エピローグ
タクティスが国を出て行った翌日、『賢者議会』が開かれていた。その場には『大賢者』であるローレンスも立ち会っている。
議会の内容は実に簡単なものだった。他国に詳細な事情を伏せておいてタクティス・ストレンジを発見次第、保護という名目で捕らえて欲しいと勧告する事と、今回の騒動で賢者達の邪魔をした一部の学徒に処罰を与える事だ。
ティナから攻撃を受けた賢者達がグレイ達の顔を見ていたのである。
「ゼニスよ。これは学院長である貴様の責任でもある。学徒達に厳しい処罰を与えるべきだ」
「うむ。それはもう考えてある」
「ほう? それはどんなものか気になるのう?」
「彼らには、難易度が最も高いであろう課外依頼を受けてもらう。……入れ」
ゼニスが議会場の入口に呼びかけると、三人の学徒がそれぞれ異なる反応を示しながら入って来た。一人は賢者達を睨みつけるように威圧し、一人は面白そうに笑っている。そして残りの一人はすでに失神しそうなほど顔面蒼白となっていた。
ゼニスはそんな三人に向けて懐から取り出した依頼書を読み上げる。
「……ティナ・エリアス。クーリス・ブライト。グレイ・シーカー。貴様達三人はこれより一ヶ月、国家第一級犯罪者となったタクティス・ストレンジの足跡を追って、サマー大陸にて情報収集に務めよ」
「え!?」
「……へぇ」
「ふぁあ!?」
課外依頼の内容を聞いて、彼らは三者三様の反応を示した。
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貴族か、それなりの権力者であると彷彿させる豪華な装飾が施された部屋の中。そこでゆったりと椅子に座っていた人物は深く溜息を吐いていた。
「奴が戻って来ない。ということは……やはり『白の本』を盗み出すことに失敗したのか」
念には念を入れて身元がばれるような物を持たせていなかったのが幸いと言ったところか。もしかしたら一人くらい感付いている者がいるかもしれないが、確証が無い以上は余計な詮索をしてくることはないだろう。
他に誰もいない部屋で、その人物は一人ほくそ笑んでいた。
「まあ、失敗しても構わないか。あの『白の本』は使い捨ての駒から魔力を吸い取り、飢餓状態から抜け出した筈だ。一度覚醒してしまった『白の本』の取り扱いには彼らも困っている筈。手に入れるチャンスは必ず巡ってくるだろう。願いの深淵を見つけるのは……この私なのだから」
不気味に笑うその人物は椅子から立ち上がり、窓から部屋の外を眺めた。辺り一帯が砂漠に覆われた景色を見て、その人物はいつも感慨深い気持ちになる。その視線が向かうのは砂漠の中でも一際目立つ、巨大な窪地だ。
「いつ見ても流石としか言いようが無い景色だな。二十年という時を持ってしても……その傷跡が癒えることはないのか」
そう言って、その人物は懐かしそうに目を細めた。
目の前の光景は一体どちらの化け物がもたらしたものなのか、今ではどうでも良くなっているのだが。
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太陽が空の真上に昇る頃、タクティスは海の渡る船の中で退屈そうに欠伸をしていた。
大陸を出る早朝便の船に乗ったところまでは良かったのだが、その後に何もすることがなく暇なのだ。一応これから先どうするのか考えたりはしているのだが、やはり行って見なければ分からない事もあるだろうときちんとした結論は出さないでいた。
「坊主、あんたも名を上げる為にあそこに行くのかい?」
「まあ……そんなところかな」
船員の質問に曖昧に答えながらタクティスは海の先に見える大陸をぼんやりと眺めた。
ラクシアという巨大な帝国が大陸の殆どを統一しているというその目的地はモンスターの数が多く、冒険者という職業が大人気だと聞く。
その国は完全な実力主義の大国であるのだが、アストラルのように思考が偏っているわけではなく弱者に対してもきちんとした配慮があり、タクティスも一度は訪れたいと思っていた場所でもあった。
「それにしても……あんたの右腕、物凄く凝ってるねえ」
「格好いいだろう? 気に入らないけど大事にしてるんだ」
「それって好きなのか嫌ってるのかどっちなんだ?」
船員は珍しいものを見るようにまじまじとタクティスの右腕に注視している。今のタクティスは目的地の気候に合わせて半袖の服を着用している為、どうしても右腕に記された文字が目立ってしまうのだ。
後で右腕だけ包帯でも巻こうかと半ば考えながら、タクティスは傍にいた船員に尋ねた。
「なあ、あの大陸まであとどれくらいで着くんだ?」
「そうだな、サマー大陸まであと一日は掛かるな。どうした? やっぱり何も無い船の上じゃ退屈かい?」
「ああ。特にやることが無いから退屈だ」
サマー大陸。そこがかつて竜王戦争が起きた場所であり、タクティスが今後の拠点にするつもりの灼熱の大地だ。
船に乗った直後はタクティスもその場所について思いを馳せていたのだが、流石に何もすることがないと先の予定より今の退屈をどうにかしたいと考えるようになっていた。
「ああ、くそっ。こんなことなら一冊くらい本でも持ち込んでおくんだった」
「暇なら釣りでもしてみたらどうだい? 船長に言えば道具一式貸してくれると思うよ」
「そうだな……そうしよう」
タクティスは釣りの経験がないので断ろうとしたが、考え直して船長に頼んでみる事にした。
どうせこの先は初めての経験ばかりが待ち受けているのだ。今のうちにその数を減らしておく事に越したことは無い。
こうしてタクティスは新たな日常を受け入れ、先の見えない未来へと向かっていく。
それはきっと、投げ入れた釣り針が水面に波紋を広げるように、必ず何処かでタクティスの道を塞ぐ障害が展開されるのだろう。それでもタクティスは決して歩むのを止めない。ただその行く末は一体何処に向かうのだろう? それは誰にも分からない。
けれど歩みを止めない以上、道を進んでいくことに変わりは無いのだ。少なくとも今いる場所より前に向かって。
一応、これで第一部は完結です。ありがとうございました。




