ティナ様ファンクラブ
タクティスは学院長室に入ると依頼書を返却するついでに、しばらくは課外依頼を受けないことをゼニスに伝えた。今朝のことがあるので、できるだけティナと一緒にいられる時間を作ろうと思ったのだ。
ゼニスはそれを了承してくれたが、何処かしら気分が悪そうだった。だが心配したところでどうせ「何でもない」という言葉が返ってくるだけなので、タクティスは何も言わずに引き返す。
「タクティス」
「ん?」
引き止められるように声を掛けられたタクティスは立ち止まって振り返る。ゼニスの表情は相変わらずだ。しかし、その目には何処か真剣な光を宿している。
「地下水道でお前が確認した死体は、今朝に国の兵士達が回収した。今は身元を調べている段階だ」
「ふーん。身元なんて割り出せるのか? あいつ、服装からして斥候職ぽかったし、自分の素性がばれる物は持ってないんじゃねーの?」
「かもしれぬ。しかし調べないわけにもいかん」
「……なあ、前にも言ったけど、回りくどいのは嫌いなんだよ。一体何の話だ? もう俺には関係ないことだろ? 何でそんなことを俺に話す?」
タクティスは後頭部を掻きながらゼニスを睨みつけた。だがゼニスの表情は変わらない。そして二人の間に沈黙の時間が流れた。
「……お前は、『白の本』を開いたか?」
最初に沈黙を破ったのはゼニスだ。タクティスは肩を竦ませながら首を横に振る。
タクティスの仕事は盗まれた本の回収だったが、どんな内容が書かれているか知らなかったので中身を確認するだけ無駄だと思っていたのだ。それに、元々魔導書に書かれている内容は大抵が意味不明な記号の羅列だ。一般人が見てもその意味を理解する事は難しい。だから本物か偽物かの区別も当然付けられない。そのようなことをゼニスに言うと、彼は困ったように眉を下げた。
「……あんた、本当に大丈夫か? もしかして俺が持ってきたのは『白の本』の贋物だったりしたのか?」
「いや、あれは本物だ。だが……いや、なんでもない。もう戻って良いぞ」
タクティスはゼニスの言葉に素直に従った。気にはなるがタクティスとしても終わった話を蒸し返すのは面倒だったので、ここらで引き返すのが良いと思ったのだ。
さっさと図書室に籠って自習をしよう。タクティスはそんなことを考えて階段を降りていく。
そしてタクティスが教官棟の外に出た瞬間、周囲の空間に変化が起こった。
「!?」
まるで自分の周りだけが世界と切り離されたように、無音無風の空間に変化した。そしてその空間の中にはタクティスの他に五人の男女が立っている。三人は男で二人は女だ。ただし、全員顔を晒さないように覆面を被っていた。
しかしタクティスにとって重要なのは相手の数や見た目などではなく、黒ローブの胸元に刺繍されている不死鳥の模様であった。全員が上級魔術師。タクティスがどう足掻いても対抗できないであろう実力者達が、それぞれ敵意を持ってタクティスの前に立ちはだかっていた。
「悪いが積層結界を張らせてもらった。お前はもう逃げられんぞ?」
「しかもこの結界は隠蔽魔法を重ねて発動したから周囲にも気付かれない。誰かの助けを期待しても無駄よ?」
額にスペードのマークを付けた覆面男と、同じくハートのマークを付けた覆面女がタクティスを指差してそんなことを喋り出した。他の覆面達も嘲るように笑いながらタクティスを指差す。
(なんだこいつら。最近は覆面を被るのと人を指差すのが流行ってるのか?)
今の時点では覆面達はただの変質者にしか見えない。タクティスは半ば呆れながら肩を竦めた。
「おい、そこのジャック野郎」
「俺はジョーカーだ!」
「どっちでも良いけどよ、お前だけ明らかに浮いてるぞ?」
他の覆面達はスペード、ハート、クラブ、ダイヤと額には絵柄が付いてあるのに対し、ジョーカーと名乗った男だけは額に金色の文字で「J」と記されている。どうせ自分が一方的に攻撃されることは分かりきっているので、タクティスはここから逃げ出すことは諦めて「自己主張が強そうな奴だからこいつがリーダーか?」などと冷静に敵の情報を分析していた。
「そこのダイヤは虚乳だな。その胸の詰め物を外しとけばティナと仲良くできるかもしれないぜ?」
「「「なんだってぇ!?」」」
「なっ!? ち、違うし! これは本物だし! で、でもティナ様と仲良くできるって本当?」
タクティスのとんでもない一言にスペードとクラブとジョーカーは同時に素っ頓狂な声を発した。そしてダイヤは手を無意味にばたつかせながらも、上目遣いでタクティスの言葉の真偽を尋ねてくる。
それに対してタクティスは。
「ああ、勿論嘘だ」
今日一番の笑顔を見せながら、親指を下に立てた拳をダイヤに向けた。
「きぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
「野郎! 乙女の心を弄ぶとは何事だ! やはりこんな屑がティナ様のお傍にいて良い筈がない!」
ダイヤの悔しそうな声を聞いて、ジョーカーが腰に差していた杖を抜いた。それに続くように他の全員も杖を抜いてタクティスに向けた。覆面のせいで表情は分かりにくいが、どうやら全員憤っているらしい。しかもダイヤは怒りの他に殺意も混じっているようだった。
だが、タクティスも心の内では怒りを覚えていた。だからこそ相手を馬鹿にするような態度を取ったのだ。これは入学式に襲われた時も、それ以前に絡まれた時も同じだった。
――何もしないで一方的にやられるのは性に合わない。
――力が無い俺に出来るのは精々相手を口で負かすことだけだ。
――黙って相手に屈服するぐらいなら、死んだ方がマシだ。だから相手の攻撃が過激になることなんか怖くない。
――精々喋れなくなるまで煽ってやるさ!
「はっ! 来いよ、一人じゃ何もできねぇ雑魚共が! そんな卑怯な真似しかできねぇ奴らがティナの護衛気取りだなんて片腹痛いっての!」
「き、貴様ァ! ……これは粛清なのだ! あの方を守る為という大義があってこその行いなのだ!」
「そりゃあいいな! 大義の為なら弱い者いじめも平気でやるってのか! とんだ正義の使者がいたもんだぜ!」
タクティスの嘲るような笑みを見て、覆面達の体が怒りに震えていた。だから彼らは手加減を知らない本気の魔法を詠唱した。
大地を砕く石柱が、あらゆる物を焼き尽くす業火が、全てを凍てつかせる吹雪が、万物を打ち抜く雷光が、タクティスに向けて放たれる。それはまともに喰らえば即病院に直行するほどに強力だった。
どうせ半死半生になっても回復魔法である程度証拠は隠滅できる。それを念頭に置いての粛清を行っている覆面達は容赦なく殺人級の魔法を使うことができた。
何度も閃光が飛び交い、爆風によって辺りは砂塵に見舞われる。覆面達は砂塵の奥で瀕死になっているだろうタクティスに指を突きつけて高らかに宣言した。
「これが正義の鉄槌だ!」
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アストラル魔法学院にとってそれは大事件だった。
ティナ・エリアスという可憐な少女が入学したことにより、あらゆる男子学徒がその愛らしい美しさの虜となったのだ。
ティナは筆記試験こそ平均的だったものの、その身に帯びた潜在魔力は膨大で、魔術師としての成長速度は類を見ない程凄まじかった。そして彼女は見習い魔術師の身でありながら無能な幼馴染みを守る為に上級魔術師数人を一度に相手にして勝利を収めたことから、学院内で『最も大賢者に近い学徒』とまで呼ばれるようになった。
学徒の殆どはティナに羨望と尊敬の眼差しを送り、度を越えた狂信者達は『ティナ様ファンクラブ』という勝手な団体まで作り上げてしまった。しかも彼らの用いる『ティナ様』という敬称はあっという間に学院内に広まったのだから始末に負えない。
『ティナ様ファンクラブ』の目的はただ一つ。ティナに群がる悪い蟲を排除し、ティナの清純さを守り抜く事。彼らは様々な手段を用いて、ティナに告白しようとする者達を粛清していった。それは教官すらも例外ではない。本来なら許されることではないのだが、案外その活動が学院内の風紀を正す行為にも繋がっていたのでゼニスは彼らの存在を黙認している。
さて、そんな彼らにも粛清する事ができない男がいる。それは他ならぬティナの庇護下にいるタクティス・ストレンジであった。かつてはグレイ・シーカーも要注意人物表に名前を載せていたが、皆がタクティスを敵視している間にいつの間にか忘れ去られていた。
ファンクラブのメンバーとて愚かではない。ティナから悪い心象を持たれないように、タクティスを襲うのは何も知らない新入生を嗾けられる入学式の日だけだと決めていた。
しかし彼らにとってティナを悲しませる男は断罪すべき巨悪でしかない。故に彼らは着々と計画を練り、準備を整えていた。そして薬学の講義でティナが不安定になっていたことをきっかけにファンクラブの怒りは暴走し、タクティス断罪計画を発令したのだ。
第三者の介入を許さないよう、結界の中に閉じ込めてタクティスを拷問する計画。その為に使い手の少ない結界魔法の達人であるジョーカーが実行部隊に組み込まれ、彼らはタクティスが一人になるのを待っていた。
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誰もが予想だにしていなかった。
砂塵が晴れて、その場に立っていた人物に驚愕を隠し切れない。覆面の上からでも彼らが間抜けな顔をしているのは明らかだった。
しかしそれは覆面達が驚きの表情で注目している人物、タクティスも同じ事だった。
(何が……どうなってやがる!?)
確かに魔法はタクティスに直撃した筈だった。その威力が凄まじかった事はタクティスの周りで抉れている地面を見ればよく分かる。だがタクティス自身はどういうわけか無傷のままなのだ。
タクティスにも何が起こったのか正しく理解できていない。しかしタクティスは魔法が自分に直撃する瞬間、まるで分解される玩具のように魔法が粉々に砕けていく様子を確かにその目で見ていた。
一方覆面達は砂塵のせいでタクティスがどうして無傷なのか理由が分からないでいる。
「何が……起きているのだ?」
「馬鹿な……! 防御系の魔具を持っていたって無傷というのは有り得ないぞ!」
「きぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい! 何なのよぉおおおおおおお!」
「ダイヤ煩い!」
タクティスは混乱している覆面達を見て、頭で考えるより先に体が動いた。迷わずジョーカーに向けて駆け出し、全力のとび蹴りをジョーカーの股間に喰らわせる。
「うぼぁああああああああああああああああああああああああああああ!?」
うっかりタクティスから意識を離していた覆面達は、タクティスの特攻に気付くのが一瞬遅れてしまった。悲痛な叫びをあげるジョーカーを見て、スペードとクラブが己の股間に手を当てながら青ざめている。
地面に崩れ落ち悶絶するジョーカーを一瞥した後に、タクティスは周りの異質な空間が元に戻っていく事に気付いた。別にジョーカーが結界を作り出していると知っていたわけではない。ただタクティスはジョーカーを勝手にリーダーだと思い込み、頭を叩けば組織は瓦解するという認識で攻撃しただけなのだ。
「じゃあな。あばよ!」
タクティスは覆面達がジョーカーに注視している間に、全速力でその場から離脱した。覆面達は目の前で起きた現実が信じられないのか、未だ固まっている。ジョーカーに回復魔法を掛けることも忘れているようだった。
そしてタクティスは誰も追ってこないことを確認すると、二番棟のとある研究室に避難したのだった。
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結界がなくなったことで学徒の叫びを聞いていたのは教官棟に残っていたゼニスだけだ。そしてゼニスは悶絶している学徒には目もくれず、走り去るタクティスだけを見つめていた。
ゼニスは隠蔽魔法の存在に気が付いており、タクティス達の一部始終を結界の外から見ていた。そしてタクティスの周囲で魔法が消滅した瞬間も当然目撃している。
「……」
ゼニスは手に持っていた白紙の本を見下ろし、もう一度タクティスの去っていった方向を見つめる。
(まさか、とは思っていた。だから手を出さずに敢えて見守っていたが……これは……随分と面倒な事になった)
これから忙しくなる。先の展開に頭を抱えたくなったゼニスはこれから何をするべきかを一度確認し、それから教官棟の外に出た。
「げっ!? 学院長!」
「あ、あの、えっと……!」
無表情な偉丈夫の威圧が学徒達の体を竦ませる。ゼニスはその姿を静かに見つめながら、まずはやり過ぎた学徒達に処罰を与えることにした。
※この作品はシリアスものです。




