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魔導書使いは現在逃亡中です。  作者: 無頼音等
第二章 闇の魔魂石と孤独の魔女
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薔薇の断罪

 タクトがラクシアにやって来て既に二週間近く経っていた。その間ずっと情報を集め続けて分かってきた事がある。

 まず、ヘカトンケイルの発生地には徒歩で行くことができない。何故ならその場所は魔力溜まりなどという生易しいものでは無く、無限に魔力が湧き出す一種のダンジョンだからだ。周囲は底無し沼のようになっていて『砂地鳥(グランドバード)』という魔物の脚を借りなければ先へ進む事ができない。

 次にタクトが得た情報は『竜の爪』が活発に動き始めている、というものだった。

 どうやらアストラルの(・・・・・・)協力を得て本格的に“魔女”という存在を排除するつもりらしい。

 ここで懸念事項が二つ現れる。

 まず一つはどうやって『砂地鳥』を入手するか。そしてもう一つは……アストラルからの協力者だ。

 魔女というものがどういう存在なのかは分からないが、排除するということは戦闘を重きに置いた協力者が居る筈だ。もしかすると賢者のような強さを持った魔術師がこのラクシアの何処かに潜んでいるかもしれない。せめて相手がどんな奴か知る事ができれば、こちらも対策できるのだが……。


 「……ん? なんだこれ?」


 冒険者ギルドを訪れていたタクトは、壁の大多数を占めて大々的に大きく貼られた紙に目を留めた。そこには臨時の兵士団を作るから気軽に来てくれ、みたいな事が記されている。

 なるほど。どうやら国は人海戦術で魔女という奴を探し出すつもりらしい。


 (それにしてもこの魔女っていう奴は一体何やらかしたんだ?)


 自分も国に追われる立場にある為、タクトは魔女という存在に興味を持った。

 どうもこの国には色々と裏があるようで、正直魔女という存在も本当にいるのか疑わしい。勿論、ここまで大々的に宣言しているのだから魔女そのものはいるのだろう。しかし、その人物が本当に排除されるべき人間なのかは分からない。

 ただ『白の本』に選ばれただけで命を狙われた経験があるだけに、タクトはとても他人事のようには思えなかった。

 そして広告に記された報酬の額を見て、タクトはこの臨時の兵士とやらに応募してみようと思った。今は国の情勢よりも金が必要だ。『砂地鳥』は購入しようと思うと物凄く金が掛かる。最近になってEランクに上がったとはいえ、下級冒険者のタクトではそれを賄えるほどの金を稼ぐ事はできないのだ。



***************



 「あれ、タクトじゃないか!」

 「……ん? ああ、レイジか。久しぶりだな」


 兵士を募集しているという城に足を向けてみると、いつか親切にしてもらった冒険者、レイジの姿を見つけた。彼は手を振りながらタクトの傍に駆け寄って再開を喜んでいる。

 実は『サギタリウス』のメンバーとはあの日以来、一度も会っていなかったのだ。


 「あれから音沙汰なしだったからちょっと心配してたんだが、その様子じゃ杞憂だったみたいだな」

 「そうなのか? 別に心配されるほどの仲でも無いと思うが、悪かったな。それで、ここにいるってことはお前も兵士の募集に応じてきたのか?」


 タクトの質問にレイジは曖昧な笑みを見せた。そして頭をぽりぽり掻きながら、黙ってある方角に指を差す。その先には人だかりが出来ており、中心に一人の女性が立っていた。彼女はレイジと同じ赤い髪を持ち、兵士に似つかわしくない軽い服装をしている。


 「皆の者、今日も集まってくれて感謝する。私は『竜の爪ドラゴンクロウ』の一番隊隊長を務める、ラミア・ミカヅキだ!」

 「……ミカヅキ、だと?」

 「まあ、そういうことだ」


 ラミアと名乗った女性があの『竜の爪』の隊長をしていることも驚いたが、まさかレイジの血縁者だとは思わなかった。レイジ本人の話によるとラミアは彼の姉らしい。それで今回の兵士募集に無理矢理連れてこられたようだ。故に今回『サギタリウス』のメンバーはレイジ以外には来ていない。

 「薄情な奴等だよな」と笑うレイジには悪いが、正直そんなことはどうでもいい。タクトは未だ敵かどうかも分からない『竜の爪』という存在に気を取られていた。


 「部隊の編成は冒険者ランクで決めさせてもらうつもりだが、その決定方法に不満を持つ者がいれば手を上げろ。私が直々に戦ってそいつの実力を見定めてやる。勿論、ただの力試しでも結構だ! ……そこの赤毛の少年! 試しに私に刃を向けてみろ!」


 ラミアは高らかに宣言すると同時に、レイジに向かって木刀を投げた。レイジは苦笑を浮かべながらその木刀を掴み取る。


 「ああ、なるほど。この為にわざわざレイジを呼んでいるのか。……あいつも不遇な人間なんだな」


 周囲にいた冒険者達の同情の眼差しから察するに、この茶番が行われるのは一度や二度ではないようだ。しかしタクトは初めて見るし、何より『竜の爪』の実力を垣間見れるのは有り難い。レイジには悪いがそのまま人身御供になってくれることを祈った。


 「では……行くぞ!」

 「……お手柔らかにお願いします」


 急に始まったラミアとレイジの姉弟きょうだい対決。

 それはあまりにも呆気なく、それでいて圧倒的な戦いだった。


 「ほらほら、どうした! そんなものか!」

 「くっ!?」


 ラミアは肉体強化を施しているのか、体から赤い光を放ちながらレイジに斬りかかる。それをレイジはギリギリで反応し、身を反らして躱した。だがそんなレイジを追撃するようにラミアは間を詰めて木刀を突きの形に持っていく。


 「危なっ!」


 レイジはわざと背中から倒れることで超加速されたラミアの突きから逃れ、そのまま腕を振りぬいてラミアの足を木刀で叩いた。

 しかしラミアは肉体強化している。故に木刀で殴られたというのに何のダメージも受けておらず、容赦なくレイジに向けて木刀を振り下ろす。

 何とか身を転がしてその軌道から外れたレイジは、起き上がった後に突如木刀を地面に突き刺した。

 直後、レイジを中心に爆風が広がっていく。緋色の衝撃波が周囲にいた傍観者達を呑み込んでラミアに肉薄していく。


 「はああああああああああああああ!」

 「ふむ。これは弓術の応用か。どうやらまた一段と成長したようだな。……だが!」


 ラミアはレイジの攻撃を嬉しそうに見つめながら何度も頷いた後、ふとその姿を消した。

 それはきっと対面にいたレイジだけが知っている技だったのだろう。顔色を青ざめたレイジは脱兎の如くその場から逃げ出した。

 次の瞬間、今までレイジがいた場所が爆ぜた・・・。もしその場所にレイジが立ったままだったら、確実に死んでいただろう威力の爆発だ。

 しかもそれだけでは終わらない。


 空からゆらゆらと赤い火の粉が降ってくる。それはどこか花びらのように見えた。

 レイジを追う様に深紅の花びらが宙を舞っている。それはまるで――


 ――薔薇の花びらが踊っているようだ。


 「……薔薇の断罪」


 それは誰が呟いたのか分からない。しかしまさしくそれを体現する光景がそこに展開されているのだ。

 揺らめき立つ空間から再び姿を現したラミアは、逃げ惑うレイジの方を見つめて指を鳴らす。

 直後、爆炎の大輪が咲いた。



***************



 どうやらあの戦いは『竜の爪』の実力を見せる意味があったようだ。そうすることで冒険者などの荒くれ共を指揮しやすくなるらしい。まさに実力主義の国らしい方法だと思う。

 一見派手に見える戦いだったがラミアはきちんと手加減していたらしく、レイジの体には大した怪我は見当たらない。本人は髪の毛が焦げたことを気にしているようだったが。


 「姉貴は剣士だけど、炎属性に長けた上級魔術師でもあるからな。あんな剣技が使えるんだよ」

 「あれは凄かったな。まるで“魔剣使い”だ」

 「ははは。言い得て妙だな。確かに姉貴は魔剣も持ってるし、その言葉がぴったりだ」

 「……持ってんのかよ」


 さり気ない会話の中で、タクトはラミアの情報をレイジから聞き出していた。

 ラミアは一見すると力押しで攻めて来るような戦い方をするが、実は相手を惑わせる頭脳派の剣士だという。特に姿を消すという技術は『竜の爪』の中でも最も優れているらしい。

 タクトはその話を聞くたびに体が強張っていくのを実感した。


 大賢者はその存在感だけで相手を屈服させる力を持つが、ラミアは実体を隠す虚無感によって相手を恐怖に陥れる力を持っている。それに忘れがちだが、この国では魔術師よりも冒険者の育成に力を取り入れている。それはつまり、魔力に頼らない戦闘技術が充実しているという事なのだ。

 タクトの所有する『白の本』は魔術に対してはほぼ無敵であると同時に、限りなく物理攻撃に弱い。この国の人間とは相性が悪すぎる。魔力を封じたからと言って『竜の爪』がアストラルの賢者達のように無能になる事はないだろう。


 (――絶対に敵に回したくない連中だな)


 本当の意味で『無能』なタクトは、心の底からそう思った。

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