五度目の涙
奇妙な気配の元へ走る一同。鮮やかに生い茂る芝生に到着するや、黒いローブの人物と鉢合わせる。
「そこの者。誰かを見掛けなかったせえ?」
「ああ」
「どこで見掛けたせえ?」
「門の方だ」
「感謝するせえ」
黒いローブの人物に礼を言ってすれ違う。完全に背中を向け、隙だらけである。
(魔術師の気配だ。ここで間違いはなかった!)
右の掌に黒い玉を出現させ、門の方に向かって走る一同の背後に撃つ。玉は外れたものの、その威力は凄まじく、地面を抉り取る程。爆風で一同は宙を舞い、芝生へ落下した。
「な、なんなんだよねんっ!?」
「あのローブは何者せえ!」
「不穏な動きの正体なのかも!」
「悪い冗談……ではなさそうね。狙いはワタシ達みたいだわ」
黒いローブの人物は、門の方に向かって逃げる姿を嘲笑うかのように攻撃をする。攻撃によって芝生は抉れ、爆風で何度も一同は宙を舞う。
「門だわ!」
ルキの視界に門が入る。門番に頼めば、騎士団と狙撃団が来てくれる。しかし、そんなルキの考えは打ち砕かれてしまう。首を咬まれた門番が横たわっていたからだ。
「そ……んな!?」
「ルキルキ! 門番の代わりに連絡するんだよねん!」
門番の腰に付いているトランシーバーを見つけたルキは、急いで助けを求めた。騎士団と狙撃団が来るまでの間、どうやって凌ごうかと考える。一分一秒迫られた状況で迷っている時間などなかった。カードを取り出し、『ブレイズ!』と唱え放つ。
「うっ!?」
黒いローブの人物が目を押さえている隙に、出来るだけ距離を取る。そんな時、番犬の死体を目にする。血によって赤く染まる芝生が目に入る。そして、血塗れで倒れているハルを発見した。
「へっ……!?」
血塗れのハルに近付くルキ。所々、番犬によって咬み切られたのが見られ、気を失っている状態だった。
「……ハル……ハル!?」
その場で崩れてしまう。ショックで声が出ず、頭が真っ白になってしまう。身体は小刻みに震え、大粒の涙を流す。今のルキは抜け殻だ。立つ気力もない。
「ルキルキ!!」
「ルキさん!!」
自分を呼ぶ方を向く。自分を呼んだ二人の首が跳ねられているのを目にしてしまう。小刻みだった震えは大きくなり、頭を抱えて俯く。
「リーさん……ミクさん!!!? あっ、あああ……あああ!!!?」
逃げ惑う幼き子供達にも容赦ない。黒い玉は、泣き叫ぶラルロアとナナの身体を貫いた。ドバドバと流れる血を見たルキは嘔吐してしまう。
「死なないことが仇となったな。痛みに苦しむことだろう」
「……ぉふおえぇ!」
「お前もバラバラにしてやろう。首を跳ねても〝死なない〟とはどういうものなのか? 意識はあるのか? 痛みを感じるのか?」
背後を襲ったシャリアも血飛沫を散らして倒れる。返り血を浴び、黒いローブが赤く染まっていく。
「ワタシ……ワタシ……は……」
「呪うといい。魔術師に目覚めた運命を」
黒い玉が、ルキの心臓を貫いた。ルキの瞳に宿っていた光が消えていく。転移者であるルキは死んでしまう。苦しむことも、痛みを感じることもない。
「残るはお前だ」
黒いローブの人物が狙うは、このような状況にも微動だしないミラだ。黒い玉を撃つ構えをとるが、ミラは眉ひとつ動かさないでいる。
「今回で五度目です。ルキ様の涙を見たのは」
「いちいち数えているのか」
「初めてではないので。ハル様の横で絶命されたのは初めてですが」
「何だ? 引っ掛かる言い方だ」
「これ迄四度、ルキ様以外は今回と同じでした。ルキ様は死にませんでした。四度のいずれも、ハル様が庇ったのです」
「お前とは初めて会う」
「私は違います。今回で五度、私はこの惨劇を経験しています」
「何者だ!?」
「リルリッド家のメイドです。ミラ・アプリコットと申します。自己紹介も五度目です」
「何者だ!!」
「動揺しているのですね。案外、肝は小さいのですね」
「何者だ!!!!」
「声を荒らげるだけですか。五度目にして漸く、動揺の声を頂きました。レイフォン・アーバイン様」
ミラの口から出た名前は、黒いローブの人物を震えさせるには充分であった。静かにローブを脱いで姿を現した男。アンオール大統領の冷たい目が露になった。
「……っく!」
「私の魔術はタイムリープです。こんな悲惨な時間をやり直せるのです。もっとも、私が関係した時間に限りますが」
「使わせる前に潰せばいいまで!」
「残念ですね。また今度」
※ ※ ※
「招待に応じてくれたことを改めて感謝する。アンオール王の、ゴルド・マトリクスだ。すまないが今一度、名前を名乗ってはくれないか。王といっても年寄りだ。物覚えが悪くてな」
ゴルドの言葉に一同は立ち上がり、一人ずつ名乗っていく。
「リーリッド・リルリッドと申します」
「ラルロア・リルリッドです」
「ハル・ハルードだ」
「ルキ・ルーキッドだわ」
「ミラ・アプリコットであります」
「シャリア・シャナーズせえ」
「ナナ・シャナーズだよ」
「ミク・アーバインよ」
紹介を終えて着席する。ゴルドも座る。ひとつ咳払いを済ませ、その静けさを破った。




