異世界生活14日目 這いずりしもの
『じゃあ、行くぞ』
おっさんの声に従って、研究所を出た。
メンバーはおっさん、サラ、カトーさん、ルッツ、俺だ。
一応、朝練で昨日言っていた作戦、おっさんが盾、俺がおっさんの援護でサラが遠距離攻撃、の練習をした。
ルッツに仮想這いずりしものとして動いてもらった。
特に問題はなかったから、あとは実戦だ。
サラのマナウェポンは俺が思っていたより強力な武器だった。
練習ではかなり威力は抑えていたらしいが、それでも俺のヨーヨーと同じくらいの強さはありそうだった。
もちろん、ルッツに当ててはいない。
サラが強すぎて扱いにくいと言うのも納得できるものだった。
朝練の後、食堂で最終確認をしてから、今に至っている。
正直、ちょっと緊張している。
俺はかなり神経が図太い方だけど、流石に命を懸けるような状況なんて初めてだし、二日前に這いずりしものを見た時は、近づいていないにも関わらず、完全にびびってしまった。
いや、あれはびびっても仕方ないと思う。
あれと接近して囮になると言ってくれるおっさんは本当にすごいと思う。
今までどんな経験をしてきたんだろう。
ただ、俺以上にサラは緊張しているみたいだ。
最重要なポジションを担うわけだしな。
俺はできるだけサラの緊張をほぐすことにしよう。
「サラ、昨日はよく眠れましたか?」
『ええ、緊張はしていたんですけど、疲れていたみたいですぐに眠れました』
「良かった。
今日は統括と俺に任せていれば簡単ですよ。
サラは離れてじゃんじゃん攻撃してくれればいいです」
『おう。図体はでかいが、古代種だって、ただのモンスターだ。
心配しなくてもなんとかなる』
おっさんもフォローしてくれた。
『ええ、でも統括もユウトも無理しないでくださいね。
今日ダメなら一旦戻って、もう一度作戦を立て直せばいいんですから』
まあ、俺も無理をするつもりはない。
こんなところで死にたくもないしな。
サラの言う通り、本当にやばそうなら、さっさと逃げればいいと思っている。
最悪、地下の這いずりしものがいる空間に油でも撒いて燃やし尽くせば勝てるんじゃないか、とか考えたりもしている。
あ、でも這いずりしものだったら壁を破壊して逃げるんだろうか。
どちらにしても、今日だけで決着をつける必要はない。
それくらいに考えていた方が緊張しすぎなくて、いいと思う。
緊張しないで、へらへらしながら勝てる相手ではないだろうが、要はバランスだな。
程よい緊張が重要だ。
それからもサラと他愛のない話をしながら地下へ向かった。
地下への階段に着いたとき、カトーさんがしきりに驚いていた。
どうやら、古代種がこんな街中にいる例は他にはなかったようだ。
街から比較的近い森の中、とかなら文献にはあったらしいが。
『古代種の所に行くまでにもモンスターに出くわすかもしれん。
一応、俺が先導するが、警戒はしておけ』
おっさんはそう言って地下を進みだした。
確かに、這いずりしものの所に着くまでに他のモンスターに囲まれて絶体絶命、なんて最悪だ。
それなりに警戒しながら地下を進む。
だが、一昨日の探索時と同じで全くモンスターとは出くわさずに這いずりしものがいる空間の近くまで辿り着いた。
『確認するぞ。
俺が近づいて囮になる、お前がそれをヨーヨーで援護、サラは遠距離からマナウェポンで攻撃だ』
「ええ」
『はい』
『私は邪魔にならないよう、空間の入り口で待機しています』
カトーさんは戦闘には参加しない。
参加されても守るだけになりそうだし、正しい判断だ。
『わう?』
ルッツがおっさんに、俺は?みたいな感じで言う。
『お前もいたな。
お前も怪我をしない程度に俺の援護だ。
だが、這いずりしものに噛みついたりするなよ。
体液に触れたらアウトだから、極力アイツには触れるな』
『わん』
おっさんとルッツはいつの間にか、かなり仲良くなっている。
なんかちゃんと意思疎通ができているように見えて微笑ましい。
まあ、微笑ましいとか言ってる余裕はないんだけど。
「じゃあ、行きましょうか」
『最初に俺が突っ込んで、這いずりしものの注意を引き付ける。
それから攻撃開始だ』
『私は目一杯威力を上げた弾を打ち込みます。
統括とルッツ君に当てないように気をつけますが、それなりに大きな弾が出るので、射線に入らないように気をつけてくださいね』
『ああ』
『わん』
おっさんとルッツが答える。
息ぴったりだ。
和やかだったのはそこまでだった。
すぐに奥の空間が見えてきた。
相変わらずかなり広い。
そして、そこには前と全く変わらない体勢で圧倒的に大きな存在が鎮座している。
前は不意打ちのように遭遇したから心の準備も何もできていなかったが、今日は違う。
最初から戦うつもりで来ている。
かなり怖さがあるのは確かだが、後ろにはサラが控えているのだ。
遅れをとるわけにはいかない。
おっさんとルッツはその空間に足を踏み入れるなり、ものすごいスピードで這いずりしものに突っ込んでいった。
俺もやや遅れて、それに従う。
ただし、近づきすぎない程度には距離を取っている。
そして、ヨーヨーを回して、いつでも光弾を出せるように準備する。
這いずりしものは近づいてきたおっさんに気づいていたようで、その複数の目を一斉におっさんに向けた。
怖っ。
超巨大な生物が複数の目で一斉にこちらを見てきたのだ。
あれは怖い。
だが、おっさんは視線を意に介さず、そのまま這いずりしものの顔の前まで接近して、多少勢いを落としながら顔面を殴りつけた。
確かに思い切り殴って体液に触れでもしたら大変だからな。
様子を見たんだろう。
這いずりしものはほとんど微動だにしなかった。
手加減しているとはいえ、おっさんの一撃を喰らって動きもしないというのは少々気が遠くなりそうなタフさだ。
おっさんはそのまま這いずりしものの目の前で攻撃を続ける気らしい。
確かに体表には棘のような毛が生えているから、素手で攻撃するのは危険な感じだ。
でも、今のおっさんの攻撃から察するに、這いずりしものの防御力はかなり高いようだ。
ヨーヨーの攻撃でも、マナを使わなければ、体表を破壊することはできないだろう。
逆に言えば、加減すれば体液を撒かせずにヤツの体表を攻撃することは可能だろう。
うまくやればそれであいつの気を引くことはできそうだ。
よし、援護の方針は決まった。
あとは、おっさんの攻撃のタイミングと間合いを見て、手を出せばいい。
そう俺が決めた時、俺の横をビームみたいなものが通り抜けていった。
それはそのまま進んで、這いずりしものの体表に直撃した。
派手な爆発などはなかった。
ただ、そのビームが当たった箇所の体表が消滅していた。
メ、メド○ーア?
それはサラが放ったマナウェポンによる一撃だった。
消滅した付近の細胞はカトーさんの説明通り、焼けたようで、体液は飛び散っていなかった。
なんだあれは?
荷電粒子砲とかそういう系か?
いや、俺そういうのは詳しくないから知らんけど、あれって大規模な加速装置がいるんじゃなかったか?
マナウェポンはかなり小さい。
あの中にそんな大層な機構が入っているとは考えにくいが、古代の技術による兵器だもんな。
どうなっているのかは知らないが、恐ろしいもんだな。
すごい威力だが、這いずりしものの大きさを考えると、一部を削っただけに過ぎない。
でも、これならいけるかもしれない。
這いずりしものはそのビームを受けて一瞬動きを止めていた。
何が起きたか分からなかったんだろう。
だが、数秒して、すぐに事態を理解したのか、声にならない叫びを上げた。
口を大きく開けて牙をむき出しにしている。
発声器官がないのか、音は大きくないが、空間全体を震わせるような空気の振動が伝わってきた。
そのまま、むき出しにした牙をおっさんに向けようとした。
させるか。
俺は這いずりしものの横っ面に向けてヨーヨーの光弾を飛ばす。
マナは使っていない。
光弾は狙った通りに這いずりしものに当たったが、全くダメージはないようで、軽く身じろぎしたあと、そのままおっさんに向かって牙を突き立てようとした。
だが、俺の光弾が当たってできた僅かな隙におっさんは後ろに飛び退いて距離を取っていた。
這いずりしものはおっさんを標的として認識しているらしく、飛び退いたおっさんを追撃する。
でかいくせに素早い。
おっさんはすぐに追いつかれて、再度牙による攻撃を受けそうになった。
牙がおっさんに当たる、そう思った瞬間、おっさんの姿がぶれて、気づいたらおっさんは這いずりしものの横に立っていた。
残像だ、という言葉が聞こえてきそうだ。
いや、そんなことを言っている場合じゃない。
ただ、おっさんのスピードはかなり早かった。
いや、見えないとかそういうことはない。
さっきは、想像以上に早く動いたから、追いきれなかっただけだ。
昨日、回避に専念すればどんな相手でも大丈夫と言っていたのはこのスピードがあるからなんだな。
アニメなんかでは、パワータイプはスピードが遅かったりするが、基本的にスピードを生み出すのも筋肉なんだから、デブならまだしも、筋骨隆々な人間のスピードが遅いわけないんだよな。
程度の問題だ。
ただただ筋肉を大きくしているだけなら重くて遅くもなるだろうが、おっさんの筋肉は実戦で鍛え上げた使える筋肉だろう。
うん、おっさんは大丈夫そうだ。
今も這いずりしものの攻撃を掻い潜りながらちょこちょこ顔面を殴っている。
ルッツもおっさんに向かう這いずりしものの目を蹴ったりして、うまく立ち回ってけん制している。
俺はその合間に這いずりしものがサラの方に行かないように、ヨーヨーで進路を妨害して進む方向を誘導している。
そうしている間に、サラの2撃目が這いずりしものに入る。
よし、今度も命中だ。
このまま徐々に削っていけばなんとかなる。
そう、安心しかけたときだった。
それまで単調に牙でおっさんを攻撃していた這いずりしものが一度大きく震えたかと思うと、その長い体を使って、周囲一体を薙ぎ払ってきた。
俺は、這いずりしものとは距離を取っていたから、後ろに大きく飛び退いて、なんとかぎりぎり避けることができた。
だが、おっさんは這いずりしものに近すぎた。
おっさんも避けようとしたと思うが、逃げる場所がなかった。
おっさんは早々に避けるのを諦めて攻撃を食らう直前にルッツを掴んでこちらに投げてきた。
それでルッツはなんとか這いずりしものの攻撃から逃れることができた。
「おっさん!」
おっさんはルッツを助けた直後に、まともに這いずりしものの薙ぎ払いを食らって壁に叩きつけられた。
おっさんの防御力は異常に高いが、いかんせん体格差がありすぎる。
壁に叩きつけられた後、地面に倒れたのが見えた。
ここからではよく分からないが、かなりのダメージを負って気絶したようだ。
おっさんを吹っ飛ばした這いずりしものはサラの方を見た。
このままではサラが攻撃されてしまう。
おっさんには申し訳ないが、今はおっさんを助けに行くよりも這いずりしものをサラに近づけないことを優先する。
流石に気絶したおっさんを置いて撤退することもできないから、俺が囮役をやって、その間にサラに這いずりしものを倒してもらうしかない。
一気に厳しい状況になってしまったが、やるしかない。
「サラ、俺が統括の代わりに囮役をやりますから、攻撃を続けて」
『ユウト、危ないです。
一旦逃げた方が』
「統括を置いて行けません。
なんとかするから、サラは早く攻撃を」
そう叫んだ後、サラに近づこうと動き始めた這いずりしものの顔面にヨーヨーの光弾をぶつける。
サラの攻撃は強力だが、威力を上げるには溜めに時間がかかる上に、ちゃんとマナを制御しないといけない。
だから、俺ががんばって、サラが集中して攻撃できるようにしないと。
這いずりしものは光弾を食らってもビクともしなかった。
そのままサラに近づこうとする。
さっきは軽い隙くらいは作れたのに、もうこの程度の衝撃は気にもならないようだ。
見たところ、体の部分よりも顔面の方が堅いようだな。
俺はマナを制御して光弾を放つ。
光弾を食らった這いずりしものは軽くのけぞったが、傷はついていないように見える。
顔面ならマナを使った光弾でも体液が飛び散るほどのダメージにはならなさそうだが、体勢を崩させて気を引くことはできそうだ。
よし、思ったとおりだ。
これでなんとかするしかない。
俺は右手にヨーヨー、左手にナイフを構えて攻撃の準備を整える。
ナイフが役に立つとは思えないが。
そして、体勢を整えた這いずりしものに、もう一発光弾をお見舞いする。
さっきと同じ場所に命中し、這いずりしものはようやく俺を障害と認めたらしい。
こちらに進路を変えた。
動きながらヨーヨーで攻撃するのは難しいが、なんとかするしかない。
再度光弾を放ち、這いずりしものを誘導しながら、サラの攻撃の時間を作る。
そこでサラが三度目の攻撃を行った。
サラの攻撃はかなり有効だ。
また這いずりしものの体を削る。
同時に、這いずりしものの注意がサラに向かわないように俺も光弾を放って、こちらを向かせる。
這いずりしものはまず俺を倒すことにしたらしい。
かなりおっかないが、それでいい。
その時、視界の端でカトーさんが走っているのが見えた。
何をやっているんだ?
入り口で待機しているはずだったのに。
そう思ったが、走っている方向を確認して気づいた。
カトーさんはおっさんの方に向かっているらしい。
ありがたい。
これで、気絶しているおっさんを起こすなり、この空間から逃がすなりしてくれたら、撤退することも可能かもしれない。
本当はこのまま倒せればいいんだけどな。
俺がカトーさんの方を気にして隙があると判断したのか、這いずりしものが牙を剥いて突っ込んできた。
こんな化け物相手に隙なんか作るわけがない。
これを狙っていた。
俺の攻撃では顔面にダメージを与えられない。
かといって、体を攻撃したら、体液の問題がある。
だから、口の中を攻撃したらどうかと思っていた。
大口を開けて突っ込んできた這いずりしものの口の中を狙って光弾を飛ばす。
光弾は這いずりしものの口の中に一直線に入っていった。
這いずりしものはそのまま突っ込んできたが、俺に牙が届く直前に大きく震えた。
そして、苦しみだした。
よし、効いたみたいだ。
体の中から破壊できたんだろう。
あとは、口から体液を吐いたりされないように気をつける。
案の定、這いずりしものはビクッと震えた後、咳き込むような感じで体液を吐きそうな素振りを見せた。
俺は、急いで這いずりしものに近寄り、あごの下からアッパーカットのような要領で光弾をぶつける。
這いずりしものは吐きそうになった体液を飲み込んでもだえている。
そこにサラの4度目の攻撃が当たる。
いいタイミングだ。
這いずりしものは堪え切れずに俺と距離を取った。
よし、ここで畳み掛ける。
そう思って俺は追撃すべく、さらに近づいた。
そこで、這いずりしものは一度大きく震えた。
やばい、これはさっきおっさんを吹っ飛ばしたやつか、と思ったときには遅かった。
這いずりしものは既に攻撃を始めていた。
避けきれない。
だが、ここで俺まで気絶させられたら終わりだ。
どうする?
どうする?
どうする?
俺が対処法を思いつけず、諦めかけたその時、
『わおぉぉぉぉぉぉぉぉん』
とルッツが耳を塞ぎたくなるような、ものすごい咆哮を上げた。
それと同時にルッツからものすごい風が巻き起こり、這いずりしものを吹き飛ばした。




