花火が終わるまで 1
テニスボールがコロコロと頼りなく転がり、それをラケットがひょいと拾い上げる。ラケットの上でボールを何度かバウンドさせると、桜沢 英知は浮いたボールを軽く打った。綺麗な弧を描いてボールは重力に従い、ボール籠に納まった。
その様子を横目で見て、牧野 千早は、ほう、とひそかに感嘆の息を漏らす。
「千早、そろそろ休憩にしようか」
テニス部のコーチをしてくれている従兄の牧野 大樹に声を掛けられて、姫乃木女子大学付属高校テニス部キャプテンである千早は慌てて「休憩!」と部員達に声を掛けた。部員達はそれぞれにコートサイドで体を休め、水分補給をする。
大樹の大学の友達で同じテニスサークルに所属する三人の男子学生もコートサイドに集まって休憩をする。彼らも大樹と一緒にテニス部のコーチを引き受けてくれていた。
四人で集まって練習の相談をしたり、他愛のない話をしたりするだけなのだが、女子高生の視線は自然と集まる。大樹を含め、林 健吾、相葉 雄太、そして英知の四人は、大学生というだけで女子高生には大人に見える。しかもW大という、いわゆる名門と言われる大学の学生なので、カッコいいと他の部活からも人気だった。
テニス部員の中での人気は、英知が一番だった。というのも、彼がインターハイ出場経験者で、しかもベスト4まで残った実力者だからだ。普段の朗らかな性格と、切れ味鋭いプレーのギャップがイイと評判だった。
近所の神社の夏祭りに誘ってみようか、などという声も聞こえる。
千早は従兄の大樹を引っ張って大学生たちの輪から抜け、小声で話し掛ける。
「もうすぐ近くの神社で夏祭りがあるんだ。花火大会もあるし、みんなで行かない?」
従妹に甘い大樹が千早の提案を断ることはまずないが、いたずら心が働いて大樹は意地悪く訊き返してみた。
「夏祭り?」
「友達と行こうと思ってるんだけど、女の子だけじゃ危ないでしょ、夜だし。ね、コーチたちとみんなで行こうよ」
テニス部のコーチをしてくれている大樹の同級生たちも誘おうと千早は提案した。
「みんなで? 英知が来れば、それでいいんじゃないの?」
からかう大樹に千早は顔を赤くする。
「ちがっ…、みんなで行ったら楽しいかなって、それだけよ」
「ふうん? 訊いてみるよ、英知にも」
ことさらに英知の名前を出してニヤつく従兄を睨みつけ、千早はそっぽを向いた。それでも、「頼んだわよ」という言葉はしっかりと伝えたのだが。
早速大樹は同級生三人のもとへ戻り、千早たちテニス部の子と花火大会に行かないかと誘った。
祭り?花火大会?いいねえ!と健吾と雄太は声をそろえて賛同した。
「英知はどうする?」
「花火大会?」
大樹に話を振られて、英知は聞き返した。
「そ。今度の土曜日」
大樹が話すのを近くで聞いていた千早は、他のコーチたちは乗り気のようだったが、肝心の英知が渋る様子なので、慌てて付け加える。
「みんなで行こうよ。凪も行くよね。ね!」
「え? う、うん」
千早は近くにいた友達の佐原 凪の腕を取って、強引に頷かせた。
戸惑いながらもきちんと頷いた凪に視線を遣り、英知は「うん、わかった」と承諾した。それはまるで、「佐原さんが行くなら」と言っているようで千早には若干面白くないのだが、この際仕方がない。
かくして、姫乃木女子大学付属高校テニス部員の一部と、そのコーチをしている四人の大学生で夏祭りに行くことが決定された。
千早とその友達四人のテニス部員たちとコーチの大学生は学校の正門で待ち合わせて、そこから神社へと向かった。
神社の一の鳥居から続く参道には、たくさんの夜店が立ち並んでいる。この夜店の商店街は、神社の本堂へ上る階段手前にある二の鳥居まで続いている。
焼きそば、お好み焼きにたこ焼き、フライドポテトにフランクフルト、アメリカンドッグにチュロス。クレープにかき氷、みずあめ、リンゴ飴、チョコバナナ。あんず飴、わたがし。夜店は食欲旺盛な女子高生と大学生の胃袋を満たしていった。
夜店特有のアクセサリーやグッズを売る店、お面、金魚すくい、スーパーボールすくい、それから射的。幼いころと変わらぬ夜店に皆のテンションも上がる。
途中、英知が射的に立ち止った。夜店の店主に代金を支払い、英知は5発の弾と銃を渡される。台の上で銃を構えた英知に、女子高生たちが声援を送る。
「英知くん、私キャラメルが欲しい」
「りょーかい」
英知は片目をつぶり照準を定めると一気に集中力を高め、引き金を引く。小気味良い音とともに的であるキャラメルの箱が倒れる。
「わあ、すごい! 英知くん、私にはあれね」
と、女子高生たちは自分の希望の品を英知に伝える。頷いた英知は言われた通りに的を射落としていく。
お人好しだなぁと凪が眺めていると、弾をすべて撃ち終えた英知が射的場を離れてやってきた。
「はい、佐原さん」
目の前に差し出されたクマのぬいぐるみのストラップが揺れた。
え?と戸惑っていると、みんなに一つずつね、と英知が微笑む。見れば、同級生たちの手には英知が獲得した品があり、大学生たちにはキャラメルの箱の中身が配られている。
「佐原さん、こういうの好きかと思って。学校のバッグにも付いてるでしょ」
凪のスクールバッグに付いたテディベアのストラップに気づいていて覚えているなんて、ぼーっとしているようで、意外にしっかり見ているんだなと感心した。
「あ、ありがと」
素直に礼を言って受け取れば、にこりと微笑まれた。
その視線が、ふと、凪を通り越して遠くに投げかけられた。どこか不安げに視線を彷徨わせる英知の視線を凪は追った。けれど、そこには浴衣を着た男女や老人や子ども、大勢の人が行き交う雑踏があるだけだった。
「どうかした?」
尋ねてみるが、英知は首を横に振る。
「ううん、何でもないよ」
英知の右手が左手にはめられた淡いブルーの数珠をまさぐる。その様子が不安や緊張を含むような気がして、凪はもう一度どうしたのかと尋ねようと口を開きかけた。
「ねえ、前から気になってたんだけど、英知くんのその数珠って、パワーストーンか何か?」
千早が興味深そうに英知の右手に転がされる左手の数珠を指さした。
英知の左手首には常に淡いブルーの数珠が着けられていて、それはテニスをしている最中にも外されることはなかった。
「パワーストーンていうか、うん、まあ、お守りだよ」
英知は数珠に触れたまま、千早に視線を移す。
「昔、祖父ちゃんがくれたんだ。俺は危なっかしいところがあるからって」
それは英知が中学生の頃、英知を心配した母方の祖父がくれたものだった。
『おまえは少し、いろんなものが見えすぎる。何でもかんでも受け容れていたら、おまえの身がもたない。危なっかしくて、見ておれんから、これを着けていろ。わしの強い念がこもっているから、おまえの身を守ってくれるだろう』
2009年初稿、2019年改稿。




