異世界生活6日目 朝練~マッピング
「ん~いい朝だ。」
今日はかなりすっきりと目覚められた。
昨日は寝不足の上に、結構疲れていたから、普段以上に熟睡できたみたいだ。
やっぱり、しっかりした睡眠は健康維持の必須要素だと思う。
日本にいた時は、徹夜とか2、3時間睡眠が当たり前、みたいなときもあったから、思い出しただけで気分がどんよりとしそうだ。
いや、今はこんなに規則正しい生活をしてるのだから、わざわざ嫌なことを思い出す必要もないだろう。
「ルッツ、今日も行くか。」
『わん。』
よし、今日もルッツと朝練だ。
と、部屋を出ようとした所で、おっさんとの約束を思い出した。
「そういや、今日おっさんをぶっとばすんだったな。
いや、違った、おっさんにヨーヨーで攻撃してみるんだったな。
同じことな気もするけど。」
俺としては、あまり気が進まないが、おっさんがやれと言うのだから仕方がない。
忘れずにヨーヨーを持って中庭に向かった。
◇
中庭に着くと、おっさんはもう来ていたようで、いつものように
『おおらぁあああああああ』
みたいなことを叫んでいた。
いや、いつにも増して気合が入っているように見える。
そして、俺が中庭に来たことに気づくと、すぐに笑顔でこちらに向かってきた。
『おう、おはよう。
今日は頼むな。』
「ええ、まあ、怪我をしない程度にやりましょう。」
『だから、怪我などせんと言ってるだろうが。』
と、また昨日と同じ流れになりかけたので、
「まあ、それはいいとして、どうします。
早速やればいいんですか?」
『おう、準備運動はできている。
どんと来い。』
「分かりました。
じゃあ、ちょっと距離を取ってください。」
『おう、この辺でいいか。』
おっさんは俺から3m位離れた所に移動した。
「ええ、じゃあいきますよ。
かなりの衝撃だと思いますから、本当に気をつけてくださいよ。」
『分かってる。
別に舐めてるわけじゃないから安心しろ。』
うん、一応真剣に対応する気でいるみたいだ。
おもちゃでやったと聞いて、変に気を抜かれると、取り返しのつかないことになる可能性があるからな。
「じゃあ、いきますよ。」
『おう、来い。』
俺はヨーヨーを回しだした。
一応、マナは使っていない。
徐々に回転速度を上げていき、その速度がかなり早くなったところで、玉が出た。
玉、というか弾なんだろうな。
《《《《《《 どんっ 》》》》》》
という衝撃音と共におっさんに弾が命中した。
『おお。』
とか言いながら、おっさんは軽く押されたような形になったが、耐えた。
普通に耐えた。
いや、このおっさんどうなってんだよ。
俺がそう驚いていると、おっさんの顔が不機嫌そうなものに変わった。
『おまえな、俺のことを心配して手加減してくれるのはいいんだが、これでは意味がない。
しっかりやれ。』
「え?
どういう意味でしょうか?」
『この程度の衝撃では壁は壊せん。
それくらい俺が一番分かってるんだ。
ちゃんと壁を破壊した時のやつでこい。』
はあ、見透かされてらあ。
しょうがないか。
「分かりました。
でも本当にどうなっても知りませんよ。」
『しつこい。
俺がいいと言ってるんだからおまえは全力でくればいい。
後のことは気にせんでいい。』
「はあ。
じゃあ、いきます。」
『おう。』
ここまで言われたのだから、本当に後のことは知らない。
俺はマナを制御した状態でヨーヨーを回しだした。
ヨーヨーだけでなく、糸も光りだす。
さっきと同じように回転速度を上げていき、速度が上がりきった所で線が出た。
中二っぽく言いたい俺的には、線というより閃だけどな。
そのまま、その光はおっさんに命中し、
おっさんはものすごいスピードで吹っ飛んでいった。
漫画だったら、吹っ飛んだおっさんの上に、どっかあああああん、みたいな擬音がつきそうな感じだ。
いや、それどんな感じだ。
とにかく、おっさんがボールみたいに吹っ飛んで、弾んで、転んで、壁に激突した。
辺りには土煙が舞っている。
俺は、おっさんの命を救う魔法を使うことにした。
「!?
やったか?」
これ言っときゃ、死ぬことはないだろ。
お約束という名の魔法だ。
これを言われた敵は大体の場合、全くの無傷か、かなりのダメージを負ったような描写があるのにピンピンしていたりする。
俺の大したことのない知識の中では、だが。
しばらくそのままおっさんの様子を見ていたが、動き出す気配はない。
まあ、体がバラバラになったりはしていないので、生きてはいるだろうけど。
恐る恐る近づくと、おっさんが震えているのに気が付いた。
うん?
怖かったのか?
と俺が思ったのも束の間、おっさんはがばっと起き上がって
『わっはっはっはっは。
なんだ今のは?
これが壁を破壊する衝撃か。』
と、はしゃぎだした。
俺の魔法が効いたようだ。
おっさんはピンピンしている。
だが、頭の方が少々おかしくなってしまったらしい。
「おっさん、大丈夫か?
頭でも打ったか?」
『おっさん?
まあいいだろう。
頭は打ったが、なんともない。
なぜそんなことを聞く?』
ついつい、おっさんと言ってしまった。
まあ、おっさんが許してくれたからよかったけど。
「いや、いきなり笑い出して、頭がおかしくなったのかと。」
『失礼なことを。
あの程度でおかしくなるか。』
いや、あの程度ってめっちゃ吹っ飛んでましたけど。
『笑ってたのは嬉しかったからだ。』
え、どM?
『おまえ、失礼なこと考えてるだろう。
違うぞ。
おまえは俺が毎朝運動しているのを知っているだろう。』
「はい。
それが吹っ飛ばされて笑うことと関係あるんですか?」
『ある。
俺がいつも運動しているのは、もちろん鍛えるためではあるが、それを始めるときにな、目標を立てたんだ。
目標は自分の力で壁を破壊することだ。』
ああ、それでいつも壁に突進してたりしたんだ。
異世界の特殊なぶつかり稽古かなんかだと思ってた。
『別にその目標を立てた理由があるわけではないが、一度立てた目標だからな。
達成するまでやめるつもりはなかった。
だが、最近どれだけやっても壁が壊れる気配がなくて、少し諦めかけていたんだ。』
「いや、それ無謀でしょ。
もっと早く諦めてもよかったと思いますよ。」
『俺は統括だぞ。
一度立てた目標を諦める姿なぞ見せられるわけがないだろう。』
また出た、俺は統括理論。
そんなに統括って責任重大なのか。
『だがな、今日おまえに吹っ飛ばされて分かったんだ。
この程度の破壊力なら、俺は到達できる。
だから、俺もそのうち壁を破壊できる。
それが分かって嬉しくないはずないだろう。』
まあ、諦めかけた目標に希望が見えて嬉しくなる気持ちはめちゃくちゃ分かるけど。
そもそもの目標設定が間違っている気がするんだよな。
「それは、まあ、嬉しいでしょうね。
設定した目標はおかしいけど、気持ちは分かります。」
『そうだろう。
おまえには大きな借りができたな。
よし、もしおまえに何か困ったことがあったら、俺に言え。
なんでも助けてやるぞ。』
「ありがとうございます。
今の所、何も困ってないけど、何かあったらお願いします。」
『おう、任せろ。』
おっさんは終始上機嫌だった。
あんだけ派手に吹っ飛んだのに体は本当になんともなさそうだ。
おっさん、なんかチート持ってんじゃないか。
物理攻撃無効とか。
耐久性能が半端じゃない。
まあ、助けてくれるって言ってるんだから、心強い限りだが。
「じゃあ、今日の所は、これくらいですかね。
もう一発撃て、なんて言われてもやりませんよ。」
『おう、もう十分だ。
流石に何発でも耐えられるとは思わんしな。』
よかった。
物理無効ってわけじゃないみたいだ。
その後は、俺はルッツといつも通りに運動した。
おっさんは帰るのかと思ったら、そこからいつも通りに暴れだした。
しかも、機嫌がいいせいか、いつもより激しかった気がする。
ほんと化け物だな。
中庭は相変わらずぼこぼこになっていた。
◇
いつも通り、1時間くらい運動した後、帰ることにした。
俺が帰るのに気付いたおっさんが手を振ってきたので、俺も軽く手を挙げて返しておいた。
家に帰ると、サラさんはもう仕事に行った後のようで、誰もいなかった。
「よし、シャワーを浴びたら、食堂で朝飯を食って、そのままマッピングに行くか。」
『わん』
ルッツに声をかけて、マッピング道具などの準備を始めた。
◇
一通り身支度を整えた後、食堂で朝食を取り(5人前をモリモリ食べているおっさんに挨拶だけはした)、すぐにファスタルの街に向かうことにした。
昨日も半日だけだったが、作業は行ったので大体の要領は分かっている。
今日は特にどこかに寄る気もないので、淡々とマッピングを進めるつもりだ。
ところで、ファスタルの街は、最初に来た時にサラさんに説明してもらった通り、大通りはそれなりにすっきりしている。
だが、裏通りに入ると途端にごちゃごちゃしだして、気づけば迷子になるような構造になっている。
城塞都市なんかは、攻め込まれた時に対処しやすいようにわざと複雑な構造にしたり、袋小路を作ったりしている、みたいな話を聞いたことがあるが、あれ、そういえばあれって小説の中の話で実際の話とは違ったっけ。
まあ、とにかく、ファスタルもそんなような構造になっている。
めちゃくちゃに道が入り組んでいて、袋小路もたくさんあるって感じだ。
そして、大通り付近はまだマシだが、そこから離れていくにつれて、ある程度の距離まではごちゃごちゃ度合が増していく。
街自体が壁に囲まれているような状態ではないので、端の方は大通りからは遠く離れているような距離にあるようだ。
一応、端まで全てを含んでファスタルの街、という扱いらしいが、ある程度大通りから離れた所からは、もうごちゃごちゃしているというほど建物は立っていない。
俺の契約している依頼の内容はファスタルの裏通りのマッピングなのだが、正直、どこまでが裏通りなのか、というのはけっこう微妙なところだ。
街の一番端まで、というのであれば本当にかなり広い区画の地図を作らなければならない。
まあ、端の方の地図なんて、作るのはめちゃくちゃ簡単だろうが。
収入のことを考えれば、この依頼は難易度とか関係なく1km四方毎のマップ作成に一律10万円もらえる契約になっているから、ファスタルの端まで、としてくれた方がありがたい。
でも、大してなんにもない、家が点々と立っているような所の地図を作ってもおもしろくないんだよなあ。
今度、調査結果の報告を持っていくときに、どこまで調査すべきか聞いてみよう。
俺の今回の契約は1ヶ月になっているが、依頼者は長期契約を望んでいるようなので、俺が望めば延長できそうだから、ある意味どこまででも調査することはできる。
どうして、今こんなことを考えているのかだが、俺はマッピング、というか探索をするときは、隅から隅まで未探索の場所を残さないタイプだ。
じゃあ、ファスタルにおける隅ってどこなんだ?と思ったのだ。
これが壁に囲まれていれば、そこまででいいのだが、ファスタルはさっき言った通りの構造だ。
これじゃあ、終わりがない。
まあ、前にも考えていたが、俺が隅まで見ないと気が済まないのは、そこに伝説のアイテムが落ちている可能性がないか、とか考えるためで、ファスタルの隅に伝説の武器があるわけがないから、別に適当な所で区切ってもいいのだろうが、なんだかすっきりしない。
いつもの癖って怖いよな。
まあ、依頼者の意向を聞きつつ、程よい所で区切るしかないんだろうな。
そんな、取り留めもないことを考えながら、黙々と作業を進めていった。
◇
日が傾き始めた頃、ちょうどいい区切りと思えるところまで作業が進んだので、今日はここまでにすることにした。
「ルッツ、そろそろ帰ろう。
今日も混む前に食堂で晩飯を食べるぞ。」
『わん。』
ルッツに声をかけて、研究所に帰ることにした。
ちなみに、ルッツはマッピング中は大人しくそばを歩いていたり、一人で爆走しだしたり、色々なものの匂いを嗅ぎに行ったりして、自分なりに楽しんでいるらしい。
手がかからなくて助かる。
おかげで、今日もけっこう効率よく作業を進めることができた。
帰ったら、またデータの整理をしよう。
今日は朝おっさんとバタバタ遊んだ以外は平和な一日だった。
毎日これくらい何も起きないと気楽でいいんだけどな。
そう思いながら研究所までの道を進んで行った。




