始まりの兆し
「あぁー、ようやく仕事終わったー!」
私の名前は堀川玲人
某企業に勤めている二十五歳の独身女性。
趣味は、ゲームである。
今しがた、仕事が一段落つき、腕を天井に向かって伸ばし、固まった体をほぐす。
「ふぅー、さっさと帰ってゲームの続きでもしようかな」
「あぁー、ようやく仕事終わったー!」
私の名前は堀川玲人
某企業に勤めている25歳の独身女性。
趣味は、ゲームである。
今しがた、仕事が一段落つき、腕を天井に向かって伸ばし、固まった体をほぐしていたところだ。
「ふぅー、さっさと帰ってゲームの続きでもしようかな」
腕を伸ばしながらそう呟き、左腕につけていた腕時計を確認する。
時刻は深夜の2時。
「うげ、もうこんな時間か…最悪」
周りを見渡してみると、会社には私以外の社員は誰1人として残っていなかった。それもそのはずで、会社の電機はすでに消えており、私の目に入るのはパソコンの光と窓の外から差し込む信号の光だけ。
「はぁー…最近こんなんばっかで嫌になっちゃうよ」
私が働いているのは、いわゆるブラック企業と言われている会社だ。そんな会社を選んだ昔の私を少し恨みながら、今現在は後悔している真っ最中。
はぁ…まったくどうして、こんなことになったのやら。
私と同期で入った人達はすでに退社しており、なぜか私だけ上司に今日中という仕事を押し付けられてしまった。
同じ同期の社員だと言うのに、どうしてこうなってしまったのか疑問で仕方がない。
「あのハゲ覚えてろよ……」
あのハゲ――クソ上司を頭に思い浮かべ、プルプルと震える拳を握る。
「あーもう!あいつのことを思い出したら更にイライラしてきた!」
頭をかきむしりながら、脳内に思い浮かべたハゲを十回ぐらいタコ殴りにしておく。それはもうこてんぱんに。
ただ、そんなことをしたところでストレスが発散される訳でもなく、逆にストレスが溜まっていくだけだった。
「はぁー…あんなやつのこと考えると余計にストレスだわ。さっさと帰って『悪滅』の続きでもプレイしますか」
悪滅(悪役令嬢の滅亡記)とは、簡単に言ってしまえば、悪役令嬢の起こす戦争に巻き込まていく主人公が、登場人物の王子様や、貴族達と力を合わせて悪役令嬢の野望を食い止める。簡単に言ってしまえばそういうゲームだ。
主に女子を中心に広がっている恋愛シミュレーション要素のあるゲームでもあるのだが、密かに男性サイドからも人気を集めている数少ないゲームの1つだ。
その理由は、この悪滅と言うゲームが、ただの恋愛シミュレーションゲームではないからだ。
一部の男性サイドからも人気な理由――それは王子様側や貴族サイド、つまり男性陣営側をプレイをできることこそにある。
そして、その男性陣営側には女性陣営側とは違った要素が一つだけ付け加えられている。
それが、フル戦闘システム。
女性は恋愛ゲーム要素を楽しみ、男性はRPG要素を楽しむことができる。別に、どちらを遊んでも構わないのだが、一度選択してしまうと、ストーリーをクリアするまでそのモードでしか遊べない仕様となっているため、必然的にこうなるわけだ。
さらに!このゲームはプレイした人の数だけエンディングを有するマルチエンディングゲームでもある。
そのエンディング数は、100種類以上も存在している言われているほどだ。普通なら考えられられないゲームなのだろうが、これが悪滅での普通なのだろう。
「さて、パソコンの電源も落としたとこだし、帰る準備をしないと…」
そう言いながら、私はデスクの横に掛けてあったカバンを手に取り、帰る準備を始める。
「これと、これを中に入れてっと、ふぅこんなものかな。ん?」
帰る準備を着々と進めていると、私の机の下から先ほどまで何もなかった地面に奇妙な物体が転がっていたのが目に入る。
「なんだ…これ?こんなものうちの会社にあったかな?」
その物体に疑問を持ちながらも、私は物体を掴み、持ち上げる。
「何かの新商品なのかな?」
その物体は奇妙なことに、形を保っておらず、幾度も変形を繰り返しては崩壊を繰り返していた。
形を保っていないものといえば、最初にスライムとか思いかべられそうだが、スライムとは違って、この物体には質量が感じられなかった。
とにかく、軽いという感じだ。
この会社はたまに変なものを作ったりしているのだけど、それの一部なのだろうか?
私は、深くは考えることはせず、奇妙な物体をポケットにしまい会社を後にした。
「よし、帰ろ!」
会社から退社し、少し歩いたところで、先ほど会社で見つけた物体をポケットから出し、眺めていた。
「んー…やっぱり、これって何かおかしいよね?最初は会社の物かとも思ってたけど、さすがに会社でこんな気味の悪い物を作るかな?そもそもこんな物作ってるって聞いてないし、会社は関係なさそうだけど……それでも、勝手に持ち出したのはまずかったかな?」
その物体の色は半透明でありながらも、景色を透過していない。完全な透明ではないにしろ、普通なら景色を透過してもおかしくないくらいには、半透明だ。
「んー……」
この時の私は、奇妙な物体に夢中になっていた。
なぜかは分からない。
これまで生きてきて、見たこともない物体に出会って、夢中になりすぎてしまっていたのだろうか?その奇妙な物体を空に掲げて、透かして見るくらいにはその物体に惹き込まれていた。
それも、横から迫る眩しい光に気がつかない程に。
「え……」
横から迫ってくる眩しい光と陽気なクラクション。
気がついたときには、もう手遅れで、光は私のすぐ目の前まで迫ってきていた。
「あ、これ終わった」
その光の正体は大型のトラックだった。
トラックが私のところまで到着するのに幾ばくかの時間があり、私はすぐさま自分の陥っている状況を最優先で把握する。
私が立っていたのは横断歩道の中央であり、歩行者側の信号は赤。
この件に関しては、自業自得としか言いようがない。
私はこの物体に夢中になりすぎるあまり、信号が赤になっていることに気が付かず、挙句の果てには道路に飛び出しているという状況になっていた。
小さいころから呑み込みが早く、すぐに理解し、冷静に対応ができる神童と言われ続けて来た。
私はそれを、そういうものだと理解し、大人達の前では、言われる前に行動していた。
だけど、大型トラックとなれば話は別。
2メートル以上の鉄の塊が時速60キロで私に向かって突っ込んできている。そんなものひとたまりもないに決まっている。
「まだ、攻略していないキャラとかいたのになぁ……あの会社には何とも思ってないからいいとして、やり残したこととかまだ色々あったのに…」
死を悟りそう呟き目を閉じ、トラックが私に衝突するその時まで待つ。
できれば、痛くないように轢いてほしいが、さすがにそこまで求めるのはトラックの運転手に申し訳がない。
しかし、何分経っても私にトラックが衝突することはなかった。
「あ…あれ?本当に痛くないように轢かれた…?」
すでに死んだのかと思い、恐る恐る目を見開き、周りを見渡す。
「え…?何が起こってるの?」
先程まで、私の目の前まで迫っていたトラックは、突如として私の目の前から姿を消していた。
あり得ない現象に、私の頭はフリーズしていた。
「困るなぁ、君に死なれちゃ……。何のためにここまでおぜん立てしてあげたと思っているのさ。君の勝手な行動でむちゃくちゃにされるのは困るんだけど……」
その声に反応し、フリーズしていた頭を動かし、言葉を紡ぐ。
「だ…誰!?」