攻撃力を誇りますと自己主張する武器を両手で構える。
普通に戦えば、すぐに殺されておしまいだが、眼帯男の性格上それはない。散々挑発し、バカにしたセリフを吐いたタゴサクを憎んでいるため、できるだけ絶望を味わわせようとする。
絶対にそうなるとは言い切れないが、失敗したら大人しく殺されよう。
「【全力】!」
タゴサクはお馴染みのスキルで攻撃した。
初期のモンスターを一撃のもとに斬り伏せる必殺スキルだが、格上のプレイヤーには通じない。軽々と受け止められてしまう。
「【全力】!」
受け止められても気にせず、スキルを連続使用する。
スキルにも魔法にもクールタイムが設定されており、一度使用すれば次に使用できるようになるまでには一定の時間が必要だ。
基本的に連発はできないが、【全力】は初期のスキルだけあり、クールタイムもないに等しい。SPの続く限り攻撃する。
「【全力】!」
バカの一つ覚えのように連発するタゴサクを見て、眼帯男は嘲笑する。
初心者だから、戦い方もなっていないと思っているのだろうか。思ってもらえるならありがたい。
「てめえなんざ相手にならねえよ! 【足狩り】!」
眼帯男のスキルが発動する。名前の通り足を攻撃して、動きを鈍らせる効果を持つスキルだ。デバフ効果付きのスキルとでも言えば通りがいいか。
通常ならデバフで済むところを、タゴサクが弱いせいで、前回の戦闘では両足を斬り飛ばされた。
今回はかろうじて避けたが、それでも深々と斬り裂かれる。足が思うように動かなくなり、タゴサクは地面に膝をつく。
眼帯男が大剣を振りかぶり。
「【初心者潰し】!」
タゴサクを守るようにソーニャが前に出た。
ソーニャが戦ってくれている間に、回復アイテムのポーションで回復する。足の傷も塞がり、デバフ効果も多少改善される。HPを回復させただけでは、元通り動けるようにならないのが厄介だ。
「交代だ!」
ソーニャに声をかけて後ろに下がらせ、反応の鈍い足を懸命に動かしてタゴサクが前に。下がったソーニャはHPを回復している。
二人が交代で戦い、片方が戦っている間にもう一人は回復する。これを繰り返す作戦だ。
と、眼帯男も思ってくれるであろう。
「うざってえ! 【豪撃】!」
眼帯男のスキルにより、タゴサクの剣が破壊された。
武器を失えば、当然【全力】は使えない。
「【足狩り】!」
すかさず【足狩り】でタゴサクの両足を攻撃。切断まではいかずとも、デバフの重ねがけで動きはますます鈍くなる。立っていることも覚束なくなり尻餅をつく。
とどめを刺されてしまうと困るが、幸運にも無事だった。想像通り、眼帯男はタゴサクを生かしたままでソーニャを嬲るつもりらしい。
「ったく、手間かけさせやがって。あとは」
「【初心者潰し】!」
「おっと」
眼帯男はソーニャのスキルをかわし、大剣の腹で殴った。ソーニャの胸を。
「やめろ! 俺の女に手を出すな!」
「自分たちから仕掛けておいて、負けそうになればやめろだと?」
「やめてくれ!」
「おいおい、言い方ってもんがあるだろうが。ええ?」
「や、やめてください! お願いします!」
タゴサクが叫べば、眼帯男の顔が愉悦に歪む。
そして、さらに眼帯男を喜ばせる出来事も。
「何それ? ダッサ。そんな男とは思わなかったわね」
「俺は、お前を守るために!」
「いい加減、気持ち悪いのよ。二言目には『俺の女、俺の女』って、格好つけてるつもり? 私はあんたの物じゃないの。ちょうどいいし、別れましょう」
「何を言ってる?」
「前々から気持ち悪いと思ってたのよ。顔もセリフも態度も、全部気持ち悪いわ。吐き気がする。二度と私に近寄らないで」
「うぐ……」
「ははははっ、こりゃ傑作だ!」
ソーニャに拒絶されるタゴサクを見て、眼帯男は大笑いした。
ソーニャは剣を放り捨てる。戦闘を継続する気がないという意思表示だ。
「よければ、私に色々教えてくれない? パーティーを組めとは言わないわ。SOSではパーティー禁止なんでしょ? でも、上級者が初心者にちょっとアドバイスするくらいなら許されない?」
「アドバイスね。厳密に言えば、それも協力プレイになるし禁止だが」
「ダメ?」
「しょうがないし教えてやるか」
「ありがとう。こんな弱い男と一緒にいるよりも、あなたと一緒の方がいいわ。これからよろしく」
ソーニャは眼帯男を持ち上げる発言を繰り返し、右手を差し出す。
眼帯男は疑いもせずにソーニャの手を取った。
「待って。待ってくれ……」
タゴサクは必死に立ち上がって手を伸ばす。
その手が、ソーニャと握手を交わす眼帯男の右腕に触れた瞬間。
「【バースト】!」
「【フルバースト】!」
タゴサクとソーニャの魔法が炸裂し、眼帯男の右腕を爆破した。【バースト】を使ったのはタゴサクであり、【フルバースト】を使ったのがソーニャだ。
【フルバースト】は、【バースト】を覚えているプレイヤーであれば誰でも使用できる。【バースト】の強化版といった魔法だ。
ただし条件が少し厳しく、敵に一定時間触れ続けていなければならない。また、残りのMPを全て消費してしまう。
その割に、威力はたいしたことがない。【バースト】よりも強いが、そもそも初心者用の魔法だ。強化版の【フルバースト】もたかが知れている。
ソーニャはレベルが低く、スキルの熟練度も碌に上がっていないので余計に威力は下がる。タゴサクの【バースト】もやはり弱い。
しかし、二人同時に使用すれば、腕を一本吹き飛ばす程度の威力にはなった。
「俺を騙したなっ!」
「騙したわよ。でも不可抗力だから仕方ないわ。戦闘に勝つための不可抗力。不可抗力を盾にしてセクハラ三昧の男のくせに、私たちを批判するの?」
「【スカイ】……」
眼帯男は、おそらく魔法を使おうとしたのだと思う。騙された屈辱に身を焦がしながらも、判断は冷静だった。
が、眼帯男の魔法は発動しない。ソーニャが止めた。
やり方は至極単純。ビンタをかましただけだ。
スキルや魔法を使う際には、発声が必要になる。発声に失敗すれば、SPやMPが残っていようとも発動しない。
物理的に口を塞いでしまえば使用不可能になるのは、自明の理である。
無論、ソーニャが眼帯男の口を塞ごうとしても、相手はステータスに物を言わせて引きはがすだけだ。
それ以前に、眼帯男の口に触れるのをソーニャが嫌がった。ゲームとはいえ、セクハラ野郎の口になど触れなくないと言って。
ゆえにビンタだ。ダメージなどないが、魔法を中断させるには十分である。
ひるんだ隙に、タゴサクは眼帯男の首を両手でつかみ、首を絞める態勢になる。
現実ならこのまま絞め落とすことも可能だが、ゲームでは窒息も何もない。
タゴサクの狙いは窒息ではない。ソーニャが【フルバースト】を使えるなら、当然タゴサクも使える。
眼帯男の口が開きかける。諦めずに魔法を使う気かもしれないが、タゴサクの方がわずかに早かった。
「【フルバースト】!」
MPを全てつぎ込んだ一撃が決まる。
首は人体の急所の一つだ。レベル差があれど、首に魔法をぶちかませば大ダメージとなる。
裏を返せば、急所に最大火力の魔法を直撃させても倒せないわけだが、残りのHPはスキルで削り切ればいい。
「【全力】!」
剣を拾い直したソーニャが攻撃した。【フルバースト】の使用でMPは枯渇しているが、SPは残っている。
「【全力】!」
タゴサクも続く。思うように動けないが、ソーニャがフォローしてくれ、兄妹のコンビプレイで眼帯男を追い込んでいく。
眼帯男の得物は両手持ちの大剣だ。右腕を失っている今、大剣は使えない。
予備の片手武器を持っている可能性はあるが、取り出す暇は与えない。
最も驚異になるのは魔法だ。口がきけるなら魔法を使えるが、二人がかりで猛攻を加え、途中でキャンセルさせる。
フルボッコにされている中、冷静に魔法を唱える余裕はなさそうだ。タゴサクたちより強いとは言っても、レベル的には下級になる。実力も経験も不足しているせいで、この場を切り抜けることは難しい。
「【全力】!」
ソーニャのスキルが命中し、戦いに終止符が打たれた。
しぶとかった眼帯男をついに倒したのだ。
「よっし、勝利!」
「なんとかなったな。穴の多い作戦だったが」
綿密な作戦を立てる時間はなかった。半分はアドリブになったし、穴も潰し切れない。
タゴサクとソーニャが演技をして、眼帯男を油断させる。【フルバースト】を直撃させて腕を吹き飛ばす。大剣を使えなくしてからフルボッコ。
おおまかな作戦はこのようなところだ。
いきなりソーニャが握手を求めても、疑われてしまい応じてもらえない。タゴサクが情けない姿をさらして、ソーニャが眼帯男を褒めれば、気分がよくなり油断してくれると考えた。
油断しなかったら負けていたし、【フルバースト】を直撃させた後も眼帯男が冷静に対処していれば危なかった。がむしゃらに暴れられれば逃がしていた。
行き当たりばったりだったが結果オーライだ。
「にしても、ソーニャが俺を罵倒した時、妙に実感がこもってなかったか?」
「あれ、最高に気持ちよかったわ。胸がスーッとした。セクハラ野郎も倒せて、二重でスッキリ」
「俺への罵倒は本音だったってことじゃねえか!」
「セクハラ野郎に生きる価値なし!」
「ひでえ……」
反論しても、タゴサクの日頃の行いを列挙され、墓穴を掘るだけなのは目に見えている。ここは逃げるが勝ちだ。
「ソーニャが俺をどう思っていようといいが、帰ろうか。イアも待ってる」
「りょーかい」
MPが枯渇し、SPも碌に残っていない状態では、ダンジョンの攻略どころではない。門番はいなくなったが、先へは進まずに戻ろうとした。
ところが、足がピクリとも動かないことに気付く。
タゴサクだけではない。ソーニャも動けなくなっている。
「お兄ちゃん、私動けない」
「俺もだ」
今になって、戦闘の恐怖で足がすくんでいるわけではない。明らかに動きを封じる何かをされている。
眼帯男のせいなのか、他の何かか。
考えるタゴサクの前に、一人の男性プレイヤーが姿を現す。通路の奥からこちらへ向かって歩いてきた。
白い。タゴサクが抱いた第一印象はそれだ。
肌が病的なまでに白い。髪や瞳も白い。色は自由に変更できるが、ここまで白くしていると薄気味悪さを覚える。
白さに加え、骸骨のように痩せこけた頬や落ちくぼんだ目のせいで、死人が歩いているかと錯覚しそうなほどだ。
真っ白な軽鎧をまとい、手にはこちらも真っ白な弓を持っている。
不意にナンパの言葉を思い出す。「白には気を付けて」と言っていた。
この男が、ナンパが言った「白」なのだろうか。