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第十九話 ピンチの救済策


 朱音と優奈が彰人のバイト先に突入してくるというハプニングこそあったものの、その後は比較的穏便に事を進められた。

 不安の種であった佳奈も事情を知れば軽く暴走しかけてはいたが、それでも何とか自主的に襲い掛かることだけは我慢してくれていたのでまぁそれなりに平和的な収集のつけ方だったとは思う。


 …その中でも彰人と朱音が連絡先を交換させられるという想定していなかったイベントが発生こそしてしまったが、そこに関しては二人も納得した上でやったことなので文句も無い。

 唯一不満があるとすれば彰人たちのやり取りを遠巻きに眺めながら、己の行動を誇るように胸を張っていた優奈の態度がひどく腹の立つものだったということくらいか。


 …あいつ。何が『彰人も朱音ちゃんと連絡先を聞けて良かったね! これで二人が親密になるのは秒読みかな!』だ。

 たかが連絡先を聞いたくらいで男女が親密になれるのなら苦労はない。

 そもそも彰人たちの間にそのような感情はないと何度も言い聞かせているというのに…あの優奈のことだ。

 どうせ脳内で『彰人はああいう風に言ってたけど、本心では朱音ちゃんのことが好きに違いない!』とでも都合よく事実を脚色しまくっているのだろう。


 …まぁそこは良いか。言及したところで無駄というものだ。


 なんにせよ、あれからも優奈たちは彼女たちなりに店での一時を楽しんでくれたようで、退店していく時にもその口元には笑みを携えて帰って行っていた。

 佳奈も初対面であったはずの朱音のことを余程気に入ったのか、後から『また来てくれたら嬉しいわねー』なんてつぶやいていたし、またの機会があれば彰人から誘ってみるのもいいかもしれない。


 …その直後に『朱音ちゃんの隙を突いて身体を触らせてもらえないかしら…案外強気で押せばいけそうね…!』なんてこぼしていなければ完璧だったというのに、何故あの人はどこまで行っても諦めないのだろうか。

 もはやあそこまでいけば女性相手に何かをしなければならない呪縛にでもかかっているのではないかと勘ぐってしまいそうなものだが……佳奈ならば無いとは言い切れないのが難しいところである。


「それでそれで? 俺がいない間にそんな面白いことがあったって話だろ?」

「面白くはないっての……勝手に航生が面白がってるだけだろうが」

「バレたか! …けどそんなことがあったってんなら、やっぱ俺もついていくべきだったかもなぁ…」


 しかし、現在はそんな過去の回想よりも今のコミュニケーションだ。

 彰人の目の前で興味深そうな態度を隠そうともせず、先日に起こった出来事のあらましを聞き出してくる友人……航生との会話に集中するべきところだろう。


 二人が話していることは他でもない、つい昨日あったばかりの一大事に関する件だ。

 あの場には彰人と朱音、そして優奈とよく絡むようになったメンバーがほとんど全員揃ってはいたが……唯一航生だけが部活という用事があったため訪れておらず、詳しいことを把握できていなかったためこうして教えてくれとせがまれてしまったのだ。


 …ちなみに昨日の大まかな流れについては優奈が告発したらしい。

 あの野郎…もう少し痛い目に遭わせておくべきだったか。


「それによ、聞くところによれば間宮さんと連絡先まで交換したんだろ? くぅー! 俺はお前がやる時はやる男だって信じてたぞ!」

「…盛り上がってるところ悪いんだが、航生が想像してるようなことは一切無いからな。連絡手段として必要になることもあるだろうから交換しておいたってだけだ」

「またまた! …そんな誤魔化さなくても大丈夫だぜ」

「誤魔化してねぇよ!」


 彰人が成し遂げたことに対して興奮したように声量も比例して増していく航生だったが、残念なことに彼が考えているような展開は一切ない。

 大方この一件で彰人と朱音の仲が深まったことを期待していたのだろうが……あれから大きく二人の関係が進展するようなことも無かったので期待するだけ無駄というものだ。


 …そう言ったはずなのだが、全くこちらの話を聞く様子が見られない。


 もう彰人もほとんど諦めかけていることだが、一度テンションが上がってしまった航生に話を言い聞かせるのは並大抵の力では不可能だ。

 友の中で「こうに違いない」と思い込まれてしまったらそれを修正することは外からの干渉ではどうすることも出来ず、何度言い返しても受け流されて終わるだけ。


 こういうところも彼女である優奈にそっくりだと思わなくもないが……恋人だからといってそんなところまで似なくても良い。それどころか改善してほしいくらいだ。


「…そこまで言うならこの話はまた今度詳しく聞くことにしてやるよ。全くしょうがねぇやつだな」

「……まるで俺が我儘を言ったような感じにするのは止めてほしいんだが……というか話があるって誘ってきたのそっちだろ」

「おうよ! というのも少し相談……いや、頼みたいことがあってな」


 それでもこんなくだらないことばかりを話し合っていたわけだが、今回の本題はそこではないのだ。

 元々ここに呼びつけられたのは航生の方から話したいことがあるという誘いを持ち掛けられたからであり、昨日の顛末について語っていたのはそのついででしかない。


 なので話すのであれば早いところ主題に移ってほしいという思いもあり、空気を切り替えるという意味でも話題を促せば向こうもそれに乗ってくれたのでとりあえずは安心した。


「実はな…今度定期テストがあるだろ?」

「あぁ、二週間後にあるんだっけか。それがどうしたんだ?」


 そこで航生の口から語られたのは、近いうちに実施されるテストに関すること。

 学生にとっての長い休息期間とも言える夏休みが間近に迫ってきた今日この頃。


 …彰人たちの通っている高校では、休みに入る直前に己の学力を再確認しておくという意味合いも兼ねて定期テストが行われるのだ。

 大半の生徒からしてみれば憂鬱でしかない催し物。

 試験をする上でしておかなければならない対策なんかを考えれば大きな手間と時間がかかることになるので、このイベントを好んでいる者などそうそういるわけでも無いだろうが……実は彰人はこのテスト期間がそれほど嫌いというわけではなかった。


 というのも彰人は普段から自宅へと帰った後にその日の復習を積極的に実践しており、それが当たり前の習慣となっている。

 前に朱音と体育館裏で話していた時にも述べたかもしれないが、彼にとって勉強というのは将来への選択肢を広げるためにもやっておいて損はないことという認識であるため、自習に取り組むのも大した苦にはなっていないのだ。


 そういった事情もあって常日頃から地道に努力を重ねている彰人の成績は、決して飛び抜けて良いものというわけではないが評価をするならば上の下といったところか。

 ゆえに今回のテストに関しても、自らの実力がどの位置にあるのかを再認識できるという考えから少し意気込んではいたものの……まさか航生の方からその話題が出てくるとは思っていなかったので少し面食らってしまった。


「…ふっ、実は俺もそろそろ勉強しないとなと思って問題集を開いたんだよ。そしたらよ…内容が全く理解できなくてな」

「……そんな格好つけて暴露することでも何でもないし、それは流石にヤバいだろ。しかもこの時期に」

「冷静に返すのは止めてくれよ!? 俺だってヤバいことは自覚してんだから!」


 遠い目をして自らのピンチを黄昏ながら話してくる航生だったが……全く様になっていないし、それどころか言っている内容はかなり悪い類のものである。

 本人にしてもそれくらいのことは自覚できているのか、まともな返事を返したところに騒ぎ立ててくる姿からは焦りも垣間見えてくるがそうなると分かっていたなら何故普段から勉強をしてこなかったのか。


「つまり……まぁ言いたいことは何となくわかるけど、俺にどうしろと?」

「話が早くて助かる…彰人。お前の家で勉強会をさせてくれ!」

「はぁ……そんなこったろうと思ったよ」


 両手を合わせながら懇願してくる航生から頼まれたのはテスト前の勉強会の申し出。

 こんな時になってもまるで変わる様子が無い友の言動に呆れながらも、彰人はどうしたものかと思考を巡らせるのだった。



本当にヤバい時には彰人に頼ることが多い航生。


それを見捨てずに嫌々ではありつつも、手助けをする彰人も彰人ですけどね。

彼、心を許した身内には結構甘いので。


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