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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第二章

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第五十三話 湯けむりの中で


「ふぅ……最初はどうかな、なんて思ったりもしたけど結構気持ちいいね、彰人君。…彰人君?」

「…っ! あ、あぁ……そうだな」

「これなら私でも溺れちゃう心配はないし……優奈に感謝だよ」


 …辺り一面には溢れんばかりの水が溜められており、耳をすませばちゃぷちゃぷという音も聞こえてくるようなスペースの一角。

 話し合いの末に彰人達一行が移動してきた場所でもあり、一見すれば先ほどまでいたプールと何ら変わらないようにも見える光景だったが……その詳細はまるで異なる。


「まさかこんなところに、()()()()まであったなんてね……全く気が付かなかったよ」

「…一応施設の一部として用意されてるみたいだな。人気度としてはプールの方が上みたいだから、あっちほど人はいない感じだけど」

「それでも良いよー……個人的には、こっちの方がゆっくりできるもん」


 …そう。現在の彰人と朱音が浸かっている湯気までも漂っている湯の正体は混浴式の露天風呂であり、ここに来る前に彰人が一度目を通していた案内板にも記されていた施設の一つ。

 何故彰人たちがこの場に訪れているのかと聞かれれば……それは先ほど優奈から提案された言葉が決め手であった。


『さっき見てたから思い出したんだけどさ、ここって水着のままでも入れる露天風呂があるって書いてあったんだよね。せっかくだしそこに行ってみようよ! 朱音ちゃんもプールじゃなくてお風呂なら泳がなくてもいいし、良いでしょ!』


 …提案された次の瞬間はその発想の突拍子の無さに呆けてしまったものだが、その案ならば抱えていた課題が一気に解決できることも事実。

 元々プールに来ていた身としては、ある意味真逆とすら言える温泉に入ることに疑問を抱きそうにもなったが……考えてみれば彰人はプールに拘っていたわけでも無くそもそも航生たちに誘われたからここに来ていたのだ。


 その当人たちも、プールに入ることを重要視しているというよりは友人と遊ぶことをメインの目的として据えていたようだし、場所が変わろうとも四人で時間を過ごすことが出来れば大して問題も無いのだろう。


 結局、大きな反対意見がでることもなくそのまま移動した彰人達だったが……いざ来てみると、重大な事実を見落としていたことに気が付いた。


 さりげなく連れてこられてしまったがためにさして気にも留めていなかったが、仲の良い女子と共に露天風呂に入る。

 …これがどういうことを意味しているのか、彰人は深く考えていなかったのだ。


「…彰人君、さっきからそっちの方を見てばかりだけど……どうしたの? のぼせちゃった?」

「い、いや……そんなんじゃないから大丈夫だ。心配してくれてありがとな」

「……? 変な彰人君だね」


 先ほどから自分の方を向かず、当てもない方向に顔を背けている彰人の態度に不信感を覚えたのだろう。

 表面上は平静を装っているように見せかけつつも受け答えをすれば、何とかそれも誤魔化せたようだが……それでも依然として朱音の方を向くことは出来ない。


 何故ならば………


(……マズい。深く考えてなかったから風呂でも問題ないなんて考えてたが……朱音のことが普段よりも格段に色っぽく見えてくるぞ…!)


 …表では何てこともないように取り繕っているが、その実。

 内心では隣に座っている少女の蠱惑的な色気に、理性が霞かけている真っ最中だったからだ。


 別に、数分前まで彼らがいたプールと比較してもそれほど状態が大きく変わっているわけではない。

 風呂とはいってもプールに隣接した混浴風呂である以上、二人とも水着は着用しているしそれはさっきから散々見てきた光景だ。


 だというのに、彰人の理性が揺さぶられている原因とするならば……きっとこの特殊な状況が生み出す雰囲気があるからなのだろう。


 湯による体温の上昇のせいか朱音の頬はどこか紅潮しており、吐かれる息でさえ艶やかな吐息を伴っているようだ。

 …そしてそこから放たれる朱音の計り知れない色気というものが、彰人には現状最大級の壁として立ち塞がっているのである。


「でも、せっかくなら優奈たちも一緒に居れば良かったのに……二人ともあっという間に別の場所に行っちゃったもんね」

「……あいつらの場合は、多分くだらないことでも考えてたんだろうな」

「え、何か言った?」

「何でもない……気にするな」


 そして、これが現状の緊張感を高めている要因の二つ目だが、今この場には航生と優奈の姿はなく彰人達二人だけしかいない。

 正確には他の客の姿がちらほらとあるため、完全な二人きりというわけではないのだがそれでも見知った顔は彼らだけである。


 …それにこれはあまり言及したくないというか、意識しないようにするためにもあえて触れないようにしていたのだが……ここが混浴を前提とした温泉施設だからか、二人の周囲にいるのは家族連れの者たちかカップルで来ているという人が多く見られる。

 場所の特徴を考えれば当然なのかもしれないが、そうだとしても周囲が()()()()雰囲気ともなるとどうしてかこちら側の緊張感もおのずと高まってくるというものだ。


 …話を戻すが、現在ここにいるのは彰人と朱音の二人だけ。

 先ほどまでは朱音が言うように、共に行動していた優奈と航生も付いてきていたのだが……彼らに関しては、ここに到着するのと同時に各々がしたいことを優先してどこかへと走り去ってしまった始末。


 航生に関しては『ここってサウナがあるんだよな! よっしゃ、ちょっくら俺も限界まで暑さってもんを体感してみるか!』なんて言ってサウナ室へと向かってしまった。

 そして一方で優奈はというと、どうやらここにあるジャグジーの一つが心地よいと評判らしく、それを目当てにして向かって行ってしまった。


 だが……そこで彰人は見逃さなかった。

 それぞれの目的地へと走り去っていく直前にあいつらが浮かべていた表情……そこに何かを企むような笑みが浮かんでいたことを。


 …大方、こちらに妙な気を回した二人が朱音と二人きりになるようにと離れていったのだろう。

 余計な真似をするなと叱りつけてやりたい気持ちもあったが……あいにくここは公共の場。


 いきなりそんな大声を張り上げるわけにもいかず、航生たちの企みを止めることも出来ずに今に至るというわけだ。


「まぁそれは今は置いておこっか。二人も時間が経ったら戻ってくるだろうし……それまでは楽しまないとね」

「……そうだな。そうしよう」


 ただ……それまでの彰人の意味もない緊張感も、朱音の何気ない一言によって意識が切り替わることとなる。

 …確かにそうだ。ここには朱音に対してドギマギするために来たわけではなく、皆で楽しむことを目的にして訪れていたのだ。


 それだというのに…彼女の容姿にばかり目を惹かれて、それ以外のもの対する注意が散漫になるというのは彼女にも失礼だろう。

 そう思えばついさっきまで無駄に高鳴っていた朱音との対面も、完全に緊張が解けたというわけではないが……さほど意識せずに出来るようになった気がする。


 結局のところ、こういうのは本人の心持ち一つで変わるものだ。

 シチュエーションにばかり意識が向けられていた状態ではその雰囲気に釣られて心臓も無駄に高鳴っていたが、彼女との楽しみを優先しようとすれば無用な緊張もせずに済む。


 彰人とて、朱音と過ごせる時間ならば可能な限り楽しみたいという気持ちに嘘はないのだから。


「…あっ、ほら。あっちに洞窟みたいな場所があるけど……あそこもお風呂だったりするのかな? ちょっと行ってみない?」

「ん、了解だ。…走って転んだりするなよ? 焦ると滑るからな」

「……滑らないもん。彰人君の中の私ってそんなに幼い感じなの?」

「幼いというか………いや、あながち間違ってない気も…」

「…むぅ、ふんだ。そんなこと言うなら私だけでも先に行っちゃうもんね」

「…悪かったよ。ほら、機嫌直してくれ」


 少し会話を交わせば、すっかりいつもの雰囲気に戻ってきた二人の空気。

 その中で少し朱音が機嫌を損ねてしまうというようなアクシデントも発生してしまったが……これもまた、彼女の可愛らしい一面の一つだ。


 浸かっていた湯から上がった朱音がわざとらしく顔を背け、不機嫌そうにしながら別の温泉へと向かって行く後を彰人も付いていきながら……二人は朗らかな雑談を繰り返していくのだった。


着用している水着はさっきと何ら変わっていないし、何ならば水に浸かっているという状況だって変わりはない。


…それでも、プールと風呂ともなればまた味わう空気は大分変わってくるよねって。

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