第二十話 勉強会の行く末
「別に勉強会をするのはいいけどさ、何で俺の家なんだよ。学校でやるって手もあるだろ」
「そっちも俺は考えたんだがな……ぶっちゃけ俺の分からないところが多すぎて、多分放課後だけじゃ教えてもらう時間が足りなくなる。だったらいっそのこと誰かの家でやった方が良いかと思ってな!」
「…暗にとんでもない勉強量を俺に押し付けようとしてるな、お前」
航生から頼まれてしまった勉強会の開催。
本人が言うには相当に学習状況がピンチらしい現状でそれを打破すべく試験範囲を教えて欲しいということだったが……それよりも開催場所の方が彰人は気になってしまった。
サラッと口にされたので一瞬そのまま受け入れそうになってしまったが、特に彰人の家でこいつの勉強を見てやる必要性はないはずだ。
それこそ授業が終わった放課後の時間で教えるというのもいいし、何ならどこかの店に入って時間を過ごしたって良い。
だというのにどうして他人の家に上がり込もうとしているのかと問えば、その答えは当人の口から語られた。
「それに最近彰人の家にも遊びに行けてないしな……いい機会だしこの際にお邪魔しようかと思って」
「…勉強しに来るんだよな? 遊びに来るのが主目的とかではないよな?」
「そりゃもちろん勉強しに行くのさ! …けど頭を使いっぱなしってのも疲れるし、息抜きで休むくらいは良いだろ? な?」
「まぁ……俺の家に来るくらいならいいか。その代わりしっかり勉強には取り組んでもらうからな?」
「よっしゃ! それでこそ俺の親友だぜ!」
甘い対応だと言われるかもしれないが、彰人としてはこの提案を最初から蹴るつもりなど無かった。
…そりゃあ、多少は航生に対しても日常生活の中でもっとちゃんと勉強をしろだとか、授業をしっかり聞いておけだとか言ってやりたいことは山のようにあるが……そうするくらいならまだこいつに勉強を教えるために時間を費やした方が良い。
後できっちりと言い聞かせておくことには変わりないが、それはそれとしても航生の成績が下がり続けて万が一にも留年する、なんてことは彰人も望んでいないので協力することに同意したのだ。
…当然、受け入れたからにはビシバシとやっていくつもりなので容赦はしない。その辺りは自業自得だとでも思って諦めてもらおう。
「それじゃあやるのは今日の放課後でいいか? 帰った後にまた彰人の家に向かう感じで」
「そうだな。俺の方でも軽く準備しとくから勉強道具だけでもまとめて……」
「……なーに? 航生たち二人で何しようとしてるのさ?」
「…びっくりした。急に話しかけてくんなよな…優奈」
あっさりとした流れだったが大まかな話はまとまり、そのまま今日は忙しい日になりそうだなんて感慨に耽っていたら……不意に背後からこちらを探るような声が響いてくる。
もう振り返るまでもないが、そこに立っていたのは楽しそうに口角を上げながら目元を細めて何かを企んでいるような少女…まぁ優奈だった。
「二人がなんかぶつぶつ話してるから気になって来ちゃったんだけど…面白そうな話してるじゃん!」
「いや、単に俺の家で勉強会しようって話だからな? 面白くはないだろ」
「それが面白いんだよ! …彰人の家かー、私もしばらく遊びに行ってないからなー」
「そりゃ優奈にも航生って彼氏がいるんだから、気軽に他の男子の家に行くのは問題もあるだろ……ってちょっと待て。まさかお前…来るつもりじゃないよな?」
「うん? そんなの行くに決まってるじゃん! こんな楽しそうなイベント見過ごすなんてもったいなさすぎるからね!」
「マジかよ……騒がしいのがまた増えた…」
彼女が話しかけてきた段階でこの展開が予想できていなかったかと聞かれれば嘘になってしまうが、それでも希望的観測を話してしまえば優奈には大人しくしておいてほしかった。
…何故ならば、優奈が我が家へとやってくればほぼ確実に航生とセットでいちゃつき始めることが分かり切っているからだ。
常日頃から日時や場所を問わず仲の良さを周囲に見せつけるようにしている校内でも有名なカップルであり、その知名度に比例して他生徒に砂糖を振りまくことでグロッキーな気分にさせていることでも認知されている。
この二人が揃えば確定でそのような流れになると分かっているからこそ、彼らを積極的に自宅に招きたくはないのだ。
…そもそも他人の家で住人の目も憚らずにいちゃつくなという話なのだ。
何が悲しくて自分の家で他のカップルが仲睦まじく過ごしている様など見届けなければならないのか……そう言ってやりたい気持ちが沸々と募ってくる。
しかしそう言ったところで二人の仲の良さを邪魔することなど出来やしない。
優奈は一度「こうする」と決めたらそれに向かって一直線に突っ走っていくだけだし、航生にしても愛しの彼女が来てくれるとなれば共に勉強することを拒否なんて到底しないだろう。
そうして残された唯一の関門は彰人の心情次第だが……これまた面倒なことに、彼自身も優奈が訪ねてくることにはそれほど嫌だとは思っていないのだ。
腐っても友人同士。日々迷惑を掛けられることも多くはあるが、それを含めても友人である彼女のことを本気で嫌うことなどそれこそ考えられない。
自発的に招きたくはないというのは紛れもない本心であるが、それと同じくらいに訪ねてくるのであれば歓迎の用意くらいは整える。
結局のところ、口で何と言っていようとも彰人も優奈のことはしっかりと受け入れているのだから。
「なら俺の家に来ることは良いけど、ひとまず優奈は航生といちゃつくことは禁止だ。そんなんしてたら時間がいくらあっても足りないからな」
「えー!? それを禁止されたら何のために彰人の家に行くのさー!」
「だから勉強だって言ってんだろ! ちゃんと話聞いとけ!」
…だがそれはそれとしても、自宅で仲睦まじい姿を見せつけられるのは鬱陶しい。
なので先んじて禁止事項を明確にしておけば優奈から猛抗議が飛んできてしまったが、これだけは撤回してやるつもりもない。
いくら文句を言われようともそこをはっきり言っておかなければこいつらは間違いなく好き勝手に行動し始めるので、先回りして釘を刺しておかなければならないのだ。
「むぅー……じゃあいいもん! こっちは朱音ちゃん誘ってくるもんね!」
「は? 何でそこで朱音が出てくるんだよ」
「え、だって朱音ちゃんってちょっと聞いた話だけどすごい勉強できるんでしょ? だったら今日来てもらっても損はないし……それに何より、私が朱音ちゃんと戯れたい!」
「…それが本音か」
「ねーいいでしょ。別に迷惑になりそうだったら絶対無理には誘わないから!」
「……はぁ。好きにしろ」
「よっしゃ! じゃあ誘ってくるねー!」
そうすると彰人に禁止命令を出されたことに対してむくれていた優奈だったが、それもしばらくすれば何かを思いついたのかテンションを一転させて意気揚々と朱音を誘ってくるなどと言い始めた。
誘いたい理由が優奈が朱音と遊びたかったからということだったのには思わず脱力してしまったが……もうこうなったら止められない。
止めようとしたところでまたおかしな方向に突っ走ってしまうのは目に見えていたので、落としどころとしてはまぁ妥当なところかとポジティブに考え直して渋々了承することにした。
もちろん、彼女に無理強いをしないことが絶対条件である。
どれだけ優奈と朱音がここ最近で友人としての距離を近づけたとは言っても、今回ばかりは誘いを受ければ彰人という男子の家に上がり込むことになるのだ。
一般的な感性を持っていれば少なからず抵抗感もあるだろうし、無条件で同意……というわけにはいかないだろう。
だからこそ、強制的に誘いを受け入れさせることはしないという約束の下で合意したのだ。
…と、そこまで考えた辺りで不意に彰人の肩がポンと叩かれた。
「良かったな、彰人。これでお互いに楽しめるぜ!」
「……どういう意味だ」
「そりゃもちろん、お前と朱音さんのいちゃい……へぶっ!?」
やけに優しい笑みを浮かべながら頭のおかしいことをのたまい始めた航生を思いきりぶん殴り、それ以上先のことは意地でも言わせてたまるかという決意を込めて言葉を止めてやった。
全く……朱音に対してそういう感情は持っていないというのに、何度言えば分かるのやら。
現在も殴られた影響か痛がり続けて蹲っている航生を見下ろしながら、彰人は内心で呆れた感情を露わにしていた。
どこまでいっても恋愛脳な友人にはほとほと疲れさせられるものだ。
…余談だが、その後数分も経たずに戻ってきた優奈はしっかりと朱音の勧誘に成功したらしい。
これで朱音も彰人の家にやってくることは確定してしまったわけだが……心のどこかでそれを楽しみにしている自分がいることも誤魔化しようがない事実だった。
あまり関係ない話ですが、優奈が朱音を誘った時の流れは大体こんな感じでした。
「朱音ちゃーん! これから彰人達とテスト対策の勉強会するんだけど、一緒に来ないー?」
「…んん? それ、私が行ってもいいの?」
「もちろんだよ! …それとこれは耳寄りな情報だけど、会場は彰人の家でやるんだってさ! ね! せっかくだし行こうよ!」
「彰人君のお家……う、うん。じゃあお邪魔にならないくらいなら…」
「やった!」
(…くふふっ。これで朱音ちゃんとあんなことやこんなことを……!)




