そもそもの話
2024.11.30
既に投稿していたお話と矛盾(お手伝いさんの設定)があることに、次話執筆中に気が付きました。手直しする予定ですが、本話だけ見えないようにする設定が分からないので、このまま掲載します。気になる方は修正後、お読みいただけると有難いです。
申し訳ありません! <(_ _)>
奏多の父、陽斗は、家事をほとんどしない。仕事もしていないヒモなのに。
いや、家事をしているなら「主夫」と言えるから、そもそも「ヒモ」とは言わないかもしれないが。
では彼が家で何をしているかと言うと、趣味部屋に籠ってゴソゴソと何かを研究しているか、体を鍛えている。体を動かすついでに掃除でもすれば良いのに、と周囲で見ている者がいればそう指摘するだろうが……指摘するものがいないせいか、陽斗はそういう事はしない。
彼が自分のこと以外でする例外は、二つだけ。
まず妻の夕花に関することだ。休日などに夕花が料理をするときは、手伝おうとする。それから彼女が買い物をするときは必ず、荷物持ちをする。
では誰が家事をするのか。それはほとんど通いのお手伝いさん、早苗さんがやってくれた。そして彼女の勤務時間外は、何故か陽斗の友人にして合気道道場の師範である理央の担当である。理央は夕花の持ち家の客間に間借りしており、夕飯や休日のご飯支度などは彼が担当していた。家賃は別に払っているのに。
奏多の兄、遥は道場の師匠である理央をよく手伝っていた。その遥の真似をして、奏多もつたないながら台所を手伝うようになる。最初はレタスを千切ったり、野菜を洗ったりするところから始めた。母の帰りは遅くなるのがしょっちゅうで、陽斗と理央、遥と奏多で夕飯の食卓を囲むのが日常だった。
陽斗が果たす家庭での役割のもう一つは、遥と奏多の相手をすることだった。初めは夕花の育児を手伝う延長だったのかもしれない。やがて遥と奏多は父の陽斗からある教育を受けるようになった。
遥や奏多が文字も読めない頃から、寝物語にある国の物語について語った。それは災厄に襲われるノヴェル聖国を救う勇者が活躍する物語だ。干ばつや地震、河川の氾濫や台風と言った自然災害の他、瘴気による大気汚染、魔獣の大量発生に襲われる彼の地に現れた勇者は豊富な魔力で乾いた大地を潤し土塁を築いて氾濫を防ぐ。そして魔獣を切り裂き、瘴気を清めた。奏多は遥と一緒にドキドキワクワク胸を高鳴らせ勇者の物語を聞く。
「お前たちは勇者になって、ノヴェル聖国を救うんだ」と陽斗は語り、遥は神妙に、奏多はキラキラと目を輝かせて頷くのだった。
「勇者になるために」と陽斗は二人に様々な教育を施した。
日本語だけではなく、その国の言語で書かれた絵本を読み聞かせ、文字の読み書きを教えるようになる。そして二人は日本のことを学校で学ぶより先に、その言葉で書かれた書物で国の成り立ちや歴史、や地理、神話や物語など学んだ。
体術の基礎を徐々に仕込まれ、合気道やボルダリング、パルクールなどの体を動かす様々な技術を遊びに交えて覚える。ある程度体がしっかりすると陽斗の友人の理央の合気道道場に通い、そのほか剣を使った剣舞や護衛術、格闘技なども経験した。
五つ上の兄、遥はいつでも奏多の目標だった。彼に追いつきたい一心で、奏多は頑張った。兄は父の課題を難なくこなす。幾つかアドバイスを受け修正している様子は、陽斗と対等にやりとりしているようにすら見える。合気道道場の師範を務める理央も、稽古で兄が年上の相手を鮮やかに投げ飛ばす様子を目にし、誇らしそうに眼を細めていたものだ。公平な指導を心掛けている彼は、贔屓ととられるような挙動を、決して周りに悟られるような愚は犯さない。だが幼い頃から彼と過ごしてきた奏多の目には、明らかだった。
兄は学校でも何かと目立つ存在だ。特に塾に通ってもいないのに成績は常に上位をキープし、その傍らで児童会長も務めていた。運動能力の高さを保護者達の噂から聞きつけたのか、サッカーのユースチームや野球のシニアチームからも勧誘を何度か受けている。道場での鍛錬や父から受ける修行が忙しいからと、全て断っていた。
これだけハイスペックなのに、周囲にとっつきにくい印象を抱かせない明るく陽気な性質で、いつも人に囲まれていた。ただ運動が好きで常に体を動かさないと落ち着かないのか、休み時間はすぐに教室を飛び出していくだめ、ほぼ大抵男子に囲まれている。
だから女子とは若干距離があったようだ。遥と仲良くなりたい女子は、年上から年下までたくさんいたが、天然で躱しまくっていたらしい。
そんなハイスペックな兄を目標にしていたものの、奏多にそこまでの能力は無かった。運動神経に関しては自信はあった。が、学力に関しては平凡であった。兄は一度授業を受けただけで、テストで一番を取ることが出来るのだ。そんなの逆立ちしたって無理だ。
大人達はいつも、目に見えてがっかりした表情を浮かべる。兄と比べて、この子は平凡なのだと分かった途端、自分に落胆の目を向ける。気を使って運動能力を褒めてくれる人もいる。が、それだって遥に遠く及ばないのだ。
有難いと感じる反面、その度に悲しくなった。おなかの底に澱のようなものが降り積もるのを感じてしまう。更に「君は君らしく生きれば良いんだ」と優しい言葉をかけてくる人もいて、苦々しく思う。それだったら、ただ失望してくれた方が何倍もマシだと思った。我ながらひねくれてる! と、奏多は思う。
その点に関し、父の陽斗は良かった。尊大で俺様な性格の陽斗は幼い子供だからと言って容赦をしない。思ったことを口にし、奏多にダメ出しする。
できない事を諦めることを良しとせず、厳しくしつこく、繰り返し指導した。「これはお前の義務だ、お前は勇者になるのだから」と言って、ボロボロになるまでしごかれる。遥と奏多の能力の差なんか関係ないように、出来る筈だ、出来るようになれと繰り返す。
その度コノヤロー! と反発心を抱きつつ、容赦ない仕打ちにホッとする自分がいた。
きっと、「まだ自分は期待されている、諦められていない」と信じることが出来たからだと思う。それに、陽斗は遥と奏多を比べて、けなしたり慰めたりしなかった。ただ真っすぐに奏多に向き合ってくれていた。それは母や理央も、同じだったと思う。そもそも理央は誰に対して真摯な態度を崩さない人間なのだが。母はどちらかと言うと遥の方を贔屓していたかもしれない。末っ子可愛さだろうか。
そのような訳で、外でいくら失望されようと、遥に取り入りたい人間に軽く扱われようと、それほど奏多は気に病むことは無かったのだ。多くは無いが、仲の良い友人もいたし、自分を分かってくれる人がいる、と安心感を抱いていた。
けれども今から一年前ほど前、奏多が小学五年生になった春のある日。突然、父が奏多にそっぽを向いたのだ。
「もう修行をする必要はない。奏多は遥のようになるのは無理だ。身長もあまり伸びないようだし。これからは好きな事をして過ごせ」と、訳の分からないことを言いだし、唐突に奏多を切り捨てた……!
混乱した奏多は理央に相談し、とりなしてくれるよう頼んだ。だが、何故か眉を下げて首を振られる。家の大黒柱である忙しい母、夕花を捕まえて訴えもした。普段奏多は夕花の邪魔をしないよう心掛けていた。だから夕花に訴えるのは、最終手段だった。
陽斗は夕花に頭が上がらない―――夕花のヒモだから。少し常識外れのところがある父とたまに揉めた時、夕花は大抵、全面的に末っ子の奏多の見方をしてくれる頼もしい存在だった。
だが、何故か今回、母は父の肩を持った。ため息を吐いて諦めなさいと言われたのだ。「奏多は遥と違うんだから、陽斗に付き合う必要はない」と、逆に説得し返された。
ガーンと頭を殴られたような気分だった。
そして奏多は、やさぐれた。
父の故郷だと言うノヴェル聖国なんて国は存在しないのだと、知ってしまったと言うものある。魔法や災厄、と言った話は物語の中だけのことだと、小学校に上がるころには分けて考えていたが、言葉や文化の詳細を作りだすのは難しいだろう。だから父は物語にかこつけて、出身地の教育をしてくれているのだと思い込んでいた。いつか連れて行ってくれるし、その時に親戚と話すのに役立つのではないかと。
けれどクラスメイトに指摘され、ネットや図書館で調べてみたら何処にもそんな国はないことが分かってしまった。
陽斗はずっと、ノヴェル聖国は自分の生まれ故郷なのだと言っていた。幼い二人に陽斗はこう言ったのだ。いつかその国へ戻る予定だと。遥と奏多には、魔獣を倒して人を助ける勇者になれる素質があるのだから、と。
現実にそんな国は無いらしい。でも陽斗は、自分達が勇者になれると信じているのだ。だからもしかしたら、本当かもしれない……単なるおとぎ話だったと言うオチが正しいのかもしれない。けれどもそんな疑いを抱きつつも、陽斗の言葉をやはり信じていた。だから修行も続けたし、勉強も続けていた。兄みたいになりたかったのだ。
だが、陽斗は掌を返してこう言った。「奏多は勇者にはなれない、だから諦めろ」と。薄氷のように残っていた信じようとする気持ちを、父自らパリンと砕いてしまった。
だから奏多はやさぐれた。ちょうど反抗期だったのかもしれない。大学受験や部活か何かで忙しそうにしている遥には相談できなかった。勇者の資格があると皆が認める遥が羨ましかったから、余計に。父との冷戦状態を察知した遥が自分を心配して、話をしようとしてきたことが何度かあるが、その度はぐらかして逃げた。やがて遥もそんな奏多を説得するのを諦めたようだ。
遥に慰められそうになった奏多は、ある場所に逃げ込むようになった。父、陽斗が苦手としている母の弟、爽一の家だ。
夕花の弟、爽一は振り切ったシスコンである。だから夕花のヒモである父を毛嫌いしていた。爽一と母、夕花は連れ子同士で、血がつながっていない。夕花は十歳年下の爽一を完全に弟としか考えていないが、爽一はずっと夕花と結婚したいと考えていたらしい。仕事にしか興味がないと思っていた彼女が、突然金髪緑目の異国人と籍を入れたと事後報告で聞いた時は一週間寝込んだと言う。しかもその男は無職で姉におんぶに抱っこのヒモである。
このため彼は奏多の父、陽斗を毛嫌いしていて、今でも隙あらば別れさせようとしている。だから陽斗は爽一を苦手としていた。夕花が大事にする弟でありながら、一番危険なライバルでもある。
一方で爽一は遥と奏多の事は夕花の子供だからと可愛がってくれていた。特に夕花似の奏多のことは、猫かわいがりだ。シスコンの爽一は、近所のマンションに住んでいる。忙しい母に会える機会を少しでも増やすために、奏多の家の近くを選び、比較的通いやすい大学に就職したらしい。それを隠そうともせず誇らしげに主張する―――筋金入りのシスコンである。
夕花に養われ、心酔している陽斗は、隙あらば自分をのけ者にしようとする爽一と静かな冷戦を繰り広げている。肉弾戦をすれば一瞬で制圧できるが、夕花が爽一を弟として大事にしているので、したくても出来ないようだ。爽一も、しかり。弁舌や伝手を使って社会的に抹殺するような罠に食めようとまではしない。したいようだが。夕花を悲しませることや、可愛い甥姪のためにならないことはできないようだった。
だから爽一に必要以上に懐くのを、陽斗は非常に嫌がる。
奏多は見せつけるように爽一の家に入り浸った。単純に、腹いせである。
爽一は大学で物理化学科研究室の准教授をしている。彼の家で触れた化学の話に奏多は興味を抱いた。
爽一は言った。「ミクロにはマクロが内包されている」と。
「たくさんの惑星や恒星、ダークマターや様々な天体を内包する宇宙は、確かに広い。僕達はそんな宇宙でちっぽけな存在だ。宇宙から見たら、ひとりひとりの人間など足元の蟻以下の存在だろう。けれどもその僕達を構成する細胞は約三十七兆個を超える。その一つ一つの細胞は核やミトコンドリアなどの機関を持ち、単体で生き物のように生まれて死んでいく。その細胞でさえ、さまざまなたんぱく質に分解されるし、もっと細かく見るとそのタンパク質も小さなアミノ酸の集まりだし、アミノ酸は炭素と窒素、水素からなる複合体だ―――眩暈がしそうなくらい数えきれない物からなりたっている。その最小の営みから見れば、僕達一人ひとりが宇宙っていえるくらい広大なのかもしれないね」
爽一がとても楽しそうに話すので、奏多も何だか楽しくなって来る。あまり楽しく感じられなかった理科の勉強に、こういう続きがあるのかと感心した。
「人間だけじゃなく、あらゆる生き物、それから鉱物などの無機物も、そうだ。全ての地上、いや宇宙の存在は分子の集まりで、更にはその分子は電磁的に結びついた原子の集まりだ。そしてその原子の中にも―――」
爽一はもったいぶった様子で口を閉じ、目元をキラリと輝かせる。彼は西洋人らしい見た目の陽斗と正反対の、東洋的な切れ長な焦げ茶の瞳の端正な容貌であった。
「その原子の中にも―――更に広い宇宙が広がっている」
「どういう事?」
「これをご覧。これは水素原子だ」
爽一はパソコンのモニターにあるCGモデルを表示させた。太陽のような天体の周りをそれより小さな惑星が、ぎゅんぎゅん飛び回っている。
「ホントだ―――宇宙みたい」
その他色々な原子モデルを、爽一は表示してみせてくれた。小学生の奏多でも知っているような、酸素や炭素、窒素、鉄の他、カドミウムやアルゴン、日本人が発見したニホニウムなど。目を輝かせた奏多に気を良くしたのか、爽一は書庫にしている部屋へ奏多を連れて行き、イソイソと元素のカラフルな図鑑を見せてくれた。最近は素人にも楽しめるような本が出ていて、書店に行くたびについ新しい書籍を手に入れてしまうらしい。
奏多は勉強が苦手だった。単純に興味を持てないことを覚えるのが苦痛だったからだ。優秀な兄も学校の勉強が好きな訳ではないと思う。ただ一度授業で聞いて、教科書を一通り読めばテストで満点を取るのは簡単なのだそうだ。
兄ほど頭抜けた記憶力がなく、テストで目立った成績を取れないから、次第にやる気が抜けていく。資料をまとめてプレゼンするのも、苦手だ。そんなタラレバ話をしてどうなる? イイ感じに物事を纏めたりする口の上手い人を見ると、なんか違う……と思うのだ。ホントにそんなこと良いと思ってる? 実際言ってるようなこと、出来るの?
運動はその点、良かった。体を動かすとスッキリするし、自分で出来ることが増え、目に見えて身に付くのが達成感があって心地良い。だから料理とかも割と好きだった。手の込んだものは出来なかったが、完成した料理を人が食べておいしいと言ってくれるのも好きだった。
今では理央の代わりに休日にご飯を作ることが多くなった。夕花は「美味しい、すごい!」と褒めてくれるから、嬉しい。遥も「うまい」と喜んでくれる。俺様な性格の陽斗は「悪くない」と言うから、素直じゃない。理央は口数が少ないが「美味しいよ」と笑ってくれる。
そんな風に目に見える成果があるものにしか、奏多は興味が持てなかった。だが、爽一が見せてくれた化学の話は、目に見えて面白かった。パァッと目の前の景色が変わって見えたのだ。勉強って面白いのかもしれない、そう初めて思えた瞬間だった。
目の前のあらゆるものが分子の集まりで出来ている。そしてそれは原子の結びついたもので―――そこら中に、宇宙が広がっている。
自分の掌、皮膚、内臓や歯も。そして自分を形作る原子と同じものが組み合わせの違いで、目の前の木のテーブルやプラスチック、パソコンなんかを形作っているのだ。
最初は当てつけのつもりで、通っていた爽一の家に、長く入り浸るようになったのはそういう理由だった。家事の手伝いはもちろんやるし、修行の時間が空いたから、料理はほとんど奏多の担当だ。食材だって宅配で注文する担当になった。だけどそれ以外の時間は爽一の家で過ごすようになった。
たまに陽斗が不機嫌な顔で「あいつの家に入り浸るのは止めろ」と言ってきたが「じゃあ、また修行しても良い?」と返すと、陽斗は苦い顔で「ダメだ」と応える。
だから奏多は「あっそ」とクルリと背を向け、引き続き爽一の家に通うことにしたのだった。
元素記号を一通り覚えると、次に爽一が教えてくれたのは化学式だった。全ての物質は化学式であらわされる。しかもそれさえ覚えてしまえば、物質と物質が結びついて新しい物質が出来る過程が小学生でも理解できる算数で表現できてしまう。
「例えば一番代表的なのは、水分子H2Oだ。水素分子二つと酸素分子一つが結びついている。ちょうどあの有名なネズミみたいな形にね。これは水素と酸素が反応してできるわけだが、こんなふうに―――」
『H2+2×O2 → 2×H2O』と爽一はホワイトボードに記入する。
彼の自宅の居間の壁の一部は、大きなホワイトボードになっていて、いつでもメモが出来るようになっている。ここで時折、爽一はミニ特別講義をしてくれるのだ。
「水素分子二個、酸素分子四個を材料にして、二つの水分子ができる。この世の全ての物質は、化学反応のあと減ったり、消えたように見えたとしても、実際は等価交換だ。勝手に消滅したりしない。きわめて明快だろ?」
「……この世の全て?」
「ああ」
「全部化学式で計算できるの?」
「そうだ」
「……じゃあ、なんで……」
奏多はふと疑問に思う。
「ぜんぶ単純な仕組みだって言うなら、爽ちゃんは、何を研究しているの?」
ポロリと零れ落ちた問いに、爽一が目を丸くする。そして、次の瞬間プッと噴きだし笑い出した。
「アハハ、確かに」
「何かおかしい?」
「いや、おかしくないよ。本当にそうだよね。この世界は単純明快だし、見掛けと違って突然減ったり増えたりしない―――少なくとも地球上では、そういう事にしているし、今現在はそれで大抵説明がつくから、それを前提に物事を筋道立てて考えてる。けど本当にそうか、間違いはないか、研究しているんだ。それからまだ化学式で解明されていない物質や、発見していない元素や、よく分かっていない化学式がある。それから新しい化学反応を発見したり、作り出したりして、人間が生活していくのを便利にできないかって調べてる。そんな所かな。僕は偉そうに大学で勉強を教えたりしているけれど、実際まだまだ分かってないことの方が多いんだ。一生かかっても全部解明しきれないだろうけれどね」
「果てしないね……」
溜息を吐いてそういうと、爽一はニッコリと笑った。
「ああ、果てしない。だから面白い」
「……なるほど」
面白いことなんて、世の中にたくさんある。
爽一の笑顔を見て、奏多は思った。
父親に兄のような才能が無いと見切りを付けられて腹が立った。自分だけのけ者にされた気分で悲しくなった。でも―――世の中それだけじゃない。知らないこと、楽しいことなんて、まだまだいくらでもある……!
こうして奏多は小学五年生にして、色々すっ飛ばして化学式にはまってしまったのだった。それからメキメキと知識を増やして行く。だが、狭い範囲を極端に掘り下げるのみであり、更にほかの勉強は特に興味を持てなかったので、学校の成績には影響はなかった。理科が少し得意になったくらいだ。
そうこうしている内に、母親が倒れ入院。
絶対ヒモの父のせいだ、と奏多は思う。
長期休みに一人旅に出かけて兄は不在。父が自責の念に駆られたのか、動揺して使い物にならなくなり、いつまでたっても復活しない。今までの鬱屈もあり、切れた奏多が父の趣味部屋を八つ当たりで滅茶苦茶にしようとして―――何故か異世界に落っこちた。
登場人物紹介(日本)
奏多【かなた】13歳、茶髪+琥珀色目
運動が得意、勉強は苦手だが、化学式は好き
遥【はるか】18歳、金髪+緑色目
優等生で文武両道、いつも人の中心にいる人気者
陽斗【はると】35歳、金髪+緑色目
奏多と陽斗の父、夕花のヒモなのに偉そう
夕花【ゆうか】38歳、茶髪+琥珀色目
奏多と遥の母、三門家の大黒柱、しっかり者
理央【りお】42歳、黒髪+灰色目
陽斗の友人、三門家に間借中で休日のご飯担当、合気道道場の師範
爽一【そういち】28歳、焦げ茶髪+黒目
国立大学の准教授(物理化学)、激しいシスコン(血縁なし)
早苗【さなえ】68歳
通いのお手伝いさん、以前夕花の実家の手伝いをしていた
一応の設定ですが、お話に矛盾が見つかったら見直すかもしれません。
→2024.11.30 早速矛盾が見つかったので、早苗さんの設定に修正が入るかもしれません。
申し訳ありません、修正中です!<(_ _)>