第七十八話 王都恋愛文学大賞
王都読書祭りも佳境に入った日の午後。
王都大図書館は、異様な熱気に包まれていた。
イザベラ様の『怪文書ポエム』は、その解読難易度の高さから、なぜか王立学士院の暗号解読班が研究対象にされている。
対して、カトレア様の『激流川柳』も「短い言葉で宇宙を表現した」として、前衛芸術家たちに崇められている。
そして、ミミの萌え小説は若者たちのバイブルとなり、飛ぶように売れていた。
「エステナ様、混沌ですね」
「はい、リリアナ様。世紀末とも言えます」
私とエステナは、それぞれのブースの在庫整理をしながら遠い目をしていた。
私たちの本も売れてはいるが、あの派手な三強には及ばない。
二人してため息を吐いた、その時だ。
私の背後の影から聞き慣れた少年の声が聞こえた。
「姉さん、お疲れ様」
「ひっ!?」
私が飛び上がると、作業着姿の少年が気配もなく佇んでいた。
エルヴィンだ。来月で十三歳になる弟は、もはや超一級のプロだ。
「エ、エルヴィン、どうして王都にいるの? 実家は大丈夫なの?」
「うん。今日は『特別配送』の依頼で来たんだ。……これ、ララーナ姉さんとルルティア姉さん、それから、お母さんの出品作だよ」
エルヴィンから差し出されたのは、厳重に封印されたジュラルミンケース。
嫌な予感しかしない。
「……ねえ、エルヴィン。お母さんの『禁断の果実』はもう会場にあるよ?」
「あれは表の作品らしいよ。こっちが『真打』だって言ってた」
エルヴィンはそれだけ言うと、「じゃ、僕はこれから王宮の地下通路の構造を調査してくるから」と言い残し、煙のように消えた。
将来が末恐ろしい。
私は震える手でケースを開ける。
そこには凶々しいオーラを放つ三冊の『本』が鎮座していた。
◇
数時間後。
一般公募コーナーの一角に新たな本が並べられた。
表紙も装丁も手作り感はあるが、放つ異質さが半端ではない。
エントリーNo.99:『恋する臨床実験記録』
著者:マッド・ドクターL
タイトルからして倫理観が欠如している。
私は嫌な予感を覚えながら、恐る恐るページをめくる。
『X月X日。被験者Kに新作の惚れ薬No.402を投与。
彼は顔を赤らめ、「リリアナ、君が好きだ!」と叫びながら裏庭を全裸で疾走した。
心拍数は平常時の三倍。瞳孔散大。……興味深い。これが愛なのか、それとも薬の効果なのか。
とりあえず鎮静剤を投与し、反応を見ることにする。
K君、貴方が壊れるその時まで妹のために観察してあげるわ』
(K君って、絶対カイル君のことだよね!? ララ姉さん、なんてことをしてたの……)
おそらく数年前のことだと思うけど、これは『猟奇的な実験日誌』だ。
なんて下劣な作品なんだろうと思った矢先、隣で立ち読みしているイザベラ様の反応は違った。
「なんて素晴らしいの! この冷徹な観察眼の中に潜む泥々とした執着! 相手を薬漬けにしてでも手元に置こうとする狂気! これこそ究極のヤンデレですわ! 私のポエムに近いパッションを感じますの!」
まさかのイザベラ様に刺さってしまったようだ。
さらに、反対側から覗き込んでいたエステナも眼鏡を光らせた。
「……この投与データの数値、非常に正確ですね。感情という不確定要素を薬学的にコントロールしようとするアプローチ……『データ卿』としても評価せざるを得ません」
まさかの高評価。
「狂気」と「論理」を併せ持つララーナ姉さんの本は、イザベラ派とエステナ派の両方を取り込み始めたのだ。
そして二冊目。
エントリーNo.100:『野獣の求愛 〜首をへし折るほどのハグ〜』
著者:ビースト・ハンターR(ルルティア姉さん)
『愛とは狩りだ。狙った獲物(男)は逃さない。
彼が逃げたらアキレス腱を狙え。
反撃してきたら関節を極めろ。
闘技場の外側で気絶した彼を肩に担いで、夕日に向かって帰る時、あたしは至上の愛を感じる』
「物理! 愛が物理ですわ!」
いつのまにか隣にいたカトレア様が驚愕の声を上げる。
「言葉など不要! 肉体言語のみで愛を語るこの潔さ! わたくしの引き算の美学に通じるものがありますわ!」
カトレア様に刺さった。
「余計な言葉はいらない」という点で、俳句と脳筋は親和性が高かったらしい。
そして三冊目。
お母さん、レーレシアからの追加原稿。
エントリーNo.101:『実録・没落貴族の再建計画 〜借金取りのボスを篭絡したら王族だった件〜』
著者:夜の蝶々夫人
……これは読んではいけない。
パラリとめくっただけで「法廷闘争のテクニック」「裏帳簿の隠し場所」「ハニートラップの極意」など、恋愛小説の皮を被った『実用書』だった。
「こ、これは勉強になります……!」
ミミが目を輝かせてメモを取っている。
「商会の経営に役立ちそう!」じゃないのよ、ミミ。
◇
こうして、フォレスト家からの刺客(本)は、瞬く間に会場の話題をさらっていった。
ララーナ姉さんの本は「新感覚のサイコ・メディカル・ロマンス」として。
ルルティア姉さんの本は「肉食系女子のバイブル」として。
母の本は「経営者たちの必読書」として。
「リリアナ、お前の実家は一体どうなっているのだ?」
殿下が、ララーナ姉さんの実験日誌を読みながら青ざめた。
そこには『被験者Kの耐久実験』のページがあり、どこを見ても拷問の記録だったからだ。
「ノーコメントでお願いします、殿下。ただ一つ言えることは……」
私は遠い故郷の方角を見た。
「彼女たちが本気を出せば、ペン一本で国の一つや二つ傾けられるということです」
会場のあちこちで、悲鳴と歓声が上がっている。
イザベラ様は「負けていられませんわ! 続編を書きますわよ!」と叫び、カトレア様は「筆を折りなさい! すずりを持ってきて!」と興奮しながら太鼓持ち軍団に指示している。
混沌を極める中、『第一回・王都恋愛文学大賞』の最終結果発表が始まった。
司会進行役の図書館長が、震える声でマイクを握る。
「これより、『第一回・王都恋愛文学大賞』の結果発表を行います! 総投票数は過去最高の十万票! まずは『最も情熱的で重かったで賞』……エントリーNo.1、イザベラ・フォン・ローゼンバーグ様! 作品『薔薇色視線の先にある絶対王政』!」
「おーほっほっ! 当然ですわ!」
イザベラ様が深紅のドレスを翻して登壇する。
受賞理由は『物理的な重さと読了後に襲いかかる疲労感が、恋の切なさを体現していたから』という皮肉めいたものだったが、本人は「愛の重さが伝わりましたのね!」と超解釈で喜んでいる。
「続きまして、『最も切れ味が鋭かったで賞』……カトレア・フォン・シュトゥルツフルート様! 作品『激流川柳』!」
「ふふん、短さこそ正義ですわ!」
カトレア様も登壇。
受賞理由は『読んだ瞬間に寒気がするほどの清涼感』だった。
「そして『商業的ベストセラー賞』は……ミミ・フォン・バロン様! 『転生したらリボンだった件』!」
「みんな、ありがとです! 続編も買ってくださいね!」
ミミがアイドルスマイルを振りまく。
ここまでは予想通りだ。
会場の空気が張り詰める。
「それでは第三位の発表です! なんと、同率で二作品がランクイン! エントリーNo.3『中間管理職令嬢の憂鬱』著:宵闇のフクロウ様! 及び、エントリーNo.4『論理的恋愛工学のすゝめ』著:データ卿様!」
おおぉっ! と歓声が上がる。
私とエステナは顔を見合わせ、小さく頷き合った。
正体は明かせないので登壇はしないが、代理人が賞状を受け取る。
「講評です。『働く女性の共感を呼ぶリアリティ』と『恋を数値化する斬新な分析力』。この二つは、まさに現代社会が生んだ傑作です!」
「やりましたね、エステナ様」
「はい。引き分けですが悪くない気分です、リリアナ様」
私たちは密かに握手を交わした。
「続いて、第二位! これは審査員一同、震え上がった衝撃作です! エントリーNo.2『覇王たちの休日』! 著者名は……えぇ、匿名希望のユニット『黒と氷と薔薇のトライアングル』様です!」
殿下が息を呑み、青ざめている。
「講評! 『登場する王族たちの描写があまりにリアル』『国政の裏側を知りすぎている』『もしや、これは国家機密なのでは?』と、圧倒的なリアリティと熟女ならではの包容力が評価されました!」
会場の奥で、優雅なマダム三人組(変装した王妃様たち)が、オホホと上品に笑ってシャンパングラスを掲げているのが見えた。
殿下は「見なかったことにしよう……」と呟いて、深く帽子を目深に被る。
「さあ、栄えあるグランプリの発表です!」
会場の照明が落ち、スポットライトが一本の柱のように降り注ぐ。
イザベラ様でも、カトレア様でも、ましてや国母たちでもなかった。
全ての猛者を押しのけて頂点に立ったのは――。
「エントリーNo.99! 『恋する臨床実験記録』! 著者は……マッド・ドクターL様です!!」
一瞬の静寂の後、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「講評! 『狂気と愛は紙一重だと思い知らされた』『愛する妹のためとはいえ、被験者Kへの実験が怖いけど癖になる』『新しい扉が開いた』などなど、圧倒的な支持を得て、文句なしの優勝です!」
私は姉から預かった手紙を握りしめ、震える足でステージへと上がった。
代理人として受賞コメントを読み上げなければならないのだ。
「……著者のL氏は多忙のため、私が代読させていただきます」
私は封筒を開く。
久しぶりに見た姉の几帳面な文字だ。
『この度は、私の研究データを評価していただき感謝いたします。
愛とは脳内物質のバグであり、最も興味深い精神疾患なのです。
読者の諸君も、この本を参考に意中の相手に適切な薬を投与し、素敵な監禁ライフを送ってほしいと思います。
追伸:優勝賞金は全額、次なる新薬「絶対に逃がさない薬(筋肉弛緩剤入り)」の開発費に充てさせてもらいます』
会場が静まり返った数秒後。
「「おおおおお! 痺れるぅぅ!!」」
「「一生ついていきます、ドクターL!」」
なぜか大喝采が起きた。
王都の民は、どうやら刺激に飢えすぎていたらしい。
イザベラ様までもが「くっ……負けましたわ! 愛のために法を犯す、あの姿勢……見習わなくては!」と感動までして涙ぐむ始末。
私は至って冷静にイザベラ様に声をかける。
「イザベラ様、法は犯してはなりません」
私は一言だけ残し、王都大図書館を後にした。
◇
祭りの後、王都には不思議な好景気が訪れていた。
ララーナ姉さんの本の影響で、薬局と理科実験セットが爆発的に売れたのだ。
さらに、ミミの本の影響で若者たちのカップル成立率が過去最高を記録。
そして三人の国母の本は政治家や官僚たちのバイブルとなり、なぜか外交問題までもがスムーズに解決するようになった。
「……結局、一番得をしたのは誰だったのだ?」
殿下が山積みになった経済効果のレポートを見ながら呟く。
私はコーヒーを淹れながら答える。
「全員でしょうね。民は娯楽を楽しみ、商人は潤い、国庫も潤いました。私たちの胃と、カイル君の尊厳を除けばですが……」
私は小さくため息をつき、コーヒーを口にした時だ。
バンッ! 執務室の鉄扉が、またしても甲高い音を立てて開け放たれた。
「あなた! リリアナ! 次は絵画コンクールでリベンジですわ!」
真新しいキャンバスと絵筆を抱えたイザベラ様が、極彩色のドレスの裾を翻して意気揚々と乗り込んできた。
懲りない、この人は本当に懲りない。
「イザベラ、ここはアトリエではないぞ……」
再び頭を抱えた殿下を横目に、私は二人を無視して窓の外を見る。
穏やかな秋風が白い雲を運んでいる。
騒がしい私の日常は、まだまだページを閉じることはなさそうだ。
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