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トラウマスイッチ、オン!

 

 少し息苦しさを感じて、見晴らしの良い古いビルの屋上へ移動した。 丸い給水タンクの上に降りると、猫と拡声器も後をついてくる。


 【桃乃さんが亡くなってから、慶太は別人みたいになった】


 【それは昨日……慶ちゃんのパパから聞きました】


 昨晩。 俺が水嶋の身体で水嶋家の敷居を跨ぎ、孤軍奮闘している間。 あいつは俺の身体で、親父と余計な事を話していたみたいだ。

  母ちゃんが死んでから、親父と当時のことを振り返った事なんてないし、水嶋がどう切り出したのか、親父がどんなテンションで語ったのかは気になるところだ。


 【あれ以来、極端に自己主張しなくなって、他人と人間関係を築く事を避けるようになった】


 【どうして? 私は以前の慶ちゃんを知らないからわからない】


 【……大切な人が増えるのを恐れてるんじゃないかなぁ。 残った家族が平穏に暮らしていけるように、その努力をする事で手一杯なんだ】


 思い出さないようにしていた事。

 たとえ思い出さなくても、いつ何時でも、心の隅っこで確かに息をしていたもの。

 バケモノみたいな恐ろしい呻き声が、どんな時でも響いていた。


 「なんかラジオドラマ聴いてるみたいだな! 声がさ〜、なんか声がいいよなシオン姉さん。 喘がせてみてぇなぁ! 」


 ナルセもついてくる。 移動しながらも器用にパックを打ち続けていた。


 「ここに来て何をテンション上げてるんですか。 内容重いの分かるでしょうよ」


 【ごちそうさーん】


 【ありゃあとございましたぁぃ!】


 「そんでこいつらいい加減に牛丼屋出ろよもう! 牛丼も頼まずに居座ってんなよ! 」


 【心が潰れないようにバリア張ったんだ。 これ以上大切な人ができたらオーバーヒートしてしまうから。 人を好きにならないように、好かれないように。 そのバリアをゆうりちゃんがぶち破ってきた】


 【私と仲良くなったら平穏じゃなくなるの?】

 

 【なくなるだろうね。 ……今まで慶太と、どんな感じで接してきたの?】


 【普通に……学校で、アホなことばっかり喋ってたけど……】


 【ふぅん……あいつ必死にブレーキ踏んでたんじゃないかなぁ。 これ以上近づいたらいけないって。 今日みたいな事が起きなかったら、ずーっとそのままの関係だっただろうね】


 【どうしてそんなに慶ちゃんの事を知った気になっているの? 腹立つ】


 【私は桃乃さんと……仲が良いってレベルじゃなかったからね。 上京してから、桃乃さんに慶太の話をずっと聞かされてた。 あいつと初めて会った時、他人とは思えなかったくらい】


 【……慶ちゃんと初めて会ったのは?】


 【三年前……桃乃さんのお通夜だね。 慶太は覚えてないだろうけど。 ちなみに、しらすちゃんも居たよ】


 参列者の顔なんて全く覚えていない。 見てもいない。

 覚えているのは遺影で笑っている母ちゃんと、お線香の辛気臭い匂いと、無駄に艶やかな床だけだ。

 にしても、ここでまさかのシラス……? 誰の知り合いなんだ?


 【しらすちゃんが? 】

 

 【しらすちゃんは桃乃さんの友達なんだ。 こっちでは明かしてないけど、実年齢は42歳】


 【……実年齢? 】


 【あー……若い姿で幽体になる人がいる。 現実ではお爺さんだけど若者の姿で幽体離脱するとか、結構あるんだよ。 しらすちゃんはあの姿の青春時代に相当執着してるんだろうね】


 紫苑さんが母ちゃんと仲良かったのは知ってるけど、シラスが42歳……? 嘘だろおい、全く知らなかったというか興味がなかったと言うか、30歳弱のサバ読みとか詐欺通り越して最早ファンタジーだろ。 自分で虚しい気持ちにならないのかと問いたい。 いや今度会ったら問答無用で問う。


 【話が戻るけど、慶太は本当にゆうりちゃんが好きなんだなって思ったよ。 うん。 君が隣に居ると、普段と全っ然違うもん。 あれが桃乃さんが楽しそうに語ってた、明るくてユーモアに満ちた、素の慶太なんだろうな】


 【初めて喋ったときより、ずいぶん心を開いたとは思ってたけど……】


 あれ、なんでだろう? 動悸が半端じゃない。 頭がクラクラするし、指先がジリジリと痺れている。 キューッと不愉快な耳鳴りもする。 前にもこの感覚を味わったことがある。 この数十秒間で母ちゃんの声や笑った顔が何度もフラッシュバックした。

 

 「……あ、やべ。これはダメなやつだ」


 「ケイタ? どうした? あれ……なんで震えてんの」


 酸素が足りなくなってきた。 酸素が足りない。 いくら吸っても足りない。 苦しい。 ダメだ。 死んでしまう。 目眩がする。 苦しい。 あの頃の記憶がスライドショーみたいに。 スライドショーは歪んで、ぐるぐると螺旋を描く。


 「ケイタ? ケイタどうした? お前まさか……猫アレルギーか!? 」


 そんなわけないだろ刺すぞ。

 ありがたいけど、背中をさすらないで欲しいんだ。 余計辛くなるから。


 「いや実は俺もじわじわ蕁麻疹(じんましん)出てきてんだよ、首んとこ、ホラ。 なぁ! この猫、紫苑さんが生成した“人形”じゃねぇだろ? 幽体離脱したガチの猫だろ! 」


 ナルセの声が遠く、篭って聞こえる。

 コンテナの中で叫んでるみたいに。

 きっと俺を心配してくれているんだろうけど、言葉の音だけが頭の中を通過して、内容をうまく処理できない。 ダメだ、留まって居られない。 場所を変えて、落ち着くところで、呼吸を、呼吸を整えないと。

 

 「おいケイタ! 湯気! なんか頭から変な湯気でてるぞ! それどういう症状なんだよ、 対応がわからねぇよ! おい待て! どこ行くんだ! 」


 【慶太は君のことを好きになってしまった。 でもきっと、好きになられちゃ困るんだ。 あいつには幸せにしきゃいけない家族がいる。 これ以上、大切な人を失うリスクを背負いきれないんだよ。 君の好意を受け入れない事が最後の砦なんだ、私はそんな風に感じた】


 猫が付いてくる。 拡声器から漏れる紫苑さんの声だけが、はっきりと認識できた。



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 遠い遠い記憶。

 たった3年前の事なのに。

 記憶の奥底まで目一杯沈めて。

 見えないように、聞こえないように、何層ものバリケードを積み上げた。

 ……それ以外に、心を守る方法がわからなかったから。

 アキはまだ5歳で、しょっちゅう鼻水を垂らしていた。 ハルは12歳で、体格に合わないランドセルを背負っていた。

 2人の弟は、母ちゃんの病気が治るものだと信じていた。


 平穏な日常。 平凡な毎日。

 このまま続いていくのが当たり前だと思っていた日々。 母ちゃんが居た頃のなんでもない風景。 記憶のスライドショーみたいに映像が展開していく。 どんな場面でも誰かしらの笑顔が咲いている。


 『慶太ごめんね、少し休んだら帰るからさ!』


 後悔の始まり。 その時も母ちゃんは笑ってた。

 俺のバカ野郎、そんなの強がりに決まってるだろ。


 『いいよいいよ。 ゆっくり休んで。 あー、俺も救急車乗りたかったなぁ』


 紛うことなきカス野郎。

 頭空っぽの出来損ない。

 お前が死ねば良かったんだ。


 入院すると聞いた時、母ちゃんの居ない生活がどんなものになるのか全く想像する事ができなかったし、完全にそれを楽観視していた。 現実は待った無しに一瞬で詰め寄ってきて、直接自分自身に降りかかってきた。


 炊事洗濯や掃除はもちろん、母ちゃんが一人でブン回してきた、生活に関わる些細な仕事。 俺は母ちゃんが入院するまで、ゴミを出す日も、洗濯機や炊飯器の使い方もよく知らなかった。 家事に関して、協力を求められた事がほとんどなかったことに気付いたのもその時だ。


 俺たちはおんぶに抱っこで、母ちゃんにどれだけの負担が掛かっているか想像した事すらなかった。 自分たちの生活がどれだけ大きな力に支えられていたのか、理解しようともしなかった。 それなら当然、感謝の気持ちが湧くはずもない。『そうなってて当たり前』が体に染み付いていた。

 でもその時の俺は、こういった考えにも至らない頭の悪さで、苛立ちばかり募らせていた。


 『ふざけんなよハル! なんでこんな溜まってるのに洗濯してねぇんだよバカ、殺すぞ! 汚ねぇグローブなんか磨いてる暇あったらやれよ! 』


 『うるせぇ。 ぐーぐー寝てた奴に言われたくないね! 俺は暇じゃないんだよ』


 『母ちゃん居ない間くらい協力しろよ! 』


  ハルと毎日の様に怒声を交わし、取っ組み合いをした。 親父は休みの日まで方々を飛び回って憔悴していて、時折、俺たちの喧嘩を圧倒的な暴力で捩じ伏せた。

 その頃、アキは母ちゃんが居ないことにグズる事が増え、寝小便ばかりするようになった。 俺はその度にアキの頬を引っ叩いて大泣きさせた。


 俺だって、もっと友達と遊びたかった。

 学校帰りにハンバーガーを食べたかった。

 自動販売機の灯りの前で駄弁りたかった。

 好きな女の子をデートに誘いたかった。

 部活だって続けたかった。

 受験勉強だって始めたかった。


 保育園の送迎をしたり、洗濯したり、飯炊いたり、日用品の買い物をしたり。 なんで俺がやらなきゃいけないんだろう。 どんどん時間が消費されて、やりたい事が外へ外へと押し出されていく感覚にずっと苛立っていた。

 

 『慶太、もしかしたら、母ちゃんはもう帰ってこれないかもしれない』


 親父から唐突に告げられたのは、そんな時だった。 弟たちにはまだ言わない方がいいと、長男の俺にだけ。 無理矢理にでも時間を作って、ハルとアキを連れて病院に行ってやってくれ、と頼まれた。

 

 俺はその日から毎日病院に通うようになった。 母ちゃんとの面会が生活の中心と言ってもいいくらいに。

 ハルには『行きたきゃ自分で勝手に行けよカス、俺とは時間ずらせよ』と言い放ち、気が向いた時だけアキを連れていく。

 寝小便をした日はどんなにゴネても連れて行かずに留守番をさせた。

 その生活が始まった途端、なんとか保っていた家の中の状況は悲惨なものになり、母ちゃんが居た時の清潔感は一切なくなった。 男4人の匠の手により、異臭漂うゴミ屋敷にビフォーアフターだ。



 『母ちゃん、本当に早く帰ってきてよ。 ちょっと休むだけって言ってたじゃん』


 『もうちょっと休めって医者が言うんだもん。 あの太った先生がさぁ』



 『母ちゃんが入院してから、親父が俺をボコボコに殴るんだ。 見て、昨日も殴られてこんな痣ができた。 ハルと喧嘩してると……絶対に俺を殴るんだよ。 悪いのはハルなのに』


 『それは良くないねぇ……パパに言っとくよ。 私が叱っておく! でも慶太もハルと仲良くしないと。 兄弟なんだからね』


 

 『早く母ちゃんのカレーが食べたいよ……。 みんなそう思ってる。 カップラーメンはもう一生分食べた』


 『じゃあ、帰れたらカレーにしようね! 寸胴で作ろう、寸胴で。 炊き出し出来るくらい』



 『本当は部活続けたかったんだ。 学校帰りに友達と遊びたいし、なるべく上の高校に行きたいから、塾にも通いたかった』


 『……ごめんね、慶太』


 『あ! 違うよ、違う。 親父とハルが悪いんだ。 あの2人が全然協力しないから』


 『……仲良くしてほしいな。 慶太はお兄ちゃんだから、みんな甘えちゃうし頼っちゃうんだよ。 お父さんもそう』


 『母ちゃん居ないから部屋の中はめちゃくちゃだし、イライラするんだあの家。 仲良くなんてできないよ』


 『もう、そんなこと言わないの。 母ちゃん頑張るから、もう少し待ってて』



 思い遣りに欠けた言葉に対して、全て優しい声で答えてくれる。 だから、自分の言葉が母ちゃんを追い込んでいるなんて、当時はこれっぽっちも思わなかった。

 俺と毎日話すことで、まるで魂を吸い取られていくように母ちゃんは衰弱していった。


 頬はこけ、皮膚からハリと艶が消えた。 骨に皮がぶら下がっているような身体になり、髪の毛が抜け始めると、ドラマに出てくる病人みたいに毛糸の帽子を被ったりして。


 『こっちは大丈夫だから、安心していいよ』

 『頑張れ、負けるな、俺たちが付いてるから大丈夫』


 ——そんな簡単な事が、なぜ言えなかったんだろう?


 答えは単純(シンプル)だ、俺は甘えていた。

 死を前にした母親に、愛情を欲張った。

 自分では処理しきれない不安や不満を、優しく包み込んで貰おうとした。

 そして何より、病気や死という概念の輪郭を捉えられていなかった。 それが全ての元凶だ。 母ちゃんが衰弱して痩せ細り、自分の足で立つ事ができなくなってからやっと、バカな俺は死という概念への危機感を認識した。

 死が間近に迫りつつも、それと戦う母ちゃんを盲信していた。 必ず病気に打ち勝ってくれるものだと、心のどこかで信じていた。


 ——死ぬわけない。

 うちの母ちゃんは特別な存在で、無敵で、どんな困難も笑い飛ばしてしまう。 その人生が、ハッピーエンドで終わらない筈はない。


 ——そんな謎の感覚に支配されていた。

 結局のところ俺はただバカで、間抜けで、世間知らずで、人の気持ちを理解できないクソガキだっただけだ。



  ◇


 『どけよバカ! 』


 『誰がバカだよ、もう一回言ってみろ 』


 『どけよ! 』


 『病室で騒ぐんじゃねぇよ、クズ 』


 些細なことだった。 賞状のようなものを持って、意気揚々と病室に現れたハルが、母ちゃんの一番近くに座っていた俺を押しのけようとした。

 俺は別に、母ちゃんの近くをキープしたかったわけじゃない。 ただ、無邪気でワガママなハルの邪魔をしてやりたかった。 こいつの思い通りにだけはさせたくなかった。

 

 髪の毛を引っ張って壁に押し付ける。

 泣きじゃくるハルが腕に噛み付いてくる。 母ちゃんが上半身を必死に動かして、止めに入ろうとしていた。 視界の隅で、親父が病室に入ってくるのが見えた。 強引に引き離され、親父は大泣きするハルを宥めようとしていた。


 『おい、バカハル。 なんで母ちゃんなんだろうな? お前がガンになりゃよかったのに。 お前なら誰も困らないし、悲しまないのにな』


 一瞬、意識が飛んだ。

 母ちゃんの弱々しい、短い悲鳴。

 目の前には鬼の形相で俺を殴った親父。

 頭がクラクラして、立ち上がれなかった。


 『ほら……ほら、殴っただろ……? 母ちゃん見てたろ!? 血が出てる、口の中が切れてるよ。 こうやって殴るんだよ親父は! ふざけんなクソ親父! なんで俺ばっかり! 』


 『今のは慶太もいけない。 母ちゃん庇いきれないよ。 それがわからないほど、慶太はバカじゃないでしょう? ……ほら、おいで。 血を拭かないと』



 別人のような風貌になってからもずっと気丈に振舞っていた母ちゃんがある日、親父の胸に顔を埋めて、啜り泣いているのを偶然目撃した。


 『ごめん、ごめんね……慶介さん』

 

 その光景を見て以来、母ちゃんの顔を見て喋るのが怖くなった。


 付き合いのなかった親戚なのか、面識のない人たちが頻繁に出入りするようになった。 その人たちは俺や弟達にもどこかよそよそしかったし、親父は見たこともないくらいに畏まって、何度も何度も頭を下げていた。

 手術をして、厳しい抗ガン剤治療を強いられ、苦痛や苦悩をこらえて堪えて、それでも最後まで気丈に振る舞い続けた。 命の火が消える寸前まで微笑もうとしていたように見えた。 影では泣いたり、荒れる事もあったかもしれないけど、俺や弟達にはその姿を絶対に見せなかった。


 そして、死ぬ時は一瞬だった。

 命の終わりは、素っ気ない電子音が告げると知った。 あまりにあっけなくて現実感がなかった。 眠っているだけだと言われたら、疑いなく朝を待てるくらいに。


 末期の肺ガン。 ステージⅣ。 5年生存率は約5パーセント。 手術で身体を開いた時には転移が進行し過ぎていて、手のつけられない状況だった。

 全部死んでしまってから知った事だ。 なぜリアルタイムで伝えてくれなかったのか?

 今はよくわかる、俺がバカで、ガキだったから。

 問い詰める気にもならなかった。


 いくら謝ったところで、放った言葉は回収できない。 あの時母ちゃんはどんな気持ちだったのか。 もう聞くことは出来ないけど、俺には分かる。

 

 慶太はなんて冷たいんだろう。

 なんて思いやりがないんだろう。

 なんて自分本位な子なんだろう——。

 

 俺が弟達をまとめて協力してれば。 もっと理解を深めて、親父のサポートをしてあげれば。母ちゃんの戦いを全力で応援してあげれば。 毎日ハルとアキを連れて、沢山の笑顔を見せてあげれば。 不思議な力が家族から伝播して、奇跡だって起きていたかもしれないのに。


 

 ——その日、相原桃乃という魂が宿っていた肉体をみんなして寄って集って、(かまど)に放り込んで燃やしてしまった。

 不意に名前も知らない誰かが、骨壷を『桃乃』と呼んだ。


 俺は神経を逆撫でされたような気分だった。 母ちゃんの骨なんて初めて見たんだから、そこにはなんの思い入れもない。

 この壺に入った白いかけらを『桃乃』なんて呼んだ奴は誰だ。 狂ってる、どうかしてる。 こいつらは今まで母ちゃんのなにを見てきたんだ。 母ちゃんはいつも笑っていて、ときどき怒ったり、泣いたりもするんだ。 吹けば飛んでしまうような、こんなちっぽけな破片みたいなものが母ちゃんなわけがあるか。 そんな馬鹿なことがあってたまるか。

 

 泣きながら叫んだ。

 抑え込んでいた感情が決壊した。

 自分の声で周りの音は聞こえなかった。

 涙で視界がぼやけて何も見えなかった。


 ——あぁ、そっか。 これが死ぬってことか。

 大切な人も、特別な人も、嘘みたいにあっさりと消えてしまう、燃やされてしまう。 少し前まで母ちゃんだった身体……命が消えてしまった肉体は、可燃ゴミみたいなものなんだ。

 まるでこれまでの人生が、長い長い夢を見ていたみたいに。 俺は強引に揺り起こされて、まだ眠っていたいのに目を覚ましてしまって、もう夢の余韻に浸ることしかできないんだ。

 ——そうだ、母ちゃんのところに行かなきゃ。

 後を追いかけて謝りに行かなきゃ。

 

 そんなことを考えながら、叫び続けた。

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