第29話 魔王と拳闘家ミル
「構える気もないっすか?」
「言っただろう。賭けたって」
拳を突き出された構えは次第に解けていく。
「心理戦なら勝てないから殴るっすよ」
「そう思った時点で、殴られてないと成立してないだろ」
完全に、ミルは戦闘の気を削がれたのか拳はもう握られていない。
それでいて、
「話は聞くっす。でも、油断はしないっすよ」
「君たち三人を仲間に引き入れたい」
唐突な勧誘に脳がバグる。
「は? はいっ……?」
すぐに疑いに脳の処理が開始されるよりも早く。
「言ってなかったが、俺は魔王だ」
「へぇあ??」
矢継ぎ早に予想の斜め上を行く正体。
「そんなわけないっす!」
ミルは条件反射だけで否定をした。
「事情はおいおい説明する。なにより、仲間にならない場合、ここから出る事は許せない」
さらに今度は敵宣言に似た脅迫ときた。
「聞くとは言ったけど、い、意味が――」
「俺は二人の少女によってこの地に――」
「待つ、待つっす――」
「そこから三人の仲間が加わって――」
「ちょ、考える――、時間――」
「現状――」
「わ――」
「つまり――」
「わぁああああああああああああああああああああああああああああっっっ‼」
怒涛の説明ラッシュに髪をぐしゃぐしゃにかき乱しながら、叫ぶことで青年の説明をかき消した。
「おおおおおおおっ、落ち着くっす‼」
「ミルが、な」
息を切らしながら、掌をこちらに向けて静止を掛け続ける。
「……こんな精神攻撃を仕掛けてくるなんて、卑怯っすよ……」
「心理戦は嫌だというから、事実だけを素直に話した」
「整理をさせろぉおおおっす!」
もはやミルは大声を出すことで、いつ始まるかわからない精神攻撃を回避しているようだ。
「いいっすか、順番に、質疑、応答、その順番で答えあうっす。いいっすね」
青年は微笑みながら頷く。
「くっ、ガレットが勝てないと分かった時点で、口でのバトルはしないつもりだったんすけど」
いう割にその可能性を考えたあたり、油断できない存在でもあった。
「じゃあ、まずそこから動くなっす。動いた瞬間、今度は問答無用で撃退するっす」
「分かった」
息を整えるためミルは最後に深く深呼吸をした。
「最初の質問っす。魔王である証拠は?」
それは嘘だと思っての質問。
魔力がない、挙句にどう見ても人にしか見えない青年が魔王を語るには無理がある。
「魔王の証明か……」
言われて初めて、それを形で現すのが難しいと青年は思う。
【魔王】として召喚されたのはいいが、魔法も使えず見てくれもただの一般人。
服装も質素な布地で、どう見ても村人でしかない。
「そうっすよ、自分で言ったんっすからね。混乱を引きこそうとするにしても、もっとマシな嘘を吐くべきだったっすね!」
方法を考える青年に、してやったりと嫌な笑みを浮かべるミルは続けざまに言い放つ。
「魔力もないのに、魔王を名乗って何がしたいんすか? 仲間にしたいという相手に嘘は信頼に欠けるっすよ!」
「魔法、魔力……。ああ、なるほど」
「そんな相手の仲間になんて――」
青年はコアに語りかけてくるように心の中で結びつきを繋ぎ合わせる。
そして、コアから徐々に【魔王】の魔力が戻ってくるのを感じ取る。
「う、うそ…………」
どこからくる魔力が徐々に、青年の中に取り込まれていった。
それも、ミルが思っていたよりも圧倒的な魔力の量が膨れ上がっていく。
ミルはその光景に慄く。
これほどの魔力は見たことがなかったからだ。
それと同時、これだけの魔力を解き放たれた場合、どうなってしまうのか、想像にすらしたくない。
一方で、青年は魔力を感じ取れることは知っていたが、使い方も知らない。
可視化もできない魔力に対する反応は相手によって決まる。
「?」
そして気が付いた。
「大丈夫か?」
ミルが冷や汗を掻きながら作る表情は恐怖。
「⁉」
すぐに魔力をコアに返す。
――失態。
今まで、【魔王】の魔力に気が付いていた者達の反応から、恐怖などの感情は出ていなかった。
だから、同じ反応が返ってくるものだと思っていた。
しかし、人族は違う可能性が生まれた。
しかし、それは青年にとって不都合というよりも本意ではない。
相手を脅す形での仲間への加入は意味がない。
何よりも、自身の影響で苦しむ人を作る気などなかった。
「すまないっ」
動くなという約束からその場から動けず、ミルの動向を窺う事しかできない。
これで、話し合いすらできなくなった。
そう青年は感じ取った。
しかし、
「……信じるしかなさそうっすね」
予想に反してミルは続けることを選ぶ。
「…………いいのか?」
「舐めないでほしいっすね。これでも私も国に仕えていた身っす。恐怖に負けるくらいなら死んだ方がマシっす。それにそっちが約束守って、それを反故にしたら、どっちが悪かわからなくなるっすよ」
強がりなのが見て取れる。
「騎士道ってやつか……」
ラブが騎士であるなら、ミルも似たような役職に就いていたのかもしれない。
そう思い、青年は尊重する。
「分かった、質疑応答を――」
が、その言葉にミルは鼻で笑った。
「騎士道なんて糞くらえっす」
その意味を青年が理解することは出来なかった。
「何を……?」
「騎士は国を守る為に設立された国家の守護者っす。元を辿れば、戦う事が出来ない弱者を守る為の存在」
だから、漏れ出した感情を静かに聞くことしかできない。
「弱者はいつも争いに巻き込まれる立場っす」
青年の脳裏に二人の少女が浮かぶ。
結局、彼女たちも【魔王】という過去の遺物の犠牲者だ。
何か悪さをしたわけでも、危害を加えたわけでもない。
それなのに、虐げられ逃げ続けてきた。
「権力を守る為に強くなったわけじゃないっすよ……」
元騎士という立場の根幹。
「君は魔族の事をどう思うっすか?」
そんな質問が来るとは思っておらず、すぐには答えられなかった。
「はは、意味のない質問っすね。君が魔王なら当然――」
その先を青年は遮る。
「意味がないな」
「は?」
「魔族がどうか、人族がどうか、ゴブリンがどうか。どうでもいい。俺は、守りたいものを守るだけだ。種族がどうのかは、俺にとって関係がない。一々、種族単位でみる価値なんてない」
ミルは唖然とする。
「君、魔王っすよね?」
「実際、怪しいところだな」
「意味が分からないっす」
「俺は、守りたい者の為にここにいる」
そういった瞬間、ミルの感情が揺らいだ。
仲間という言葉に乗ってもいいと思えるほどに。
しかし、警戒は強固なものだ。
迷いが生まれても、本音の吐露は弱点に繋がる故、ミルは試すほかない。
「ラブが騎士を捨てたきっかけは、魔族の子供を守ったからっす」
人族であっても、魔族であっても、その行為は反逆行為。
その存在がラブという存在であり、ラブについてきた二人もまた同類になる。
その返答次第で、例え死を迎える事になっても、目の前の【魔王】という存在を打ち滅ぼさなければならない。
ミルの拳が握られる。
しかし、その拳が振るわれることはない。
なぜなら――、
「それを聞いたら是が非でも三人を仲間に入れる」
完全なる肯定。
追い打ちのように、
「最初にきた探索者がミルたちでよかった」
国から追放されてから一度となく認められなかった。
それがどうして、認められている。
「ラブは……、馬鹿っす。馬鹿なほどお人よしで、まっすぐな男っす。でも、どこまでも孤独なんすよ」
仲間を想う吐露。
「私は、ただ賛同しただけ。ラブのような行動はきっと一人じゃできないっす」
それが罪のように罪悪感として残っているのだろう。
だから、
「孤独になってないだろ。二人もいたんだから」
罪が許される。
「それに、まだまだ増えるぞ」
――決壊。
すでにミルはラブ、ガレットの三人でここを居場所にしたいと思ってしまっている。
「協力してくれ。俺は、三人が欲しい」
言葉も選ばす素直な吐露は、心に突き刺さる。
「……はい、っす」
約束が消え、前に進む青年は手を差し出した。
他から見たらそれは魔王との契約。
だが、理解しても尚、ミルはその手を掴んだのだった。
次話翌9時up予定




