異世界召喚
アロポリアから汽車で三十分の街にある屋敷。外は生憎の雨模様。止む様子はない。
「準備は出来たか」
「整いました。いつでもどうぞ、ジフ」
屋敷は二階建て。二人の男は一階に立っている。床には円上の陣が描かれており、陣には文字が書かれている。
「来たれ、従順な者よ!」
ジフという男が唱えると、陣が赤い光を放っていく。外では雷が鳴っており、時折どこかに落ちている。陣の中でも雷が発生し、術者であるジフ自身も浴びてしまう。
「ジフ!?」
「静電気みたいなもの。騒ぐまでもない」
光と雷が強く放って消えていく。陣の中心に、一人の少女が座っていた。黒髪を掻きながら、面前に立つ二人を見上げる。
「上手くいったようですね」
「召喚の魔術師に失敗はない。これで屋敷は綺麗になる」
「業者に頼んだ方が手早いのに。ジフも物好きですね」
「綺麗になればいいんだ。メイドに囲まれながら暮らすことに意味がある」
「なかなかに深いですね」
(不快だ。只の変態じゃないか! こんな中年の世話をしなければならないとは! 金で雇われたとはいえ、こんな小太りの執事をしている自分に腹が立つ!)
「どうしたマイケル。腹でも痛いのか?」
(腹立たしい!)
「アンタら誰?」
胡座をかいたまま訊いてくる少女。ジフとマイケルに疑いの目を向けている。不審者を見るように睨み付ける。
「この屋敷の主人のジフだ。彼は執事のマイケル。君は召喚されたんだ。今日から屋敷に住み込みで働いてもらう。メイドとして」
「ふざけんな! 誰がメイドなんかやるもんか! アンタみたいなキモデブの世話なんか御免だね」
「き、キモデブだとっ!?」
「まあまあ落ち着いて下さい」
(よく言った!)
「悔しかったら痩せてみな。見たところ金持ちとみた。だが世の中、金じゃ買えねえもんもあるんでね。ホントにアタシを召喚したってんなら、もっと色々呼び出してみてくれよ。『召喚の魔術師に失敗はない』んだろ?」
「その口の聞き方はなんだ! 君の主人なんだぞ!」
「頼んでねえし望んでねえ。禿げてねえのが救いのキモデブなんか」
「ええーい! マイケル、こいつを躾てやれ!」
「厳しくても構いませんか?」
「手段は問わん! 泣こうが喚こうが構わん!」
「御意」
少女を連れて屋敷を出たマイケル。少女にたっぷりの現金を渡すと、ポンッと肩を叩いた。
「これは路銀だ。メイド修業ということで渡す。あくまで身分は、ジフ・ロッグ邸のメイドで頼む。その方が都合がいいからな」
「訳が分からないんだが?」
「あの中年にはオレも参っててな。召喚の魔術を得た時から酷くなった。金で何でも叶えられると信じているらしく、自分好みのメイドに囲まれたい一心だ。『召喚の魔術師に失敗はない』だなんて言っていたが、召喚が出来たのは初めてだったんだ」
「〝見栄っ張りな金持ち自慢のキモデブ〟だなんて最悪だね。じゃあなにか、アンタが執事をやってるのも〝都合〟か?」
「そんなところだ。さぁ、行った行った! あの中年に見つかったら厄介だ。……っとこれも渡しとこう」
マイケルは少女に名刺を渡した。『ジフ・ロッグ邸・専属メイド』と書いてあり、住所と電話番号も書いてある。
「名前が書いてねえけど」
「メイド本人の手書きがいいらしい。オレにその名刺を預けていたのも、オレにメイドをスカウトしてこいってことだからな」
「自分の足で捜さないのかよ! どこまで性根が腐ってやがる!」
「あの見て呉れが全てだ。仕えて五年になるが、悪いところばかりを発見する毎日だ」
「五年!? アタシはアンタを尊敬するね」
「他に行き場がないんでな。そういえば名前を訊いてなかったな」
「神城ミント。ミントって名前に反して、見た目も性格も清涼感ゼロだけど」
「いい名前じゃないか。あの中年の脂を見た後に君を見ると、爽やかな気分になる」
「お世辞なんかいいよ。じゃあね、マイケル」
「何かあれば連絡しろよ! 助けになってやる!」
マイケルに背を向けて歩き出すミント。雨の中を歩いていくミントは、暫くすると立ち止まる。頭の中を整理する。
(アタシは召喚されたみたいだ。魔術師だか何だか言っていたとこ、異世界召喚ってやつか。取り敢えずの身分は得れた。あのキモデブのメイドってのは気に入らねえが仕方ねえ。先ずは情報集めだ)
街の中へと消えていくミント。徐々に雨は止んでいくのだった。




