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始まりの転生

 一瞬の出来事だった。


 私がトラックに轢かれる――そう悟った瞬間。

 トラックが陽気なクラクションを鳴らしながら、急ブレーキを掛け、私の方に突っ込んできた。その時の私は何を血迷ったのか目を瞑り、避けることをせず、ただトラックが衝突するその時を待った。

 だが、大型のトラックはいつまで待っても、私に衝突することはなかった。


「な…何が起こったの?」


 恐る恐る目を見開き周りを見渡してみると、信号が赤から点滅しておらず、腕時計の時間も止まっていた。そして何より、すぐそこまで迫っていた大型のトラックが重力に逆らい空中を漂っていた。

 状況を飲み込もうにも理解の範疇を超えている事象を飲み込むことにはそれ相応の時間が必要だった。


「どういうこと?私はトラックに轢かれて死んだ?いや…でも、トラックは宙に浮いているし」


 頭を抱えながら、私は声をにならない声でそう呟いた。

 そう、今私がいるのは紛れもない現実世界。

 フィクションの世界ではなく、現実の世界だ。

 だから時間が止まるという現象が起こることはまずありえない。

 しかし、実際に起こっていることを否定することはできなかった。


「もしかして…私って時間を停止させることができたの?」


 冗談まじりにそう呟きながら、今自身がおかれている状況を少しずつ整理していく。そうしなければ、今にでも変な奇行に走りそうだったから。

 と、その矢先に、この現象を引き起こした人物と会話することになる。


「そんなこと言わなくてもいいじゃないか~」


「誰!?どこにいるの?」


 どこからともなく聞こえてきた声に、私は恐怖しか感じなかった。

 その声は頭に直接喋りかけてくるようで気味が悪く、それでいて感情がこもっていない。それだけならまだしも、この声を聴くと、なぜか操られそうな…そんな感じがした。


「何を言ってるんだよ~。僕はずっと、君のそばにいるじゃないか。なぁ、堀川玲人」


 私は驚きを隠せなかったが、その声はさらに言葉を続けた。


「まずは自己紹介をしようかなー。僕の名前はメル=ビクトリア。君は選ばれた!世界の|本質(キー)としての役割をね!」


 メル=ビクトリアのその一言は何を言い表しているのか分からなかったが、この人物がどこにいるのかだけは理解できた。


「そう…あなたがメル=ビクトリアなのね」


 先ほどから、私の手のひらの中でメル=ビクトリアがしゃべり出すたびに発光する一つの物体。

 それこそが、メル=ビクトリアの本体だった。


「さっすがー!呑み込みが早いのは助かるよ。僕もそんなに暇じゃないんだー。だから……単刀直入に言うね?君にはこの世界とは別の世界に転生してもらいますー」


 この現象を引き起こし、時間を止めているあたり、密かにそうなるかもしれないということは薄々理解していた。

 極めつけは、この奇妙な物体が喋り始めたことで、希望的観測は確信へと変わった。

 だが、私には一つ気になることがあった。


 それは――


「あなた、確か…おぜん立てがどうのこうの言ってなかった?それじゃあ、私が会社であなたを拾っていなかったら、今の状況は生まれていなかったっていうこと?」


 そう、私が気になっていたこととは、このメル=ビクトリアと名乗った謎の物体と関わりを持っていなかったら、この状況は起きていなかったのかも知れないということ。

 つまり、私は赤信号で止まり、今しがた空中を漂っている大型のトラックとの衝突を回避出来ていたかもしれないということ。


「ん~それはないかな。君は今日、ここで確実に死ぬ。あのトラックに轢かれてね」


 唐突にメル=ビクトリアの声色が変わり、周りの空気がヒリついているのが直接肌に伝わってくる。

 だが、私にはメル=ビクトリアが何を言っているのか理解できなかった。理解しようとは思わなかった。

 確かに私は、この物体――メル=ビクトリアに興味を示し、夢中になりすぎるあまり、赤信号にもかかわらず車道に飛び出した間抜けだ。

 でも、だからこそ、この物体を会社においていたら、こうはならなかったのではないか?そういう気がしてならない。

 だからこそ、聞く必要があった。


「それはどういうこ――」


「それだけはありえないんだよ!」


 メル=ビクトリアは強い口調で私の言葉を遮った。 

 納得がいかなかった……納得できるわけがなかった。

 あなたは今日ここで死にますと、そう言われて納得できる人がこの世界どれだけ存在しているだろうか。

 今、私が陥っているのは、遠からずそういう状況だ。

 それに、いきなり異世界転生させるなどと言われていることにでさえ、納得がいっていないのに、そんなことを言われてどうしろと言ううのだろうか。

 おまけに説明もない。

 

「君にこれ以上話せることはない。それに、君が知る必要もない」


「そんな、そんなの納得いくわけがないじゃない!ちゃんと説明してよ!私が納得できるように!」


 時間が経てば経つほど怒りという感情が込み上げてくる。

 それは、私になんの説明もないことだけではない。

 私に本性を隠して対峙していることに酷く怒りが湧いてくる。

 このメル=ビクトリアは一番大切なことを隠して、私と会話している。それが一番納得できない。百歩譲って、転生することは飲み込もう。

 だけど、本心で会話できないのに、話を信じる価値はない。


「はぁー、君は頭がいいわりに今ある出来事にしか視野を広げられない。だからダメなんだ。それに、感情的なのもダメだ。君に教えられることはまだない。だからこそ新たな世界へ転生してもらう必要がある。これは確定事項だ。誰もこの決定に逆らえはしない。だけど、もし…君が転生してもなお本当の真実を望むなら、その時はいつかすべてを話すことを約束しよう。これは僕からの誓いと受け取ってもらっていい」


「………」


 私に拒否権はないようだ。

 だけど、最後に見せたメル=ビクトリアの声はどこか、懐かしんでいるようで、それでいてもう存在しない人に思いを馳せている様な声だった。

 その声だけで、怒りが何処かに去っていってしまうほど、その言葉にはメル=ビクトリアという物体の本質、本音が隠れていた。 


「わかった。納得はできないけれど、今日のところは私が折れてあげる。でも次は必ずに教えてもらうからね」


「あぁ、必ずね」


「あと最後に一ついい?私ってそこまで感情的じゃないと思うんだけど?」


「君は君が思っているよりずっと感情的だよ」


 その言葉に共感を示すことはできないが、メル=ビクトリアは何かを感じ取ったのだろう。


「それじゃ、時間も迫っていることだし、転生の儀式をはじめよう」


「そう…みたいね」


 メル=ビクトリアの声に反応するかのように、先程まで何もなかった地面に、光る模様が浮かび上がっていた。それと同時に、時間が急速に加速していく。


「足元のそれから出ないでね。これの外に体の一部が出ていると、その部分だけこの地球に残っちゃうから」


 さらっと怖いことを言うメル=ビクトリアに、私はなぜか恐怖は感じなかった。一番最初の私なら少しでも恐怖は感じそうなものなのだが…あぁ、そういうことか。


「あと、後遺症で一時的に記憶がなくなると思うけど、そこだけ気をつけてね」


「ありがとう、あれは心配しなくてもよさそうね…じゃあこれでお別れだねメル」


 上空に浮かび上がったままのトラックを指差し、メル=ビクトリアに別れを告げる。


「あぁ、心配しなくていい。ここであったことは誰も覚えていないし、記憶を操作して君を元々この世界にはいなかったものとするから、誰かに心配される必要も警察が動き出すこともない。それじゃ、一旦お別れだね」

 

 メル=ビクトリアの最後の一言にどこか引っ掛かりつつも、そのことを聞く前に私の足元にあるものが大きな光を挙げて私の体を包んでいく。

 この世界との別れが悲しいとは1ミリも思わなかった。

 私は天涯孤独の独り身な上に、ブラック企業でこき使われるだけの人生だったから別に悲しむことはない。


 ゆっくりとだが私の体が光で包まれていく。


 その時、ふと家族の姿が思い浮かんできた。

 正直に言うと、躊躇がなかったといえば嘘になる。

 天涯孤独の独り身といっても、私にだって家族はいる。

 心配させるかもしれないそう考えるとどこか心苦しくもなった。でも、メル=ビクトリアの言う通りなら、私に関する記憶は一切残らない。だが、それが悲しいことだとは思わなかった。むしろ、メル=ビクトリアがくれた最高の贈り物だ。


 次に目が覚める頃は、一時的に記憶がなくなっているとメル=ビクトリアは言っていた 。

 だからだろうか、寂しさは微塵も感じなかった。

 なぜだろうか?

 答えは簡単だった。

 みんなの記憶から、少しずつ私の記憶が消えてなくなっているからだろう。だからこそ、余計な考えはいらない。ただただ、転生に意識を向けているだけでいい。


「さようなら私の大事な人たち……そして…くたばれ!この糞上司が!!!!」


 そう暴言を吐きながら、私は光に包みこまれていった。




●●●




「あれ?なんだろう…何か夢を見ていたような……なんだったかな?」


 のちに彼女は知ることになる。

 この世界の真実を…そして彼女が選ばれた本当の理由を。

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