第四十七話 何気ない露呈
「…暑い。こんな日差しが強くならなくてもいいだろ……」
頬に汗を垂れ流しながら自前の鞄を肩にかけ、とある施設前にて待機している彰人。
今の彼は以前に航生たちから持ち掛けられたレジャー施設にやってきており、そこで未だに来る気配を見せない他の者達を待っているところだった。
…しかし、夏だからということはもう嫌というほど分かっているがとにかく暑い。
この施設自体が自宅から少し離れた場所にあるため、予定していた待ち合わせ時間よりも早くに家を出ていたのだが……それが仇となってしまったかもしれない。
待ち合わせ時間として定めていた時間ももう少しでやってくるためそれほど長い時を待ち呆けていたわけでも無いというのに、たった数分立ち尽くしていただけであまりの猛暑に体力の大半が持っていかれそうだった。
「……時間までもう少しか。ならそれまでは…案内でも見て時間を潰そう」
ここで待っていても航生たちはそのうちやってくるだろうが、何も考えずに待つというのは彰人の方が持ちそうになかった。
何でもいいので暇を潰せるようなものがないかと周囲を見渡してみれば……視界の端にこの施設の案内板のようなものが見えた気がした。
ちょうどいい。この場所に関することも訪れる前に多少は調べてきたが、それでも知識不足な点は否めない。
まだ時間に余裕はあることだし、ここらでその捕捉をしておいてもいいだろう。
「…へぇ。てっきりプールだけかと思ってたけどそれ以外にも色々とあるんだな」
そう考えて彰人は今いる場所から歩いていき、視界に入った施設の案内板を覗き込んでいく。
するとそこには思っていた以上に広大な敷地面積を誇っていた遊び場の説明が、やたらとポップな字体で描かれている様子が見えてきた。
一通り眺めてみて分かったが、どうやらここでは航生が言っていたプールだけではなくそれ以外にも様々な設備が揃えられているようで、中にはプールの隣に併設された水着のままで入れる温泉だったり食事を楽しめるレストラン街まであるとのことだ。
…思っていた以上に充実したレジャー施設に彰人も一瞬暑さすら忘れて目を丸くさせられたが、今日利用するのはあくまでプールがメインであるためそれ以外の要素は頭の片隅にでも入れておけばいいだろう。
そんなことを考えながらふむふむと看板を覗き込んでいた彰人だったが……目の前のものに集中し過ぎていたからか。
自身の下へと徐々に近づいてきていた彼女の存在に気が付くのに、わずかに反応が遅れてしまった。
「…時間的にはこんにちは、かな? 彰人君、到着するのが随分早かったんだね」
「……? あぁ朱音か。なんか久しぶりな気もするけど…よくここまで自力で来れたな」
「実は何回か寝過ごしかけちゃったんだけどね。お母さんに起こしてもらって何とかなったよ」
「…紆余曲折あったんだな」
案内板に意識を集中させていた彰人の近くまで移動し、透き通るような声を掛けてきた人物。
もう何度聞いたかも分からないその声の正体には心当たりしかないため、聞こえてきた方向めがけて振り返れば……そこには予想通り、微かに口角を上げながら微笑んだ朱音が立っていた。
彼女がここにいることに驚きはない。
事前に…とはいってもほとんど不意打ちにも近かったが、一応は優奈の方から今日は朱音も来る手筈となっていたことは知らされていたので問題なく来れた姿を見られたことに安心しているくらいだ。
「まぁそれは良いか。それより、今日はまた一段と服装が似合ってるな。涼しそうだし過ごしやすそうだ」
「そう言ってもらえると嬉しいな。…外を見てすっごく暑そうだったからこれにしてみたんだけど、彰人君から好評なら正解だったかもね」
そして朱音がやってきたことを確認した彰人が次に目にしたのは、今日の彼女の様相である。
前から何度も目にはしている朱音の私服姿ではあるが……今日の恰好はそれまでに見かけてきたものとは少し雰囲気が変わっている。
何よりもまず彰人の視線を集めるのは、その身に纏った白のワンピースである。
特にこれといった装飾はなく、飾り気の少ない服装はそれ単体を見れば地味な印象を受けることもしれないが、彼女に限っては話が別だ。
どれだけシンプルな恰好であっても朱音という極上の素材を持つ少女が身につければ、それだけで彼女のいる場所が華やかさを増していくようにすら思える。
更に、少し丈を短くしたスカートから覗かせる足の艶やかさなんかももはや黄金比とすら言える色気を醸し出しているようであり……誇張でも何でもなく、周辺にいる男の視線を独り占めしてしまっている有様だ。
…これだけの美少女が近くに居れば注目してしまう気持ちも分かるが、そればかりはあまり面白いものではない。
朱音本人が大して気にしていない様なので言葉にこそしないが…あまり不埒な視線を寄せ付けたくないと思ってしまうのは、彰人が過保護だからなのだろうか。
「……あ、いたいたー! 彰人に朱音ちゃんも、そんなとこいたら分かんないよ!」
「…優奈。もう到着してたんだね」
「彰人ー! そんなとこで間宮さんといちゃつくのは良いが、移動してんなら連絡くらいしてくれ! 少し探しちまったぞ!」
「航生も来たか。…あと、別にいちゃついてなんて無いっての。普通に話してただけだろうが」
と、そこで静かに語り合っていた彰人と朱音に呼びかけをしていく者がさらに二人。
これまた既視感のある騒がしさを声色から滲ませながら、若干文句を垂れ流しつつもこちらの名を呼んでくるカップル二人組……航生と優奈が駆け寄ってきていたのだった。
…その駆け寄ってくる最中に何やら誤解を招くような発言が飛び交っていたが、そこを訂正していたらいくら時間があっても足りないため軽く注意する程度に留めておこう。
「ふー! …よし、これで無事に四人揃ったね! それじゃあ早速入ろうか…って朱音ちゃん!?」
「え? どうかしたの、優奈?」
さて、大きな問題もなく四人全員が集合出来たためいざ入場しようという雰囲気になりかけた時……そこにきて、どうしてか優奈が驚愕したように目を見開いた。
わなわなと唇を震わせて、なおかつ朱音がいる方角を向きながら微塵も目を離す気配を見せない彼女の挙動はどこかシリアスな空気感すら思わせたが…こういう時、大抵の場合はくだらないことが待っているのだと彰人は何となくの直感で把握していた。
「な、な……っ!」
「な?」
「……何て可愛らしい格好してるの、朱音ちゃん!! こんな注目まで集めちゃって……誰かに襲われたりしてないよね!?」
「…うん?」
…案の定、彼女の口からもたらされたのは聞く者からすれば的外れとしか言えない様な類の内容。
おそらく朱音の私服姿……それも清楚感を兼ね備えたような完璧な佇まいから溢れている魅力にやられたのだろうが、それにしてももう少し言い方というものがあっただろうに。
「ま、まさか…彰人! あんた朱音ちゃんの魅力に当てられていやらしいことをしてたんじゃないでしょうね!」
「するわけないだろ! 馬鹿か!」
だが、その飛び火が彰人の側にも来るとなれば話は変わってくる。
…言いがかりも良いところだが、どういう思考回路を経れば彰人が朱音を襲うなどという発想に行きつくというのか。
確かにそれだけの魅力を朱音が持っていることは否定しないが、だからと言って欲望任せに行動するだけなど人として大事な何かを失うことにも等しいのだから、そんなことをするわけがない。
「……まぁ彰人みたいなヘタレがそんなことする勇気あるはずないか。ごめんごめん、ちょっと朱音ちゃんが可愛すぎて暴走しかけたよ!」
「おい、今さりげなくこっちのこと馬鹿にしたろ?」
「気のせいだって! そんなことよりさ、朱音ちゃんの服可愛いよね~! なんかいつもとは少し雰囲気も違うけど……どうしてワンピースにしてきたの?」
「んん……あ、これのこと?」
自分にとって不利な状況になりそうな空気を察知すると力技で解決しようとする姿勢は相変わらずのものだったようで、強引に流れを切り替えると早々に優奈は朱音の方に向き直していった。
…その情熱を少しでも現状改善のために費やしてくれたらと思ってしまうのは、きっと不可抗力だった。
「実は私も最初は悩んでたんだけどね……だから一回お母さんに相談してみたら、『彰人さんはこっちの方が好きなんじゃない?』って言われ───むぐっ?」
「……よし朱音。申し訳ないが少しだけ静かにしてような?」
──が、そこで彰人が油断していると朱音の方から危うく爆弾発言が飛びかけるところだった。
…言うまでもないことだが、この前に彰人と朱音の母親である鳴海が出会ったことはまだ誰にも言っていない事実であり、これから先も明かすつもりは皆無である。
何しろ彼女の母親と出会ったことなど知られてしまえば……当然、そこに至るまでの経緯を事細かに聞き出されること間違いなしだろう。
もちろん、その内容は彰人が彼女の家を訪れたことも込みでだ。
…そんなことになればどれだけの面倒が舞い込むかなど想像することすら出来ない。
特に、眼前の二人なんかはその筆頭と言えるだろう。
だからこそ……ふとした拍子に爆弾級の事実を明かしかけた朱音の口を急いで塞ぎ、何とか誤魔化そうとしたのだが………
「……彰人? 今の話なんだけど……も~少しだけ詳しく聞かせてもらっても良いかなー?」
「俺も色々と質問したいことが出来ちまったな……とりあえず更衣室に行くとするか。話は…そこでたっぷりと聞かせてもらうぞ?」
(………間に合わなかったか)
…まぁ、そうなるだろうとは予想していた。
慌てて朱音の口を塞ぐことで何とか事実が露呈してしまうことだけは防げたと思っていたのだが、それほど甘い対応で済ませてくれる相手でもない。
そもそも彰人が妙な対応を取った辺りで怪しまれてはいたのだろうが、こぼされた情報の欠片……母親なんかのキーワードからほとんどの真相は筒抜けになったと解釈して間違いないはずだ。
一瞬にして瞳の奥に鋭い眼光を宿した彼らだったが、その目を見れば……逃がしてくれる未来などゼロであることは、容易く理解できることであった。
慌てて対処はしたものの、時すでに遅しとはまさにこのこと。
朱音からしてみれば自分の母親と彰人が知り合ったことは既に当たり前の事実として認識していたため、ぽろっとこぼしてしまいましたが…知らない人からすれば当然こんな反応にもなる。
不運な事故みたいなものです。…多分ね。




