第六十話 王都大運河封鎖事件
「大変です、殿下!」
王都に着いた瞬間、青ざめた部下が駆け寄り、大声を上げた。
馬車から降りた殿下は足を止め、ため息をつく。
「また、どうしたのだ? イザベラはここにいる。ダムの放水による水害も解決したが」
「いえ、王都の『大運河』です! 我が国の物流の心臓部である中央運河が……完全に塞がれました!」
「なんだと!?」
「『船』です! 先ほど入港しようとした『ドルイド海洋諸国連合』からの親善大使を乗せた巨大船が、運河の入り口で座礁し、航路を封鎖してしまったのです!」
私と殿下は顔を見合わせた。
王都の大運河は、大陸中の物資が集まる大動脈。
そこが塞がれば王国の物流が止まり、食料も資材も届かなくなる。
「……嫌な予感がする。リリアナ、イザベラ、直ちに向かうぞ」
「ええ、私たちの『秋の味覚(輸入食材)』が届かないのは死活問題になりますわ!」
私たちは馬車に飛び乗り、港湾地区へと急行した。
◇
現場に到着した私たちは、その光景に言葉を失っていた。
「これは……」
殿下が小さく呟く。
そこには、海に浮かぶ要塞とも呼べるほどの巨大船があった。
ドルイド海洋諸国連合が誇る、世界最大級の木造帆船『エバーギヴァー号』。
全長は大通りを丸ごと塞ぎ、高さは城壁ほど。
その巨体が運河で最も狭い湾曲部に、見事なまでに斜めにハマっていた。
船首が右岸の土手に突き刺さり、船尾が左岸の浅瀬に乗り上げている。
川幅いっぱいに横たわる巨体は、上流からの水をせき止め、背後には入港できなくなった商船が数百隻も列をなし、立ち往生していた。
「なんてことでしょう……。これでは『アヒルさんボート』一隻すら通れませんわね」
「はい、もはや物理的な『栓』です」
私が被害状況を目算していると、座礁した巨船のタラップから、太った男がふんぞり返って降りてくる。
海藻のような緑色のマントを羽織り、首には大きな真珠のネックレス。
ドルイド海洋諸国連合の全権大使、ヘルマン・フォン・バラスト公だ。
「フォッフォッフォ! これはこれはアレクセイ殿下! 歓迎ご苦労様です!」
バラスト公は自分の船が運河を塞いでいることなど意に介さず、ぶ厚い腹を揺らして笑った。
「バラスト大使! これはどういうことだ! 貴国の船が運河を塞ぎ、我が国の物流が麻痺しているではないか!」
殿下が抗議するが、バラスト公は悪びれもせずに鼻を鳴らす。
「ふん、心外ですな。これは我が連合からの友情の大きさそのものですぞ? 我々は友好の証として、最大の船で訪問したのです。それを、まさか貴国の運河がこれほどまでに『狭く』て『浅い』とは思わなくてな! いやはや先進国を自負する割には、インフラがお粗末ですな!」
「なんだと……!?」
「入港できなかったのは一重に、貴国の運河の設計ミスだろう。即刻、この船が通れるように運河を拡張していただきたい。……さもなくば、この『座礁』による我が国宝級の船体の損傷に対し、莫大な賠償金を請求させていただきますぞ!」
……出た。典型的な『責任転嫁』と『逆ギレ外交』だ。
彼らは最初から分かっていたのだ。この船が規格外であることを知りながら、あえて強引に入港し、座礁することで『通行不可』の責任をこちらに押し付け、賠償金や有利な通商条約をせしめるつもりだ。
いわゆる当たり屋の国家版だ。
「ふざけたことを仰りますわね! 今すぐその船をおどけなさい!」
イザベラ様が一歩前に出る。
バラスト公はイザベラ様を値踏みするようにジロジロと睨み付けた。
「おや? そちらは噂の次期王太子妃のイザベラ嬢ですかな? どけろと言われましてもねぇ、見ての通りガッチリとハマっております。風を待つか、潮が満ちるのを待つか……。まあ、一ヶ月もすれば動くかもしれませんな」
「一ヶ月ですって!? その間に王都の食料が尽きてしまいますわ!」
「それは貴国の問題ですな。フォッフォッフォ!」
バラスト公は高笑いと共に、船内の豪華なキャビンへと戻っていった。
残された私たちは、絶望的な光景の前に立ち尽くす。
「リリアナ、軍に爆破させるのはどうだ?」
「いえ、殿下。それは最悪手です。木造とはいえ、あのサイズの残骸が散らばれば、撤去に数年はかかります。それに友好の証を破壊したとなれば、国際問題にも発展しかねません」
「じゃあ、どうすればいいのよ! 私たちの食事がかかっているのよ!」
王都の大動脈を塞ぐ巨大な壁。
ドルイド海洋諸国連合の超巨大木造船『エバーギヴァー号』は、運河の真ん中で斜めに座礁し、ピクリとも動かずに鎮座している。
船上のバルコニーでは、全権大使バラスト公が、我々を見下ろして嘲笑う。
「フォッフォッフォ! 動きませんなぁ! これはもう、自然の摂理ですぞ! 文句があるなら、こんな浅い運河を作った貴国の先祖に言うことですな!」
憎たらしい。この男、完全に『外交特権』と『被害者面』を盾に賠償金をせしめる気だ。
こちらから手を出せば「友好の証である船を傷つけた」と騒ぎ立て、国際問題にするつもりだろう。
「……あの古狸め。時間を稼いで、裏で賠償金交渉の根回しをしているな」
殿下がギリリと歯を噛み締めた。
物流が止まれば困るのは我が王国。
時間が経てば経つほど、私たちは不利な条件を飲まざるを得なくなる。
私が手帳を開き、物理的干渉以外の手段を模索していると、隣でイザベラ様がプルプルと震えていた。
怒りではない。手にしたオペラグラスで船体を凝視し、絶望しているのだ。
「汚らわしいわ……」
「はい?」
「リリアナ、あの船の船底を見てみなさい! フジツボと海藻がびっしりよ! 甲板の手すりも塗装が剥げてカビが生えているわ! あんな手入れのされていない薄汚い船が、王都の美しい私の運河に居座っているなんて……視覚的公害だわ!」
イザベラ様が扇子をへし折らんばかりに握りしめる。
彼女にとって、美しくないものが視界を占有することは苦痛なのだ。
イザベラ様の運河ではないにも関わらずだ。
「今すぐあの汚物を視界から消し去るわよ!」
「イザベラ様、お待ち下さい」
私が慌てて彼女のドレスの裾を掴もうとした、その時だ。
運河の下流側から、バシャバシャと水を掻き分ける音と、優雅な、しかし激怒を含んだ声が響き渡る。
「おどきなさい! 私の『特選茶葉』と『新作美容液』を載せた船が通れませんわ!」
現れたのは、水色に塗装された装飾過多な『専用ゴンドラ』だ。
漕ぎ手は、水兵服を着た『太鼓持ち軍団』の令嬢たち。彼女たちが必死の形相でオールを漕ぎ、ゴンドラは猛スピードで水面を滑ってくる。
その中央、貝殻を模した玉座に、カトレア・フォン・シュトゥルツフルート様が鎮座していた。
今日の彼女の装いは、またしても常軌を逸している。
水色のドレスはいつも通りだが、問題はやはり帽子だ。
彼女の頭の上には、直径1メートルはあろうかという巨大な『舟盛り』が乗っていた。
本物の木で作られた舟形の器。その上には氷が敷き詰められ、銀色に輝く新鮮な『イワシ』や『サバ』などの青魚が、まるで波を描くように美しく盛り付けられている。
さらにその中心には、見事な『戻りガツオ』が、まるで大海原の王者の如く鎮座していた。
「あれは『青魚尽くし・舟盛りハット』か? 光り物で攻めてきたな……」
殿下がサングラス越しに絶句した。
日光を反射してキラキラと輝く青魚が、妙にまぶしい。
「あら、イザベラ? こんな泥水の前で何をしているの? 相変わらず暇そうね」
カトレア様がゴンドラから降り立ち、イザベラ様を睨みつけた。
その背後には、エステナが分厚いバインダーを持って控えている。
「カトレア! 貴女こそ頭の上に生魚なんて乗せて、正気なの!? ここは魚市場ではなくてよ!? 生臭いったらありゃしないわ!」
「失礼ね! これは晩夏から初秋にかけての旬、『戻りガツオ』と青魚たちよ! 貴女の暑苦しい『赤い薔薇』とは違って、この涼やかな『青い背中』こそが、今の季節のトレンドだわ!」
カトレア様が頭を振ると、カツオがプルンと揺れた。
どうやらカトレア様たちも、この渋滞の被害者らしい。
二人は顔を合わせるなり、「ふんっ!」と互いに顔を背ける。
仲が悪い、実に仲が悪い。
だが、利害は一致している。
私は眼鏡を押し上げ、即座に計算する。
使えるものは、ライバルでもカツオでも利用するのだ。
「カトレア様、エステナ様、奇遇ですね。ですが、今は争っている場合ではありません。あの船を動かさなければ、貴女方の荷物も届きませんよ」
私が声をかけると、エステナが冷徹な視線を私に向けた。
「リリアナ様に言われなくとも状況はすでに把握しています。カトレア様、ここは一時休戦を推奨します。あの船の撤去には、イザベラ様の『破壊的発信力』を利用するのが合理的かと」
「なんですって!? エステナ、私がイザベラと組めと言うの!?」
「はい、カトレア様の美容液が届かず、お肌が乾燥するリスクと一時的な屈辱。どちらを選びますか?」
エステナの冷静な問いに、カトレア様が「うぐっ……」と詰まる。
さすが、エステナ。主人の扱いを心得ている。
「分かってるわよ! だから私が直々に文句を言いに来たんではありませんの!」
カトレア様が扇子風のバチを船に向ける。
イザベラ様も負けじと前に出る。
「あら、カトレア。貴女の声なんて青魚の脂で滑って届かないんじゃないのかしら? ここは『王都の華』である私が、あの古狸に引導を渡して差し上げるわ!」
「はあ!? 貴女のその暑苦しいドレスこそ、船の苔を増殖させるだけよ! 私の『鮮度』を見せつけてやるわ!」
二人の悪役令嬢が、バラスト公そっちのけでマウントを取り合いながら、船に詰め寄る。
その騒ぎを聞きつけ、バラスト公が再び顔を出してきた。
「騒がしいぞ! なんだその奇妙な女たちは! 特にそこの魚屋の娘!」
バラスト公の言葉が、二人の導火線に火をつける事態になる。
「「奇妙(魚屋)ですって!?」」
イザベラ様とカトレア様の声が重なる。
二人はバッと振り返り、互いへの敵意を一旦保留し、共通の敵へターゲットを固定した。
「よくお聞きなさい! 貴方のその船には、美学の欠片もありませんわ!」
「そうですわ! 私のカツオの方がよほど輝いていますわよ!」
ここから史上稀に見る『精神的攻撃(口撃)』が幕を開ける。
①各章毎に登場人物紹介を追加しましたので、興味ある方はぜひぜひ♪
②Xをしれっと始めました。裏話でも呟こうかなと。
→ https://x.com/tenchi_sayu
③詳細は活動報告に記載してますが、今後の活動のためにペンネームを【天地サユウ】に変更しました。
④代表作を完結作から、取り巻きAに変更しました。
⑤明日も12時投稿でございます。
今後とも、よろしくお願いいたしますm(__)m




