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S.O.S!  作者: 如月 望深
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Brotherhood 2

 気分は最悪だった。ただでさえ体調が悪いのに、こんなことに巻き込まれるなんて。どうやら今日は病院へ行けそうにない。体調が悪くなければ、病院に行くためにあの道を通ることもなく、敏感になりすぎた感覚が彼の気配を察知することもなく、きっとこんなことにもならなかっただろうと、英知は自分の体調を呪った。

「おい、いいか、頼むぞ、ちゃんと伝えてくれよ」

 廃墟のようなビルのドアの前で、男は英知に念を押した。

「はいはい。銀次ぎんじさんが殺された理由と犯人をヤスくんに教えて、警察に掛け込むように伝えればいいんだね」

 面倒くさそうに答えて、英知は銀次を見やった。

「俺は仇打ちの話とか、絶対しないからね。いいね?」

 それは、英知が銀次の頼みを引き受ける条件だった。渋々でも何でも、銀次は頷くしかなかった。自分の伝言を引き受けてくれるような人間が、他にいるとは思えない。

 英知は銀次にヤスの居場所を教えられ、その廃ビルに来ていた。ドアノブを掴んでドアを押す。少し軋んだ音がしてドアが開いた。薄暗い室内は埃っぽい。ここは銀次が仕事を終えた後ヤスと落ち合う場所だという。約束の時間は過ぎていたが、ここにいるだろうとのことだった。

 英知の背後でドアが閉まった刹那、英知に向かって振り降ろされるものがあった。英知は素早くそれを避け、地面を叩いた角材に乗り体重を掛ける。角材は手を離れ、男は英知に突進して左の拳を上げた。その隙に英知は間合いに入り、相手が踏み出しかけた足を払う。バランスを崩し前のめりになった相手を避け、その手を掴んで後ろに回り込み、背後で腕をねじり上げた。

「イテテテ…!」

 髪を金色に染めた、まだ少年とも言える年齢の男だった。英知よりも年下だろうか。

「おい、ヤス」

 英知にねじ伏せられた少年を気遣うように銀次が言い、英知はため息をついた。

「初対面の相手をいきなり襲うって、弟分にどういうしつけしてんの?」

 ヤスを掴む力を少しだけ弱め、英知は銀次に小声で苦情を言う。

「悪りィ。こいつ、小心者だから、とりあえず一発かますように言ってあるんだ」

「小心者って、そりゃないっスよ、アニキ。知らない奴がここに来たら、敵だと思えってアニキが言ったんじゃないスか」

 ヤスが振り向いて、銀次を見上げた。思わぬ反応があったことに、英知も銀次も驚いた。

「あっ、まず…!」心の中で呟いて、英知は慌てて手を離した。

「アニキが帰って来たってことは、やっぱり嘘だったんスね。鏑木かぶらぎさんたちが、アニキが敵に殺されたなんて言うから…」

 英知から解放されたヤスは、銀次の前まで転がるように駆け寄った。

「ヤス、お前、俺が見えるのか?」

「当たり前じゃないスか。何言ってんスか、アニキ」

 ヤスはあはは、と笑って銀次を見上げている。

 英知は自分の掌を見つめた。体調不良のために力がコントロールできなくなっているのだ。普段なら、『感覚』を分けるかどうかは英知の意思次第だが、今は電波のように英知の体から『感覚』が放出されていて、それを受信できる体質の人間は、英知の意思に関係なく、その『感覚』をキャッチしてしまう。

 銀次の話では、ヤスに霊は見えないだろうということだった。だが、ヤスはもしかしたら、感受性の強い人間なのかもしれない。そういう人間は、英知の『感覚』を無意識に受け取ってしまう。

「銀次さん、たぶん、しばらくはヤスくんと会話が可能だよ」

 思わぬ英知の言葉に、え?と銀次は驚いた顔をする。

 英知は、『感覚』を分けて霊が見えない人に見えるようにできる、という話は銀次にはしていない。こんな体調の時にそんなことをする気にもならず、伝言だけで済まそうと思っていた。

 だが、ヤスに銀次が見えて、声が聴こえている今、あえて英知が伝言することもない。

「俺が話すはずだったこと以外を言わないって約束してくれるなら、自分で伝えられるように協力するよ」

 銀次が深く頷いたので、英知は近くにあった古びた椅子に座って、二人の会話を見守ることにした。

「ヤス、よく聞け」

 銀次の真剣な様子に、ヤスの居ずまいを正して頷いた。

「俺は、死んだ。今お前の目の前にいるのは、幽霊ってやつだ」

「え? 何言ってんスか? またまた、俺をからかおうったって、そうは乗りませんよ」

 ヤスは笑って、銀次の腕を叩こうとした。ところが、ヤスの手は空を切り、叩いたはずの銀次の腕を通り抜けた。

「…は? え…?」

 訳がわからない、といった顔で、ヤスは自分の手と銀次とを見比べる。

 ヤスは英知の『感覚』を不慮に受け取った状態なので、銀次に触れるほどの『感覚』は伝わっていないのだ。

「いいか、聞け、ヤス」

 銀次は言い聞かせるように声を低くした。

「俺は死んだ。だが、俺を殺したのは敵の組じゃない。鏑木たちだ」

「え? 鏑木さんたちが?」

「ああ。あいつらは、組を裏切って、シャブの横流しをしている。そのうえ、別ルートでシャブの売買もしてる。それを知った俺を殺したんだ」

 聞いてはいけない単語を聞いた気がしたが、英知は聞こえないふりをした。

「そんな…! 許せないっす…。アニキ、俺が仇を…!」

「待て、ヤス」

 銀次は手を上げてヤスを制した。そして落ち着いた声で言う。

「俺の仇打ちは、いい。そんなことをしたら、奴らに都合がいいだけだ」

「え?」

「奴らは、お前を俺殺しの犯人に仕立てようとしてんだよ。今、お前があいつらの前に出て行ったら、お前は俺を殺した裏切り者として、あいつらに処刑されるだろう」

「そんな、じゃあ、ボスに…」

 銀次はゆっくりと首を左右に振る。

「ボスには、もう俺が裏切り者だと鏑木から報告が行っているはずだ。もしかしたら、お前も裏切り者として報告されているかもしれない。組の掟は、知っているな?」

「……裏切り者は、処刑…」

 ヤスの呟きに、銀次は静かに頷く。

「どう出ても、お前は危険な状態にある」

 鏑木たちに見つかっても、組の他の人間に見つかっても、結局ヤスは裏切り者として殺されるだろう。

銀次は麻薬を横流しした裏切り者で、その弟分であるヤスも銀次の悪事を手伝っていた。ところが、二人が仲間割れをし、ヤスが銀次を殺した。というのが鏑木たちの描いたシナリオだ。

「だから、お前ができることは、ひとつ」

 ゆっくりと、言い含めるように静かに銀次は言う。

「警察へ行け」

「……アニキ!」

 驚いたような、非難するような目をヤスは銀次へ向けた。警察は、ヤクザ者である銀次やヤスにとっては、いわば敵の最たるものだ。そこへ逃げ込むだなんて。

「お前の命を守れるのは、今は奴らしかいねえんだ」

 銀次は顔に苦渋の色をにじませた。

「もしかしたら、お前は逮捕されるかもしれねえ。だけど、それは、やってもいない殺人なんかであっちゃいけねえ」

 もし捕まったなら、きちんと罪を償い、組からは足を洗え。捕まらなくても、組は抜けろ。警察の世話になれば、うまくすれば裏切り者の烙印を押されずに組から抜けられるかもしれない。組の情報が漏れないように組と縁を切ったのだ、と言い張れば、下っ端のヤスのことなど見逃してくれるだろう。

 警察と聞いて尻ごみしているヤスに、銀次は諭すように言う。

「これはチャンスだ、ヤス。まっとうな道へ戻れ。お前はまだ若い。今なら間に合う」


 ヤスが警察に行ったのを見届けて、銀次は踵を返した。英知はそれに倣ってゆっくりと歩き出す。

「それにしても、銀ちゃん、よく仇討ちをやめさせたね」

 ヤスが仇打ちを自ら言い出したので、もしかしたら銀次はそのままヤスをそそのかすのではないかと英知は思ったのだ。

「…銀ちゃん…」英知からの呼ばれ方が不服らしく、銀次は呟く。だが、英知は「俺の兄貴分なわけじゃないしね」と取り合わない。

「まあ、お前に言われて、俺も考えたんだよ。ヤス一人じゃ、仇討ちするっても、返り討ちに遭うのが見えてるし、あいつに、人殺しなんてできるわけがねえんだ」

 気を取り直して、銀次は答えた。

「ヤスはああ見えて、気が優しいからな」

「ああ、昨日も、ケガをした仔猫を動物病院に連れて行ったって言ってたね」

 警察に行くとなって、ヤスが心配したのは、その猫のことだった。野良猫のようだった。ケガの様子を見るために、今は動物病院に入院しているが、あの仔猫をどうしたらいいだろうかとヤスは真剣に悩んでいた。とりあえずは英知が預かるということでヤスには了承させた。

「ヤスくんは、あんなに可愛いところのある子なのに、どうして道を間違っちゃったんだろうね」

 ヤスは、きちんとしていれば、人好きのする好青年だ。

「人の道なんて、案外簡単に踏み外すもんだ」

 何でもないことのように銀次は吐き捨てた。

「お前だって、例外じゃない」

 銀次に視線を向けられた英知は、「そうかもしれないね」と微笑した。

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