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S.O.S!  作者: 如月 望深
38/75

Brotherhood 3

 今日こそ病院へ行こうと英知が道を歩いていると、向こうから銀次が駆け寄ってきた。

「おい、英知、大変だ!」

 一瞬、自分が銀次の仲間になった錯覚に陥る。まるで任侠映画のワンシーンのようだ。組長が○×組の奴らに襲撃された!とかいう台詞が続きそうだ。

「……まだいたの、銀ちゃん?」

 無事にヤスを警察に送り届けて、満足したはずではなかったのか。

「ヤスが大変なことになってんだよ」

「ヤスくんが?」

 ああ、自分はいつから銀次の舎弟になったのだろう。これではまるで、弟分の一大事に対する兄貴分になったようだ。

「警察の奴ら、ヤスを疑ってんだ」

 英知の心の内など知る由もなく、銀次は切羽詰まった様子で言った。

 銀次はヤスが心配になって、警察に様子を見に行ったらしい。幽霊という存在は、こういう時には便利だ。そこで見聞きしたことから推測すると、警察はヤスを一応は保護しているが、完全には信用していないようだ。警察を欺くためにわざと駆けこんできたのではないかと疑われている。

「ヤクザ者なんて、所詮警察は信用してねえんだ」

 そして何より、問題は、ヤスが疑われる状況にある。

「銃からヤスの指紋が出たんだよ」

 無論、自分を殺したのはヤスではなく鏑木だと銀次は知っている。だが、凶器の銃から見つかった指紋はヤスのものだけなのだ。

「銃は組のものなんでしょ? なのに、ヤスくんの指紋しか出ないなんて、むしろ不自然だよね」

 英知の言うことはもっともだ。銃についていたヤスの指紋は右手のものだけで、それでは、どうやって銃を扱ったのかという疑問もある。

「それに、ヤスくんには、アリバイがあるでしょ」

 銀次が鏑木に殺された時間、ちょうどヤスは怪我した仔猫を連れて動物病院に行っていた。調べれば、アリバイは成立するだろう。

 だが、警察内部では、銀次が殺された事件を、ヤクザ者同士の仲間割れとして決着をつけたい気配が濃いようだ。

「このままじゃ、ヤスは俺殺しの犯人に仕立てられてしまう。これじゃ、鏑木たちの思うつぼだ」

 警察がヤスを犯人に仕立ててくれれば、鏑木たちは労せずして目的を果たせる。そうなれば、口惜しいことこの上ない。

「状況証拠で怪しいのはヤスくんてことになってるのかもしれないけど、アリバイが証明されれば、捜査は振り出しに戻るんじゃないの?」

 銃の指紋だけでは、おそらくヤス犯人説は成立しない。だが、問題は、鏑木たちが銀次を殺したという証拠もどこにもないということだ。

「事件現場に行ってみる? 何か手掛かりがあるかも」

 乗りかかった船だ。英知は仕方がないので銀次に付き合うことにした。これが解決しなければ、銀次からは解放されず、永遠に病院に行けなさそうだ。


「うーん…」

 はなみずをずずっとすすって、英知は事件現場を眺めた。警察が立ち入り禁止のテープを張り巡らせた現場は、すでに片づけられてはいるけれど、物々しい雰囲気だった。路地の奥のわずかな空間。雑然と廃材やタイヤなどが積まれている。証拠になりそうな物はすべて警察が押収しているので、ここには何も残っていないはずだ。

「銀ちゃん、何か思い出さない?」

 犯人が鏑木だと示すようなものを見つけられるとしたら、銀次の記憶に頼るしかない。

「えーと…そうだな……。この陰で取引客を待っていたら、あいつらがやって来たんだ。俺には気付かない様子で、誰か組の奴じゃない男と一緒だった。それで、奴らは男に、まだ日本には出回っていないシャブを入手したから取引しないかと持ちかけてた」

 記憶の糸を手繰るように銀次は目をつぶる。

「だけど、そんな取引、組が認めるわけがない。それで、思わず止めに入ったら、相手の男は去ってった」

 銀次の脳裏にその時の様子が映し出される。

「鏑木たちは、俺にその新たなシャブ取引に加わらないかと誘ってきた。だけど俺は組を裏切れねえって断った。そうしたら、あいつら俺を生かしておけないって、襲ってきて、もみ合って……」

 銀次の口が次第に重くなる。当然だろう。自分が殺された時の話など、ペラペラとできるわけがない。

「そうだ、あの時、ボタンを掴んだ。鏑木の袖のボタンが取れて……」

 銀次はその時の状況を脳裏に描きながら、辺りを見回した。

「そこで何をしている?」

 突然の声に英知が振り向くと、男が立っていた。

「ここは立ち入り禁止だ。野次馬は帰れ」

 まだ三十代前半くらいの若い刑事だ。

「ヤスくんの嫌疑は晴れましたか?」

 刑事は驚いた顔をして、英知を見た。まだニュースにもなっていない事件である。ヤスが警察にいることを知っているということは、関係者だろうかと刑事は英知を見た。どうみても堅気の青年なのだが…。

「前に、銀次さんとヤスくんに道を教えてもらったことがあるんです。親切にしてくれたから、他人事とは思えなくて」

 英知は道で偶然再会したヤスから銀次が殺された事件のことを聞き、ヤスに警察に行くよう勧めたのだと話した。

「ヤスくんのアリバイは成立したんでしょう?」

 若い刑事は沈黙した。確かにヤスの供述どおり、ヤスはあの事件の時間に動物病院にいた。チンピラ風の男が仔猫を連れてきたものだから、病院の人もよく覚えていた。

「だが、まだ指紋のことがある」

 若い刑事は呟いた。彼は、仲間内の縄張り争いか何かだろうと言って片づけようとする捜査員たちに異論を唱えていた。ヤスにはアリバイもあるし、指紋も不自然だ。犯人の思惑があってヤスの指紋が付けられたのではないかという気がする。

 だが、現段階では、凶器に指紋があるということが、ヤスを被疑者たらしめていた。

「刑事さん、ヤスくんが左利きって知ってました?」

「え?」

 突然言われて、刑事は英知を見やった。

「ヤスくんは、犯人じゃありません」

 英知の言葉は、一見唐突に思えるが、ヤスが犯人でない、というところに繋がる。

 拳銃についていたヤスの指紋は、右手のみ。そして銃弾は一発。確実に一発で仕留めようとするなら、利き手を使うはずだ、と刑事は思い至った。

 英知は、ヤスが自分に殴りかかって来た時に左の拳を上げたことで、ヤスが左利きである可能性に気がついた。銀次に確認すると、字を書くのは小さい頃に矯正されたから右だが、それ以外は左だという。だが、それを組で知る者はいなかった。知っていたのは、一緒に食事をすることが多かった銀次くらいのものだ。

「ヤスくんは、鏑木という人が犯人だと言っています。その人が犯人だという証拠が出れば、ヤスくんの疑いは晴れるんですよね」

 刑事は黙って英知を見つめた。確かに英知の言うとおりだが、警察が探しても見つからないものが、どうしたら出てくるのか。

「これ、取ってもらえます? 指紋がつかないように」

 英知は、銀次が示した場所を指差した。事件現場の路地裏を構成するビルの一つ、その古びたビルに地面に向かって細い亀裂が入っている。亀裂の地面との境目辺りを示す英知の指先を追うと、その奥にボタンが見えた。

 刑事は、自分の指紋がつかないように、そしてついている指紋などを消してしまわないように細心の注意を払ってピンセットでボタンを拾い、ビニール袋に入れた。シャツの袖のボタンだろうか。小さくて、ビルの亀裂の奥にあったから気付かれなかったらしい。

「これは…」

「鏑木のシャツの袖のボタンです、たぶん」

 英知は銀次の言葉を聞きながら刑事に説明した。

 銀次は鏑木ともみ合った時に、鏑木のシャツのボタンを引きちぎった。そして、それは銀次が地面に倒れた時に、手から落ちてビルの亀裂の間に転がっていったのだ。

「鏑木と銀次さんの指紋がついているはずです。それから、運が良ければ銀次さんの血と、鏑木が持っていたという日本ではまだ流通していないという麻薬が」

 日本未流通の麻薬というものを、銀次は確認のために触っている。粒子の細かいものだったので、うまくすればボタンに付着しているかもしれない。

「麻薬が検出されて、それが鏑木の持つ麻薬と一致すれば、日本ではそれを持っているのは数が少ないはずですから、鏑木を追い詰める材料になりませんか」

 刑事は弾かれたように走り出した。ボタンの指紋や付着物をすぐに鑑識に調べてもらわねばならない。それに運よく麻薬が付着していたとしても、鏑木が麻薬を流通させてしまっては、鏑木を追い詰める材料にはならない。

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