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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第二章

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第五十四話 暗闇の二人きり


「んっ……ちょっと暗いね。足元が見えないや…」

「本当に気を付けろよ? これで転んだりしたらシャレにならないからな」

「分かってるよ。私だって注意くらいして………ひゃっ!」

「…あっぶねぇ……! だから気を付けてくれって言ったのに…」

「ご、ごめんなさい…」


 朱音に付いてきた先にあった洞窟にも近い形に収められた温泉と思わしき場所。

 設置されている場が比較的見つけにくい位置にあることもあってか、周囲を見渡しても先ほどまで二人がいた箇所とは違い他の客はいないようだが……それよりも気になるのはその薄暗さだ。


 洞穴のような空間を意識しているためその設備上仕方のないことなのかもしれないが、ちらほらと設置されている照明がどこも頼りない程度の明るさしか保たれていないのだ。

 本当に最低限の明かりとしか言えないレベルであり、周囲を把握することは出来るがそれでも遠くを見渡したりなんかは到底不可能。


 一応場所自体の広さはかなりのものが確保されているため壁や柱にぶつかったりする心配こそないが……それと引き換えに足場の不安定さが相当なものである。

 膝上ほどにまで届いている湯のせいで少しでも気を抜けば足が滑ってしまいそうであり、実際目の前では朱音がそのせいで転びかけていた。


 何とか彼女の手を掴んで咄嗟に転倒だけは防ぐことに成功したが、やはり長らく移動するのにここは向いていない。


「…ここら辺で一旦座ろっか? 他にお客さんもいないみたいだし、通路の邪魔にもならないよね」

「そうするか…んじゃ、隣に失礼するぞ」

「はい、どうぞ」


 なのでこれ以上余計なリスクを背負わせないためにも、どちらからともなくここで休もうと提案しそれに同意する。

 …すると、ひとつ前にも別の温泉に入っていたからなのか、ここの湯ではそれまでとは少し何かが違ったような感覚がしてくる。


「…何だろう。この温泉…さっきのとは違って身体がポカポカしてくるような…何か特別な効果でもあるのかな?」

「ああ、それならさっき入口の立て札でも見たな。確か…美容とか新陳代謝の促進とかに効果があるとか何とか」

「へぇ…! それは良いことを聞いちゃったね」


 朱音が感じたという違和感。

 それに対する解答は彰人が示してしまったが、どうやらここの湯というのは他のものとはまた異なって特殊な効能があるとのことだった。


 彰人よりも先に進んでいってしまった朱音は見落としてしまっていたので知らなかったのだろうが、偶然にも入口の所にて立て看板のようなものに記されていた効能を見かけていたのが幸いした。

 そこに述べられていた『美容、健康に効果あり』という一文だけだと彰人からしてみればそのくらいの効果があるのかという印象しか受けなかったが……やはり朱音も女子だということか。


 美容に影響力があると聞いた途端、心なしかいつも眠たげにしている瞳にも輝きが増したように思えた。


「やっぱり朱音も女の子なんだな。美容効果があると嬉しいものか?」

「…それはそうだよ。綺麗になれるなんてことを聞いて興味を示さない女子はいないもん」


 しかし、柄にもなくテンションを高めて目を輝かせていたことを気恥ずかしく思ったのか、彰人から冷静にツッコミを入れられると顔を赤くしながら落ち着いた振る舞いに戻っていく。

 …相変わらず照れくさそうにしているのは変わらないため、何とか誤魔化そうとしている態度が可愛らしいのは隠しきれていないのだが。


(…けどなぁ。朱音ほど可愛い女子がさらに可愛くなろうとするのは、何とも末恐ろしい気もしてくるが……)


 そんな彼女の様子を微笑ましくなりつつ眺めている彰人だったが、内心ではただでさえ計り知れない魅力を持っている朱音がさらにその容姿に磨きをかけていこうとする姿勢に恐ろしさも感じていた。

 現状でも十分とすら言えるほどに周囲の目を引く容姿をしている朱音。

 それは先ほどのナンパの一幕を見ていれば一目瞭然だし、疑いようもない事実だ。


 だが……そこに加えるようにして更なる美しさが磨かれていけば、果たしてどうなってしまうというのか。

 もはや彰人の想像力では思いを馳せることすら難しい未来予想図だったが、とにかく大変な事態になることは間違いあるまい。


「…もう十分、朱音は可愛いと思うんだがな」

「………へっ? あ、彰人君、今なんて…」

「え? ……あ、ち、違うぞ!? いや、別に嘘を言ったってわけでも無いんだが…!」


 …そんな時、彰人がぽつりとこぼした意図していない本音。

 本人すら無意識の内に口にしてしまった一言によって、その言葉を向けられた朱音は一気に顔を赤くする。

 そして言ってしまった彰人側も、自身の意識していなかったがゆえの失態を理解するとやらかしたことを遅れて把握した。


 おそらく、直前まで楽しそうに入浴を楽しんでいた朱音の姿を見ていたことから思わず自分の思考を漏らしてしまったのだろう。

 場の雰囲気による気の緩みもあってか、本当に何気なく発生してしまったミスではあったが……それによる被害は大きかった。


「えぇと……別に変な意味じゃなくてだな! その…本当に、朱音は今のままでも十分可愛いって思ったんだ。それだけだから!」

「う、うん……ありがとう」

「あ、あぁ……」

「………」


 何とか妙な空気になってしまった状況で弁解を試みようと色々な理由を持ち出して見るが、それら全てが墓穴を掘っているようにしか思えない

 朱音の方も彰人の言葉には思うところもあったのか、彼の本音を聞けば聞くほどに耳まで赤くなっていき……次第に、自然と無言になっていってしまった。


(やらかした……いくらそう思ったからって、いきなりこんなことを言い出したら朱音だって気まずいだろ…)


 何も言葉を発さなくなってしまったために朱音が今の言葉をどう受け取ったのかは知る由もないが、彰人がやらかしたという事実は消えてくれない。

 仲の良い男子から、突然このようなことを言われたら少なからず何を言っているんだと疑問に思う心もあるだろうし、引かれてもおかしくない案件だが……こちらからはそうならないようにと祈る程度の事しか出来ない。


 ただ、この発端となったのは今回彰人の方なのだ。

 それで引かれてしまったとしても文句など言えるはずもないが、そうだとしてもこんなことで朱音との仲が険悪になるなど考え得る限り最悪の事態だ。


 …そして、そんな微妙な空気がいつまで続いたのだろうか。

 何とも言えない様な場の空気に耐えられなくなったのか、朱音が勢いよく立ち上がると現在二人がいる場所を出ようとしていく。


「わ、私…! さ、先に出てるね。彰人君はそのままゆっくりしてていいから…」

「…っ、おい朱音。そんな焦って出たらまた足元が……」

「……きゃっ!?」

「……! 馬鹿!」


 怒涛の混乱続きの展開に意識を持っていかれ、己が置かれている状況にまでは注視出来ていなかったのだろう。

 先ほどから何度も気を付けろと言っていたのにも関わらず、背中から倒れ込むようにして足をもつれさせた朱音の姿を見るや否や、手を伸ばして彼女を引っ張り………勢いよく水しぶきを上げながら、二人で倒れ込んだ。


「いってぇ……朱音、大丈夫、か──っ!?」

「な、何とか……何度もありがとう、ね──っ!?」


 …何とか朱音を引っ張り出すことで彼女が転倒しながら頭を打つような展開だけは気合いで回避し、代わりに自分の方が被害を被ってしまったがそれも気にするほどではない。

 軽く打った腰を手でさすりながら、彰人も起き上がろうとすれば……そこで違和感を覚えた。


 ここで現在の二人の状況を整理しよう。

 咄嗟のことだったとはいえ、無我夢中で朱音を助けようと彼女を引っ張っていった彰人。

 そして、彼の身体に寄りかかるような体勢に入ることでエアバックのように衝撃を吸収した朱音。


 それはいい。幸い大きな怪我も無かったために問題なく彼女を助けられたと言えるだろう。

 …問題があるとすれば、その先。

 倒れ込んだ彼らの位置関係……もとい、体勢にあったと言うべきだろう。


 繰り返しになってしまうが、今の朱音は彰人に引っ張られたことで彼にもたれかかるような姿勢になっている。

 そして何の因果か……倒れ込む際に二人は向き合うような形になってしまい、結果として彼女を抱き込むような体勢になってしまった。


 そうして倒れ込んだ後に訪れたのが……現在の二人の距離感だ。


 意図せず朱音の柔らかな胸や身体を押し付けられ、彼女も彼女で全身を彰人に抱きかかえられているような状態。

 何より、倒れた際の衝撃によって近づいてしまった彼我の距離によって……互いの唇が接触してしまいそうなほどに至近距離に迫ってしまっていた。


「………あっ」


 あと数センチ寄せてしまえば、キスをしてしまいかねない互いの距離。

 これだけ近づいてしまえば、上気したように紅潮した朱音の頬やこぼされる吐息の微かな音。

 周囲から音が消えてしまったのかと思えてしまうくらいに目の前の少女以外の情報が抜け落ちていき、全身の感覚が朱音だけに集中していく。


 一体いつまでそんなことが続いたのか。

 お互いに見つめ合っていた時間だけが過ぎ去っていく中、朱音の瞳がうっとりとしたように薄められていき……気が付けば唇もまた近づけられていく。


 そのまま二人の距離はゼロになる………そう思われた時。


「お母さーん! こっちにも温泉あったよー!」

「あらあら、本当ね。お父さん、少しこっちの方に行ってるわね!」


「「っ!?」」


 …二人のいる洞窟の入り口付近から響いてきた家族と思われる者達の声によって、彼らの意識は急速に現実へと引き戻されていった。

 それまでの自分たちが何をしようとしていたのか。あのままであれば何をしてしまっていたのか。


 ほとんど場の雰囲気に当てられただけとはいえ、取り返しのつかない失態を犯してしまうところだったが………


「…そ、そろそろ帰るか。航生たちも戻ってきてるかもしれないし」

「そ、そうだね………あ、危なかったぁ…!」


 …とにかく今は、つい数秒前のことに触れずに二人とも顔を真っ赤にしながら出口へと向かって足を進めていくのだった。


あのまま誰も来なかったらどうなってたかって?


そりゃあもう……そういうことですよ。

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