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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第二章

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第六十四話 部屋の秘密


「…? どうしたの、彰人君。入っていいよ?」

「あ、あぁ……分かってる。分かってるんだけど…少し覚悟を決めておきたいから、先に入ってくれると助かる」

「そう……なら先に入るね」


 彰人と朱音。二人の親による会話から逃れるために朱音の自室前までやってきた二人だったが、その前で彰人は立ち止まることとなってしまった。

 …おそらく朱音の考えとしては、お互いの母親同士の話が一区切りつくまでの避難先として自分の部屋まで案内してくれたのだろうが…案内された側としてはそう気安く入ることも出来ない。


 知らない相手の部屋だからというわけではない。

 朱音とは彰人であってもかなり仲の良い少女だと思っているし、向こうも似たようなことを思ってくれているだろう。


 …だが、だからこそ彼女の部屋に上がることを躊躇してしまっていた。

 仲が良いがゆえに、朱音の完全なるプライベートとも言える時間を過ごしているであろう空間を見てしまうのは嫌だと思われないだろうかと余計なことまで考えてしまうのだ。


 本人から誘われておいて嫌も何も無いだろうが……まぁ、端的に言ってしまえば女子の部屋に入ることに緊張しているだけである。

 今まで同年代の…それも女子の家に上がることでさえ朱音が初めての相手だったというのに、さらに本人の自室にまで入ることなど想像もしていなかった。


 そもそも今に至るまで、ここまで親密な仲になったのが朱音だけという事情も関係していなくはないが……そこは置いておいてもいいだろう。


 それに、いつまでも緊張ばかりするわけにもいかない。

 朱音とて厚意で自らの部屋に招いてくれているのだし、その申し出に対して躊躇してばかりというのも彼女に失礼である。


 …内心で高まってきている期待感と、本音では朱音が普段どのような部屋で過ごしているのかを見られることを楽しみにしているというのは、決して彼女本人には言えないが。

 そんな感情はおくびにも出さず、軽く呼吸を整えなおして平静を保つように意識すると彰人は目の前の扉を開けて部屋へと足を踏み入れていく。


「いらっしゃい…って、何だかそういうのも変な気がするね。とりあえず好きな場所に座ってもらっていいよ」

「……へぇ、朱音の部屋ってこんな感じなんだな」


 扉を潜った先、目の前に広がっていた光景。

 そこにあったのは事前に教えられていた通り、朱音の部屋の様相が露わとなったが……何とも意外なことに、とてもシンプルな見た目と言える空間だった。


 部屋全体は白を基調とした色合いでまとめられており、どこか清廉な空気感がこの部屋を満たしているような印象を受ける。

 勝手なイメージではあったが女子の部屋といえば、もっとこう……全体を可愛らしくまとめているような印象も持ち合わせていたがそのような雰囲気はほとんど存在していない。


 部屋にあるもので目に付くものはせいぜいが中心に置かれている小さな机と、壁際に設置されている一つの勉強机。

 それと朱音が今も腰掛けている大き目のシングルベッドくらいのもので、可愛さとは少しかけ離れた印象を思わせる。


 …あぁ、しかし飾り物が全くないというわけではなく、よく見てみればベッドの上にいくつか動物をモチーフとしたようなぬいぐるみたちが置かれているため、多少なりとも装飾は施されているようだ。


「ひとまずここに座らせてもらうな…っと。…それにしても随分シンプルな感じなんだな。てっきりもっと部屋を飾り付けてるもんだとばかり思ってたが」

「うーん……私って部屋の使い方が勉強するか眠るかでしか使わないから、あんまり何かを飾ろうとは思わないんだよね。もちろん可愛いものとかは好きだったりするけど…」


 座っても良いと本人直々に許可をもらったので、ありがたく中心の机の傍に腰掛けさせてもらったが……やはり何度見ても簡素な印象を受けるこの部屋。

 飾り気がないとは言わないものの、置いてある物の数が少ないのではないかと思い朱音に向かって疑問を投げかけてみれば…納得のいく答えが返ってきた。


 確かに、朱音が普段どのような生活をしているのか具体的なことまでは知らないが、学校での様子から考えれば真っ先に睡眠をとるのだろうということは想像がつく。

 あとは勉学の面においても、優秀な成績を誇る彼女であれば弛まぬ努力をこの部屋の中でしているのだろう。


 …が、言ってしまえばこの部屋の使用用途はそれだけである。

 眠るか勉強するか、一目見ただけでも察することが出来る部屋の使い方が二極化されたらしい現状だが……それも朱音らしいと言えばらしいか。


「…まぁベッドの上にぬいぐるみがあったりするもんな。そこも朱音の趣味だったりするのか?」

「……あっ、こ、これに関しては…」

「ん、どうした?」


 しかし、その辺りのことに関しては彰人が口うるさく意見を挟むようなことでもない。

 よそ者でしかない彰人が何を思おうとも結局この空間を使うのは他でもない朱音なのだから、彼女がそれで納得しているというのならそれでいいのだ。


 そう思って何気なくベッドの上に置かれていた、ある意味この簡素な空間とは場違いとも取れるぬいぐるみに触れてみたのだが……何故だか朱音は、静かに動揺したような素振りを見せてきた。


「…そ、その……言っても笑わない…?」

「…俺が笑うようなことを言うつもりなのか?」

「そういうわけでも無いんだけど…ちょ、ちょっと恥ずかしいから…」

「何を言われるのかにもよるとは思うが……まぁ、朱音の事なら意味もなく笑ったりはしないよ。そこは約束する」

「…そっか。じゃあ言うけど……」


 恐る恐るといったように、これから自身が明かすことに対して笑わないかと伺いを立ててくる朱音だったが……別に彰人は、相応の理由でもない限りは彼女を笑うつもりなど無い。

 向こうからそうしてくれと頼まれでもしているのならばいざ知らず、無意味に友人を笑うなど彰人とて本意ではないのだから。


 そんな思いを真正面から朱音に伝えれば、彼女も納得したのか気になる概要について語ってくれた。


「えぇとね……確かにぬいぐるみを集めるのは嫌いじゃないんだけど、それは主目的ではないというか……ちょっと別の使い方をしてて…」

「……というと?」

「…わ、私が寝るときに、抱きしめるために置いてるもの、なんだ……」

「………ごふっ」


 …朱音の口から語られた、予想の遥か斜め上からかまされてきたまさかの真実。

 様子から察するに、ただ飾りとして並べているだけではないのだろうということまでは推測していたが……そんなことをしているとは夢にも思っていなかった。


 あまりにも子供らしく…そして愛らしすぎる朱音の言葉を聞いた彰人は、思わず洩れてしまった声を抑えながら朱音から咄嗟に顔を逸らし、片手で口を塞いだ。


「………も、もう! 笑わないって言ったのに……彰人君の嘘つき! そんな反応しないでよ!」

「い、いや違うって! 別に面白いとかそういうことを思ったわけではないから!」

「…じゃあ、何でこっちを向かないの?」

「………そこは、色々と理由があるんだよ」

「やっぱり笑ってるんでしょ…! …ふんだ。そんなことするなら彰人君のことなんて知らないもんね」


 微かに震えながら朱音とは真逆の方向へと顔を背け、何かを堪えるような素振りを見せる彰人に彼女は自分が笑われていると思ったのだろう。

 向こうが声を掛けても一向に目を合わせようとしないため、彼の反応に朱音は拗ねたようにしてベッドに転がり込んでしまったが……実際のところ、それはただの勘違いである。


 別に彰人は、朱音の言ったことに対して笑っているわけではない。

 むしろリアクションとしてはその真逆の類であり……単純に、朱音のあまりの()()()()()()()ことが無いように必死で抑え込んでいたからだ。


 …彰人は朱音からぬいぐるみの件について聞いた瞬間、その愛らしさを表には出さないように全力を尽くしていた。

 何しろ当人から語られたのは、睡眠時に彼女がぬいぐるみに抱き着いて眠るというどう考えても可愛さ一色の光景である。


 …正直、その姿を想像しただけでも似合っているという感想が即座に浮かんできてしまう始末だったが、それを堪える姿が朱音には笑っているように見えてしまったのだろう。

 そちらも彰人とは反対の方向を向きながら、頬を膨らませて寝転がる姿は……状況を考えれば口に出すことが出来ないものの、そんな様子すら可愛さに溢れていたのは最早分かり切った事実だったのだろう。


可愛い(可愛い)

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