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S.O.S!  作者: 如月 望深
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花火が終わるまで 2

 花火大会の時間が近づいたので、一行は花火がよく見える場所に移動することにした。神社の上の高台が花火観覧ポイントだ。多くの人がもうそちらへ向かって歩き出していた。場所を確保するために、千早たちも急ぎ足で向かう。

 高台へ上る階段へ差し掛かったところで、英知が足を止めた。

「あ~、ごめん。俺、どうしてもリンゴ飴が食べたいから買ってくる。先行ってて」

 英知はみんなの返事も聞かずに踵を返した。

 リンゴ飴なんて売り切れるものではないし、花火大会の後でも食べられるのに、困った奴だなぁと、大樹たちは呆れて、先に高台で場所を取ることにした。行こう、と促されて階段を数段上った凪だったが、少し考えてから切り出した。

「あ、やっぱり私もチョコバナナ食べたいから行ってくるね」

 階段を降りて凪は手を振り、先に行っててと千早たちに言い残して、英知の後を追うように雑踏へ足を向けた。

 夜店が立ち並ぶ参道の人ごみを抜けて、凪は参道の脇道に佇む英知を見つけた。もちろん、英知の手にリンゴ飴などはない。それが口実であることはわかっていた。

 英知の目の前には、一人の浴衣姿の女性。彼女の頬に一筋の涙が流れる。英知はそれを困ったように見つめて、それから、凪を振り向く。

「どうしたらいいと思う、佐原さん?」

「いやいや、話見えないから」

 思わずツッコんで、凪は二人に近づいた。そして、目の前に立つ浴衣の女性が英知を困らせている理由を悟る。

「あんた、また何か訳わかんない頼みごと聞いたんでしょ」

 凪に指摘されて、英知は困ったように頭を掻く。

「いや、だって、放っておけなくて」

「それで、何頼まれたのよ?」

「待ち合わせしてる彼と最後に会いたいって」

「最後?」

 凪は思わず聞き返して女性を見つめた。

「ここに来る途中に事故に遭っちゃって、もう、彼には会えないから」

 女性が寂しそうに微笑む。

 そんなことを聞いては、凪だって放ってはおけない。第一、この人があんな顔して行かなければ、自分だって追いかけることもなかったのに。普段は飄々としているくせに、あんな不安そうな顔をするこの男が悪い、と凪は英知を睨んだ。



 神社の一の鳥居と呼ばれる参道の始まりとなる鳥居は、お祭りの時には待ち合わせ場所になることが多い。お祭りに人が集まり出す夕方には、この鳥居の前は待ち合わせの人で混雑するくらいだ。

 だが、花火大会が始まるこの時間になれば、もうとっくに合流している人が殆どで、待ち合わせをしている人の姿はまばらだった。

 鳥居に寄りかかって待ちぼうけを喰らっている若い男を見つけて、凪は声を掛けた。

「あの、松本まつもと 夏樹なつきさん、ですか?」

 頷いた男は怪訝そうに凪を見遣った。

「私、エリカの友達で、佐原 凪といいます。エリカに頼まれて、夏樹さんを探しにきたんですけど…」

「エリカ、ここにいるのか? 待ってるのにずっと来ないから」

 心配していた、というのが全身から伝わってきた。

 来ない彼女に時々憤り、それでも彼女が来ることを信じて、あまりに来ないので心配でたまらなかった夏樹は、エリカの存在をにおわす友達という女の子に安心した。

「すみません、実は、夏樹さんを驚かそうと思ってサプライズを用意していたんですけど、手違いですれ違っちゃって」

 サプライズの手伝いをすることになってたんですけど、上手くいかなくてすみません、と凪は申し訳なさそうに謝った。

「サプライズ?」

 首を傾げる夏樹に、凪は頷いた。

「エリカが待ってるんで、一緒に行きましょう」

 そう言って、凪は神社の本堂がある高台を指さした。歩き出した凪に付いていくべきかためらっている夏樹に、凪は「花火大会が始まっちゃうから早く」と急かす。そして凪を追うように夏樹も歩き出す。凪は夏樹を時々振り返りながら、高台へ上る階段へ差し掛かる。

 そこへ、凪の携帯電話に電話が掛かってきた。凪は視線で夏樹に少し待つように合図して電話に出た。

「佐原さん? 今どこ?」

 電話の向こうで英知の声が尋ねる。

「階段上りはじめたとこ」

「じゃあ、途中の踊り場のところで待ってて」

 頷いて電話を切った凪は、夏樹を促して再び階段を上り出した。そして英知に言われたとおりに踊り場で足を止める。

「佐原さん」

 階段の脇から英知がやってきた。階段の踊り場の横の斜面に土がむき出しになった道らしきものが見える。英知は一旦階段まで降りて、夏樹に会釈する。

「俺たちのミスですれ違っちゃって、すみません。こっちです」

 夏樹に頭を下げると、英知は二人を促して階段横の脇道へ入った。

 階段の両脇は林になっているので見落としてしまいがちだが、脇道には石が埋められて緩やかな階段状になっている。林の中を通る小道を上っていく英知の背中を凪と夏樹が追いかける。

 林を抜けると、視界が開けた。

 六畳ほどの広さの平らな芝生の空間が現れる。そこは木の柵で囲われており、小さな山の展望台を思わせる。木に覆われていない空は黒く広がり、眼下には木々の葉の隙間から夜店の並ぶ参道がわずかにのぞく。参道の灯りの位置からして、参道から少し脇に寄った場所らしい。

 誰もいない暗い空間に目を凝らし、夏樹は英知に視線を移す。

「ここにエリカが?」

 俺には誰も見えないけれど、と夏樹の目が英知に尋ねる。

「うん。ここにいるよ、エリカさんは」

 頷いた英知に夏樹はどこに、と問おうとする。

「さ、花火が始まるよ」

 英知は夏樹の体の向きを柵のほうへ向け、両肩を押す。英知に背中を押されて夏樹は数歩前に進む。

 眼下でしゅるしゅると一つ目の打ち上げ花火が空へと向かって行く。展望台を通り越した光の筋は、空にたどり着いて花開く。

 いくつもの光の花びらが降り注いで、その光に照らされるように、夏樹の前にエリカの姿が現れた。夜空に大きな音が響き、夏樹の耳も震わせる。その音をかいくぐって、エリカの声が耳に届く。

「会えてよかった、夏樹くん」

 浴衣姿で微笑むエリカを照らすスポットライトのように、次から次へと花火が打ち上げられ、暗い夜を彩っていく。

「花火大会、一緒に見るって約束だったもんね。間に会って良かった」

 見慣れない浴衣姿のエリカは、いつもよりもずっと大人びて見えて、夏樹はドキリとした。彼女の笑顔が、いつもと違って見えるのは、きっと浴衣のせいだろう。

2009年初稿、2019年改稿。

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