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S.O.S!  作者: 如月 望深
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命名 3

「愛生、ばあちゃんはもう行くけえね、しっかり頑張るんよ」

 祖母の言葉に、愛生はこっくりと頷く。もう祖母を心配させまいと涙も我慢している。

「最期に、ちゃんと言っておくからね」

 孫に向き合い、祖母は背を正す。

「愛生の名前は、ばあちゃんが付けたんよ」

 うん、それは知ってる、と愛生が答える。小学校の時、名前の由来を聞いてくる課題が出て、父だか母だかから聞いた。

「愛がたくさんある人生でありますように、って意味でしょ」

「うん、でも、それだけじゃないんよ」

 祖母は笑みを深め、孫と視線を合わせる。

「愛されて生まれて来た、って意味でもあるんよ」

 きっと、小学生だった愛生に、両親は片方の意味しか教えなかったのだろう。あるいは、小学生の愛生が片方しか覚えられなかったのか。

「愛生は、生まれる前から、たっくさんの人に愛されてきた」

 お父さんもお母さんも、じいちゃんもばあちゃんも、愛生が生まれてくるのを、どれほど心待ちにしていたか。

「だから、忘れんでね、ばあちゃんがこの世からいなくなっても、愛生は愛されてる。もちろん、ばあちゃんの愛も消えるわけじゃないけえね」

「じゃあ、『愛と共に生きる』って意味でもあるね」

 孫の言葉に、祖母は、泣き笑いのような、優しい優しい笑顔を見せた。


 キラキラと空に輝くのは、祖母の命の輝きだろうか。それとも、最後まで隠していた涙だろうか。

 空を見上げて、愛生はぐっと奥歯を噛みしめた。

「愛生ちゃん、いい名前だね」

 不意に、頭を撫でられた。愛生と祖母から少し離れて様子を見守っていた青年が、愛生の隣に立って、ぽんぽんと軽く頭に手を乗せる。

 彼は、泣いていいよ、とは言わない。だけど、まるでその手がそう言っているように思えて、愛生は嗚咽を漏らす。

「泣き虫愛生ちゃん、ばあちゃんに怒られるよ」

 そう言いながらも、彼は愛生の頭を優しく撫で続ける。

「ふえーん。お兄さんが優しいのがいけないんだもん」

 愛生は両手で顔を覆って、本格的に泣き始めた。英知は空を見上げて苦笑いを零した。



 英知が本堂の外の庭で愛生と話している頃、凪と開智のもとに、英知と開智の祖父である晴昭せいしょうが現れた。愛生の母親が、住職を引きとめることに気兼ねして、本堂には自分一人が残るからと席を外すことを許してくれたのだ。

 晴昭は、孫の英知が連れて来た少女を、あまり待たせておくのも悪いと思ったのと、実は単純に興味本位で、彼女を見に来たのだった。

「またあの人は…」

 晴昭から事情を聞いた凪は、小さく呟いた。つくづく、本っ当に、バカがつくほどお人好しだ。だけど、そんなお人好しを好きな自分もバカじゃないかと思う。

「お嬢さんは、英知の力をご存知かね?」

「はい」

 凪の様子から、英知の力に気付いているのでは、と思ったが、彼女は知っているのだ。ちゃんと知った上で、英知の側にいてくれる。

「気味が悪いと思ったりはせんかね?」

 過去には、英知が、他人の目には見えないものを見ることや、それらと会話することを、そう評した人もいた。

「桜沢さんを、気味が悪いなんて思ったことは、一度もありません」

 私も多少は見えますし、と凪は言う。

「要領が悪いとは思いますけど」

 英知は、その力のせいで嫌な思いをしたことがあるからだろう、人前ではなるべく隠しているようだ。だが、そのまま隠しておけばいいのに、結局はそれを誰かのために使ってしまう。もちろん、英知に協力してもらった人で、英知を気味悪がる人などいなかったが。

 凪の率直な感想に、開智と晴昭は同時に噴き出す。

「うん、まあ、身も蓋もないけど」

「真実だな」

 孫の言葉に続けて、晴昭は大きく頷いた。

「あいつは、昔から、どうも器用貧乏なんよ」

 何でもそつなくこなすくせに、肝心なところでお人好しが災いして、損な役回りを引き受ける。本人が飄々としているので、意外と気付かれないのだが。

「でもわしは、孫が可愛いんよ」

 そう言う祖父の優しい笑みに、それに同調する兄の笑顔に、凪は、ああ、あの人は愛されていると、心が温かくなる。だから、あの人は、あんな風に他人に優しく生きられるのだろう。

「凪ちゃんと言ったか?」

「はい」

 優しい笑顔のまま、晴昭は凪に真剣な目を向けた。

「英知を、頼む」

 開智から、英知に頼もしい彼女が出来たらしいことは聞いていた。英知がこの少女を連れて来た時、その彼女だろうとピンときた。彼女の隣にいる英知は、前よりずっと穏やかな空気をまとっていたから。

「──はい」

 きっと、彼らは自分のことを英知の彼女だと勘違いしてそう言っているのだろうと凪は思ったが、否定はしなかった。英知が説明していないのなら、彼らの希望をわざわざ裏切る必要もないし、心のどこかで、いつか、本当にそうなれたらいいという期待もあった。

「あいつは、ああ見えて弱虫だから、支えてやってくれ」

「…私は、桜沢さんが弱いとは、思いません」

 凪のきっぱりとした言葉に、晴昭と開智は凪の顔を見遣る。

「強くもありませんけど」

 そう凪が続けるので、晴昭と開智はまたしても噴き出した。この少女は、どうしてこう、いちいち率直に言葉にするのだろう。それが真実だと思うからこそ、晴昭も開智も笑ってしまう。

 けれど、英知は大切な、晴昭にとっては孫で、開智にとっては弟だ。

「凪ちゃん、英知が小さかった頃の話をしてやろう。笑えるぞ」

 くくく…と声を押さえた祖父の人の悪い笑い方に、声が被される。

「何を企んでんだよ?」

 英知が呆れた表情で立っていた。

「いや、お前が昔、この近くの小学校で肝試しした時の話をな。墓は平気で歩くくせに、何故かものすごく怖がって…」

「幼稚園児の時の話だろ」

 声にも呆れを含ませて、英知は話を遮る。正直に言えば、それは本気で怖かったのだ。墓では見たことがなかったようなものが、肝試しの会場にはたくさん集まっていたから。

「それより、じいちゃん、さっきの子、もう帰るって」

 それを聞いて晴昭は立ち上がった。あの母娘を見送らねばならない。

「大丈夫だったか、あの娘さんは?」

「大丈夫だよ。ちゃんとおばあさんと話をして、泣きやんだよ」

 英知が愛生とその祖母の様子をかいつまんで説明すると、晴昭は安堵したように頷いた。あれほど泣いていた少女が、笑顔で祖母を見送れたというのは、大した成長だ。

 凪に挨拶をして、その場を歩き去ろうとした晴昭は、ふと立ち止まった。

「英知、ありがとうな」

 背を向けたまま言う祖父に、英知は「どういたしまして」と返した。

 あんなに不安定で、この子はこのままでは死んでしまうのではないかと心配したほどの孫が、持て余していた力を、あんな風に人のために使えるなんて、あの時から比べれば、まるで奇跡のようだ。この子の可能性を、信じてみようと晴昭は改めて思った。

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