第六十五話 ぬいぐるみと既視感
想定外のタイミングで朱音の思いがけない可愛らしい一面を知った彰人だったが、それによって拗ねてしまった彼女の対応に手間取ることとなってしまった。
「ほら、悪かったよ。…朱音のことを笑ったわけではないから、機嫌を直してくれ」
「……本当? だったら何でこっちを見てなかったの?」
今も尚ベッドに寝転んでいる彼女に向けて機嫌を直すように言葉を掛ければ…まだ完全に許しを貰えたわけではなさそうだが、わずかに瞳を彰人の側へと向けてくれた。
朱音の目線からしてみれば、自分の秘密の一端とも言える部分を知られたところで彰人から笑われた(と思っている)のだから…まぁ、気分を害するのも当然と言えよう。
これを解決するために残された手段としては……パッと考え付くものだとそれこそ、何故あのようなリアクションを取ったのかを素直に話すのが最も早い解決法だろう。
…あの時に抱いた本心を当人に伝えることは少し気恥ずかしさもあるが、そんなことを言っていればいつまで経っても朱音の機嫌は回復しない。
ちょうどよく彼女の方から質問が飛んできたことだし、このタイミングで言ってしまった方がいいか。
「あー……そのことなんだけどな。誤魔化さずに言うと…朱音がぬいぐるみを抱きしめて眠ってるって聞いた時、何だか似合ってて可愛いなって思ったんだよ。…だから、何となく顔を見るのが気恥ずかしかった…って感じだ」
「……えっ? そ、そうだったの…?」
「あぁ……と言っても、朱音からすればそんなこと思われたって気持ち悪いだけかもしれないけど……ん、どうした朱音? なんか顔が赤いが…」
これは嘘偽りもない彰人の本音。
本人から知らされた朱音の自室での過ごし方を想像して、彼女のあまりの可愛さを想像して彼が真っ先に抱いた『可愛い』だった。
もちろん彰人の想像でしかない以上、その通りの姿だとは限らないが……それでも朱音の魅力を思えばぬいぐるみを抱える彼女なんて可愛くないはずがない。
その本心を誤魔化さずに伝えてやれば、朱音はどこか…顔を赤くして何かを噛み締めるように俯いてしまっていた。
「…何でもないよ。ほ、ほら…せっかくだし彰人君にもぬいぐるみ貸してあげるから、この子と遊んでて…!」
「いや、俺は別にぬいぐるみとは……っておい! …投げたら危ないぞ?」
いきなり顔を伏せてしまった朱音に体調を崩したのではないかと不安になってきたので、話しかければ……どうやら体調面に問題はなさそうだが、勢い任せにぬいぐるみを投げつけられてきた。
放り投げられてきたのは猫をモチーフとしたようなデフォルメ型のぬいぐるみ。
かなりの大きさであるため、それなりのスピードを保ちながら接近してきた際にはちょっとした衝撃が襲ってきたが……物自体が柔らかくクッションとなってくれたため、何とか受け止めることが出来た。
(全く……朱音のやつ、急にどうしたんだ? …まぁそれは良いか。あんま深く踏み込むところでもないだろうし)
いきなり態度を急変させた彼女の対応には思うところもあったが、その辺りは深入りしたとて良いことも無いだろう。
朱音が何を思ってそのようなことをしたのかは知らないが、聞いたところで答えてくれるとも思えなかったというのも理由ではある。
(それにしても……なんかこの猫。目つきが異様に悪くないか? いや、それも可愛いと言えば可愛いのかもしれないけどさ)
だが、彰人も自分が受け取ったぬいぐるみを仕方ないのでまじまじと眺めてみれば……そのフォルムが目に付いた。
…可愛らしいタイプが多いぬいぐるみにしてはどこか不愛想というか、ムスッとしたような口元に目元まで据わっていて、お世辞にも微笑ましいとは言い難い。
一応援護という意味でもフォローをするならば、よくよく観察すればデフォルメされたデザインゆえに愛嬌というものを感じ取れなくもない。
総合的な評価としては『意外と可愛く見える』といったところに落ち着くだろうこのぬいぐるみ。
こういったものが好きな者であれば好むのだろうが……あいにく、彰人はそういう嗜好を持ち合わせてもいない。
ただ……どこか既視感があるというか、愛らしさなどほぼ皆無であるはずの目の前の猫からは覚えのある雰囲気というものを感じ取れた。
明確に何かというのは分からない。思い当たるものがまるでないし、既視感というのも彰人の単なる勘違いという可能性も残っている。
…どこかで見たことがあるような引っ掛かり。
喉の奥に魚の小骨でも刺さったかのような、大騒ぎして取り立てるほどの事でもないのだが……ふとした拍子に意識が向けられてしまう。
そんな気持ちの悪い違和感を抱えたまま、手に持った猫をぐるぐると回しながら眺めていれば…その違和感の正体にふと合点がいった。
(…あっ、そうか。どっかで見た感じがすると思ったら……朱音に似てるんだ)
彰人の思い至った結論。
この何とも言えないようなぬいぐるみと見つめ合い続けた結果として、最終的に行きついたところは……彰人の知る限り、誰よりも可愛いと断言できる少女との重ね合わせだった。
もちろん、見た目だけを見れば似ても似つかない。
この猫はパッと見た際のイメージとしては不愛想というものが先行してくるが、朱音に関してはどんな姿を切り取っても最高の様相を呈しているのだから、単に容姿の話ではない。
彰人が言いたいのはそういった点ではなく……全体的な印象の話だ。
この愛想のない猫が醸し出すイメージとして、浮かび上がってくるのは何というか…近寄りがたいというものもある。
そしてそれは、朱音にも言えることだった。
親密になった今だからこそもうそんな感想を彼女に抱くことも無くなったが、朱音と話すようになる前の彼女には何となく近づき難いような印象があった。
だが、それは全て過去の話である。
一度そんな朱音の面も受け入れてしまえばそこすらも彼女の大きな魅力として映るし、この猫もよく見てやれば可愛いと……うん。まぁ可愛いと言えなくも…ないだろう。
…ともかく、この猫から感じられるイメージと朱音にはいくつか似ている点があるということだ。
そう思えば不思議と親近感も湧いてくるというか、どこか愛嬌があるようにすら思えてくるのだから人の思い込みによる力というのは偉大である。
「なあ、朱音。この猫ってなんか朱音と似てるところもあるような気がするんだが…そっちはどう思う?」
「…………」
「…朱音? 返事もしないでどうし………って、寝てるのかよ…いつの間に寝入ってたんだ…」
朱音に似ている猫と思うと何だか面白くも見えてくるこのぬいぐるみのことを、本人にも共有しておこうと思い彼女に話しかけた彰人だったが……先ほどまで聞こえていた返事がまるで返ってこない。
それどころか、こちらの言葉にまるで反応するような素振りも見せてこないため、何があったのかと思えば……タイミングよく寝返りを打ったらしい朱音の寝顔が目に入ってきた。
…どうやら彼女は、彰人がぬいぐるみと戯れて意識が逸れている間に寝入ってしまったらしい。
二人しかいない部屋。
そこに響く健やかな寝息は……何よりも如実に、彼女の現状を指し示しているようだった。
作者の中での勝手なイメージですが、朱音は猫というよりうさぎの方が近かったかもしれない。
どっちにしても可愛いので、あまり大差も無いかもですけど。




