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魔導書使いは現在逃亡中です。  作者: 無頼音等
第一章 白の魔導書使い
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拳で語る

 「『大地粉砕テラブレイク』!」

 「おわぁああ!?」


 賢者が杖を振り下ろすと、タクティスの周りの地面が一斉に砕けた。地面は隆起したり陥没したり不均一な動きをしてタクティスの体勢をあっという間に崩し、大きな隙を作らせる。

 どうやら『白の本』による魔力捕食の対象がタクティスに直接触れた魔法のみだと相手の方は熟知しているようだ。

 タクティスが動きを止めている間に、賢者は己の体に魔力を流し身体能力を強化させた。そして人間とは思えない速度でタクティスとの距離を詰める。


 「ぐはぁ!?」


 それはただ単に杖で殴られただけ。それだけでタクティスの体は簡単に吹き飛び、広場の壁に激突した。タクティスがぶつかった壁にはくっきりと窪んだ跡があり、ボロボロと破片を零していく。ローレンスに殴られた時と違って相手は杖で殴ってきた為、その体に纏っている魔力を剥ぎ取ることができなかったのだ。

 背中に痛烈な衝撃を受けたタクティスは肺から空気が全て抜け、まともに呼吸ができなかった。


 (くそっ……! やっぱり魔力の有無はでかいか!)


 ローレンスに気絶させられた時に装備品を没収されたのか、今のタクティスには自衛の武器がない。故に今タクティスが使える攻撃手段は『イレイザー』のみだ。しかし『イレイザー』の威力が高すぎる為、街の中で使うと甚大な被害になりかねない。

 その結果、タクティスには一切の反撃が許されない状況となっていた。


 「ほれ、どうした? お主は今魔導書使いなのだろう? これではただの少年ではないか」

 「はははは……くそっ! 舐めやがって!」


 タクティスは賢者の喋り方に少し違和感を感じながらも、痛みを堪えて立ち上がる。しかしすかさずそこを賢者に殴られた。

 タクティスはボールのように何度も地面を転がる。幸い、ローレンスよりも威力が低かったので気を失わずに済んだ。


 「がふっ……くそっ……痛ってぇ……」


 すでにタクティスの身に付けているローブは埃まみれになっており、裾の一部は破れかかっている。顔や腕には青痣もできていた。


 「ふむ……。今気付いたが、お前の右腕にあるそれは刺青か? ……まさか、それが『白の本』の中身とやらか?」

 「ハッ! だったらなんだ、糞ジジイ!」

 「いやなに。もしかしたらその腕を切り落とせばお前から『白の本』を引き剥がせるかもしれんと思ってな?」


 そう言って賢者は杖の先端にそっと触れた。すると杖に嵌め込まれていた宝石が一瞬光って、杖の形状が槍のように尖り出す。


 「こいつでお前の右腕を抉り取ってみよう」

 「いっ!?」


 突きつけられた槍を前にしてタクティスは怖気づいたように後退る。さっきのように詰め寄られれば躱すことも難しいだろう。

 タクティスは無意識に右手を強く握る。全神経を集中して賢者の次の攻撃を見極めようとした。

 そして繰り出されたのは単純な槍の突撃。さっきと同じようにタクティスに向かって直進してくる。それはあまりにも速く、二人の間にあった距離を数歩で埋め尽くしてしまった。

 だが、タクティスは笑っていた。


 「あんた、ただ真っ直ぐ突っ込むことしか考えてねーだろ?」


 最初の杖の一撃は地面の激しい揺れで動きを止められていたから避けられなかったが、今は何の障害もない。そして今度の賢者の攻撃は殴るのではなく突くという戦法に変わっている。つまり、一直線上。攻撃範囲は限りなく狭い。

 賢者の身体能力は確かに上昇しており、明らかに並の達人よりも動きが速いのだが……それだけなのだ。賢者そのものが歴戦の達人に化けたわけではない。それに比べてタクティスはずっと魔法学院で剣術や格闘技を学び、近接戦闘に慣れていた。


 (それに……俺は知っている!)


 圧倒的な力を持ち、誰よりも高く、誰よりも前に立つ最強の存在をタクティスは一番近くで見てきた。そして才能を開花させ、自分を追い抜いて更なる先へと進む幼馴染みを誰よりも長く見てきたのだ。

 そんな彼らに比べれば、目の前でただ力任せに突進するだけの攻撃など脅威にすら感じない。いくら速い攻撃であろうとも、軌道が見えれば対処するのは容易い。


 「おらぁ!」

 「なっ!?」


 槍が繰り出される直前にタクティスは賢者の足を払い、相手の体勢を崩した。その状態のまま前に突き出された槍は大きく狙いをそれてタクティスの顔の横を通り過ぎる。

 誰も受けない近接戦闘の学問を真面目に学んでいたタクティスは、流れる動作で次の行動に移れた。腕を捻って槍を手放させ、仰向けに倒れた賢者に圧し掛かる。そして渾身のパンチをその顔面に叩き込んだ。

 相手が魔力による身体強化をしていると分かっているので、容赦なく拳の連打を浴びせ続ける。その為賢者の頭は何度も揺れて、地面が後頭部の形に窪んでいく。


 「おらおらおらおら!」

 「ぶっ!? がっ! やめ! ごふっ!」


 老人を労わる気持ちなど欠片も見えないタクティスの攻撃に、賢者がとうとう吐血を出した。『白の本』が元々持つ魔力の捕食能力によって賢者の魔力強化が徐々に弱体化しているのだ。魔力による優位性がなくなれば賢者と言えどただのひ弱な老人である。

 顔を殴られ続けてまともに魔法の詠唱ができない賢者はなんとかしてタクティスを引き離そうとするが、魔力強化がない老人の非力な腕では少年一人振り払う事も出来ない。賢者に出来たのは降参することだけだった。

 タクティスはそんな老人に圧し掛かったまま見下ろした。


 「……おい爺さん。俺の質問に答えろ。今、この国で俺の立場はどんな感じだ?」

 「ぐふっ……お前は今や国家第一級犯罪者だ。故にお前の殺害許可が、出ている」

 「……ふぅ。やっぱりな。じゃあ爺さんに次の質問だ。何であんたは手加減してたんだ? ……俺の右腕を奪えば『白の本』を引き剥がせるかもとか言ってたし……あんたは俺を殺すつもりなんてなかったよな?」


 タクティスの質問に賢者の体が一瞬揺れる。そして数秒の沈黙が続き、やがて賢者は忌々しそうにタクティスを見上げて吐き捨てるように呟いた。


 「……ふん。何も賢者の全てがお前の処遇に同意しているわけではない。殺した方がいいのは理解しているが、心の何処かで納得はできていなかった……それだけのことだ」


 その言葉を聞いてタクティスは一瞬だけ目を見開き、やがて不敵に笑った。「頭で理解しているが、心では納得できない」、その言葉はタクティスにとって共感できるものだったからだ。


 「爺さん、あんたはもう俺を追ってくるな。ついでにこの杖は貰っていく」

 「阿呆か貴様。その杖は二千万もする魔具だぞ。貸すだけだ……後で必ず返せ」

 「まぁ、善処するよ」


 そう言うとタクティスは賢者を一瞥することもなく、街の出口を目指して大広場を出て行った。



***************



 顔だけボロボロになった賢者は口の周りの血を拭いながら少年の後姿を見つめて思う。


 (あの少年、何かしら『白の本』で得た魔法を使うかと思っていたが……まさか素手だけで戦うとはな)


 賢者は最初タクティスを殺す意思はなくとも、瀕死に追い詰めようと考えるほどには警戒していた。それは広場に来る前に夜空に立ち昇った光の柱を見ていたからこその警戒だった。

 タクティスは間違いなく何らかの攻撃手段を手に入れたのだ。しかし、それを一度も使おうとはしなかった。本当に無力な子供のように、大人の顔を殴りつけるだけだった。そんな少年を誰が危険だと思う? 賢者はあの拳からタクティスの意思を受け取ったような気がした。


 「少なくとも、あのクソガキは力を悪用する人種ではないな」


 しかしその確信を持てるのは賢者の中でも自分とゼニスだけだろう。他の賢者達は容赦なくタクティスの命を狙ってくる筈だ。

 国を守る立場にある賢者としてはそれが正しい行いなのかもしれない。しかし、子供を見守る大人としてはその行いはどうなのだろう? 義務や役目に囚われている自分ではその判断はできない。

 だが今はそれよりも懸念するべき事がある。

 何故なら自分は見てしまったのだ。あの男が本気の顔をしたところを。

 複数の賢者を相手にしながら遊ぶように立ち塞がれる世界最凶の化け物が、夜空に昇った白き閃光を見て本気になったのだ。

 そのことを思い出すと、現状は自分が思っている以上に変わっていると言っていいかもしれない。ただし、少年にとって最悪の方向に。



***************



 「怖い怖い怖い怖い怖い!」

 「もう……だらしないなぁ」


 グレイとクーリスは黒いローブを纏いながら街はずれを駆け巡っていた。そして二人の後ろでは純白のローブを着込んだ者が三人も追って来ている。

 これはまさにクーリスが狙っていた状況であった。

 クーリスはタクティスと別れた後、学生寮からグレイを叩き起こしてタクティスの逃亡に協力させたのだ。グレイの得意な隠蔽魔法には様々な効果がある。気配や足音を消したり、魔力の感知を誤魔化したり、相手を惑わすことも可能だ。それをクーリスが開発した魔法の効力を高める魔具によって支援することで、賢者の目さえも欺く確かな効果を発揮していた。

 今後ろの賢者達の目には、グレイがタクティスに見えている。と言ってもフードを被っているので顔を実際に見せたわけではない。ただほんの少し光の魔法・・・・を彼らの目の前で使っただけだ。その際魔力の感知を隠蔽魔法で誤魔化し、あたかも魔力を持たない人間が魔法を使ったかのように見せたのだ。

 結果、賢者達が三人も釣れた。こうしてタクティスを探している賢者の数を減らせば、タクティスが街の外まで逃げ出せる可能性も高くなる。


 「……ってこれぇ!? 俺だけ危ない役じゃねーかよぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 「それなら断ってくれれば良かったのに。この計画は君の同意を得る前にちゃんと話した筈だよ?」

 「分かってるけど! 分かってるけど!! でも断れるわけねーじゃん! 親友が無実の罪で殺されそうだって時に、じっとしていられるほど俺は人でなしじゃねーんだよ!」

 「まぁ、無実の罪っていうのはあくまで僕の推測なんだけどね。彼は一体あの地下水道で何を見つけたんだか……魔具か、魔導書? それとも魔魂石かな? うーん、興味深いねぇ」

 「お前、随分と余裕だな! こっちはお前から借りた魔具で強化してねーと後ろの奴らに追いつかれそうだってのに!」


 今この場で最も弱いのは下級魔術師であるグレイである。賢者と上級魔術師の間でも結構な差があるのだ。下級魔術師と比較した時の実力差はまさに絶望的である。もしかしたら今タクティスの心境に最も近いのはグレイなのかもしれない。

 一瞬でも気を抜いたらあっという間に追いつかれて殺されるという恐怖に、グレイは半ば涙目になっていた。同時に、鬼ごっこを楽しんでるかのように余裕の笑みを見せるクーリスに苛立ちと畏怖を覚える。


 (賢者相手に普通でいられるなんてどんな神経してんだよ! もしかしてこいつ、魔術師としての実力はティナちゃんと同じくらいかそれ以上あるんじゃ……)


 魔具専門の研究者であるが故に魔術師としての実力が未知数であるクーリス。今更ながらクーリスという人間について詳しく知らないことに気付いたグレイは、その事実を少しだけ悲しいと感じた。


 「ほらっ! 後ろから魔法が飛んでくるよ。上手く避けて!」

 「うわぁあああああああああああああああ! 無茶言うなっつーの!」


 今は他のことに気を取られている場合ではなかった。逃げる事だけを第一に考えなければならない。グレイは最早やけくそとばかりに足を前に突き出した。クーリスは汗一つ掻かずにそんなグレイと並走し続ける。


 「タクティス! お前、帰ってきたら絶対に飯を奢って貰うからなぁあああああああああああ!」

 「あ、それ良いね。僕も奢ってもらおうかな。ベータランチはもう食べ飽きてるし、そろそろ伝説のイズナ弁当を……」

 「お前も少しは余裕無くせよぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 なんだかんだで、友人の為に彼らは必死で囮役を演じ続けるのであった。

賢者A「今、伝説のイズナ弁当って聞こえたような?」

賢者B「馬鹿言え! そんな超贅沢品の名前がこの近くで聞こえるわけないじゃろうが!」

賢者C「お前ら楽しそうだな」

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