18 恋心
ベルとアランが「トーヤが見ていないはずがない」と確信しているのは、若い女性の集団だったから、ではない。
「いいか、おまえらは戦場稼ぎじゃねえんだ、そのへんに落ちてるもん拾ったり、ましてや隙見てなんか盗もうなんて根性は捨てろ。その代わり情報はなんぼでも盗め、すれ違うやつの顔一つ知ってるだけで助かるってことだってあるからな。それがプロの傭兵ってもんだ、生き残るためにはなんでもやれ」
そう教えられてきた。そうしてそれを身にも付けてきた。
「私はやってないけどなあ」
「トーヤもシャンタルに教えるのは諦めたんじゃねえの?」
「かもな」
ベルの言葉にアランが笑い、
「まあ、こいつはそれ以外の力があるからな。それに気を取られてそっちがお留守になる方がやばいって思ったのかも知れん」
「ああ、なるほど」
納得だ。シャンタルの持つ不思議な力、おそらく神の力は他の何にも代えられるものではない。
「だからさ、絶対見てるよ、衣装の色。そんでオレンジだって分かってるはずだ」
「そうだな」
「ん~でも」
シャンタルが言う。
「オレンジにも色々あるからなあ。緑だってそうだったでしょ?」
「それはそうなんだが……」
ベルが少し考え、
「いや、絶対にあの色だ。あの、朝明るくなってくる夜明けのような色、あのオレンジに間違いない」
「おまえ、詩人だな」
アランがふざけて言うが、ベルは真剣に、
「おれ、見たからな」
「何をだ?」
「あの色だよ」
そう言って、懐から自分が買った赤っぽい装飾の手鏡を取り出し、トーヤがあの色の鏡を買った事を言う。
「なんだあ、ミーヤさんに土産かよ」
アランが少し呆れたように言う。
「トーヤ、そんなかわいらしいことしてたのかよ」
「いや、そうじゃねえ……」
ベルが真面目な顔で言う。
「あれ、渡すつもりがあるのかどうか」
「なんでだ?」
「いや、なんでって言われても。ただな、おれの勘だ」
「なっまいきな!」
アランがそうしてまたデコピンをかます。
「いっでえな!」
「何が勘だよ」
「いや、間違いないよ」
ベルが目をつぶってふるふると横に振る。
「そんじゃなんのために買ったんだよ?」
「持ってるためだよ」
「は?」
「持ってたかったんだよ、トーヤ」
「なんのためにだ? トーヤが鏡見てうっとり、なんて冗談はなしだからな」
「そんなんじゃないって、本当に兄貴は分かってねえなあ、そんなんだからもてね、いて!」
今度のデコピンは今までで一番強烈であった。
「いっでえ……」
「いいからなんでかとっとと言え」
「自分が邪魔しといて……」
ベルが涙目でおでこを擦りながら文句を言う。
「だからな、ミーヤさんの色だからだよ、同じ色だったからだよ、だから持ってたかったんだよ」
言い切る。
「もしかしたら、渡せたら渡そうって気もあるのかも知れないけど、でも、思わず取って持っていたかったから買ったんだよ」
「嘘だろ……」
あのトーヤが、かわいい女の子を見るとうれしそうに鼻の下を伸ばして「若いお姉ちゃんはいいねえ」と言うあのトーヤが、そんな純情なことを……
「信じられねえ」
「だから兄貴はガキだってんだよ。恋するもんの気持ち、全然分かってねえ」
「だってな、おまえ」
「この際だから言っとくけど」
ベルが指導者のような顔で上からアランに言う。
「ちょっとそういうの勉強した方がいいぜ? そんで、女の子の気持ち分かって、初恋とかも経験した方がいい。ちょっとガキ過ぎる」
ずぎゅーん! とアランの胸に刺さった。
「お、おま、俺だって、俺だってな」
「何、いつ初恋があったって?」
「いや、そ、そりゃな、そんなんは人に言うことじゃねえんだよ!」
「おやおや、そうですか」
へえ~と、上から見下げたように言うのにアランがたじたじとなっていると、
「じゃあベルは初恋済ませたんだね? 誰が好きだったの?」
無垢な女神様が純粋に聞いてきた。
「いや、あ、あの、あのな、おれはな、えっと」
今度はベルがたじたじとなる。
「いつだったの? 相手はどんな人? 聞きたいなあ」
ニコニコで美しい奥様の装束の、本当は男性にそう聞かれて、ベルが言葉に詰まる。
「お、おま、そんなこと、人に言うもんじゃねえんだよ! 聞くなよ!」
「え、だってベルがアランに聞いてたから」
「おれはいいんだよ、女だからな!」
「なにそれ」
シャンタルがクスクス笑う。
「じゃあ私にも聞いていいよ」
「いや、シャンタルのはいい」
「なんで?」
「だって、まだそういうのじゃねえだろ? 神様だし」
「なるほど」
シャンタルが感心したように言う。
「おまえなあ……」
アランがなんと言っていいのか分からぬ顔でベルに何か言いかけるが、なんと言っていいのか分からない。
「シャンタルにはな、また人になった後で聞くよ、その方がおもしろそうだ」
「うん、そうだね」
まったくなんなのだろう、この2人の雰囲気は。
「なんでおまえら、そんなに通じ合ってんだ?」
ついに聞いてしまった。
「え、なんでって、そりゃおれたちが一番のダチだからじゃねえか」
「そう、ダチだからね」
「なー」
「ねー」
言われてみれば幼い子どものようなつながりにも見えるが、その奥にある見えぬ絆のようなものに、やはりアランは不安を感じずにはいられなかった。




