『サギタリウス』
今更だけどブックマークしてくれる人が増えてる事に気付きました。ありがてえ……!
今より二十年前。世界は邪竜によって滅亡の危機にあった。しかし大賢者ローレンスの活躍によって邪竜はサマー大陸に追い詰められた。そこから始まった邪竜と人類の決死の戦い……それは後に竜王戦争と呼ばれることになる。
そして竜王戦争が終結すると、邪竜が残した『白の本』はスプリング大陸に運ばれ、魔法大国アストラルにて保管されることになった。その後は各国が情報操作を徹底した事で『白の本』の存在はかつての当事者以外知る者はいなくなり、世界は今まで平穏を保ってきたのだ。
ところが誰も予期してしない事態が発生した。
大賢者の息子にして魔力を持たない特異な人間――タクティス・ストレンジが『白の本』の所有者に選ばれ、国外へ逃亡してしまったのである。
「それにしても彼もまた凄いことをやったねぇ」
「本当に馬鹿じゃねーのか、あいつ」
「グレイ? 何か言った?」
「ひぃい!?」
そんなタクティスの友人であり、彼の逃亡を手伝ったクーリス・ブライトとグレイ・シーカーは船室で気楽に語り合っていた。しかしタクティスを馬鹿呼ばわりしたグレイをティナ・エリアスは半眼を作って睨み付ける。
ティナ達は現在、魔導高速船に乗ってサマー大陸まで目指していた。この船はタクティスが乗っていた普通の船と違って風ではなく魔力で推進力を得ている。魔力を原動力に水面下にあるスクリューと呼ばれる推進機が船を前に押し進めてくれるのだ。その速度は他の船とは一線を画すもので、普通なら二日掛かる距離もこの船ならば半日程度で辿り着ける。
これは本来学徒が乗り込めるような代物ではないのだが、ティナ達が突然の旅で色々と準備をするのに時間を要してしまったので、ゼニスが手配してくれたのだ。
アストラル魔法学院の学院長であるゼニスは国の重要機関にも属している為、このような特権を自在に扱える。
「それにしてもこの船に使われてる魔具ってもしかしてお前が作った奴なのか?」
「うーんそうだねぇ。全部とは言わないけど、一部は僕が考案したものが使われてるかな」
「やっぱ凄いんだなぁ……。流石は学院で個室を持てるだけのことはあるな」
グレイは初めて乗った魔導船に感慨深い溜息を吐き、あちこちを見ては興奮している。そしてクーリスはグレイの質問に楽しそうに答えていた。どうやらクーリスは魔具の話をすることが大好きなようだ。そんな二人の姿を見て、ティナはなんとなく「男の子だなぁ」という感想を抱いていた。
同時にタクティスならどんな反応を示すだろうか? そんなことを考えてしまったティナは急に寂しさに襲われ表情を暗くする。
(私ってタクティスに依存してるのかなぁ?)
そういえば同じ学院の友達にはよく「過保護」と称されていた。自分の中では普通にタクティスの傍にいただけのつもりだったが、どうやら他人からは必要ないことまで世話を焼きたがる通い妻のように映っていたらしい。
(妻か。えへへ……妻かぁ)
沈んでいたティナの表情はさっきと変わってニヤニヤと頬を緩ませ始める。完全に一人の世界に入ってしまって周りを見ていなかった。
だからグレイとクーリスがいつの間にか会話をやめて、ティナの一喜一憂する姿を生暖かい目で見ていることなど気付きもしなかった。
そして彼らは船室の中にいた為に、サマー大陸の方で白い光が発せられた事にも気付かなかった。
***************
タクトは大きく溜息を吐いた。
すでにアストラルから何らかの報せが帝国に入っていることも考慮して、タクトは直接帝都の港で降りることを避けた。そこまでは良かったのだ。
しかし帝都から少し離れた港町で船から降りたタクトは、砂漠というものを知らなさ過ぎた。
砂に足を取られ、平地を歩く時よりも体力を消耗する。日照りの暑さは肌を焼くような勢いがある。
港町から帝都までさほどの距離が無いことだけが唯一の救いであった。もし船旅と同じように一日以上掛かる距離だったらタクトは死んでいたかもしれない。
しかしタクトが溜息を吐いたのはそれだけが理由ではない。
タクトは帝都に向かう途中、とある冒険者達が巨大なモンスターに襲われている場面に出会してしまったのだ。
おかげでサマー大陸では出来るだけ隠そうと思っていた『白紙閃光』を已む無く行使することになってしまった。それも人に見られるという最悪の形で。
じゃあ他にもっと上手いやり方があったかと問われれば当然そんな答えなど持ち合わせておらず、結局何度考えても同じ結果になっていたことは明白だ。
つまり、なるべくしてなった。まるで運命がタクトに試練を課しているかのように。
「……もう大丈夫だ。あんがとな、エミリア」
「アッシュさんは無茶し過ぎなんですよう!」
「本当よ! 全く心配ばっかり掛けて……」
「あーもう、悪かったって! だってムカついたんだからしょうがねーだろう!? あいつ、俺らを虫けら扱いなんだぜ? 一発お見舞いしてやりたくなるだろうが!」
「それで死にかけてりゃ世話ないわよ!」
色々と不味いとは思う。でも助けられて良かった。仲間を心配し合う冒険者達を見てタクトは唇を綻ばせた。
そんなタクトの様子に気付いて、レイジはもう一度感謝した。彼が頭を下げると、燃えるような赤い髪が上下に揺れた。
「本当にありがとう。君がいなかったら俺達は死んでいた」
「もう気にすんなって。それよりさっきのモンスターは何なんだ? この辺りじゃあんなのが当たり前に出てくるのか?」
「ん? 君はもしかしてこの辺りの人間じゃないのかい?」
「っ! ……ああ、まあな」
タクトは顔には出さなかったが内心では舌打ちをしていた。自分の立場を考えると、あまりスプリング大陸出身だと知られたくはないのだ。なので可能ならばサマー大陸出身という設定を使いたかったのだが、自らの言葉でそれは使えなくなった。
「そうか。だったらアイツのことを知らないのも仕方ないな。あのモンスターの名前はヘカトンケイル。約一ヶ月ごとにこの砂漠に出現する化け物さ。奴の強さはAランク。Cランクの俺達じゃ手も足も出ない」
レイジはタクトの心情に気付かなかったようで、表情を暗くしながら死体となったヘカトンケイルを見つめていた。魔魂石を失ったヘカトンケイルは肉体が自然消滅している真っ最中で、すでに残りは足首だけになっている。
タクトもまた同じようにヘカトンケイルが消滅していく様子を見ていた。
(……ヘカトンケイル。そんな化け物が生まれるってことは……この砂漠にはそれ相応の魔力溜まりがある筈だ。もしかしたらその場所って)
「タクトさんって凄い魔術師なんですね! 凄いです! 憧れます!」
タクトは己の右腕を掴みながらある仮説を立てていた。しかしそれは後ろから呼ばれた声によって中断させられる。
振り返ると、タクトより身長が低い少女が緑色の瞳をキラキラさせて見上げていた。
「……誰?」
「あ、すみません。自己紹介がまだでしたね。私、エミリア・ノシュタルトと言います。このパーティの治癒師を務めています」
「治癒師なのか」
治癒師とは回復魔法専門の魔術師である。魔法学院では総合的な魔術を学ぶので回復魔法もそれほど珍しくないのだが、やはり専門家には敵わない。タクトは知識だけで実際に治癒師を見るのは初めてだったのでついまじまじと見入ってしまった。
見つめられて恥ずかしくなったエミリアは顔を赤らめながら俯いてしまう。
「あ、悪い」
「い……いえ! 大丈夫です! えっと、えっと……それよりも! タクトさんのさっきの魔法凄かったですね。ちゃんと見てはいなかったんですけど、あの光でヘカトンケイルを消し飛ばしたんですよね! もしかしてAランクの方ですか?」
サマー大陸では冒険者やモンスターにそれぞれ強さに合わせたランクを付けているらしい。それ故にタクトはエミリアからAランクの魔術師だと誤解されたようだ。
まさか自分が魔術師扱いされる日が来るとは、とタクトは思わず瞠目した。アストラルにいた頃は『無能』扱いしかされていなかったので、どうにも現実感がない。
(それに……俺は魔術師じゃねぇしな)
タクトは己の右腕を無意識に擦った。そこには記号や文字の羅列がびっしりと刻まれている。きっと彼らはこれが魔導書の“中身”だとは夢にも思わないだろう。
これが『白の本』であり、自分がそれを所有する魔導書使いであるという事実を彼らは知らない。
「よう。イチャイチャしてるとこ悪いな。俺からも礼を言わせて貰うぜ」
「うぇ!? ち、違いますよアッシュさん! 私はイチャイチャしてませんよ! してませんからね!」
「エミリア……動揺しすぎよ」
タクトの前に人狼族と思われる男と、雰囲気がエミリアと酷似している女がやって来た。
人狼族は獣人と呼ばれる種族の一つで、狼を彷彿させる耳と尻尾が特徴だ。スプリング大陸では殆ど見掛けなかったが、ウィンター大陸では当たり前のように存在しているとタクトは昔友人から聞かされていたことを思い出す。人狼族の男はその友人と同じ灰色の髪と金色の瞳をしているので初めて会った気がしなかった。
「俺の名前はアッシュだ。それで俺の隣にいる魔術師がマルシアだ」
「マルシア・ノシュタルトよ。そこのエミリアの姉でもあるわ」
マルシアの方が髪が長くて後ろの方で結っているが、栗色の髪や緑色の瞳は確かにエミリアと全く同じだ。異なる場所と言えば、マルシアは赤いローブを着ているのに対してエミリアは桃色のローブを着ているくらいだろうか。
「どうやら妹は貴方の魔法に強く関心を示したみたいね。まあ、私も同業者として気にならないと言えば嘘になるけれど」
「俺も少し興味が沸いたぜ。まさかあんたあの『大賢者』様の息子とかじゃねーだろうな」
「……まさか。俺はただの旅人だよ」
野性の本能なのか、さり気なく核心を抉ってきたアッシュにタクトは苦笑いを浮かべた。そんなタクトの心情にやはり気付かないレイジは、タクトの肩を掴んで帝都の方を指差した。
「その様子だとまだここには来たばかりなんだろ? お礼ついでに帝都の中を案内するよ」
「え、あー。いや、俺は……」
「良いじゃねえか。あそこはごちゃごちゃしてて観光人はすぐ迷っちまうんだ。案内人はいた方がいいぜ?」
断ろうとするタクトの逃げ道をアッシュがさり気なく塞ぐ。きっと本人に悪意は無いのだろう。そうであって欲しかった。
マルシアとエミリアも何だか乗り気なようで、すでに断れる雰囲気ではなくなっている。タクトは諦めてレイジの提案に従う事にした。
「じゃあ改めて自己紹介させてくれ。俺はこの冒険者パーティ『サギタリウス』のリーダー、レイジ・ミカヅキだ。よろしくな、タクト!」
「ああ、よろしくな」
こうしてタクト――タクティス・ストレンジは『サギタリウス』のメンバーと一緒に行動することになった。




