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【書籍化決定】悪役令嬢の取り巻きAですが、断罪イベントの段取りを完璧にこなしたら、なぜか俺様王子に引き抜かれました  作者: 天地サユウ
第七章

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第七十七話 特別招待作家・展示室

「リリアナ、街の様子がおかしいぞ」


 視察という名目で抜け出した殿下が、サングラス越しに街を見渡して呟いた。

 私も手帳を開きながら頷く。


「はい、読書祭りの影響により、関連産業が異常な盛り上がりを見せています」


 まず、イザベラ様の影響を受けた層が、愛の重さを証明するために高級宝飾店に殺到。

 『愛のネックレス』や『束縛の指輪』が飛ぶように売れ、貴金属相場が高騰している。


 次にカトレア様の影響を受けた層が『愛とは流れゆくもの』と悟りを開き、河川敷デートが流行。

 貸しボート屋や川沿いのカフェが連日満員となり、治水工事の予算まで寄付金で潤っている。


 さらに、ミミの影響を受けた若者たちは物語のような恋を求めて、街コンや舞踏会に積極的に参加。

 『ドリーム・キュート』の服を着たカップルが街に溢れ、少子化対策担当大臣が泣いて喜ぶほどのカップル成立率を叩き出していた。


「結果的に景気が良くなっただけでなく、婚姻率まで上がっているだと?」

「はい、彼女たちが暴れるほど国が潤うという、謎の機関が完成しています」

「頭は痛いが悪くない」


 殿下は複雑そうな顔をしつつも、ミミの本と私の本を大事そうに鞄にしまった。


 そして、この大会の優勝候補となる者たちの作品は華やかな一般ブースの奥にある。

 身分を明かせないVIPたちの作品が並ぶエリア。

 ――『特別招待作家・展示室』。


「ここです、殿下」

「確か予選審査員たちが、あまりの筆力と内容の重さに腰を抜かしたというエリアだったな」

「はい。それはもう凄かったと耳にしました」

「ふっ、所詮は書籍だ。せいぜい楽しませてもらうとしよう」


 早速、足を踏み入れると、厳重なガラスケースに入れられた6冊の本が鎮座していた。


 エントリーNo.1:ペンネーム『夜の蝶々夫人』

 タイトル:『禁断の果実 〜仮面の執事と女王の密通〜』


「ん……?」


 私がパラパラとページをめくると、そこには濃厚かつ背徳的な大人の恋愛が描かれていた。

 文章の巧みさ、心理描写の生々しさ、そして情熱的な夜の暗喩。

 読んでいるだけで顔から火が出そうになる。


「殿下、これは私の手には負えません。ご確認を……」


 私は危険物のように、そっと本を殿下に差し出す。

 殿下は怪訝な顔で本を受け取ると、数行を目で追った後、ピクリと眉を跳ねさせた。


「この文体どこかで見たことがあるぞ……」


 殿下が珍しく冷や汗をかいている。

 この流れるような筆致、そして「昼は冷徹な女王、夜は執事に(かしず)く」という倒錯(とうさく)した設定。

 だが、その執事の描写(金髪碧眼の偉丈夫)は、どう見ても若かりし頃の国王陛下だ。


「まさか、母上が父上との『ごっこ遊び』を小説にしたというのか……?」


 殿下が頭を抱える。

 これだけでも致命傷だが悪夢は終わらない。


 エントリーNo.2:ペンネーム『美の絶対女帝』

 タイトル:『薔薇の鎖 〜公爵の飼いならし方〜』


「リリアナ、このタイトル……」

「……嫌な予感しかしませんね」


 中身を確認すると、イザベラ様をさらに煮詰めて濃縮した圧倒的高飛車ヒロインと、それに(ひざまず)く公爵の姿が描かれていた。

 殿下が「読んでみろ」と顎で示すので、私は震える声で読み上げる。


『お黙りなさい、オスカール! 貴方はただ、私の美しさにひれ伏していればいいのですわ!』

『おお、我が女神ベアリスよ! 今日も踏んでくれるのかい!? ありがとう!』


「……え?」


 私は思わず二度見した。

 そこには冷徹な仮面をかなぐり捨て、デレデレに溶けた公爵のセリフが続いていた。


『ああ、なんて美しいんだ……! そうだ、今日のアザベラたんも天使だったね! パパ、新しいドレス工場を買い取っちゃおうかな〜!』


「この公爵の口調は、ローゼンバーグ公爵だな」

「はい。さらに言うと、これは小説ではなく、ただの観察日記です。そして作者は間違いなく、イザベラ様の母君、ベアトリス様ですね」


 公爵家における夫婦の力関係が、赤裸々に暴露されている。

 さらに、公爵がデレる瞬間の描写も異常に細かい。


 エントリーNo.3:ペンネーム『西の氷結華』

 タイトル:『氷の皇帝が溶ける夜 〜不器用な暴君の愛し方〜』


『俺に触れるな、凍りつくぞ』

『いいえ、貴方の氷を溶かすのは、私の愛の炎だけです』


 登場するのは、完全にガレリア帝国の軍服を着た、強面の皇帝。

 どう見てもディミトリ皇帝だ。

 そして皇帝を包み込む慈愛の皇后は、どう見てもエカテリーナ皇后。


 物語の中の皇帝は孤独で冷徹。

 誰も寄せ付けない支配者として描かれている。


「俺の記憶にあるディミトリと、人物設定が180度違うのだが……」


 殿下が口元を引きつらせる。

 無理もない。私たちの脳裏には、あの日のガレリア帝国の光景が鮮明に焼き付いているからだ。

 薄暗い玉座の間、連邦の宰相テオバルトに管理され、死んだ魚のような目で書類にハンコを押し続けていた姿。


『待ってくれ、テオバルト。この『薔薇園の暖房費』まで削減するというのか? それでは妻の薔薇が枯れてしまうではないか……!』

『枯れれば造花にすればいいのです。維持費ゼロで永遠に美しい。至って合理的です』

『し、しかし妻が悲しむ……。もし、妻の機嫌を損ねたら、私は……私は!』


 あの日、ディミトリ皇帝は叫んでいた。

 『100万の兵士の命よりも、妻の機嫌』

 『我が妻の怒りは帝国の軍隊より恐ろしいのだぞ!』と。


「この小説では『愛の炎で氷が溶ける』と書いてありますが」

「事実は『妻への恐怖で冷や汗が止まらない』だったはずだ」


 殿下の冷静なツッコミが入る。

 作中では皇帝が国を守るために冷酷に振る舞うことになっているが、現実は『妻のお茶会予算』と『薔薇園の維持費』を死守するために、プライドをかなぐり捨て、労働していただけだ。


「ですが、ある意味ではノンフィクションです」

「どこがだ?」

「あとがきをご覧ください。『彼が私のために流してくれる汗こそが、世界で一番美しいダイヤモンドなのです』と書かれています」


 エカテリーナ皇后にとっては、夫が自分のために必死に働き、テオバルトという合理化モンスターと戦う姿(怯える姿)こそが、至上の愛だったのだ。


「リリアナよ、見なかったことにするぞ。これも国家機密だ」

「賢明なご判断です。下手に触れれば、消される可能性が出てきますね」


 私たちはそっと本を閉じた。

 三大国母とも呼べる人たちの作品は、全て愛という名の圧で構成されていた。

 だが、ここにあるのは愛などではなく、国家レベルの性癖の開示だった。


 気を取り直して、4冊目を見る。

 これまでのラインナップからして、ろくなものではない予感はするが、ここまで来て引き下がるわけにもいかない。


 エントリーNo.4:ペンネーム『永遠の愛され妻』

 タイトル:『辺境の英雄と有能な私 〜死んだはずの旦那様が戦から帰還して、今日も世界が輝いて見えます〜』


「え……?」


 私がパラパラとページをめくると、そこには糖度が致死量を超えた甘々すぎる夫婦の日常が綴られていた。


『ああ、彼が薪を割る姿の何と勇ましいことでしょう』

『飛び散る汗はダイヤモンド』

『私の夫は、今日もイケオジです』


(引き返せばよかった……)


 この英雄の描写は、どこからどう見ても私の父、ローヴィンだ。

 そして、この暑苦しいほどの夫への愛を叫んでいるのは間違いなく、お母さんのレーレシア。


「……リリアナよ、この英雄だが、妙に既視感があるのは気のせいか……?」

「気のせいです、殿下。これは完全にフィクションです。実在する私の両親の惚気日記などでは決してありません。断じて……そう、断じてありません」


 私は真顔で本を閉じる。


(お母さん、お父さんが帰ってきたからとはいえ、実家から何てものを応募してるの……)


 ついでに『理想の夫婦愛部門』で、ぶっちぎりの高評価を得ているのも胃痛の種だ。

 三大国母の作品と並び、このエリアは既婚女性の狂気の愛と欲望が渦巻いている。


「行きましょう、殿下。これ以上、ここにいると胃に穴が空きます」

「同意する。俺はもう両親の顔を直視できる自信がない」


 私たちは疲労困憊でVIPエリアを離れた。

 そして、その横にひっそりと並ぶ二冊の本の前に立つ。


 エントリーNo.5:『中間管理職令嬢の憂鬱』

 著:宵闇の黒猫

 エントリーNo.6:『幼馴染との論理的恋愛工学のすゝめ』

 著:データ卿


 私とエステナの本だ。

 ここには、イザベラ様や国母たちのような派手、さらにミミのような萌えの挿絵もない。

 だが、働く女性たちの共感を呼び、「読むと明日も頑張れる」「理屈っぽい彼への攻略本として最適」と、じわじわと順位を上げて現在同率三位につけている。

 その時、背後から声をかけられた。


「リリアナ様、奇遇ですね」


 振り返ると、眼鏡を光らせたエステナだった。

 彼女の視線は、私の『宵闇のフクロウ』に注がれている。


「『宵闇の黒猫』先生の新作は読まれましたか? 今回も組織の理不尽さと、淡い恋心のバランスが絶妙でした。私はファンなのですが、貴女はどう思いますか?」


 エステナが、いつになく熱っぽい口調で聞いてくる。

 私はポーカーフェイスを維持しつつ、内心で叫ぶ。


(エステナ様が、私のファン第一号だったの!?)


 私は至って冷静に返す。


「はい、悪くないと思います。私はどちらかというと『データ卿』先生の感情を数値化し、解析する手法にシンパシーを感じますが」

「……そうですか。『データ卿』もリリアナ様のような賢い読者に読まれて本望でしょう」


 エステナの頬がほんの少しだけ紅潮する。

 私たちは互いの正体に気付きつつも、口には出さず、静かに火花を散らした。


 表の舞台では、イザベラ様、カトレア様、ミミによる三つ巴の派手な戦争。

 裏の舞台では、お母さんたちの国家レベルの遊戯と、私とエステナの実務家同士のプライドを懸けた戦い。


 そして、運命の最終結果発表の日が刻一刻と近付いていた。

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