第84話 出勤最後の日
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一方、その頃のオフィス。
太陽が照りつけるビル街を見下ろしながら、相澤が遠い目をしていた。
「くにのやつ、ちゃんと気持ち伝えれたのかねぇ」
晃はデジタルペンを片手に、黙々と作業をしている。
相変わらずの様子である。
「さぁ?」
いかにも興味がなさそうに答える。
「他人事だなぁ、あっくん」
「事実だし」
「冷たいなぁー。応援する気持ちくらいは持ってやってくれよ」
相澤は振り返り、晃を見ながら口を尖らせる。
「そりゃそうだけどさー」
「俺は昨日の飲み会で、十分くにの背中を押したつもりだよ。ここから先は、くに次第なんじゃないの」
「くに次第か……」
その言葉を聞いた瞬間、国崎との帰り道で自分が放った言葉が脳裏に蘇った。
『まあ、この先どうしたいのかは、お前自身が決めろ!』
くに次第。
晃のその一言が、妙に自分の発言とリンクしている気がした。
「……ま、それもそうだな」
大きく頷く相澤に、晃はため息をついた。
「案外すんなり流されるんだね」
「まあ、色々あんだよ」
相澤は軽く肩をすくめてから、晃の方へ近づく。
そして、何気なくカレンダーに目をやった。
今日の日付が大きく丸で囲われていた。
その数字をじっと見つめたあと、
相澤は目を軽く見開いた。
「あ、そうか」
カレンダーを見て、ようやく実感する。
晃と共に仕事をするのは、今日で最後なのだ。
「お前、今日で最後じゃんか!」
「え、今更?」
「いや、なんか告白イベントがデカすぎて忘れてたわ」
頭をかきながら、相澤が苦笑する。
「薄情だな」
「ほら、あっくんめっちゃ会社に馴染んでたから。いい意味で空気が薄れてたわ。いい意味で」
「訳がわからんこと言ってないで、早く仕事戻って」
「あいっ」
返事だけはいい相澤を横目に、晃は小さくため息をついた。
そして、首から下げた社員証へ手を伸ばす。
今日で、この社員証をつけて仕事をするのも最後だ。
そう思うと、ほんの少しだけ不思議な気持ちになった。
たった一ヶ月。
そう思っていた。
けれど振り返ってみれば、随分と色々なことがあった。
仕事をして。
昼休みにゲームをして。
相澤や国崎とくだらない話をして。
実莉と仕事をして。
ほんの一ヶ月前には、こんなにこの場所に馴染むなんて思ってもいなかった。
社員証を外した、その時だった。
「ただいま」
小会議室のガラス扉が開いた。
「「おかえり」」
相澤と晃が同時に顔を上げ、扉の方を向く。
そこには――
汗だくの国崎が立っていた。
今日は猛暑日だ。
八月半ばの昼は、相当暑かったのだろう。
「無事に提出終えたよ」
「で、なんて言われたんだ?」
相澤が恐る恐る口にした質問に、国崎は満面の笑みで頷いた。
「『素敵な広告をありがとうございます』とのことだ」
「「よし!」」
その一言を聞いた途端、相澤と晃はガッツポーズを決める。
「これで一ヶ月の仕事も無事終了だな」
嬉しそうに笑う国崎。
その後、相澤が国崎に近寄り、肩を組む。
「で、あちらはどうだったんだよ」
「あちら……?」
「とぼけんな。告白だよ、告白」
「う……」
聞かれるとは思っていた。
だが、いざ聞かれるとどう答えていいのかわからない。
国崎は目を泳がせながら、口をぱくぱくと動かす。
その様子を見ていた晃が、助け舟を出す。
「相澤、首突っ込みすぎ」
「うるせっ! 気になるもんは気になるんだい!」
「子どもか」
少しの沈黙。
そして――
「で、成功したの?」
晃が真顔で国崎に問う。
「「お前も聞くんかい」」
相澤と国崎のツッコミが重なった。
「……」
観念したように、国崎は小さく息を吐いた。
「告白はした」
「うんうん」
相澤と晃は、静かに国崎の言葉を待つ。
だが、それ以上国崎が語ることはなく、数秒の沈黙が流れた。
「……え? それだけ?」
くたびれた相澤が口を開く。
「うん。返事は保留だよ」
その答えに、二人は同時に落胆する。
「かーーーっ! マジか。大学の合否発表待たされる高校生気分じゃねぇかー!」
相澤は天井を向きながら、大袈裟に頭を抱える。
「なんちゅう例えだよ」
国崎はそんな相澤を見ながら、机に鞄を置いた。
「ところで、乃村先輩は?」
「ああ、先輩なら――」
国崎が答えようとした瞬間。
不規則なヒールの音が近づいてくる。
カツ。
カツ……。
カツ、カツ、カツ。
「た、たたっただいま……」
動揺を隠しきれていない実莉が帰還した。
……本人はこれでも、全力で平静を装っているつもりだ。
あまりの変わりように、小会議室内の空気が凍った。
姿勢と表情はいつもの実莉だ。
黙っていれば、普段通りのシゴデキ女性。
だが問題は――
話し方。
歩き方。
そして、汗。
1番の問題は、
実莉自身、異変に気づかれている自覚がない事だ。
(いいわよ、実莉。完璧な普段通りだわ)
心の中で自分に言い聞かせる。
「お……おかえりなさい……」
案の定、ドン引きな3人。
「みんな、今日まで、おおおお疲れ様だったわね」
ぎこちない笑顔と共に、実莉が三人に声をかける。
(よし、いい感じ。いつも通り)
実莉は心の中で小さく頷き拳を握る。
そんな本人の心の中とは裏腹に。
(あー……俺のせいだ……)
国崎が気まずそうに実莉から目を逸らす。
(こりゃ重症だ……)
相澤の表情が珍しく引きつる。
普段なら茶化しそうなところだが、さすがの相澤も空気を読んだ様子で、何も言わない。
(よく今までラスクロのことバレずに来れたな)
晃は小さくため息をつき、窓の外へと目をやった。
「あ、そういえば」
相澤が何かを思い出したように口を開く。
「なんで二人で帰ってこなかったんですか?」
「あ、そうだった」
相澤の一言に、思い出したように実莉が振り返る。
「晃くんの件で、少し上司に呼び出されてたの」
「俺の?」
晃が顔を上げる。
「うん。帰りにこれ、持ってきてって」
そう言って、実莉は手にしていた書類を晃へ差し出した。
「今日で最後だから、手続き関係の書類をまとめて提出してほしいって」
「ああ、なるほど」
晃は書類を受け取る。
そこには、見慣れないタイトルが記されていた。
『有期雇用契約終了に関する手続書類』
「これ、書けばいいの?」
「うん。書き終わったら、総務に提出しておいて」
「了解」
晃は書類を机の上に置いた。
そして、ふと三人の顔を見る。
「なんか、あっという間だった」
晃が呟いた。
その一言に、少しの間、小会議室が静かになる。
晃は書類をじっと見つめたあと、
顔を上げ、改めて三人を見る。
「……1ヶ月間、色々ありがとう」
「仕事もそうだけど……なんだかんだ、楽しかったよ」
晃の言葉に、3人は目を見開いた。
「相澤には色々絡まれたし」
「おい」
「くにとは、ゲーム友達になれたし」
「うん」
「実莉さんには、仕事面で沢山フォローしてもらったし」
「……うん」
実莉の胸が、少しだけ締めつけられる。
晃はそんな彼女の変化には気づかない。
「短い間だったけど、充実してたのは3人のおかげ」
三人の顔を順番に見て、最後に、晃は小さく笑った。
「本当に、ありがとう」
「……」
一瞬、誰も言葉を返せなかった。
それを破ったのは、やはり相澤だった。
「……やめろよぉ」
「何が」
「なんか急に最終回みたいな空気出すなよぉ!」
「いや、今日が最終日なんだから仕方ないだろ」
「そうだけどさぁ!」
相澤が目元を擦るふりをする。
「泣いてんの?」
「泣いてねぇよ!」
「声裏返ってるけど」
「うるせぇ!」
そのやり取りに、国崎と実莉からも小さな笑いが漏れた。
「実莉さん」
晃が実莉に向き直る。
「素敵な仕事、紹介してくれてありがとう。これからも応援してるから」
そう言って、実莉に片手を伸ばした。
少し目を見開き、差し伸べられた手を見つめた実莉だったが、すぐに笑顔になる。
「ええ、こちらこそ!」
ふたりで固い握手を交わす。
夏祭りにも繋いだ手。
だけど。
今回は以前とは明らかに違うものだった。
────
その日の夜。
実莉の家では、落ち着いた時間が流れていた。
リビングのソファに身体を預け、天井を見上げる。
「ふぅ……」
この1ヶ月間、色んなことがあった。
でも何とか、これまで通りの生活に戻ることが出来る。
……はずだった。
だが、
お昼からずっと、国崎の告白が脳裏から離れない。
「はぁーー、どうしたらいいのか……」
部屋に響き渡るほどの大きなため息をつき、棚に目をやる。
ホワイトどらピコのぬいぐるみが、こちらを優しく見つめていた。
「とりあえず、ログインするか……」
呟き、スマホを横向きにしてラスクロを開く。
ギルド敷地内。
そこにいたのは、いつものメンバー。
「あ! すいちゃーん! おかえりー!」
すい♡のログインに気づいたハルが、大きく手を振りながら近づいてくる。
「待ってましたよ」
「遅い」
続いて拓郎と貝類が慌てて駆け寄ってくる。
その様子は、まるで何かから距離を取るようだった。
「ただいまー……って、どうしたの?」
異変に気づき、首を傾げるすい♡に、
3人は気まずそうに顔を合わせる。
どこか空気が重い。
「実は────」
ハルが口を開いた直後。
「あぁ、おかえりなさい、すい♡さん」
ハルの背後から、見たことのない青年が顔を出す。
猫型のケモ耳に、艶やかな黒髪。
手には回復職の初期武器。
目を細めて笑う様子はいかにも好青年。
だが、どこか異様な空気を纏っていた。
その青年の後方には、
気まずそうなアキの姿が映っていた。
実莉は青年の頭部に視線を移す。
頭の上に表示されたプレイヤー名。
実莉は画面を見ながら、ぼそっと読み上げる。
「……霞……さん?」
見覚えはない。
だが、どこかで聞いたことがある響きの名前。
「あ、ごめんなさい。自己紹介が遅れました」
霞という青年が、すい♡に向き直る。
「私、源香澄です。お会いするのはラスクロカフェの日以来ですね」
微笑みながら、首を少し傾ける。
あぁ、思い出した。
ラスクロカフェの帰り。
晃に告白をしていた元カノ。
源香澄――。
「え、なんで……?」
戸惑うすい♡に構わず、香澄は距離を詰めてくる。
「よろしくお願いします、実莉さん。」
突然呼ばれる本名に、実莉は画面を見つめたまま固まった。
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