躊躇なき銃弾
少女を連れて図書館へ避難する。歩けば見つかる危険が高いからだ。静かな図書館ならば、少女の気持ちも落ち着くだろうとの判断でもあった。思惑通り、大人しく絵本を読んでいる。その姿は普通の女の子である。獣化という魔術を持っているとしても、正真正銘、人間だ。そんな人達が理不尽な目に遭っているという現実を許せないハル。落ち着く為に読んでいる本を閉じると、向かいに座るルキをチラッと見た。
「何?」
「リーリッドに協力してもらわないか? 俺達だけじゃ守りきれないぞ」
「リーさんだって民間人よ。魔術師だから当然、獣化に対する風当たりも知っているわ。リーさん自身も苦しんでいるわ。あまり巻き込みたくないわよ」
「だよな。リルリッドの人間を巻き込むわけにはいかないか」
天井に視線を移すハル。何かないものかと思考を張り巡らす。だがそれで名案が浮かべば苦労はない。
「おねえちゃん」
「どうかした?」
「お腹空いた」
「そうね。何が食べたい?」
「「パン」」
少女の声とハルの声が重なる。少女はルキを見ながら、ハルは天井を見ながらではあるが。読んでいた本を閉じたルキは、呆れ半分で立ち上がった。
※ ※ ※
「兄さん」
「どうしたよねん?」
「今日は来ないの? ハル」
「特に用事はないよねん。何だラルロア、ハルハルに会いたいのか?」
「ボクの折った鶴を見てほしくて。昨日よりも上手く折れたから」
「そうか~! 僕も会いたいけどよねん、忙しいだろうし」
「だよね。ハルも忙しいよね」
※ ※ ※
パンを頬張るハル。その様子を見て食べる少女。打ち合わせたかのような揃った笑み。口一杯に広がるハチミツの甘さにメロメロになっていた。そんな二人を横目にパンを食べるルキ。二人とは違い、黙々と食べている。
「ネネちゃんは甘いのが好きなのかしら?」
「うん。甘いの好き」
「俺も好きだ」
「キミには訊いてないわよ」
「訊かれる前に答えたんだよ」
「訊くつもりなんてなかったわ」
ネネを挟んだ二人の会話。会話を聞いているネネが笑う。声を出してニコニコと。当の二人はキョトンとする。どこに笑うところがあったのかと首を傾げた。
「ま、なんだっていい。その方がずっとな」
「そうね」
「うっ!?」
突然立ち止まるネネ。笑顔などどこへやら、その顔は青ざめている。身体を震わせ、持っていたパンを落としてしまう。
殺気を感じ取ったルキは、カードを取り出して構える。二人を物陰に隠して息を潜める。
「さっきの奴等かしら」
「見えないのかよ」
「嫌な気配はしたわ。ネネちゃんの様子もおかしいし」
「こんな人通りの多いとこでドンパチはないだろう。裏道の方が危ないかもだ」
「気のせいならそれでいいわよ」
(何なのかしら……この冷たい感じは)
「きゃっ!!」
「ネネちゃん?」
ネネの悲鳴に振り向くが、そこにはネネの姿はなかった。ハルの姿も。物陰から綺麗に消えていた。
「ネネちゃん! ハル!」
※ ※ ※
木々に囲まれた空間に放り込まれた二人。そんな二人の前に、黒いローブに身を包んだ人物と先程の男達がいた。何やらやり取りをしている。そのやり取りを終えたのか、黒いローブの方は姿を消した。
「苦労した苦労した。追い掛けっこは終いだ。その面倒な身体を刻んでやる」
「今のは誰だ? 普通じゃないだろう」
「関係ないだろう。手段は選んでられないんだ」
「魔術師、か」
「だったらどうする」
三つの銃口が二人に向けられる。その引き金には既に、指が掛けられていた。撃つ意志があるということだ。
「魔術師を痛め付ける為に、毛嫌いしてる魔術師を使うってかよ! どういう思考をしてやがる!」
「獣化の方が危険だ。優先順位を付けているに過ぎない。利用したに過ぎないんだ」
「魔術師だろうが何だろうが、ネネは子供のだぞ! 子供を痛め付けて楽しいかよ!」
「魔術師は魔術師だ。獣化などという常人離れな芸当をやってのける以上、それを人間とは認めない」
「俺は認める!」
「多数決でこっちの勝ちだ。口封じに喉を掻ききってやる。その前に、先ずは動きを封じよう。撃て」
ハルに向かって撃たれる銃弾。目を瞑るしかなかったハルだったが、一向に痛みはこない。恐る恐る目を開けたハルの前に立つ身体。黒い体毛と金の鬣。
「ネネ!?」
「これだから獣化は面倒だ。構わん、撃て!」
「グオオオ!!」
容赦なく浴びせられる弾丸。ハルを守る壁となるネネ。しかし、その痛みに耐えきれず倒れ込んでしまう。真っ赤な血を地面に流し、息を切らす。
「しぶとい奴め。その目障りな眼を潰してやろう」
「やめろ!」
「断る。魔術師は……こうだ!」
鋭利な刃が突き刺さる。大きく暴れるネネに躊躇なく撃ち込む男達の目はギラついていた。撃つという行為を楽しんでいるようだ。
「やめろー!!」
暴れていたネネが大人しくなる。獣の姿から少女の姿へと戻る。白いワンピースは赤く染まり、撃たれた数だけの穴も空いていた。刺された右目からも血が流れ、左目からは涙が流れている。
「これだけやれば充分だろう。行くぞ」
「待ちやがれ! お前等それでも人間か!!」
「魔術師は、その存在そのものが悪なのだ。それが世界の理だ。精々、魔術師にならんよう気を付けるんだな」
「……畜生! ……」
「おにいちゃん……大丈夫……?」
声を振り絞り問うネネ。そんなネネの手を握ることしか出来ないハル。涙を流すことしか出来ないハル。
「ネネちゃん!! ハル!!」
布で身を隠しながら捜していたルキがやって来た。ネネの惨状に青ざめる。ネネの手を握って泣いているハルの肩に手を置くと、声を震わせながら現実を伝えるしかなかった。
「この傷を治す手立ては無いわ」