夢のあとさき 2
日曜日は部活の大会があって来られなかったらしい陸斗は、月曜の放課後に凪のもとを訪れた。凪はもうすでにその行為には慣れているらしく、驚いた様子もない。そしてこれも、もはや珍しくないのだろう。
「今度の土曜日、デートしようよ」
性懲りもなく誘う陸斗に凪は困ったように笑う。
「あー、ええとね…」
今まで何かと用事を作っては断る口実にしていたが、それも苦しくなってきた。陸斗のめげなさは尊敬に値するし、陸斗のことは嫌いではないが、デートしようと誘われて、それに頷いてしまうのは、申し訳ない気がした。それが誰に対しての罪悪感なのか、凪にはわからなかったけれど。
「どこか行きたいところある?」
凪の目が泳いだのを、用事がないのだと受け取った陸斗は、もうひと押ししてくる。
「えっと、岡崎くん…その…」
「ごめんね、その日は先約があるんだ」
唐突に声がして、後ろから肩に手が置かれた。凪が見上げると、英知がにっこりと陸斗に微笑みかけていた。
「げ…また」
陸斗は心底嫌そうな表情を向けた。英知が陸斗の恋路を邪魔するのは、まだ二回目なので、それほど嫌な顔をされる覚えはないのだが。
「その日、俺とデートしよう、佐原さん」
少し身をかがめた英知が、凪の肩に手を置いたまま耳元に囁く。
「え、う、うん…」
陸斗の誘いを断るための口実にそう言っているのだと思った凪は頷いた。そう思いながらも、肩に置かれた英知の手や、近い距離に顔が赤らむ。
「ご、ごめんね、岡崎くん」
申し訳なさそうに謝る凪に、陸斗は落胆を隠せない。そして、凪の隣で落ち着き払って、微笑まで見せる英知に、苛立ちを隠さない。
「…桜沢さんは、凪ちゃんの、何なんですか?」
英知は、陸斗にとって、ライバルの死にくすぶっていた想いを救ってくれた恩人だ。だが、それとこれとは、話が別だ。英知が凪をめぐる恋敵だというのなら、陸斗は引く気は一歩もない。
「…答えによって岡崎くんの態度が変わるのかな?」
一瞬答えに困った英知は、詭弁とも言える方法で切り返した。
「変わりませんよ」
まんまと乗った陸斗に、「それじゃ答える意味ないよね」と笑顔でかわす。
そして、凪の手を掴むと、さっさと歩き出してしまった。先日同様に目の前で凪を攫われて、陸斗は憤慨したが、すでに二人の姿は遠ざかっていた。
「……お、桜沢さん、あの…!」
凪の手を握ったままずんずんと歩く英知の背中に凪は声を掛ける。立ち止まり振り返った英知が「ん?」と微笑む。
「…あの…」
ギュッと繋がれたままの手に凪は視線を落とす。
「ああ、ごめんね」
それに気付いて英知は、意外とあっさり手を離す。凪は英知と目を合わせずに、少しうつむいたままお礼を言った。
「あの、ありがとう、ございました。助け舟、出してくれて」
先日も英知は同じように陸斗への返答に困っている凪を助けてくれたのだ。
「……今回は、単に邪魔しただけ」
「え?」
思わず顔を上げた凪の視線と、英知の視線が絡む。
「これ、誘おうと思って」
にこりと笑った英知がチケットを差し出した。それは、若い女性向けのファッションショーを含めたイベントのようだった。
「ゲストでセレナちゃんが出るんだよ。佐原さん、セレナちゃんを好きだって言ってたし、俺がファッションショーに行ってもつまらないし、一緒に行かない?」
凪は英知の真意が見えず、英知をじっと見上げる。どうして英知がこんなチケットを持っているのだろう。男の英知が、本人が言う通りファッションショーに興味があるとも思えない。だが、凪のために買ったのでもなさそうだ。
「セレナちゃんが、楽屋に来てもいいって誘ってくれたけど、行く?」
「え、ちょっと待って、水戸セレナと知り合いなの?」
ああ、説明してなかったっけ、と英知は呟いて、チケットはセレナからもらったものだと言った。
「まあ、偶然知り合いになって」
時々メールのやり取りをする、いわゆるメル友だと英知は説明した。「メル友…」呟いて、凪は沈黙する。英知と凪は、時々はメールや電話もするが、ほとんどが部活で顔を会わせているので、その頻度は多くはない。
「一緒に行ってくれる?」
首を傾げて顔を覗き込む英知は、まるで主人を見上げる仔犬のようだ。そんな顔で頼まれたら、断れるわけないじゃない!と心の中で叫びつつ、凪は頷いた。
姉に半強制的に着せられた小花柄のワンピースで待ち合わせ場所に現れた凪を見るなり、「可愛いね。似合うよ」と英知はあっさり褒めた。お陰で凪は、ショーウィンドウに映る自分を見るたび赤面しそうになるのを、目を伏せてやり過ごす努力を強いられた。
昼食を一緒に摂ってからイベント会場へ向かう。今回のイベントは、ナントカコレクションといったような大掛かりなものではないらしい。とはいえ千人規模の会場で行われるので、新人のセレナがゲスト出演するには条件のいいイベントなのだそうだ。
会場の近くを二人が歩いていると、突風が吹いた。反射的に英知は目をつぶる。風が弱まったところで目を開けると、長く黒い髪が風になびいているのが目に入った。
ドキリとする。
英知はその場に立ちつくして、風にさらわれる髪を見つめた。風は同じように英知の髪も揺らしている。
───まさか、そんなわけ……
スカートを押さえていた凪が顔を上げると、英知があさってのほうを見ていた。
「…桜沢さん?」
英知の視線を追った先には少女がいた。長い髪を風に泳がせて振り向く。それは、美少女だった。隣で英知が小さく息を吐き出すのが聞こえる。
…この男は、と内心凪は呆れる。
隣を歩く男が女に目を奪われるという経験をすることになるとは。しかも、相手は幽霊だ。この心境をビミョーと表現する以外に何としよう。
この隣の男に何と声を掛けるべきかと凪が考えているうちに、英知は少女から視線を外してさっさと歩き出した。あれ、あんなにガン見しといて、意外とアッサリ?と凪は後を追おうとする。
「ちょっと! 今、完全に目が合ったでしょ!」
少女が声を上げて追いかけて来る。
「あなた、私が見えるのよね!?」
英知は答えないが、少女は確信したように話を続ける。
「この会場に行くの? ちょうどよかったわ、私もここに用があったの。頼みたいことがあるのよ」
鬼気迫ると表現しても差し支えないほどの勢いで少女は押してくる。足を停めないまま、英知は視線だけを少女へ送る。
「とりあえず、話は人の目につかないところで聞いてもいいですか」
小声で言う英知に、少女は頷いた。人通りの多い道で何もない空間と話をしていたら、周りに心配されるだろうということは、少女にも伝わったようだ。




