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魔導書使いは現在逃亡中です。  作者: 無頼音等
第一章 白の魔導書使い
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日常の終わり

 「あーあ。暇だなぁ……。実験も飽きちゃったし、たまには講義でも受けに行こうかなぁ? でもつまらないから受けたくないしなぁ」


 クーリス・ブライトは学院から貰った研究室で退屈そうに足をぶらつかせていた。

 クーリスは齢十七歳にして数々の魔具を発明してきた。その功績が認められた彼は、より研究に力を入れられるように進級に必要な単位の取得を免除されている。故にクーリスは研究室に籠りきりなることが多く、そのくせ人一倍暇を持て余すことを嫌っていた。

 タクティスが研究室に逃げ込んだのは、ちょうどクーリスが「一人しりとり」という虚しい遊びを始めた時だ。


 「おお! タクティス君じゃないか! 早速遊びに来てくれたのかい? ちょっと待っててね。すぐにお茶を用意するから」

 「ああ、ありがとな。……はぁ。とりあえず昼休みまではここにいるか」


 機嫌よく紅茶を沸かしているクーリスを見ながらタクティスは気怠い溜息を吐いた。


 「それで、今日は一体どうしたんだい? なんだか疲れているようだけど」


 紅茶をタクティスに渡しながら、クーリスは面白そうに笑っている。どうやらタクティスの様子から何かを察したようだ。好奇心に目を輝かせている。

 タクティスはそんなクーリスに苦笑を浮かべながらも、ここに逃げ込む前に起こった出来事を事細かに説明することにした。


 「実はここに来る前にティナのファンクラブの馬鹿共が絡んできてさ」

 「まぁ、そんなことだろうとは思っていたよ。それで?」


 タクティスが覆面達に襲われた場面を話し出すと、今まで真摯に耳を傾けていたクーリスは突然顔を俯いた。しかもタクティスの説明が進むに合わせて今度は体を震わせる。

 そしてタクティスの説明が終わると、もう堪えきれないとばかりにクーリスは腹を抱えて笑い出した。


 「あはははは! あはははははは! 覆面とか……面白すぎる……くふふ、ぶはっ!」

 「途中から笑ってたのに気付いてたけど、ちょっと酷くねぇか!?」

 「ははは……ごめんごめん。でも、君はやっぱり面白いなぁ。相手の虚乳を見抜くデリカシーの無さとか、股間を全力で蹴るなんて凶行をする度胸とか……ぶふっ……最高……!」

 「よし分かった。お前表に出ろや」

 

 タクティスが拳を振り上げるふりをすると、クーリスは自分の顔の前で手をぶんぶん振りながら弁明した。


 「冗談だよ、冗談! ちゃんと君がここに来た理由も把握したし、君に起きた不思議現象にも心当たりがあるから!」

 「……え? お前、アレが何だったのか分かるのか?」

 「多分、魔法の無効化だよ」


 魔法の無効化。

 それは防御系魔法の真髄であり、上級魔術師よりも高位である賢者クラスでないとまず扱うことができない。それも確実に成功させるには専用の魔具が必要不可欠なのだ。

 タクティスに起きた現象はこの魔法の無効化だとクーリスは語る。


 「でも、タクティス君は確か魔力がないんだったよね。となると、別の可能性も考えた方がいいかもしれないね」


  クーリスはそう言って汚い部屋を歩き出し、散らかった机の引き出しから何かを取り出した。それは紫色の硝子で作られたような透明な腕輪だった。それを普通に手渡されたタクティスは戸惑いながらも説明を求める。


 「これは?」

 「デザインは公式の物とはちょっと違うけど、魔力測定器マジックカウンターって言えば説明する必要はないんじゃないかな?」

 「ああ……。そういえば昔何度か着けさせられたことがある。俺のトラウマの一つだ」


 魔力測定器とは名前の通り、装着した相手の魔力保有数を測る為の魔具だ。魔力主義の強いアストラルの国民は全員生まれたばかりの頃にこの測定器で魔力を調べられる。その後もある年齢ごとにこの測定器で魔力の成長具合を確認するのだ。

 そしてタクティスも当然のようにこの魔力測定器のお世話になり、魔力が全く無い事が判明してしまった。それから何度か定期的に魔力を測定されたのだが、元々持っていない魔力が成長する筈もなく、周囲の人間から馬鹿にされる毎日を送っていたのだった。

 己の辛い記憶に無理矢理蓋をして、タクティスは自分の右腕に魔力測定器を嵌める。一瞬だけ紫色の腕輪が光るが、その後は腕輪から少しずつ色が失われていった。

 それはただの硝子のような透明の色。すなわちタクティスから魔力が感じられないという証明。タクティスはその色を見て顔を歪ませ、クーリスは本当に面白いものを見るように笑みを浮かべた。


 「……で、これがどうかしたのかよ?」

 「まだ始まってもいないよ。実験はここからさ」


 そう言ってクーリスはぶつぶつと小声で詠唱し、片手に収まらないくらいの氷塊を魔法で作り出した。


 「この氷に触ってみてよ」

 「ああ」


 タクティスは言われたとおりに氷塊を触ろうとする。次の瞬間、氷は蒸発するように形を崩して消えていった。同時に氷の消滅と呼応するように魔力測定器が何度か紫色に点滅した。


 「やっぱり……ただの魔法の無効化じゃないんだ」

 「どういうことだよ?」


 クーリスはタクティスから腕輪を外し、元の場所に戻してから愉快そうに唇を吊り上げた。


 「タクティス君が僕の魔法で作った氷に触った時、装着した魔力測定器が反応してたよね? でも魔力の無い君から魔力の反応が出るなんておかしい。おかしいけど魔法は消滅し、そして同時に君に魔力が感じられた。これらの現象に当てはまるのはたった一つだ」


 クーリスは人差し指を立てて、タクティスの方に差し向ける。


 「君は魔力を・・・喰らったんだ・・・・・・

 「魔力を……喰らう?」

 「そう。どうやったのか知らないけど、君は魔力を吸収する術を身につけてしまったんだ。だから君に触れた魔法は魔力を失って消滅してしまう。ただ魔力の反応がすぐに消えた事から吸い取った魔力は君の物にならないみたいだけどね。残念だけど。まぁ、それは仕方ないかな。魔力を持たないってことは体内に魔力の貯蔵庫が無いってことだから」


 クーリスが淀まない口調ですらすらと解説する中で、タクティスは己の体を見下ろしていた。

 タクティスがクーリスの話を聞いて最初に頭に浮かんだのは地下水道で感じた疑問だ。

 何故帰りにモンスターと遭遇しなかったのか。もしもモンスターが生まれる為に必要な魔力溜まりを無意識に吸収していたのだとしたら、地下水道での疑問も納得がいく。

 そしてそうなったきっかけは十中八九、『白の本』のせいだろう。

 タクティスはゼニスの考察について思い出した。『白の本』は魔法を与える魔導書だと、そう書かれていた筈だ。


 (あの時、すでに魔導書は起動していた……?)


 しかしそれでは説明できないことがある。そもそも魔法とは魔力を糧にして発動させるものだ。魔力を持たないタクティスが魔法を得たところでそれを使用することは絶対にできない。

 そもそもクーリスの考察も正しいとは限らない。なにせクーリスには『白の本』のことは一切話していないのだから。

 もし真相を知っている人物がいるのだとしたら、それはこの学院に一人しかいない。


 (……ゼニス)


 絶対に口を割らないだろう。それが分かっているタクティスは面倒くさそうに溜息を吐いた。



***************



 昼食の時間、食堂では四人が仲良く揃って同じ席に着いていた。

 タクティス、ティナ、グレイはアルファランチを、クーリスだけはベータランチを頼んでいる。


 「むっすぅうう」

 「そんな怒んなくてもいいじゃん?」

 「そうそう、せっかく友達が揃ってるんだから楽しくしようよ」


 二人っきりの食事を楽しみにしていたティナはタクティスの傍におまけが二人もいたことに、不満そうに唇を尖らせていた。しかしクーリスを誘ったのは他ならぬタクティスであったし、グレイとはたまたま出会ったついでにこれまたタクティスが誘ったのである。タクティスと一緒にご飯を食べたかったティナは仕方なくこれに同意するしかなかった。


 (あー……やっぱこいつら連れて来たのは失敗だったかな)


 ティナの膨れっ面を見てタクティスはそんなことを思う。単純に皆がいた方が楽しそうだと思って、タクティスなりの気を利かせたつもりだったのだが。

 だがこれはこれでいつもより楽しいのは間違いない。ティナやグレイとは時間が合わない事が多いタクティスは基本的に一人で食事をするのだ。それも周囲から疎まれた環境で。それが今は違う。タクティスは皆と一緒に過ごす時間を大切にしたかった。


 午後から講義がないティナとタクティスは昼食の終わりに一緒に帰宅することになった。学生寮暮らしのグレイや研究室に泊まり込んでいるクーリスとは食堂で別れる。


 「今日は午後から自由だけど、タクティスは何か用事ある?」

 「いや? 何だ? 午後から俺に用でもあるのか?」

 「ううん。ただ、タクティスの家に行っても良いかなって」

 「当たり前だろ」


 タクティスはティナの頭を撫でながら微笑む。ティナはタクティスにとって家族も同然だ。親がいない時期が長く、ティナが泣いていた時はいつだって一緒にいたのだ。それは幼馴染みというだけの関係ではなく、むしろ兄妹のような関係だったと言えるかもしれない。


 ティナはタクティスの腕に抱きついて、小動物のような可愛らしい笑みを浮かべている。

 きっと周囲の者達はティナを『天才』だとか『大賢者に最も近い学徒』という目で見ているに違いないが、彼女の本質はただの寂しがり屋で、何処にでもいる普通の女の子なのだ。それを知っているからこそ、タクティスはティナの持つ力に嫉妬したりしないのだろう。

 ティナは普通であり、変わっているのは自分の方だ。タクティスはそう考えている。

 人の数が多い大通りを通ってタクティス達は自分の家に近付いていく。するとティナが一足速くその存在に気が付いた。


 「あれ? あそこにいるのって小父さんじゃないの?」

 「……親父」


 タクティスの家の前では一人の男が立っており、タクティス達に手を振っていた。

 赤みが混じった黒いボサボサの髪、タクティスと同じ漆黒の瞳を持つ背丈の高い中年の男性。その男の体格はしっかりとしていて、魔術師というよりは剣士や武道家と言った方が説得力がありそうだ。

 しかしその人物こそがタクティスの父親にして、竜王戦争を終結に導いた『大賢者』――ローレンス・ストレンジである。


 絶対不動の世界最強という地位を持ち、常人には扱う事の出来ない古代魔法を使いこなす英雄。各国で様々な伝説を作り、時には畏怖される存在。おまけに『竜殺し』や『星崩し』というご大層な二つ名まで与えられている。

 誰もが『大賢者』に憧れている。それはかつてのタクティスも同じだ。だからこそタクティスは苦手に思っていた。


 大いなる光は大いなる影を生み出す。『大賢者ひかり』の中から『無能かげ』が生まれた。その事実がタクティスにとって辛い「現実」へと形を現している。とてもじゃないが素直に好感など抱ける筈もない。


 「よう、タクティス。元気だったか?」

 「まあな。それより親父、今回は帰るのがいつもより大分早いんじゃねえのか?」

 「ああ、実は厄介な問題が起こってな」

 「……えっ?」


 それはあまりにも突然の事だった。ローレンスが何気なくタクティスの正面に立って――当たり前のようにタクティスの鳩尾をぶん殴った。

 恐らくローレンスは魔力で身体を強化させていたのであろう。タクティスが認識できたのは自分の体が吹っ飛んで、何度も地を転がったことだけだった。全身を殴打した為か、それとも頭を打ったのか、タクティスの意識は朦朧としている。


 「タクティスに何をするんですか!?」


 悲鳴にも似たティナの怒鳴り声を最後に、タクティスの意識は暗闇に落ちた。

ここから先はずっとシリアスになります。

ということで、平和(?)な日常編終了。来週から脱走編(の予定)です。


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