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S.O.S!  作者: 如月 望深
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明日への伝言 4

 バイトを終えて自宅へ帰った優人は、居間でテレビを見てくつろいでいる両親の背中に大学での奇妙な出来事を話した。

「今日さ、学校で変なメモ渡されたんだけど」

 なに?と尋ねられて優人はバッグからメモを取り出し父親に渡した。父がメモを開き、母親も覗き込む。

『おじいさんの部屋の 押し入れ下の段の右 すのこの下 家族みんなで探してね』

 優人の言うとおり確かに奇妙なメモだった。

「探してみる?」

 顔を見合わせる両親に、優人は訊いてみた。

「そうね。気になるし、探してみましょう」

 そう言って母親が立ち上がり、父もそれに続いた。優人も両親について祖父の部屋へ入った。

 父と優人で押し入れの右下の段の荷物を外へ出していると、母がすのこの下に白い封筒を見つけた。

「わ、本当に何かあった」

 優人は驚いて母の手元を覗き込んだ。母が封を開けて封筒から白い便箋を取り出す。便箋を広げると祖父の達筆な文字が並んでいた。


『忠教、わしの息子に生まれてくれてありがとう。由美子を大事にするように。』


 まずは父への言葉が書かれている。


『由美子、忠教の嫁にきてくれてありがとう。わしとも家族になってくれてありがとう。』


 それから、母への感謝の言葉。


『ありがとう。二人に伝える言葉は、それだけだ。』


 祖父から両親へのメッセージに思わず目頭が熱くなる。両親も瞳を潤ませている。母が鼻をすすり、涙を拭った。

「え、これだけ? じいちゃん、俺には?」

 この手紙を見つけたきっかけは俺なのに、と少々不満そうに優人が呟く。すると、母が二枚目の便箋を差し出した。


『優人、お前はわしの自慢の孫だ。お前は皆から愛されている。だから、由美子のような嫁をもらい、忠教と由美子をわしのような幸せ者にしてやること。それがお前の使命だ。』


 実に祖父らしい言葉だった。

「…父さん」

「…お義父さん」

「…じいちゃん」

 三者三様に、手紙をしたためたその人を想った。口が悪くて、少々頑固で、でも誰よりも家族を想い温かく見守ってくれているはずの、大切な家族。



 家族の様子を見に行っていた正治が戻ってきたのは、英知が自分の部屋でレポート作成のために本を読んでいる時だった。英知は本を閉じて顔を上げた。

「どうだった?」

 正治は右手の親指を立てて突き出して見せた。首尾よく行ったというところか。

「よかったね」

「お前があんな曖昧なメモを優人に渡した時はどうなることかと思ったが、うまくいったから一応礼を言うぞ。世話になったな」

 微笑む英知に、少し照れくさそうに正治は応えた。

「で、伝えそびれた言葉って?」

 放っておいてもいつかは気づいただろうことを、わざわざ赤の他人の俺を巻き込んでまで伝えたかったんだから、相当大事なことだったんだよね? そう思ったら、やっぱり知らないまま「世話になったな」で済まそうなんて、ずいぶんだよね。当然、教えてくれるよね?

 英知に笑顔でそう迫られて、正治は仕方ないと観念したようだ。

「伝えたかったのは、『ありがとう』って、ただそれだけだ」

 息子に『ありがとう』が一つなのは、あいつはわしの子じゃけえ、育ててやった分わしに孝行するのは当然だ。と、正治は言った。

 だけど、嫁はもとは他人だ。由美子が自分に義理を感じるとしたら、忠教の父というだけだ。なのに、彼女は家族になってくれた。世話も掛けたが、面倒を見てくれた。だから『ありがとう』の数は息子よりも多い二つ。

 孫に『ありがとう』がないのは、生前ちゃんと十分可愛がってやったから、あいつには好きだという気持ちは伝わっているはずだ。だから今更言わんでもいい。

 英知に手紙の内容を問われた正治はそう答えた。

「なんで言いそびれてたの? 家族なんだから、言うチャンスはいくらでもあったはずだよね」

 好きだ、愛してると伝えるわけじゃない。それほど口にするのが難しい言葉のようには思えなかった。

「そんなこと、生きてるうちにはよう言わん」

「そういうもん?」

「家族に『ありがとう』なんて、しょっちゅう言うてたら気持ち悪かろうが。ばあさんに『好きだ、愛してる』と言うほうがずっと楽よ」

 ばあさんはもともと恋人だったから、自分の気持ちを伝えることには何のためらいもない。だけど、家族になってしまうと、感謝の気持ちは当たり前すぎて言葉にすることは照れくさくなってしまう。

「家族は家族で、一番近くにいるのに、大切なことは一番伝えにくいものかもしれん」

 ま、わしが特別照れ屋なのかもしれんけどな、と正治は笑う。

「会って伝えなくてもいいの?」

 最初から、英知は正治の頼みが不思議だった。言い忘れたことがあるというから、会って伝えたいと言うのかと思ったら、手紙を見つけさせて欲しいなんて、ずいぶんと遠慮したものだと思った。どうせ頼むのだから、会わせて欲しいくらいのことは言うのかと思っていたのだ。

「今更会ったら照れくさいし、別れが惜しくなろうが」

 年に似合わず、正治は少年のように口をとがらせてそっぽを向いた。その様子がおかしくて、英知は笑う。

「だいたい、会いたいなんていうのは死者の我儘よ。生きている連中は、もうわしがいない時間を生きている。だから、会わずに行くのが死者のけじめよ」

 潔いほどの正治の言葉に、英知は笑顔を消した。

「会わないことが、死者のけじめ…」

「そう、別れが惜しいのはお互い様。だから、去る者が振り向かない」

 厳しい表情だった正治が、表情を緩めた。

「なんて、格好いいこと言っておきながら、未練を残してお前に迷惑かけたがな。お前には、本当に感謝している。これで心おきなく行ける」

 そう言う正治の顔は晴れやかで、それにつられるように英知は再び笑顔を見せた。

「年寄りの頼みごとは、やっぱり面倒だよ。人に頼んでおいて口うるさいし、我儘で自分勝手だし」

 そう言いながらも、英知は笑顔だ。

「だけど、まあ、悪いばかりでもなかったかな」

「年寄り孝行もたまにはよかろう」

「図々しいじーさんだな、ほんとに」

 胸を張る正治に、英知は笑顔で応えた。

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