交易都市ファスタル
サラさんの家は、要塞のようなコンクリート打ちっぱなしの巨大建造物だった。
ちょっと混乱しているので、ファスタルに到着する前から整理することにしよう。
◇
「ハイ、ゼヒオネガイシマス。」
と俺が答えた後、サラさんはうれしそうな顔をして、
『よかった。
あと15分くらいでファスタルに着きますよ。』
と、言っていた。
さっきの辺境からなんだかんだで2~3時間は経っていると思う。
スマホで時間を確認したかったが、サラさんの前で見るのはためらわれた。
このバイクは静かなため、普通より感じなかったが、かなりの速さで走っていたと思う。
多分体感では100kmは下っていなかったはずだ。
それでも普通に会話できていたのはもしかしたらサラさんのマナによる保護が働いていたのかもしれない。
ちなみに結界石は辺境を走り出してしばらくしてから途切れた。
というか、その後はほとんど見なかった。
速度が速いせいで気づかなかっただけかもしれないが、多分数kmに一箇所休憩所のような所に設置されている感じだと思う。
道中、他の人にすれ違うこともなかったのでスムーズに進めたから、恐らく距離にして200~300km程度は進んだのではないだろうか。
その間に人と会わないのは、それはそれで不気味なものであった。
それをサラさんに聞くと、
『長い話になりますので、ウチに着いてからでもいいですか?』
と言われた。
殊更気になったわけでもないので、
「構わないですよ。」
と答えておいた。
その時のサラさんの表情が少し硬かった気はしたが、はっきりとは分からなかった。
確かに、もし最寄りの街がファスタルなのだとしたら、あそこは辺境と呼ぶにふさわしい場所だろう。
もっとも、もう俺にはあの場所がどこなのか分からないが。
そんな場所に一人で行ったサラさんにも疑問はあったが、なんとなくそれも後で説明してもらえそうな気がしたので、あえて聞くことはしなかった。
『ほら、ファスタルが見えてきましたよ』
というサラさんの言葉の通り、道の先の方に建物の影が見え始めた。
と、その時、サラさんがバイクを停めた。
「どうしたんですか。」
と聞くと、サラさんが少し考えた後、
『すみません。ちょっと一旦降りてもらえますか?』
と言われ、俺が犬を抱いてバイクから降りると、サラさんはシート下の収納をごそごそとしてから、大きな布のようなものを取り出した。
『すみません、暑苦しいかもしれませんが、これから私の家に着くまで
これを被っていていただけませんか。』
と頼まれた。
「構いませんけど、これ被った方が余計怪しくないですか?」
と聞くと、
『大丈夫です。この布は私のマナで透明に見えるようにできますので。』
と言われた。
光学迷彩じゃないですか!近未来装備じゃないですか!SFじゃないですか!
ここはファンタジーではなく、SFの世界だったのか。
とあほなことを考えていたが、サラさんは真面目な顔をしていたので、
「分かりました。できたら、あとで事情を説明して頂けると助かります。」
とだけ答えて、素直に布を被った。
ちなみにすごくいい香りがした。
『では、改めてファスタルに向かいますね。』
◇
ほどなくして、ファスタルの街の入り口に到着した。
入り口とはいっても壁に囲まれているとかはなかった。
ただ、入り口付近の道路脇にかなりかすれて見えにくくなった文字で【 First Al 】
と書かれた看板があるだけだった。
あぁ、ファスタルというのはFirstalなんだな、と思いながら、
「随分古い看板ですね。歴史のある街なんですか?」
とサラさんに聞くと(布を被っているが小さな声で会話はできる)、
『交易都市ファスタルの別名は始まりの都と言われています。
今の文化が形作られてから最初にできた街だそうです。
最初にできたのはここが地理的に重要な地点で、それだけに今も交易が盛んだと言われていますが、本当のところは分かりません。』
と答えてくれた。
なるほど、最初の街だからFirstなのか、と思ったが、そこでふと気が付いた。
あれ?異世界の文字はアルファベットなのか?
サラさんは日本語を話しているけど文字はアルファベットなのか?
という疑問が生じた。
もしかして、俺が気づいていないだけで神様がくれたチートか何かで言葉と文字が分かるようになってるとかか?
でもサラさんが話すときの口の動きは確かに日本語のようになっているし、看板の擦れた文字も確かにアルファベットに見えるんだけどな。
などと考えていると、バイクはすでにファスタルの街の中に入っていた。
街の中はなんというか、ごちゃごちゃだった。
ここまでである程度想像していた通り、中世ヨーロッパ感はあまりなかった。
が、全くないわけでもなかった。
レンガ造りっぽい建物もあるかと思えば和風の屋敷っぽいものもあった。
(俺はマンション住まいだったが、和風の屋敷を見て懐かしさを覚えるのはなぜなのだろうか。)
ビルっぽいものもあった。
流石に高層ビルではなかったが、セメントっぽいものでできたビルだった。
要は統一感のない感じで、色々増築などを重ねているうちにできた、という感じだった。
都市計画などはないのだろうな。
ただ、そんな街の建物以上に気になったことがあった。
街に人が全くいないのだ。
いないといっても誰も住んでいないとかではなく、出歩いている人が一人もいないのだ。
色んな建物の中からこちらを伺っている人がいるのは、なんとなく雰囲気で分かるが、交易都市、という名前に似つかわしくない不気味な静けさだった。
建物を見ると店も多くあるような感じだったので、普段から閑散としているわけではないはずなのだが、この時は本当に一人も人を見かけることがなかった。
サラさんはそれを気にした風もなく、街中をバイクで通り抜けていく。
街に入ってから10分ほど走っただろうか、
『ここが私の家です。』
と言って、サラさんはバイクを停止させた。
城のような、要塞のような建物だった。
建築様式などは全く知らない俺だから何調の建物、とかは全く分からないが、その巨大な建物が数人の一般的な家庭が住むような家でないことはすぐに分かった。
すでにここまでの街の異様な雰囲気に圧倒されていたので、綺麗な女性の家に呼ばれた時のきゃっきゃうふふ感は全くなくなっていたが、この要塞を見て完全に萎えた。
何が萎えたと言われても困るが、とにかく萎えた。
賢者モードになった俺は、ものすごい真顔で
「ずいぶんゴツイおうちですね。」
とか口走っていた。
多分サラさんも気にしているのか、
『いえ、私の家といっても集合住宅になってますし、研究所とか色々な施設も兼ねていますので、外見はこんな感じなんですよ。
中身も少々無骨なところがありますが、広いと何かと便利なんですよ。
ほら、ユウトさんを泊められるような部屋とか、わんちゃんが入っても大丈夫な場所とかも多いですし。
別に私の趣味というわけではないんですよ。』
とすごい早口で説明された。
焦るサラさんもかわいいなぁとは思ったが、あまりからかっても悪いので、
「すみません、冗談ですよ。
すごく大きいので、ちょっと驚いただけです。」
と言っておいた。
『そうですか。
それでは中に入りましょう。
あ、中に入ったら布を脱いでもらって結構ですよ。』
と言われた。
やっと落ち着けそうなので、見た目の無骨さよりも安心感が勝り、この建物に対する第一印象の悪さはすぐに薄れていった。