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幸せの始まり

「起きて。起きて。起きてくれないと困るわ」


 身体を揺すられ目を覚ます。聞いているだけで癒される声が目覚まし代わり。柔らかな手に手を握られ視線を動かすと、エプロンを着けた銀髪の女性が微笑んできた。


「もう朝?」


「おはよう。残念だけど朝だわ」


「仕方ない。朝なら起きるしかないな」


「朝ごはん出来てるわ。顔を洗ってきて」


「うん」


 ベッドを降りて軽く伸びをする。身体をシャキッと目覚めさせて洗面所へ。朝の水は冷たく感じる。ダイニングのテーブルへ向かうと、パンと目玉焼きと程よく焼けたベーコンが出来上がっていた。


「いただきます」


 朝食を食べている向かいで女性が見つめている。美味しそうに食べているのが嬉しいのだろう。宝石のように綺麗な瞳に吸い込まれそうになる。


「ほらほら、ボーッとしないで。遅れてしまうわよ」


「もうこんな時間かあ。時間が早く感じる」


 朝食を済ませ身支度を終えて。玄関で靴を履き終わり振り返ると、笑みを浮かべた女性が立っていた。


「気を付けてね。忘れ物はないかしら?」


「特にはないけど?」


「残念。一つだけ忘れているわ」


 そう言って目を閉じる。少し照れているのも可愛い。『いってきます』と言って軽くキスをした。


※ ※ ※


「……いって……きましゅ……」


「いつまで寝ているの! ちゃっちゃと起きる!」


「うへ?」


 無理矢理ベッドから落とされる。痛む頭を押さえながら視線を動かすと、仁王立ちの母親が立っていた。ハルはそれで理解する。


「夢……あああ」


「随分といい夢を見ていたようだね」


「俺、なんか言ってたのか?」


「特にないとかカントカ」


「あちゃー。寝言だから忘れてくれ」


「夢を見るってことは、日々充実している証拠だ。幸せ者だよ、あんた」


 夢から覚めたハルは、朝食を食べるため立ち上がった。


※ ※ ※


 朝食を済ませたハルは、リルリッド邸に来ていた。特別補佐になってから一週間。ラルロアが学校に行っている間は暇である。リルリッド邸の掃除はミラが済ましており、見るとこ見るとこピカピカである。


「俺の出る幕ないぞ」


「当然です。リルリッドのメイドですから」


「うわっ!? ミ、ミラ!」


「背後からの呼び掛けをお許しください。仕事振りを褒められて嬉しかったのです」


「そうだったのか。窓のサッシも抜かりないからなあ。俺、どうすればいい?」


「ハル様がお早いだけです。ラルロア様がご帰宅すれば忙しくなります」


「そりゃまあ。まだ午前中だしな」


「リーリッド様もご不在ですし、出直されては?」


「うーん。リンクは演習に集中してるし、シャリアは新作の執筆に熱を入れてるしな」


「そういえば、シャリア様がハル様に会いたがっていました。来たらお伝えするよう言われてましたのを忘れてました」


「シャリアが? なんだろうなあ?」


「用件までは分かりません。車を出させますのでお乗りください」


「うん。行ってくるよ」


「お気を付けて」


 お辞儀でハルを送り出したミラ。スタスタとメイド室へと戻っていく。ピカピカに磨かれた窓を見るや歓声を上げる。


「素晴らしいです!」


「そうかしら? ミラさんのようにはいかないわ」


「いいえ。充分に合格点です。どこへお嫁に出しても恥ずかしくありません」


「お嫁だなんて言わないで!?」


「あら。花嫁修業をさせてほしいと言っていた筈です」


「そうだけれど」


「洗濯、掃除と来ましたから……ベッドメイクをお教えしましょうか。一日の始まりと終わりはベッドですので」


「なんだか格言みたいですね。ワタシ、頑張るわ!」


「どこまでもお付き合い致します、ルキ様」


※ ※ ※


「どうだせえ! どうだせえ! ワタクシの新作は!」


「……どこを読んでも他人事とは思えないんだが……」


 シャナーズ邸に着いたハルは、シャリアから新作を読まされていた。新作の序盤を読み終えたハルの頭は混乱していた。書いてある内容に既視感を覚えていたからだ。


「どこか不満でもあるせえ?」


「なあ、この小説を俺に読ませたのは何故だ?」


「そんなの簡単せえ。お主の関係者にワタクシが直接取材をしたのだからせえ」


「誰に?」


「それは言えないせえ。全てが実話ではないし、取材相手の主観も混じっているせえ」


「……これ、俺のことを書いてるよな?」


「そうせえ。だから真っ先に読ませたせえ」


「信じるのかよ」


「信じるに値する人物からの話せえ。それにこの小説はファンタジーせえ。実話をワタクシが壮大に盛ったファンタジーせえ!」


「俺自身の許可は得ないのかよ!?」


「許可が欲しいから呼んだせえ。この小説の出版を許可してくれるせえ?」


「そいつは構わないけどな。俺は勇者じゃないし、大魔王と戦いもしてない。ハーレムを築いてなんかないし、お姫様を助けてもないからな。てか、こうして言ってみたら、俺の要素ないじゃん!」


「言ったせえ? 壮大に盛った、と」


「盛りすぎだろう」


「皆無ではないせえ。ほれ」


 シャリアは小説の導入部をハルに見せる。


『 不幸な事故により、歩くことが出来なくなった少年。その日々に限界を感じて死を選ぶ。だが目覚める。転生したのである。全く知らない街や家族に困惑しながらも、歩ける喜びに舞い上がる。が、それはぬか喜びに終わる。


 自らを転移者と呼ぶ少女との出逢い。少女から告げられる異世界の現実。異世界に生きる人達との出会いと別れ。


 異世界に転生したのは幸か、不幸か』


「許可ついでに訊きたいのだが……」


「俺に最初から取材すればよかったんじゃないのか?」


「一人旅に出ていていなかったせえ。それに本人から訊いてしまってはワタクシの壮大なファンタジーが入れられないせえ」


「そこかよ! 取材要らないじゃないか!」


「切っ掛けにはなったせえ。話を戻そう。ハルよ、この世界に転生してどうせえ? 幸か……不幸か……どちらせえ?」


「そんなの決まってる。俺は……」


※ ※ ※


 シャナーズ邸をあとにしたハルはリルリッド邸へ。特別補佐の仕事を終えると、そのままルーキッド邸に直行した。この日はルキ一人の為、ルーキッド夫妻がハルに泊まるよう頼んでいた。


「よう!」


「疲れているのに悪いわね」


「ラルロアと遊んでいるようなもんだけどな。それにお前の顔を見れば、疲れなんて吹っ飛ぶ」


「おだてても何も出ないわよ……」


「何も要らないぞ」


「……花嫁修業……だわ」


「なんか言ったか?」


「ハル……おかえりなさい」


 ルキは目を閉じてハルの首に腕を回す。背伸びをして唇を近付けていく。


「ただいま……ルキ」


 ハルも目を閉じてルキを抱き締めた。ハルの唇にルキの唇の感触が、ルキの唇にハルの唇の感触が伝わる。

 ルキを抱き締めながら脳裏に浮かぶシャリアの問い。シャリアに断言した言葉をハルは思い返す。


(そんなの決まってる。俺は……幸せだ!)


 キスをした二人は笑顔で見つめ合う。

 ハルとルキ。二人の幸せは始まったばかりだ。

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