アナスタシアの館
ラ・クリマの一般的な家はメールの出身であるリリアーヌに似て、簡素なものであった
白、灰、茶色など、荒削りの岩を豪快に積み上げていた家の壁と、わらで覆った屋根が特徴的な建造物が並んでいる。
それに対して霊媒師の家は、壁が紫や群青など目立つ色を中心に構成されており、明らかに異彩を放っていた。屋根も他とは違いレンガ、これも壁と同じような色だった。
おかげでメールたちは町の人に場所を示されてから、家の前まで一切迷うことなくたどり着くことができた。
「なんか、最初遠くから見たときも感じたけど……。趣味わりーな、この家」
「あはは……」
そんなアルバのもっともな意見に、メールは苦笑いせざるを得なかった。
「じゃ、開けるぞ」
アルバがそう言って、
「名無しさん、ちゃんとついてきてくださいね」
メールが確認をして、
「……ああ」
名無しが返事をした。
建物の中に入った途端、強烈な香りがメールの鼻を刺激した。メールはそれが香水だとすぐに気づいた。しかし、メールがリリアーヌで聞いた話だと、香水は体臭を隠すためにほんの少しだけつけるもののはずだった。この家で部屋に充満するほど大量に使っていることに驚きを隠せなかった。
そしてお次は部屋の壁。家の異色な外観は、あくまで外観だけだと信じたかったが、室内もやはり紫や群青色。目に悪そうだった。
確かに室内は普通外と比べて少しは暖かいだろう。しかしこの家は暖かすぎる。今の季節は冬で寒いはずが、下手したら春や初夏ほどにも感じた。過剰な暖かさはどこか頭をぼーっとさせる。
視覚、嗅覚、触覚。人の五感のうち早くも三つを強く刺激され、長居すると本当に頭がどうかしてしまいそうだった。
「は、早く進みましょう」
「だな。ちょっとこれはきついぜ……」
「…………」
メールと同じようにわずかに不快感をあらわにしたアルバと、相変わらず無反応の名無しとともにメールは室内を突き進む。
その奥に、いかにも奥に家主がいそうな、豪華な装飾がなされた扉を見つけた。香水の香りも、この扉へ近づくにつれてどんどんきつくなってきている。
メールは、「すみませーん、アナスタシアさんはいますか?」と聞こうと息を吸い、
「どうぞ、そのまま中へお入りください」
声を出す前に、奥から女性の返事がきた。メールはぎょっとした。
(あれ、私、声だしてないよね?)
目配せでアルバに質問する。アルバはその意味を読みとり、そして首を横に振った。「だしてない」と。
首を傾げながら、メールとアルバは扉を開け、奥の部屋へと踏み込んだ。
部屋は、人一人がここだけで生活できるくらいの広さだった。相変わらずの趣味の悪い壁紙に加え、壁にびっしりと取り付けられた棚の上には、すべてがガラスでできた天秤や、金と赤の装飾が目に眩しい篩、虹色の砂が入った砂時計など、どこで手に入るのかも分からないような不思議なものが並べられていた。
「ようこそいらっしゃいました。わたくし、アナスタシア・リーリャと申します」
そしてメールたち三人へ、霊媒師を名乗る女性が自己紹介をした。彼女は踊り子に似た衣装を纏い、頭には高価そうな飾りのついた帽子を被っている。
「わ、私はメールと言います。こっちがアルバ君、それと名無しさん、です」
あまりのインパクトにメールは面食らい、おどおどとこちらの自己紹介を終える。
「あなたがアルバさんですか。お友達のアイリさんから話は聞いています」
「あ、ども……」
アルバも少し警戒しているようだ。
「なあ、あんた本当に死んだ人と会話できるのか? 母さんと会話できるのか?」
「少し違います。私があなたの母親と話をする訳ではなく、私の体にあなたの母親の魂を乗り移らせるのです。だから母親と会話するのはあくまであなた自身です。見た目は私ですが」
早速はじめますか? アナスタシアはそうアルバに問う。
「…………」
「アルバ君……」
目を閉じて悩むアルバに、メールはそっと声をかけた。
「大丈夫だよ。……うん、やってくれ」
「分かりました。ちなみにですが、本来なら霊媒をするときはお金を頂きます。私も生活を営む人間ですので。しかし今回は、お友達のアイリさんの思いを汲み取り、特別に無料ですることにします。では始めましょう」
アナスタシアは部屋の中央にある椅子に腰掛け、机の上の赤い火のロウソクをそっと吹き消した。どういう理屈か、それ以外の部屋の明かりも徐々に暗くなっていった。
「アルバさん、私の前へ」
霊媒師に言われるままに、アルバは彼女の前に立った。
「あなたの名前を。フルネームで」
「……アルバ・トゥオーノ」
「では、呼び寄せる人の名前を」
「ケイト・トゥオーノ」
「分かりました」
それっきりアナスタシアは黙った。薄暗い部屋の中、アルバも、メールも、名無しも、誰も声を出さなかった。
やがて、
「あ……」
メールは小さく声を上げた。先ほどアナスタシアが消したロウソクに、自然と灯がともったのだ。しかも前の赤い火ではなく、青い炎だった。
アナスタシアがうっすらと目を開けた。その瞳がはどこかぼうっとしている。
「……かあ、さん?」
アナスタシアの様子を見て、アルバがそっと語りかけた。
「母さんなの? オレだよ、アルバだよ。分かる?」
「…………」
アナスタシアは静かにアルバを見つめていた。
「……名無しさん。本当に今、アナスタシアさんにアルバ君のお母さんが……?」
「…………」
名無しの表情は険しかった。ずっとアナスタシアを眺めている。
そうしている間にも時間はどんどん流れていった。ずっと無口を貫くアルバの母に対して、アルバの顔にも焦りが見えてくる。
「…………」
「ねえ、母さん! 本当に母さんなの? そうだったら返事をしてよ! おれ、ハルモニアからラ・クリマまで来たんだよ! ねえったら!」
アルバは声を荒げた。ずっと黙ったままアルバを見つめるだけだった。
しかし、ついにアナスタシアは重い口を開く。
「お母さんは、アルバと話すことは、もうないわ」
「え?」
「あ、ロウソクの火が……」
メールが声を上げた。部屋の中を淡く照らしていた青い火が、少しずつ小さくなっていき、消えた。




